資金繰りとちょっとした賭け
注:この小説は賭博小説でも推理小説でもありません
結局足りない力を補うのは強い仲間さ。
それはわかっていたはずなのに護衛を雇うことに気が付かないとはこの時の僕はちょっとどうかしてたね。
だって、寄生してレベル上げとかは考えられるのにだよ?
灯台下暗しというか、人間意外と視界が狭いのだ。
そういった意味でシーアも心強い仲間と言えるかもね。
うん、答えが納得がいかないようだね。
じゃあいくつか例を挙げようか。
例えばサッカーだ。どんなに点を入れられなくても、相手のシュートをすべて捉えられるキーパーがいれば最低でも引き分けになる。
野球でも一人のピッチャーがホームラン打って敵を完封すれば理論上は勝てるでしょ?
強い仲間が一人いるだけで格段に楽なのが世の中さ。
自分が強いに越したことはないけど……ね。
おや?まだ質問があるようだね。
ああ、僕の前世が気になるかい?言ってもいいけどここは秘密にしておこうかな。
いい女には秘密が必要だからね。
……そこっ!! 吐きそうな仕草をしたね?
後で覚えておけよ……こほん。
とにかく、予想外にシーアのおかげで道は開けた。
ただ、その道も平坦なわけじゃなかったのだけど。
「うわさすがに高いなあ」
「そりゃ嬢ちゃんが払い続けられるような金額じゃないわな」
護衛を雇えばいいということに気が付いて街で一番信用のできるという斡旋屋に行ってみたものの持ち受けていたのは金とか銭とかマネーとかの世知辛い現実だった。
信用はすなわち金であり金で変えるのが信用。護衛を一人一日雇うには最低でも金貨一枚。だが、神父様を説得するぐらい信用できる者となるともうちょっと高くつくというわけだ。
そんな俺の所持金は今までこつこつためた金貨1枚分。
うまく魔物を倒してレアドロップを引ければそれをさばいたお金で護衛を雇いなおす自電車操業の永久機関が完成するという皮算用の予定だったがこの調子だと最初の一歩すら踏み出せない。
金策をするために金が要るのはどこの世界で今回も足りないのはいわゆる種銭というやつだ。
金がないならどこかから持ってこなければいけないのだが、孤児院からお金を借りるのは論外。
娼館とかを経営している黒の神様の神殿は比較的裕福だが、ただでさえ衣食住を提供してもらっているのにどの面を下げて……というやつだ。
とここまで実は想定内。
まあ方法はないわけではない。
「じゃあ、ギャンブルに比較的自信があって信用ができる腕のいい人は今いる?」
「ああ、一人いるっちゃいるが……。その方法はお勧めしねえぜ」
「どうして‽」
「嬢ちゃん賭けでどうにかしようとしているだろ?そいつはギャンブルの腕はピカイチで賭け事師のクラスもマスターに近い。嬢ちゃんには勝てっこねえよ」
「そう褒めんなよおやっさん。まっそういうことだよちびすけ」
突然頭の上に手が乗せられてびくっと耳を振るわせて驚く。
手を乗せられるまでまったく気が付かなかった。
つまり気配とか全く感じさせないように近づいてきたということ。別に特に人の気配に敏感というわけでもないのだがここまで気が付かないのもおかしいものだ。
後ろを振り返って手の先を見ると茶色と黒の混ざった髪に三角形の耳を持つ厳つい兄ちゃんがいた。
「へえお兄さん強いんだ。僕と一戦しない?」
見おろすように……は身長差的に無理だから身を少しそらしてシスターに教え込まれた『挑発的な』目というやつをする。
作戦に変更はない。
強い‽上等だ。
だがまずは勝負に乗ってこさせなければ作戦は始まらない。
「俺はロリには興味がねえ。あと10年してから出直して来い」
あれ?なんか勘違いしてるっぽい。
……ああそうか『挑発的な』ってそういうね。
教えてくれたのはシスターだしそりゃそうだ。
「ギャンブルで……だよ。お兄さんはそろそろ賭け事師をマスターするんでしょ?」
「あん?おやっさんの話聞いてなかったのか?俺には勝てねえよちびすけ。第一おめえは俺を雇おうとしているようだが俺は高いぜ。賭け金払えるのか?」
「僕はお兄さんと違って賭け事師をマスターしているから退屈だけはさせないと思うよ」
話をつづけながらポケットの中から唯一の財産を取り出す。
「確かにお金はこの金貨1枚しかないけど」
「俺の護衛料は一日で金貨五枚だ。その金五倍にするってのか?」
魚がえさに気が付いた。猫がまたたびに気が付いたのかもしれない。
「二日分だから十倍かな。でも……」
ここで一度金貨を親指で弾き上げる。
「勝ち続ければ問題ないよね?」
クルクルと落ちてくる金貨を手を横にスライドさせることでキャッチする。
よっしゃ完全に決まった!!
