13.ひらかれる
夜、帰ってきた商人は、足元に転がる林檎の欠片に眉を顰めた、テーブルの側では、ヘレナが少女を抱き締めている。
商人は二人に近寄った、静寂の支配する、部屋の中で靴の音が良く響いた、しかしヘレナは動かない、雇い主の帰宅に挨拶もせず、凭れ掛かる様に少女に抱き付いている。
異変を感じ、足を速めたが、商人が辿り着く前に、ヘレナの体がゆらりと傾き、床に倒れ込んだ、少女はその姿を表情の無い顔で見下ろしている。
商人が駆け寄ると、ヘレナの白いブラウスの首元が赤く染まっていた。
何があったのかと顔を上げると、目の前に居た筈の少女は窓へと移動していた、陶器の人形の様な腕を差し出し、鎖と錠前で固められた窓へと伸ばす。
少女がそっと窓に触れた瞬間、何重にも巻かれた鎖が軋み、窓が悲鳴の様な金属音をあげて変形した。
少女はか細い腕を窓に添えたまま、ゆっくりとした足取りで一歩、前へと踏み出す、南京錠が砕け、千切れた鎖を飛び散らせながら、窓が開かれた。
初めて少女に吹き付ける風が、少女の流れる様な金髪を緩やかに掬い、月光が小さな後姿を照らす、少女の肩越しに見える月は満月。少女はずっと窓の向こうの月を見上げていた、月を追いかけて最上階の窓を点々としながら待っていたのだ、月が満ちるのを。
蝶が少女に寄り添った、以前より明らかに大きく、子猫ほどもある翅が、青い光沢を放つ、蝶は下手をすれば重そうなほどの翅をゆっくりと動かし、月を目指すように飛び立つ、少女も追う様に足を踏み出した。
商人は縋り付く様に少女に飛び付いた、行ってはならないと首を振る、少女は商人のモノ。
緩慢な動きで振り返った少女はふわりと微笑んだ、光った銀の瞳が鏡の様に、商人の顔を映した・・・。




