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メネラウス  作者: 里見 カラス
少女の章
11/18

11.どこにも

 仕事に疲れ、決まり事や品格を少々疎かにしがちだった商人は、少女を膝に抱いたまま長椅子で再び眠ってしまった。


 目を覚ますと、少女は腕をすり抜けて窓辺に移動していた。どう選んでいるのか先程とはまた違う窓。商人は少女が移動し、空になった腕に目を落とす、手を握り締めてもその手は何も掴まない。


 振り切る様に頭を振って、商人は落ちた毛布を拾い上げる、軽く叩いて埃を落とし、少女に掛けてやろうと近付く、少女の纏う蝶達は、次々に寿命を向かえ、残るはいつも肩にとまっている一際大きな一頭のみとなっていた。


 人形の様に動かない少女の肩で、翅を閉じては開くを繰り返す様は、何処か機械的で、からくりの玩具を思わせた。


 少女をベッドに戻す事を商人も諦めていたが、少女が窓辺に座る姿を好ましいとは思っていなかった、背筋が冷えていく様な感覚、隙の無い美しさの少女と蝶は、目の前に見えていても、別の世界に居る様で、目が離せなくなる、動けなくなる、自分の手を離れていく様なその感覚が許せなかった。


 肩にとまった大きな蝶が翅を閉じた、蝶は引っ掛かりどころの見当たらない滑らか肩に針金の様な足を伸ばして体を支えている。


 商人は何か違和感を感じて顔を近付けた、蝶は少女の肩にリボンの様な口を伸ばしていた、くるりと螺旋を描いた口の先が、青白い肩に吸い込まれている。


 商人は乱暴に蝶を追い払った、叩き落とすつもりで振り上げた手を、蝶は緩やかにかわしていく。その気配を感じたのか、少女が目を覚ました、ゆっくりと体を起こし、瞼を擦る、目を覚ました姿を商人は久しぶりに見た。


 少女は商人の姿を見とめると、微笑みこそしなかったものの、眠気眼で商人の肩に腕をまわす、つい一ヶ月前までは毎日の再会の儀式だったもの、少女はずっと商人のモノ、商人も優しく抱き締め返した。


 ゆっくりと体を離した少女は窓へと目を向ける、開くところを見た事のない少女にとって、窓は壁の一部くらいの存在の筈、しかし少女はその向こうに何か在ると知っているかの様に、重い鎖と南京錠で固められた窓を見上げる、緩慢な動きで腕を差し上げ、窓の鎖を掴んだ、まるでそれが開くものであると知っているかの様に。


 呆然と眺めていた商人がはっとして、少女を抱き寄せる、少女は商人のモノ何処かに行ってはならない、力無く身を捩る少女をベッドに寝かしつけた。肩まで毛布を被せ、祈る様にその側に座り込んむ、少女は何処にも行ってはならない。


   ●


 次の日の最上階には騒がしく金属のぶつかる音が溢れていた、大量に買い込んだ重い鎖をなんとか運び込み、既に塞がれている窓に、更に鎖を巻き付ける。


 日頃、重い物は使用人に任せている商人が、ペンを持つ程度の筋力で、息を切らしながらも、とり憑かれた様に執拗に鎖を巻いている。


 その姿を少女はじっと見つめていた。


 漸く最後の窓に、鎖を巻き、南京錠で固定した。肩で息をしながら窓に凭れると、やっと静寂が戻り始め、商人の荒い息だけが聞こえてくる。


 元気の無い最近の少女の姿に、商人は不安に思いながらも何処か安心していた、眠気で閉じられた瞼で、青い瞳を見る事がない、記憶を呼び起こす事無く、少女だけを想っていられる。


 徐々に呼吸が落ち着いてくる、額の汗をハンカチも使わずに拭った。振り返ると側には少女が窓を背にして座っている、相も変わらず肩には蝶、払い除け様と手を上げるが、ふと手が止まる、以前より翅が大きく見えた、そう思うのは少女がそれほど痩せ細ってしまった所為だろうか。


 考えを振り切る様に蝶を追い払い、少女をベッドへと運んだ。

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