世襲制への反抗
分厚い本を閉じて、ため息をついた。
「休んでいる暇はないのよ」
とたしなめられた。
まだまだ勉強しなくてはならないことは多い。
「時間がないの」
母は怖い顔をする。
ぼくはもうじき、父の仕事を継がなくてはならない。
他の誰も代わりになることはできない。
父の職業、それは「創造主」。
母は言う。
「おじい様は天文学に弱くていらっしゃった。
だから隕石の落下を防げずに氷河期がきてしまった。
お父様はかなりお勉強なさったけれど、環境学が苦手でいらしたわ。
それと心理学も」
それで緑が減って温暖化がすすんでしまったというわけだ。
時間が経つにつれ、覚えなくてはならない事が増える。
ぼくの頭はもう限界に近い。
どうしてやりたいことをやってはいけないのだろうか。
父の仕事をみていると、たいくつそうで魅力がない。
日がな一日、ちまちました世界をみつめているだけ。
たまに届く祈りを読んでみるものの、とくに心を動かされる様子もなく、
淡々とそこに居る。
「創造主とはそういうものだ」
父は言う。
ここに居る事が、みなの救いになり、世界の均衡になるのだと。
「はい、そうですね。ぼくもお父様のような立派な創造主になってみせます」
と答えたけれど、本心からではない。
勉強なんてしたくないとか後継者になりたくないなどといえば、
どんな事態になるか、よくわかっている。
本音を言えば面倒くさくて仕方がない。
頭がよくなろうがなるまいが、どうでもいい。
けれども二十四時間見張っている母の眼は鋭い。
だからぼくは勉強しているふりをする。
もうすぐ。ときが来ればぼくがあとを継ぐ。
そうすれば少し肩の荷が降ろせる。
勉強しているときよりも、継いでからが本当に大変なのだと
父も釘を刺していたけれど、創造主になってしまえばこっちのものだ。
そうすれば、母ですらぼくに指図することができなくなることだし、
誰もぼくに口を出せない。
そうだな。
一日何もせずにのんびりと過ごすもよし、
旅に出るもよし。
いっそのこと別の世界の創造主に、権利を全部売っ払ってしまってもいいな。
ぼくは商取引学が得意なんだ。
「ぼんやりしていてはいけませんよ」
また母がぼくの肩を杖でつつく。
ぼくはにっこりとわらって、
「大丈夫ですよ」と答える。
とにかく今はおとなしく本を読んでいよう。
黙っていてもその椅子はぼくが座るために差し出される。
もうちょっとの辛抱。
ぼくはあくびをかみ殺して全てを捨ててしまえるときを待つ。