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つ・か・れ・た…
着物を脱ぎ、結い上げた髪をほどき、化粧を落として、ようやく一息つくことができました。
ただ笑ってウロウロするだけだったのに、こんなに疲れるとは…
今私は、ホテルのスイートルームにおります。はい、着物を着付けてもらったあの部屋です。今日ここに泊まるらしいのです。大丈夫なんでしょうか、こんな所に泊まって。
いったい、一泊いくらするんでしょうか? 恐ろしくてとても聞けません。
きっと彼氏様は、今までのセレブ生活で、金銭感覚が麻痺してるんです。
これからお金の大切さとか、無駄遣いせず生活する方法を、教えないといけないと思います。
「ああ、いいお湯だった。ユカも早く入っておいでよ」
洗い髪をタオルでゴシゴシ拭きながら、彼氏様が部屋に入ってきました。
素肌にシルクのバスローブ。なんて色っぽいんでしょうか。
この姿を動画に撮りたい。ううん、写メでもいい… ととと、いけない、いけない落ち着け私。
うーん、生き返る! ジャグジー付のお風呂だし、お湯もいい香りがするし、こんな贅沢していいんだろうか。
でも、気持ちいい、最高!
しかしあれはいったい、なんだったんですかね。扉の向こうは煌めく世界でした。
紳士淑女が集うパーティ会場だったんです。
扉を開けた瞬間、もしかしてこれは、私達の婚約披露パーティーか? て思っちゃったけど、さすがに違いました。そりゃそうだ。
“保憲さん おめでとうございます”という横断幕があったから、何かの御祝いパーティーのようだったけど、いまいちよく分からなかった。
その会場で、私は彼氏様に連れられて、いろんな人たちと挨拶した。もちろん御両親にも、紹介してもらいました。多分これがメインですよね。
でもこんな、あわただしくしなくてもいいのになぁ、って思うんだけど。
『僕の婚約者の佐藤結花さんです』って紹介されたとき、嬉しさと、恥ずかしと同時に、緊張感がマックスになちゃって…
大丈夫だったかな、挙動不審な女って思われてなきゃいいけど。
彼氏様の御両親は、これぞセレブ夫妻って感じがしました。
貫禄のあるお父様、上品なお母様。素敵な御夫婦でした。
私のこと前から聞いていたらしく、驚くことも、反対することも無く、終始和やかに会話することが出来ました。
しかしお父様、いいのかね暢気にパーティーに出席してて。会社、大変なことになってるんでしょうに。それともはずせないくらい、重要なパーティーなのかな。
その後も大勢の人に紹介され、挨拶し、暫し会話して、を繰り返しました。そりゃもうウンザリするくらい。途中から笑顔が引き攣ってたんじゃないかな。
私が今まで経験したパーティーってさ、賑やかで楽しくてみんなでワイワイ騒いでたんだけど、ハイソのパーティーは違うね。オーケストラの生演奏が流れてて、みんな静かに談笑している。
会話の内容が高尚過ぎて、意味不明だし。美味しそうな料理が一杯並んでるのに、誰もガツガツ食べてないし。
私には場違いって感じ。無駄に気疲れしちゃうしさ。まあいい経験だったと思うけど、もう二度とゴメンって感じ。あー、そろそろお風呂から出ないと、のぼせちゃうね、ふうぅ。
髪をドライヤーで乾かしてると、背後から彼氏様が抱きしめてきました。
「だめよ貴文さん。乾かせないじゃない」
「もう、乾いているよ。ねえ、ベッドに行こう。僕もう待ちきれないよ」
ええっ! お昼にシタじゃありませんか。
さすがに今日は、めっちゃ疲れてます。朝一の電車に乗って、五時間かけて帰ってきたんですよ私。
そのうえ成人式みたいな格好をして慣れないパーティーに出席したんです。昼食も夕食も食べたような気がしないし。肉体的にも精神的にも、ハードな一日だったと思うんです。
お願いですから、ここはベッド本来の使用目的でってことで…
彼氏様は私の手からドライヤーを取り上げると、いきなり濃厚なキスを仕掛けてきました。
背後から回された手が、私の欲を煽るように妖しく動いてます。
彼氏様の指が私の胸を悪戯しているうちに、バスローブがはだけて胸が露になりました。ギャー!! 鏡に映ってる!
このまま鏡の前でされたら、私、羞恥で死ねます。
「んふっ、やっ… 貴文さん、だめ…」
なんとか手の動きを止めて、バスローブを直そうとするのですが、うまくいきません。
彼氏様の攻撃する手が、最終目的地を目指し始めました。こうなったらもう止まらないよね。
分かりました。降参します。だからココでするのは止めて。
それまで懸命に逃れようとしていた私から、積極的にキスを返しました。
「ユカ… 」彼氏様は全ての動きを止めて、私の言葉を待ってくれてます。
よかった、私の合図、分かってくれたんだね、彼氏様。さすがです。
「お願い。ベッドに連れて行って」ああ、今日の私、流されてばっか…