転生してから腕の長さも違うから練習したかいがあったってものだ。
何しろこのパフォーマンスのためだけに今までためてきた小銭をわざわざ金貨に両替したといっても過言ではない。
一度こういうスタイリッシュなことをやりたかったんだ。
心の中で小躍りしながらにやけが顔に出ないように賭け事師のスキル『ポーカーフェース』を使って表情筋をコントロールする。
発動条件が念じるだけという便利なスキルだ。
それにと顔が引きつっていく虎の兄ちゃんを眺めながら考え続ける。
今までの経験則上こういう人はここまでされると引くことはできない。
引いたら逃げたという汚名が付くからだ。
軽い挑発だと大人の余裕という建前で流されるからここは一発インパクトが強い挑発をしなければならない。
さすがにここまでコケにされたら引けないだろう。
「そこまで言うなら覚悟はできているんだろうな?手加減はしねえぞ‽」
そしてまったくの予定通りに猫がまたたびに食いついた。
「親はこの金貨を右手か左手に握ってどっちの手にあるか宣言する。それを子は本当か嘘か判断してどちらか片方の手を宣言する。宣言した手を開かせて金貨があれば当たり。当たったら親と子を交代してどちらかが失敗するまで繰り返す。ゲーム決めさせてもらうから最初に子になるのは僕でいいよ」
「へえ、剛毅だなあちびっこ。賭け金はどうすんだ?」
まるでどうでもいい話をしているかのように軽い口調だが目が真剣だ。
ルールに穴があるかどうか探しているのだろうがあるわけがない。
このルールは吟味しつくしているのだ。
「最初は金貨一枚。勝った方が次の賭け金を決めて、反則は10倍払い。お金が払えなくなったら負け。僕はお兄さんを2日分雇える金貨10枚超えたらやめてあげるつもりだから4回連続で勝てばいいだけだね」
最低でも最初の3回は有り金を全部突っ込む予定だ。
「ほう、じゃあ俺は一回勝てばいいっていうのか?」
「そういうことじゃない?」
じゃあ何で戦う‽という質問から始まったゲーム説明をという名の前哨戦を終えて一度落ち着いて目を閉じる。
「『導き給え』」
祈る者の精神を集中させるスキルを発動する。自分のできる以上のことを発揮させるようなスキルではないが自分の持つ最高のパフォーマンスを発揮できるような精神状態を維持することができるスキルだ。
そして、この賭けにおいて最高のパフォーマンスを発揮さえできればまず負けることはない。
実際にこの状況なら運の要素の大きいゲームに限定することで同じ賭け事師マスターのシーア相手だいたい十回に七回は勝つことができる。
賭け事師をマスターしていないこの虎の兄ちゃんにはもう少し勝率が高くなるだろう。
そして、俺はこと金を使ったギャンブルではまだシーアにさえ一度も負けたことはない。
目を開けると虎の兄ちゃんはもう隠したようですぐに宣言する。
「俺は右手に隠したぜ? 」
顔を見ると完全なポーカーフェース。これはもしかしたら賭け事師のスキルを使っているのかもしれない。
今度は右手と左手を交互に見比べると右手の方を見ると少し膨らんでいるのが見える。
これがブラフかどうか判別しろと言うことらしい。
「最初の一回なのにお兄さんも大胆だね」
本当にまさか一回目から仕掛けてくると思わなかった。
「あん?御託はいいからどっちの手を開けるか言え」
お相手もそういってるようだし茶番をさっさと終わらせることにしよう。
「うん、じゃあ両手を開けてよ。たぶん金貨はズボンのポケットあたりにあるんじゃないかな」
申し訳ないけどこの賭けは俺にとって賭けになってないのだ。
だからトリックを当てようとしないでください。
いやほんとに無理なんで。