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命名

「心配させてごめんね、五十鈴。でも完全には治ってないんだから、まだ外に出ちゃダメだよ」

「私のことなんかいいの。生贄なんてバカなこと…!本当に、ゴメンなさい」

「いいんだよ」

「でも」


 抱きしめていた体を放すと目には涙が溜まっていて、本当に心配してくれていたのだと感じた。

 俺はそれだけで充分だった。

 涙に反射する松明の火が揺らめいてとても綺麗だった。

 微笑むと安心したのか少し目が細められた。

 そういえば、と父の方を向くと集まった村人たちに何やら熱弁をしていた。

 近付くと少しうんざりとした様子の妖狐と目が合った。

 妖狐が祠から下りると近付いてきた。


「おい」

「なに?」

「あれお前のオヤジだろう?大丈夫かあれ」

「大丈夫いつものお狐様病だから」

「大丈夫じゃなさそうだな。あ?」


 俺の後ろにいた彼女に目ざとく気が付いたらしくにやりと笑った。

 はっきり言って紹介などしたくない。

 そうは思っていても俺の後ろから五十鈴が出てきてしまった。


「は、はじめまして稲荷神様」

「オレは稲荷神なんかじゃ―」


 俺はとっさに妖狐の口をふさいだ。

 「なにすんだ」と手を外され睨まれたが俺はそれどころではなかった。

 たぶん村の皆はコイツを稲荷神だと信じて疑っていない。

 それなのに本人から「違う」と言われてしまえば村の人達はコイツを否定する。

 そうなってしまえば村を救えないのは明らかだった。


「よけーなこと言わないでよ」

「あ?」

「コラ!紗貴ノ信!お狐様に向かってその態度はなんだ!」

「別に気にすんな。堅苦しいのは嫌いだ」

「そうだ、父さん!みんなも聞いてくれ俺達冬を越せるかもしれない」

「本当か!?」

「うん。コイ…このお狐様が願いを聞き入れてくれた」

「誠ですかお狐様!」

「まぁな」


 そう言うと集まった村人はもろ手を挙げて喜んだ。

 そしてさっそく、と言ったかんじで妖狐を見た。

 妖狐は口にくわえたまま煙管をプラプラと上下に揺らした後溜息のような煙を吐き出した。


「こんな雲もない空で雨が降らせられるか。雨は明日降らしてやるからお前らは明日に備えて寝とけ」

「それもそうだな。んじゃ、とっとと帰って寝るか」

「おー。それじゃ、お狐様明日頼んますよ!」

「助かったー。これで重湯のような雑炊から解放される」

「残ってるやつ大切に育てねーとな」


 村の人達はあくびをしながら帰って行った。

 空を見上げるとたしかに雲がひとつもなく綺麗な満月だけがあった。

 月が明るいからか星も見えなくて月だけがある夜空はなんだか不気味に感じられた。

 視界の端では父が妖狐に何か話しかけている。

 聞くと今日家に泊まってはどうか、と言うことらしい。

 最初はしぶっていたが酒という単語が出たら嬉々としてうなずいていた。


「私たちも参りましょう」

「父さんたちは先に行ってて。俺たちもすぐ行くから」

「わかった。冷えてきた…鈴、私たちは先に帰ろう。では、お狐様お酒の準備をしておきますので」

「おう。あんま熱くしないでくれ。………まだなんか言いたいことあんのか」

「村の皆には妖狐だってこと内緒にしてて」

「オレは別に構わないけどお前らはそれでいいのか?それにしても本当に変な村だな。最後は普通に接してきてたぞ」

「案外みんな父さんに影響されてるのかもね。お前もあんま…そういえばお前名前なんて言うの?」

「…。名前なんてあるわけないだろう。呼ぶやつもいなかったしな」

「俺の御先祖様が勝手につけて祠に書いてたりしないか?あ、裏になんか書いてあるけど汚れててとぎれとぎれにしか読めないな。えーっと、げん…げんのう…?しんにょ…」

玄翁(げんのう)真如住空理(しんにょじゅうくうり)だ」

「……。他の部分読めないからお前の名前それね」

「ずいぶん雑だな」

「あと長くて呼びにくいからクウリでいっか」

「お前な…」


 「よろしくクウリ」と言うと「それの意味もわかってねぇくせに」とつぶやいていた。

 祠の裏に書いてあったのは名前ではないのだろう。

 でも俺にとってはそんなことどうでもよかった。

 どんな言葉だとしても俺にとってはクウリの名前になったんだから。



 犬や猫に名前を付けた気分なのは黙っておこう。


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