12.何色の瞳?
窓に何重もの鎖が巻かれようと、少女は窓の縁に座り続けていた。太陽の光の一切が遮断された最上階には昼も夜も無い、窓の外に降り注ぐ光は少女には届かない。
ヘレナは買って来たばかりの果物をテーブルの籠に収めながら、窓に座り続ける少女の姿に、音も無く息を吐いた。
林檎を一つ手に取り、少女の目の前に持って行く、少女はよく林檎やオレンジを並べて遊んでいた、その度にヘレナは辛抱強く果物で遊んではならないと、取り上げて優しく首を振る、少女は悪びれる様子も無くヘレナを真似て首を振り返す、どうすれば伝わるだろうと頭を抱えたヘレナがはっと気が付いた時には、次の果物を掠め取った少女が鈴の様に笑いながら走り出す、結局追いかけっこにになってしまう。
思えば広い広い部屋の掃除や少女の身の周りの世話に加えての遊び相手は、相当な重労働であったにもかかわらず、ヘレナは楽しんでいた。
今、少女は目の前まで差し出された林檎に眠そうに目を向けただけ。
ヘレナは少女の膝に林檎をそっと乗せ、テーブルに戻るともう一つ林檎を取り上げた、ナイフを取り出して皮を剥き始める。
今だ少女の食は細い、少しでも何か口にしてほしかった、商人の居ない静まり返った部屋の中で、ナイフが林檎を削る爽やかな音だけがよく聞こえていた。
ふと少女に目を向けると、膝の上の林檎をゆっくりと拾い上げていた、更に細く青白くなった腕が艶やかな赤い林檎を持ち上げる、林檎の赤は少女の白さを、より一層引き立てている、ぞっとする何かが、目を離せなくする。
そして何の前触れも無く、少女の手の中の林檎が音を立てて砕け、飛び散った。
林檎は唯、少女の細い指に包まれていただけの筈、しかし頬を掠めた林檎の欠片と部屋に広がる林檎の香り、少女の手に林檎は無い。あまりに突然で何が起きたのか判らず。ヘレナはナイフを取り落とした、反射的に拾い上げ様と手を伸ばしたが、落ちてくるのは抜き身の刀、掌に鋭い痛みが走った、赤い一筋から見る間に血が溢れ出す、血を止めようとテーブルのナプキンを手に取ったその時、傷を負った手に何かが触れた。
見ると先程まで窓辺に座って居た筈の少女が、何時の間にか目の前に立って居た、ヘレナの手を取り、傷を眺めている。
ヘレナの手に触れる少女の肌は、怖いくらいに冷たく、滑らかだった。
音も無く現れた少女は、呆けたヘレナの傷口に赤く小さな舌を乗せた、血を舐め取り、顔を上げて微笑む、少女は笑っているのにヘレナは体が冷えていくのを感じた。
久しぶりに笑って見せる少女の瞳は青では無かった。




