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メネラウス  作者: 里見 カラス
少女の章
6/18

6.鼠《ねずみ》

 商人が最上階に上がると少女とヘレナは衣装箪笥いしょうだんすの側で何かの様子を窺っていた。ヘレナは靴を片手に構え、戦々恐々とした面持ちで箪笥の裏を覗き込んでいる。一方少女は、何かあるらしいと言う好奇心に深い青の瞳を輝かせ、ヘレナの後ろに隠れてみたり、箪笥たんすに近付いてみたりと状況をおおいに楽しんでいた、少女の動きに合わせ、蝶もあちらこちらに飛び回っている。


 商人が扉を閉めると少女が商人の帰宅に気が付いて駆け寄った、商人は肩膝を突き、抱き付く少女を受け止める、音の聞こえないヘレナも気配に気が付いて礼をとった。


 商人は軽く頷いて返すと、箪笥に近付いた、蔦が巻き付いた様な彫刻、蔦には小さな花や蕾、主張しない落ち着いた色の衣装箪笥。の裏で小さな目が光っていた。ヘレナはねずみを退治し様としていたらしい、靴を構えた手が震えている。普通のメイドなら悲鳴を上げて騒ぎ立てるところだが、ヘレナは声を出せない。


 商人は側にあった燭台しょくだいを掴み、箪笥を軽く叩いた、鼠が驚いた様に動く音が聞こえたが、箪笥の下からは出て来ない。そう簡単に隠れ場所から出る気は無いらしい。


 商人は箪笥の端を掴んだ、片側の足を軽く浮かせ箪笥を移動させる。鼠は嫌が応にも揺らめく蝋燭ろうそくの光にさらされる、新たな隠れ場所を求めて走り出した鼠に、商人はすかさず燭台を振り下ろした。


 小さな鳴き声と鈍くこもった様な音を残し、鼠は燭台の下で動かなくなった。


 其れを見て、先程まで訳も無くはしゃいでいた少女は目を見開いた。鼠の下でじわりと赤が広がっていく。其の様をじっと見守っていた少女は、恐る恐る動かなくなった鼠に手を伸ばした、しかし其の手は商人によって遮られた。不思議そうに首を傾げる少女を、鼠から遠ざける様に抱き上げる。


 ヘレナはしかばねを片付け始めた。


 少女を抱き上げた商人はそのまま少女をテーブルへと連れて行くと、夕食の途中だったらしい、ほとんど手の付けられていない料理が並んでいた、少女をテーブルに着かせ食事の再開をうながす。


 それでも少女はたった今、目の前で動かなくなった生き物の事が気に掛かるらしい、体を捩って椅子の背を掴み、身を乗り出した。


 亡骸なきがらはヘレナが片付け、後にはまだ拭き取られていない血溜まりが残されている。少女の周りを舞っていた蝶が、少女の視線を追う様にふわりと血溜まりの上に舞い降りた。


 其れにより、少女の意識は完全にそちらに持っていかれた。椅子から飛び降り、蝶を追い掛ける、商人は慌てて血溜まりの前に立った少女を捕まえる。片腕で少女を捕まえながら、空いた腕で血溜まりから蝶を払い除け様とした。しかし、不意に振り上げた腕が止まった。


 目の前には、血溜まりの濃厚な赤と其れに寄り添う金属光沢の青、其の二色は美しくも何処か作り物めいていた。


 更に良く見れば、リボンの様にくるりとした蝶の口の先が血溜まりへと伸びている、蝶は食事の為に舞い降りた様だった。


 どのくらい眺めていたのだろう、蝶は翅を瞬く様に揺らし、翅を畳んだ。はっと我に返った商人は振り上げた手をゆっくりと下ろし、蝶の畳んだ翅を摘み上げた。指に重みとも言えない微かな重みが伝わる、紙の様に軽いが、其処に蝶が存在しているのだと分かる確かな重みと感触にほっと息を吐いた。


 ずっと商人の腕の中にいた少女は蝶が捕まってしまった事に驚いたらしく、大人しくなった、商人は安心させる様に少女の金の髪を撫で、蝶達が蛹として過ごしていた硝子瓶に蝶を放した、瓶の中、蝶が再び舞い始めたのを見て、少女は漸く夕食のテーブルに着いた。

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