ドラキュラが笑ってる・2
マサキが窓からやってきた翌日。あたしは、当然のごとく、学校を休んだ。
もはや、親もそれを咎めない。
腫れ物に触るような態度がうっとうしくなって、結局あたしは部屋に篭る。
本当に出会うつもりはまったくないけど、とりあえずネットでチャットして、適当な男の人と喋って、「今から会おうよ」的発言が来たら、即逃げ。
そんなことをしている間に、今日も夜になった。
「よっ」
ここは玄関か?って言いたくなる。マサキは今日も窓から普通にやってきた。
普通のTシャツに、普通のジーンズ。
昨日の一件がなかったら、コイツがドラキュラだとは、やっぱり思えない。
「なんで今日も来るのよ」
あまり言いたくない台詞だった。
本当は、ちょっと、今日も来ないかなって期待してたからだ。
「いやあ、そんなに俺に来て欲しかったのか。さては俺の美貌に惚れたな」
そんなあたしの心が、コイツには透けて見えるのか?と、ちょっとびっくりする。
「はあ?あんたバッカじゃないの?」
見透かされるもんかと強がってみた。
「ふーん、あ、そう」
しかし、そう言って、子供っぽさが消えないマサキの笑顔が近づいてくると。
「・・・ほら。今日はナイフ、俺に向けないじゃん」
マサキはあたしを、いきなり抱きかかえた。
不覚にも、驚きやら、ドキドキやら、色んな思考が頭の中ではじけて、真っ白になってしまう。
「ふうん、フミカ、お前結構かわいいじゃん」
ぐいっと体を寄せられた。意外と、子供の姿のくせして、力がある。
「ちょ、ちょっと!あんた、離せってば」
見た目が華奢な少年であることをいいことに、あたしは力いっぱい引き離そうとした。
なのに、いくら離そうとしても、離れない。
「まあまあ、大丈夫。全然痛くないから」
嬉しそうな声。
この声を聞いて、ヤバイ、と本能が叫んだ。
「いーかげんにしろっ!」
あたしは右手で思いっきり、マサキの頭を殴った。
「いって!」
力が緩んでくれたので、すかさずあたしはマサキを押し返した。
「・・・俺の美しい頭に傷がついたらどうするんだ?」
なんて言いながら、しゃがんで頭をさするマサキを見てると、とてもドラキュラには思えない。
「誰も今日死ぬなんて一言も言ってないし・・・」
あたしは、ずいっと前に出ると、マサキの前に仁王立ち。
「だいたい、あんたの頭なんて、美しくもなんともないでしょ!」
「ひどい・・・」
うなだれて、へこむマサキを見ると、なんとも言えぬ快感がよぎってしまった。
あたし、Sの資質あるんだろうか?
「まったく、今日は誰とも会わずにこの部屋にずっといてたっていうのに、なんであんたここに来るワケ?」
とりあえず、あたしは落ち着きたくて、コーヒーを淹れた。
ついでだから、マサキには紅茶を淹れてあげる。
あたしの部屋にはポットどころか、自炊するための炊飯釜まである。
親と一緒にご飯も食べたくないし、親の作ったご飯も食べたくなかったからだ。
ちなみにおかずは適当にコンビニで買ってる。
「いやあ・・・今日こそ血、吸わせてくれるかなって思って・・・」
マサキは紅茶をごくごく飲む。熱くないんだろうか?
「ふうん。あんた本当にドラキュラなんだったら、あたしでなくても、誰でもいいじゃない」
結構、当然の質問をしたつもりだ。
「うーん、俺、こう見えても真祖の血筋だから、誰でもいいってワケじゃないんだよね」
「真祖?」
「うん、簡単に言うと、世界で最初のドラキュラの末裔ってワケ」
「ふうん」
本当はすごいんじゃないだろうか?なんて思っていたけど、それを正直に驚いた表情を見せたくなかった。
「てゆーかさ、フミカ、今日一歩も外を出てないって・・・マジ?」
あっという間に紅茶を飲み干すと、マサキはまたあたしに少し近づいてきた。
「そうだよ」
ちょっと身構えてしまったのが、マサキにばれてなければいいけど。
「なんで?」
マサキも、当然の質問をしたと思ってるんだろう。
あたしもコイツの立場だったら、そう思うと思う。
だけど、あたしは。
「なんだっていいじゃない!」
急にイライラしてしまった。
脳裏に焼きついて離れないのだ。
いろんな、あたしを現実から逃避させようとする、うざったい事の数々が。
「・・・」
マサキは、何も言わず、黙ってしまった。
これも、当然の事だと思う。
「・・・ごめん」
あたしは、比較的冷静になれた。
何も言わずにあたしを見つめるマサキの風貌が、あまりにも純粋そうな少年だから。
見た目って重要だな。って思ってしまったけど。
「なんかさ、フミカ、結構大変そうだけど・・・」
気まずい沈黙が続くんじゃないかって思ったけど、意外とマサキは普通だった。
「とりあえず、人間ではできない事を、俺がサービスしてあげよう」
普通だったけど。
その後に続く言葉は、とんでもなくファンタジーな一言だった。
「空、飛んでみよっか。ストレス発散に」
「はあ?」
あたしが言葉につまって、疑問だけを表す声を出したころには、マサキはあたしの背中に立っていた。
「いくぞー」
それだけ言うと、あたしを抱えて、マサキは・・・
空中に浮いていた、のだ。
「えええええ」
あたしは声にならない声を、何とか出した。
さらに、窓が、自動扉のようにガラガラって開きだす。
・・・誰も手を触れてないのに!
「ほーい、レッツ・ゴー!」
あっという間に、マサキと、マサキに抱えられたあたしは・・・
夜空に飛び立ってしまった。




