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「… カ、ユカ。僕の話を聞いてる?」
あっ、すみません、彼氏様。軽くトリップしてます。
でもこの場合、仕方ないじゃない。いろんなことがごちゃ混ぜになって、脳内処理が追いつかないんだもん。
それに一番なりたくなかった状況に、自分から飛び込んじゃったんです。勘違いと、思い込みでやってしまったとはいえ、今まさに途方に暮れてます。いっそこのまま、消えて無くなりたい心境です。だから、現実逃避してても許して下さいな。
私があまりに茫然としてるせいか、彼氏様は話しかけるのをやめて、私を抱き寄せました。そしてその長い指で、私の頭をゆっくり撫でてくれます。気持ちいいです彼氏様。私の脳内思考がまとまって、気持ちが落ち着くまで、いま少しお待ちください。
「貴文さん」
「うん?」
「私、とっても恐いの」
とりあえず思っていること、全て話そうと思います。彼氏様も聞きたいって言ってたしね。
「貴文さんの育った環境と、私の育った環境はあまりに違いすぎるの。付き合いだした頃は、そんなこと気にしてなかったけど、結婚を意識するようになったとき、西園寺の家名が大きすぎて、私じゃ務まらないって思うようになったの」
この辺りで一番の名門である西園寺。古くから続く由緒正しいお家柄にくわえて、指折りの資産家。本来なら近寄ることさえ出来ない人だと思う。
「私、御両親とうまくやっていく自信が無いし、その、親戚づきあいも、ちゃんと出来そうにないし。私が失敗して貴文さんに迷惑をかけたり、笑われたりするんじゃないかと、心配で不安でとっても恐いのよ」
彼氏様は私の話を静かに聞いてくれてます。きれいな顔にいつもの穏やかな微笑を浮かべていて、とても安心します。
「智美から聞いたよ思うけど、私、貴文さんの前では自分をよくみせようと、超巨大な猫をかぶってます。本当の私は面倒くさがりで、怠け者で、そのくせ見栄っ張りで… 貴文さんにふさわしいとは、思えないの」
あっ彼氏様、そんなに笑わないでくださいよ。
「それから… 」
私は大きく息をついた。“振られよう作戦”でおこなった、私の悪行の数々を彼氏様に打ち明けねばならない。
そうは思うんだけど、やっぱり言いにくいよね。でも今ここでちゃんと話しておかないと、私は彼氏様に大きな秘密を持ったままになる。それに誠意をみせて謝ろうと、決心したんだもの。
「私ね、貴文さんに嫌われようと、貴文さんに酷い事してきました」私は意を決して懺悔を始めた。
「… 私は自分のためなら、こんな酷いことをしてしまう人間なの。今まで本当にごめんなさい」
私は深々と頭をさげた。
「軽蔑したでしょ… 婚約のこと考え直してもらっていいです。こんな私、もう信用できないだろうし…」
彼氏様は私の頭をポンポンと叩くと、ギュッと抱きしめた。
「本当にユカはどうしようもないね。一人で悩んで、一人で答えをだして、それからとんでもない行動をする」
「ごめんなさい」
「なんとなく分かってたよ。僕に嫌われようとしてたこと… 急に我が儘になったと思ったら、わざわざ遠くの院に行くって言うし、この二年間、電話やメールは殆んど僕からだったし」
「本当に悪いことしました。すみません」
彼氏様は腕の力を緩めると、ジッと私を見詰めた。
「でもいい機会だと思ったんだ。遠く離れただけで気持ちが揺らぐようなら、ユカの思惑に乗ってそのまま別れてしまおうと」
「…… 」
「こんな卑怯な僕のこと嫌いになった?」 私は首を横にブンブン振った。
「じゃあこれは、お互い様ってことで、いいね。」私はコクリと頷いた。
「僕はねユカの上辺だけで好きになったわけじゃないよ。だから猫なんかかぶらなくていい、本当のユカに戻っていいよ。それで嫌いになったりしないから」
そうかなぁ? 本当の姿を見せたら「こんなのユカじゃない」とか言われそうな気がする。
「それから、西園寺の家の事は気にしなくていいから」
「だけど」
「僕の両親とは仲良くしてほいし、僕も協力する。でも、一族のことは心配しなくていい」
私を抱きしめていた彼氏様の腕に、少し力が入りました。
「ユカは僕の奥さんになるんだよ。一族の嫁になるわけじゃない。もし何か言ってくる者がいても、僕が全力で守るよ。それに… 」
彼氏様はそこで言葉を止めて、呼吸を整えました。
「それでも、ユカが我慢できないようなら、僕は西園寺から出てもいい」
うわ__! 何て格好いいですか彼氏様。まるでドラマのヒーローみたいです。なんだか場を盛り上げる音楽が、鳴り響いている気がします。もうこれはハッピーエンドに向かうしかないでしょう。ちょっとはしゃぎすぎました、落ち着け私。
じっと私を見詰める、彼氏様の瞳は真剣そのもの。
それって本心なんですよね。私の為に、家を出る覚悟まであるなんて。そこまで私のこと、大事に思ってくれてるなんて、嬉しくて… 嬉しすぎて、もう反論できません。
「ありがとう貴文さん。私、嬉しい」
「不安はなくなった?」私はニッコリ笑って頷いた。
「それじゃあ、やり直しね」彼氏様は私の薬指にはまっていた指輪を抜き取った。
「佐藤結花さん。僕と結婚してください」
「はい、貴文さん。喜んでお受けします」
彼氏様は嬉しそうに微笑むと、私の左手をとり、ゆっくりと婚約指輪をはめてくれました。
私、今とても感動しています。大好きだけど諦めなきゃいけないと思ってた、彼氏様との結婚が叶うのです。これからもいろいろあって、辛かったり悲しかったりするだろうけど、彼氏様と一緒ならきっと大丈夫。乗り切ってみせます。
この恋、終わらせなくてよかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この話しはあと2話で終わりです。
もともと1話でしたが、長くなったので分けました。
なので最後は連続投稿する予定です。
どうか最後までお付き合いくださいませ。
感想を沢山いただき嬉しく思います。
返事がなかなか出来なくてすみません。
いただいた感想を読んで、元気をもらってます。
投稿が終わったら、返事をしたいなぁ、と思ってます。
気長にお待ちくださいませ。