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亜也子さんに家事のあれこれ(特に料理)を教えて欲しいとお願いされました。
勿論、O.K.ですよ。彼氏様の為に家事全般も一通り勉強しましたし、一人暮らしも一年ちょっと経験してますからね。ただ、平日は超多忙な私なので、土日ってことでお受けしました。
「友達紹介したつもりが先生になったね。ビシビシしごいてやって佐藤さん。僕の食生活のために」
「はい、任せてください」
その夜、課題をすませ一息つこうとコーヒーを入れた。 するとおもわず思い出し笑いをしてしまった。
インスタントと間違えて、コーヒー豆を直接マグカップに入れた二宮先生。お湯を注いだのに、いつまで経っても溶けないとグルグルかき混ぜていたって、亜也子さんが教えてくれたのだ。
お二人との時間は楽しいものだったが、同時に辛いものだった。
お二人の仲のよいところを見せられるたび、胸がツキンと痛んだ。
彼氏様とのことは、自分で決めて自分から距離を置いたのだから、二人のことを羨むのは筋違いだ。そんなことよく分かってる。でも、やっぱり羨ましい。
「貴文さん… 」 目を閉じれば、彼氏様の姿が思い浮かぶ。
柔和な微笑を浮かべたきれいな顔。“好きだよ、ユカ”って囁いてくれた低くて甘い声。優しく私の頭を撫でてくれた長い指。彼氏様の何気ない仕草やちょっとしたクセ、何もかも皆好きだったなぁ。
初めて会ったのは前期の試験が終わった時。
友達と打ち上げ会をしていたら彼氏様もお友達と一緒に食事に来てた。
同じK大なんだってことで、相席することになって。みんなでワイワイやってたら、とても楽しくて。なんかノリでケータイのアドレスを交換した。
きっと使う事のないアドレス。でも今日の記念になる。
そう思ってたら彼氏様から、お礼のメールが届いて、おまけに今度は二人で会いませんかって。
これは夢に違いない。それとも誰かのいたずら? 浮かれてやって来た私を、皆で笑いものにする気かも。
恐る恐る、待ち合わせ場所に行ったっけ。あの日は緊張のあまり、彼氏様の顔どころか姿もまともに見れなかったなぁ。
そしてその次に会ったとき告白してくれた 「好きです佐藤さん。今日から僕の彼女って事で、いい?」って。
嬉しくて嬉しくて泣いちゃって、彼氏様を慌てさせたんだよね。
それからの三年間は私にとって宝物のようなものだ。
コーヒーに波紋が広がる。
自分から手放したんだ、泣くな私。
だけど涙が、後から後から零れ落ちる。
あの日から私の全ては彼氏様中心になった。それがとても嬉しくて、一緒にいる為なら何でもするし、何だってできる気がした。
なのに時が経つうちに変わってしまった。
今までの私を知らないこの町に来て、彼氏様のために作ったメッキを捨てたとき、自分の心を壊しそうなくらい縛り付けていたと気がついて、これでよかったと思ったじゃないか。
だけど会いたい。会いたいよぉ。
声が聞きたい。あの声で私の名前を呼んで欲しい。それからギュッと抱きしめてもらって、彼氏様の匂いと温もりに包まれたい。そしていっぱいキスをして……
私はいつの間にか声をあげて泣いていた。
大丈夫。今日はちょっと心が弱くなっただけ。
明日にはいつもの元気な私になれる。だから今だけ、心置きなく泣いておこう。
久し振りに彼氏様からメールが届いた。“今年の夏は忙しくて会いにい行けそうにない。ごめん。何時になるか分からないけど、仕事が落ち着いたら___”
作戦が完了するのもそう遠くないようだ。
仕事から帰ってPCをチェックしたら、ブックマークの件数が凄い事になってた。
私の作品をこんなに評価してくださって、本当にありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも頑張りますので、最終話までおつきあいくださいませ。