私を穿つくちづけを
アナタがキスした、肩が痛む。左肩が、赤く小さく腫れていた。触れると、他の皮膚よりわずかに熱い。そこだけ、貴方の体温が乗り移ったよう。
剥き出しの左肩に右手を当てて、漆黒の髪を乱した女が私を見据えていた。
なんてことはない。鏡台に映し出された私の姿だ。
嫌というほど毎日見てきたのに、今日の私はいつもと違うような気がした。
ジンジンと痛む肩をさすり、服を着込む。服が擦れると、肩の痛みは仄かなかゆみを伴った。
外側はじんわりと熱を帯びているのに、奥底の、関節の辺りは氷のように冷たい。関節で生成された冷気は、神経を伝って左手の指先を痺れさせた。
戯れの後の、天罰かもしれない。
アナタがキスした、右手の小指が痛む。左手はいつもの通りなのに、右手の小指は薬指の方へ曲がっていた。
第一関節の薬指側に、えくぼのような窪みがあった。顔の間近で、窪みに左手の親指をあてがう。力を、込めた。
ズキン、と鋭い痛みが走った。
痛みはあるけれど、腫れてもいなければ痣もできていない。痺れる左手で、小指を優しく包み込んだ。
小指よりも暖かい左手に包まれて、痛みが和らいだような気がした。それがなぜか惜しくて、左手を外す。
体を起こすと、髪が一束落ちた。
右の頬を、毛先が撫でる。
鏡台に映った私は、右耳の辺りの髪だけが短い歪な髪型になっていた。ともすれば気が付かないような、ほんの一部だけが短い髪型だ。
そういえば、アナタは昨日、この髪をひと筋手に取って口づけをした。その髪だけが千切れてしまったのだろう。
肩や指の時のような痛みは、感じられなかった。
それが、妙に寂しかった。
アナタがキスした、唇が痛む。舌でなぞると、淡い血の味がした。
乾いた唇に、深い傷が刻まれている。ひとつ、ふたつ、みっつ。
ピリリと刺激を与える傷を、ひとつひとつ数えていく。
舌先で傷の深さを確かめると、傷が開いた。割れた唇から、舌に濃厚な血の味が広がった。
もっと、と貪欲な私は舌で唇をえぐる。けれど、血はすぐに止まってしまった。
かくなる上は、と唇に歯を突き立てた。
アナタはこの味を知っているのだろうか。アナタの血はこの血と同じ味がするのだろうか。
アナタがキスした胸が痛む。肺が膨らみ、心臓が脈打つたび、息苦しいほどの痛みが駆け抜けた。
ザクリと突き刺さるような苦痛が、血液に乗って全身を巡る。幾分も経たないうちに、どこが痛いのかがわからなくなった。
体のうちに収まり切らなくなった血液が、唇の傷を割ってあふれ出す。
血の味と、ピリリとした痛みがよみがえった。
ほっと一息ついて、滲み出した血を啜った。
今日、アナタは私の全身にキスをした。何度も何度も執拗に、数えきれないほどのキスをした。
明日、私はどうなってしまうのだろう。
耐えがたい痛みに苛まれて目覚めるのだろうか。それとも、何の感覚もない永遠の眠りに落ちるのだろうか。
ふとした瞬間に、鏡台に映った私と目が合った。鏡の向こうの私は、随分と歪な体をしていた。
唇は割れ、髪は右耳の近くの一部だけが短く、左肩が腫れ、右手の小指が曲がっている。
鼓動が早まるたびに痛みは全身を循環し、痛まない部分はなくなっていた。
じわじわと寿命を食い荒らされているのがよく分かる。
それでも、私は幸せだった。
「幸せ」
口に出すと、空気にまで幸福が反響するようだった。
アナタは薄く笑って、私の口をふさいだ。