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雨音


 そう言えば何について話していてこんな話になったんだっけ?と思っているとクウリの腹が鳴った。

 そうだ。クウリのご飯をどうするかって話だった。


「とりあえずこの飯はオレは食えねぇからお前食え」

「別にそれはいいけど、クウリのご飯どうしよ。もう、いっそ食べないってのは―」

「何か食わんことには雨降らすのは無理だからな」

「ますます困った」

「だからちょっくら人間食ってくると言っているだろう。他の村なら別にいいだろうが」

「ここ以外の村でもダメだよ!」

「ちっ。せめて血でも飲みゃ今日ぐらいはなんとかなるんだがな…」

「じゃ、じゃあ俺の血を飲め!」

「…あのなぁ、オレは男の血は飲まん」

「血が飲みたいんだろ!?他の人はダメだ。クウリが飲んでいいのは俺の血だけだ」


 勢いでそんなことを言ってしまった。

 クウリに差し出した左手が震えているのがわかる。

 目をつむってクウリの言葉を待った。

 布の擦れる音がして左手首をつかまれた。

 驚いて目を少しあけるとクウリが口を開けてまさに食い付くところだった。


「いっ…てぇ…!」


 直後腕に鋭い痛みを感じた。

 とっさに目を閉じ痛みに耐えているとだんだんと体から力が抜けていく。

 時間がとても長く感じた。

 しだいに頭も回らなくなって気が付くとぼんやりと腕に食い付くクウリを眺めていた。

 ようやく腕から顔を放したクウリの唇はところどころ紅く染まっていた。

 俺の血だ。

 口についている血を舌で舐めとり小さく「不味い」とつぶやく。

 人の血を飲んどいて不味いとはなんだ、と文句の一つでも言いたかったが今はそんな元気もなかった。

 掴まれていた手を放され体制を崩して倒れこみそうになる。

 気が付くと呼吸も浅くなっていた。

 必死に呼吸を繰り返す。

 両腕で倒れないように支えているが全身に力が入らずガクガクと震えていた。


「氣は貰ったが、血はそんなに飲んではいないから心配するな。しばらく休んでいれば治る」


 クウリは立ち上がると部屋から出て行った。

 約束を守りに行ってくれたのか、と安堵するとそのまま後ろにある布団に倒れ込んだ。

 クウリの言葉を信じて目を閉じる。

 どのくらいそうしていただろうか。次に目を開けると部屋の中は薄暗かった。

 やばい。寝すぎた?

 しかし長時間寝ていたにしては父が叩き起こしに来なかったな。と思う。

 多少頭がボーっとするものの血を取られたばかりよりも回復していた。

 クウリの言う“キ”という物を取られるとお腹がすくのだろうか、とりあえず目の前にあった元クウリの朝餉をもそもそと食べる。

 ようやく寝ぼけた頭が覚醒してくると、なにやら外から音がしているのに気が付く。

 慌てて廊下に出て縁側の障子を開けた。

 雨がしとしとと降っていた。

 食べ終えた膳を厨に片づけ、傘を手に取り外へ出る。

 息を吸い込むとてっきり忘れたと思っていた雨の匂いがした。


「静かだ…」


 雨の音しか聞こえない。それがとても不思議なことに感じられた。

 庭を少し散歩してみる。

 鳥居の方まで歩いて行くと田んぼのところにクウリと五十鈴が立っていた。

 何か話しているように見えたが、五十鈴が傘をさしていないことに気づくと急いで階段を下りた。

 あの人のことだ。クウリが傘もささずに雨を降らせているのを気にして自分の傘を貸したのだろう。

 泥が跳ねるのも気にせず二人にかけよる。


「五十鈴!」

「あら、紗貴」

「やっと熱が引いたのに傘もささずに何してるの!?…って、あれ?濡れてない」

「ふふ。お狐様のおかげですよ」

「いくら濡れないからってやめてよ。驚いたじゃないか」

「紗貴は心配性ねぇ。ごめんなさい。それではお狐様私はそろそろ戻ります」

「コイツみたいに心配性なやつが騒ぐと面倒だろう。傘は返す」

「ありがとうございます。そうだ村のみなさんがお礼にこのお米ができたらお狐様に分けようと言っておりました」

「米はいらん。肉にしてくれ」

「お狐様はお肉がお好きなのですか?」

「狐だからな」

「では弥七さんにお願いして猪を捕ってきてもらいましょう」

「この辺りに猪はいるのか?」

「山をひとつ越えるといるよ」

「このお米が採れたら、余った分を売って火薬と弾を買うと言っておりましたから」

「気の長い話だな」

「えぇ、ですからそれまでよろしくお願いいたします。お狐様」


 そう言って五十鈴は神社へと帰って行った。

 クウリが狐につままれたような顔をしていた。


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