ドラキュラが笑ってる・3
もし夢の世界が現実になったら。
空を飛びたいと思う人間って、多いんじゃないだろうか。
自由に空を飛びまわって、風の吹くままに。
だから昔から、マンガや小説の主人公は、空を飛べる人間が後を絶たないんだと思う。
マサキに抱きかかえられて、あたしは夜空を飛んでいた。
空は決して満天の星空じゃない。ロマンチックな夜景を見たわけでもない。
だけど、自分が知っている街並みを、自分が見たことのない視野で見渡すと。
素直に感動してしまっていた。
「うし、ここらで休憩」
マサキと、マサキに抱きついていたあたしは、見たこともない丘陵に降り立った。
草葉と木々に囲まれて、見晴らしがとてもいい。
あたしが住んでいるところがそこかどうかも分からないけど。
街明かりが星の光と重なって、空と地面の境界線が分からないくらい、景色はきれいだった。
「・・・きれい」
あたしは、知らずと高揚感に包まれていた。
空を飛んで、こんなところにやってきた。
そんな非現実的な現実が、あたしをドキドキさせた。
「なかなかオツなもんだろ?夜空のフライトってやつも」
マサキは得意満面の表情。
「あんたさあ・・・」
あたしは、思っていた不思議を、正直に打ち明けた。
「あんただったら、無理やり血吸っちゃう事だって出来るんじゃないの?」
「んー・・・」
マサキは、ちょっと考えてから、答えた。
「俺さ、本気で嫌がる女の血を吸いたくないんだよね。」
「さっき無理やり吸おうとしたじゃない」
本当は遊んでいただけって分かってたけど、あえてふくれっ面で、突っ込んでみる。
「あはは・・・ごめんごめん」
笑うと、本当にかわいいから、つい許したくなってしまう。
卑怯な外見だ。
「普通は嫌がるでしょ、そんなの」
「うん、だから、こうやってサービスしちゃうワケよ」
どこまでも、馬鹿正直に答えるマサキ。
「ばっか。そんなの聞いたら、絶対嫌になるじゃん」
「あはは、まあそうなんだけどな」
マサキは原っぱに寝転がった。
見た目は、どこまでも、ただの少年。
そんな彼だけど、手についた傷を一瞬で治し、空を自由に飛びまわり、離れた物を自由に操る事が出来る。
マサキが実際に血を吸っているのを見たわけではないけど、これだけのことをやってのけられては、さすがにドラキュラである、ということを信じない訳にもいかない。
そして、マサキは、あたしの血を吸いたいと言う。
・・・なんで、あたしなんだろう。
「ねえ、さっき、自分は真祖だから、あたしの血じゃないとダメって言ってたよね?」
あたしもマサキの隣で寝転んだ。
空が、とてもきれいだな。
なんて全然関係ないことが、頭の中に浮かんでいたけど。
「ん・・・と、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよー。誰でもいい訳じゃないって」
「ああ・・・それね。それは・・・たまたまかな」
「たまたま、なの?」
あたしはちょっとガッカリしてしまった。
「まあまあ。なんか質問ばっかだけど、じゃあ俺にも質問させろよ」
マサキは体を起こすと、珍しく真面目な表情。
この顔が、笑った時の幼い感じとギャップが激しくて、急に大人びた麗しの美少年になる。
いつもこんな顔されたら、あたしも血を差し出すかもしれんな。
なんて、ちょっと考えていると。
「なんで、死にたいって思ってたの?」
一番、聞かれたくないところを、突かれてしまった。
親や先生に聞かれても、うざくて無言を貫くことしか出来なかった、この言葉。
きっと、部屋で聞かれただけだったら、マサキ相手でも、同じことだったと思う。
でも、深夜に部屋を飛び立ち、鳥のように空を駆けて、ロマンチックなデート気分を味わってしまったから。
あたしは、言葉を選びつつも、口を開いた。
「あたし、いじめられてるんだよ」
「誰に?」
マサキを覗くと、チャラチャラしてる様子はまるでなかった。
「クラスの奴」
真面目な表情のマサキを見るのは恥ずかしくなって、目線を外した。
「何で?」
「・・・わかんない」
嘘だ。本当は分かってる。
なんであたしがこんな目にあってるのか、なんて、言ったところで、何も変わらない。
言ったところで、誰も信じない。実際、誰も信じなかった。
マサキは多分信じてくれる。そうも思うけれど。
「・・・そっか」
マサキは、それ以上、何も聞かなかった。




