プロローグ (アキラ)
夢の中にいた。
それは眠っている間は確かに存在し、触れることができる。
だが一度目覚めるとその記憶は曖昧になりやがてその輪郭すらも忘れてしまう。
今日の夢は鳥だった。
どこか見慣れない島、おそらくは南米の小さな孤島か何かだろう。私はそこを鳥のように空中を旋回しながら眺めているのであった。見えるものといえば島のなかにそびえ立つ要塞や長いこと閉鎖されたであろう古い軍事基地のようなものだった。
私が、興味本位で近づくと必ず人が一人こちらに銃を向けて来る。きっと私を狙っているのだろう。
一発の銃声とともに、私は夢から覚める。
目を覚ますとまず目に入るのが一面、白い天井。
体を起こし辺りを見回すとそこが病院の一室であることがわかる。
体を起こすとそこは紛れもなく病室だった。
どこかの大部屋で僕のベッドの周りには他に三つほどベッドが置かれている。
僕の向かいと左隣のベッドは誰もいなく毛布やシーツが折りたたんでおいてあった。そして、僕の対角には周りがカーテンで仕切られたベッドがあるのを確認する。しかし、シーツの向こう側を確認することができなかったので、果たして人がいるのかどうかわからない。
右隣を向くとそこには窓があり外を眺めることができる。
おそらくもう昼ごろなのだろう。日はすっかり傾き、外は春の陽気に見舞われていた。
体が痛む。特に腰はひどい。起き上がろうと腹筋に力を入れるたびに刺すような痛みが走る。
起き上がるのには苦労した。
だが一度点滴を杖代わりにし、ベッドに座るとだいぶ楽になった。
屋上に行こう、そう思った。
立ち上がるためにもう一度激しい痛みに耐え歩き出した。
病院の廊下は迷路のように入り組んでいて、階段を探すのにはひと苦労だった。さらに過酷だったのは屋上に行くまでの階段だ。院内にはエレベーターはあるが、屋上に続くものはこの一本の階段だけだった。やたらと段が高く、足元が危険な状態にある。
やっとの思いで階段を上るとそこは絶景だった。
私の今いるこの森谷第二総合病院は福島県のある山奥に建てられ、今では築20年になる。屋上からは太平洋と街並みを見渡せることのできるこの場所は、体を動かすにはもってこいの場所だった。
最近、貯水槽の周りにバスケットボールを見つけたのはラッキーだった。
僕はここ最近、それを空中に投げたり壁に当てたりして時間をつぶしている。本来なら部屋で安静にし、本を読むなりするのだが僕は文字が読めない。
正確には読めないのではなく「忘れた」のだ。
頭部外傷による記憶喪失。担当医にはそう教えられた。
実際無くした記憶は文字の記憶と15歳までの記憶だった。今は17歳になると言われたのでかれこれ2年間はこの病院にお世話になっていることになる。今でこそ体を動かせるまで回復したが、病院に運ばれてきたときの僕は虫の息だったそうだ。
院長の話によると僕は無人島で発見された。
浜に打ち上げられ血だらけで倒れていたところを、近くを通りかかった漁師が発見したそうだ。
病院に運ばれ必要な手当てを施した結果僕は助かった。しかし、目覚めた後の僕は記憶を失い身元も現在に至るまで判明しない。
そのため今では院長の慈悲でここで寝泊まりを余儀なくされている。
一時期は自分自身が怖くなり病院を抜け出したこともある。
でも、記憶のないぼくが戻れる場所など他になく病院に戻ったのだ。
ここでは最低限の生活は保障してもらえる。
さらには週二で先生に健康診断を受けるため病気にかかることはない。
ただし、その時必ず飲まされる薬が自分としてはかなりキライだ。
――――――
最近なって自分がなぜ無人島に投げ出され血だらけになっていることに疑問を抱く。
親だってもし子供がいなくなったら警察に届け出をだすはずである。しかし、それがなかったということは、僕はもう死んだ判断され見放されたか?もともと僕を捨てるため?殺そうとした?僕が自ら家出をして不慮の事故にあった?など、次々と可能性を考えては消していく。
自問自答が増えていくにしたがって、変な夢を見るようになった。
その夢には必ず少女が現れる。黒髪で肩まで髪を下している。
彼女は必ず僕の目の前に現れ僕に手招きをする。ついていくと先には海を一望できる崖の上にたどり着く。
しかし、毎回夢はここで終わり目が覚める。
先生の話によるとそれは記憶がよみがえる前兆なのではないかと手を叩いて喜んだ。
だけど、僕の中ではいまいち解せない。
確かに、昔の記憶であるような気もするが、なぜだかその夢は毎回同じではなく回数を重ねるごとに禍々しく変容しているように思われる。
それは例えば、夢が始まった場所がバラ園でそこを抜けり時に体中ひっかき傷を付けなければならなかっとか、ある時は少女が鎌を持ってこちらに向けて投げてきたりとか曖昧なであるが覚えている。
そんな状態が果たして自分にいい結果をもたらすのだろうかと疑問になる。
―――――――――
そんなことを思いだしながらボールをついているとドアのほうで気配があった―――