9.冷えていく
ヘレナが最上階に上がった時、残った蝶達は腐った果実に群がり、リボンの様な口を伸ばして食事をしていた。時間は既に朝。 朝食を運んで来たヘレナは、倒れた少女を見つけて駆け寄った、抱き上げた少女の体は冷たく、ヘレナは慌ててその体をさすった、少しでも温め様と抱き締める・・・そして腕の中の少女が小さく身を捩った、腕の中で眠そうに薄く目を開け、瞼を擦って再び眠りにつく。
ヘレナはほっと息を吐き、少女の体をもう一度優しく抱き締めるとベッドへと少女を運んだ。
体を冷やさぬ様、毛布を増やしたベッドで眠る横顔には食事を終えた蝶がゆらゆらと集まっていた。
飛び起きた商人は既に出掛けて行った、眠る少女を目の端に映し、詫びる様に頭を撫でたが、それだけだった。
ヘレナが盆を手に、ベッドの側に立つとそこに少女は居なくなっていた、辺りを見渡すと閉ざされた窓の縁に、凭れ掛かる小さな影を見つける。
最上階に壁や仕切りは存在しない、何処からでも部屋全体を見渡せる、しかしヘレナは少女が移動している事に気が付かなかった。
窓に近付くと道を空ける様に蝶が飛び立った、少女は移動して再び眠ってしまった様で、長い睫を伏せたまま動かない、額に手をあてると、陶器の様に美しい肌が本当の陶器の様に冷たい、ヘレナは心配そうに眉を顰め軽く体を揺すってみる、暖かいチョコレート作っていたのだが目を覚ます気配は無い。
耳を澄ませば、静寂の中に長くゆっくりとした呼吸音が聞こえる、飛び立った蝶達がゆらゆらと少女に寄り添う。
ヘレナは小さく息を吐き、もう一度少女をベッドへと運ぶ、少女の大好きなチョコレートはその後も飲まれる事は無く、緩やかに冷えていった。