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彼氏様と再会し、お互いの気持ちを確かめた後、愛も確かめ合いました。
今とても満ち足りた気分です。もうずっとこのまま、一緒に暮したいぐらいです。
「ユカ、目が覚めたの」
うーんいいねぇ、彼氏様の優しい声で目覚めるのは。
「うん、今何時?」
「一時を過ぎたところ。シャワー浴びておいでよ。ちょっと遅いけど昼ご飯食べに行こう」
はい、賛成です。パパッと行ってきます。
「これはいったいどういうことでしょう… 」
確かお昼を食べに来た筈なのに、何故か一流ホテルのスイートルームにいます。
ここで軽くルームサービスを食べた後、なんか、いろんな人が入れ代わり立ち代りやってきて、私を磨き上げていくんです。
始めはエステの人がやってきて、全身くまなくマッサージそしてパック。次にネイル関係の人。カリスマ美容師? メークアップアーティスト? そして今何故か振袖を着付けられてます。
理由を聞こうにも、彼氏様は『後は頼むね』みたいなこと言って、何処かに行ってしまうし。
スタッフさんは無駄口を言わず、黙々と自分の仕事をこなしていって、話しかける雰囲気じゃなかったし。この状況がまったくもって、理解できません。
どうやら終わったようです。全身が写る大きな鏡の前に連れてこられました。
なんか別人がいます。これは私ではありません。
私もおしゃれや美容の研究をして、自分をより美しく見せるテクニックを身につけましたが、やはりプロには敵いません。実力の差ってやつを見せ付けられた感じがします。ちょっと悔しい。
「ああ仕上がったようだね。こちらを向いて、僕に見せて」
よかった、やっと彼氏様が戻ってきてくれた。実はすごく不安だったんだ、知らない人達に囲まれちゃってさ。
彼氏様はゆっくり私の所まで歩いてきた。
「きれいだよユカ。こんな美しい人が僕の婚約者だなんて、僕は幸せ者だな」
そんなに誉められると照れちゃいます。
彼氏様は私の左手をとると、薬指に指輪をはめた。ちょっと大きめなピンクダイヤ。その周りを小粒のダイヤで縁取ってあって、とても豪華できれい。
でも、これ高いんじゃないの? この部屋だって高そうだし。大丈夫なのかな、こんなことにお金を使っちゃって。
「貴文さん、これは…」
「婚約指輪だよ、気に入った?」
「ええ、とてもきれい。ありがとう貴文さん。でもこれ、たか… 「よかった、ユカが気に入ってくれるか、心配していたんだ。さあ急ごう、もう時間が無いんだ」 えっ、えっ、えっ」
なんだか時間に追われているようです。だからあのスタッフさんたち、無言で化粧とか着付けをしてたんですね。なんか鬼気迫るものがあって、怖かったんですけど、これで納得です。
じゃなくて、なんでこんな格好しなきゃいけないの? 何のために急いでるの? 今から何があるんですか! ちょっと説明する時間もないんですか。そんなに急ぐんなら、着物なんて着せなきゃいいのに。
ふと気がつくと、彼氏様もきちんとした正装をしています。もしかして彼氏様の御両親に紹介されるのかな、なんて思ったんですけど、ここまでする必要ないですよね。
そういえば、今の嬉しい気持ちをみんなに伝えたい、とか言ってたっけ。まさか、それを実行するんじゃないでしょうね。こう金屏風の前で二人並んで座って、婚約指輪をみせながら。“私たち結婚します。幸せです” なんてテレビ中継で日本全国に発信する… そんなわけあるか!
いくら彼氏様が大学のアイドルだったからって、芸能人じゃあるまいし。
でもこの格好はもうそれしか思い浮かばない…
どうやら目的地は同じホテルにある大広間のようです。
凝った細工の扉の前で軽く息を整えると、彼氏様は私に手を差し伸べた。
「さあ、行こうか」私が右手を乗せるとギュッと握り締めてくれた。
「大丈夫だよユカ。ユカは何も心配することはないからね。僕の隣で、笑っていてくれればいいから」
そう言って微笑む彼氏様。
何が大丈夫なのか、まったく分かってないのに、私はニッコリ笑って頷いた。つくづく流されやすいよね、私って。
はたして、立派な扉の先に、いったい何があるのでしょうか。