3、全てが
その日、商人がいつもの様に少女のもとへ訪れると、目を覚ましていた少女は青い瞳を輝かせて駆け寄り、いつもの様に抱きつく、それは毎日の再会儀式だった。
そして商人から体を離すと腕を引き、広い広い部屋の一角に来るようにと歩き出す・・・否、それは走り出すと著すのが正しい、もしも少女に言葉があるのなら『はやく、はやく』としきりに叫んでいたことだろう。
少女が向かった先には、小テーブルに置かれた、巨大なガラス瓶。
ガラスの瓶を示し、さらに腕を引く少女の姿に商人の口元がほころぶ。
そして少女に促されるまま、ガラス瓶を覗き込んだ、中には成虫になったばかりの青く光る蝶が、広げた翅を時折揺らしながら、止まり木を飾っている。
少女はその蝶がとても好きで、
商人は少女と同じ瞳の色がとても好きだった。
蝶は、体に比べて大きな翅を持ち、その翅は金属を想わせる光沢、深い海を映した鏡の様に、吸い込まれそうなほど妖艶な光を放つ。
少女は商人の上着の袖を先ほどより軽く引く、商人は頷いてその小さな体を抱き上げた、少女は不意に高くなった背を使い、瓶の蓋に手を伸ばす。
部屋に放たれた蝶は、右へ左へ、独特で不規則な軌跡を描いて蝋燭の光の中を舞い踊る。
ひとときその姿に見とれた後、少女は抱き上げられていた腕から飛び出し、蝶と共に踊りだす、本人は捕まえようとしているのかもしれない、しかしその動きは、ひとつの不規則なリズムを生み、少女と蝶の舞う一枚の絵画となる。
商人はその姿を眺め、側の細やかな彫刻の施された椅子に腰を下ろした、ヘレナの用意した紅茶に口をつけ、息を吐く。
皮肉も嘲りも無い変わらない空間、蝶は去年も少女と踊った、その前の年も前の前の年も、子どもから子どもへと、新しい種を交えながらもずっとその蝶を飼っていた、まだガラス瓶の中では、幾つかの蛹が眠っている、3・4日もすれば少女は、何頭もの蝶と共に舞うだろう、
成虫の寿命は約一ヶ月、
一年で最も美しい一ヶ月、
紅茶を傍らに置き、
チョコレートを摘む、
全て彼の所有物。