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第二話 「夜間の輸送」

 アルに依頼を申し込んだその後、バーグル氏の行動は早かった。

 翌日、早速日時や場所の詳細などこと細かな情報が、バーグル氏から渡された携帯通信機で一気にアルに伝えられる。それこそ濁流のごとく一気にだ。だがそれを器用に頭の中で整理していくアル。改めて確認作業を行うが特に疑う余地はない。それだけ綿密な計画だということだった。

 「さすがバーグル氏か……」

 椅子に腰掛け一人ぽつりと漏らす。バルコニーに面したその部屋は、広々としているがえらく殺風景である。隅っこに幾つかの家具が、窮屈そうに並んでいるだけでこれといって何も無い。

 だがバルコニー側から差し込む日の光が、その殺風景さを幾分和らげる。光は部屋の半分を照らし出し、ちょうどアルの足元まで伸びていた。時間帯によってはもう少し広範囲を照らし出してくれるだろう。

 アルはこれといって何かする素振りも見せず、ただ椅子に腰掛け目を閉じている。他人から見れば眠っているようだが、これはアルなりのリラックス方法だ。仕事の前は必ずこれをするように心掛けているが、別にこれによって何か良い効果を実感したことはない。言わばまじないのようなものだった。

 室内に行き渡る光の筋が、アルの足元から足首に回る。すると閉じていた目をゆっくりと見開き、真っ直ぐ前を見据える。その目付きは普段より幾分鋭いものの、何か感情が込められているわけではない。ただ真っ直ぐ、前を見ている。それだけの行為だ。目先に広がる平原は、普段と何も変わらず、その落ち着いた状態を保っている。

 アルはそれを数秒見続けた後、その部屋から立ち去った。



 日は既に落ちきり、辺りを黒々とした闇が覆う。平原となればそれこそ何も無く、舗装された道路の脇に立つ電灯だけが唯一の明りだ。都市部や街の周辺などはもう少し明るさを保ち続けているのだろうが、こんな場所では期待できない。

 だがその分、夜空に散りばめられた、星の明るを存分に引き立たせ、自然の芸術作品を作り出す。

 その星空の下、薄暗い倉庫の中でアル達は黙々と準備を進めている。今回の護衛任務に参加するのは、アルを含め総勢二十名。全員プレンシス社の私設部隊隊員だ。胸の防弾ベストには、プレンシス社のシンボルである、車輪を横に潰したような刺繍がある。

 全員が装備の確認などする中、アルも一応のチェックを入れる。灰青色の革ジャケットに深緑色のカーゴパンツ、黒のブーツを履いており腰にはマガジンポーチが巻いてある。

 手には、スコープが取り付けられたボルトアクション式のライフルが握られている。ボルトアクションはボルトと言うレバーを手動で前後に動かすことにより、装弾の俳夾と装填をする機構の銃である。単発と連発があり、連発には弾倉が備取り付けてある。

 ボルトアクションは、命中精度に重点を置くため独特の形状のものがあり、また何より手動でレバーを引くという面倒な作業が伴う。そのため中には敬遠する者がいるが、アルはこの作業を素早く、難なく行うことができた。何より速射力を犠牲にしても、遠方からの射撃による絶大な威力がそれをカバーする。

 薄暗い倉庫の中を、今にも消えてしまいそうな電灯が細々と照らしている。倉庫内にあるトラックやジープから影が長く伸びる。これらは今回のためにバーグル氏が用意したものだ。

 その中に一台だけ他とは明らかに違う車両がある。大きさはトラックと同じくらいだが、全身を鉄板で覆われており、その存在が自然と沸き立つ迫力がある。八輪駆動というどんな悪路にも対応できるようになっているそれは装甲車両だった。車両上部には七・六二ミリ機銃が、さらにその後ろには二十ミリ機関砲が備え付けてある。はっきり言って容易に接近できる代物ではない。

 「アルさん、出発時刻ですが準備はよろしいでしょうか?」

 一人の隊員がアルに近づき尋ねる。声の低いその男は妙な威圧感があり、アルは彼を隊長だと直感する。便利屋の勘……というやつだ。

 「ええ、大丈夫です。すぐ出発しましょう」

 改めてライフルを握りなおすアル。その表情は穏やかだった。



 もうすぐ真夜中を回ろうとする頃、ひっそりとした闇に身を潜める男は、構えるボルトアクション式ライフルのスコープを黙って覗き込み続ける。

 男は小高い丘のような場所で腹ばいで伏せており、周囲に生え渡る草草がその存在を隠蔽する。その姿は誰がどう見てもスナイパーそのものだ。銃口は、電灯がひっそりと照らし出す道路に、しっかりと定められている。

 「こちら”黒猫一”、どうだ? 例の車両は通ったか?」

 突然男の耳に当てているヘッドフォンから、若い男の声が飛び込む。

  「こちら”銀狼”いや、まだ通ってない。というより車両は一台も通過していない。ほんとにくるのか?」

 男―銀狼が疑問の言葉を投げかける。それに対し黒猫一は至って冷静だった。

 「ああ大丈夫だ、必ずそこを通る。恐らく用心して時間を少しずらしてるんだ。それより他に何か変化は?」

 「変化って……全く何も。道路とにらめっこしてる」

 銀狼が少し不満そうな口調で言う。だが黒猫一はそれを無視する。

 「わかった。そのままそこに待機だ」

 それだけ言うと一方的に通信を切った。銀狼は鼻をふん、と鳴らすとまたスコープを覗き込む。その先にあるのはやはり薄暗い道路だった。



 同じ頃出発したアル達は、簡単に舗装された道路を延々と進む。アルは数人の隊員と一番前のジープに乗り込んでいる。装甲車を真ん中に、前後をジープ二台で固め、最後尾にトラックが一台続くという配置だ。

 アルは目にしていないが、バーグル氏の言う”品物”は装甲車に積まれていた。装甲車の機銃と機関砲はいつでも発砲できるよう隊員が着いており、警戒にあたっている。アルの隣に座る隊員も、しきりに双眼鏡で周囲を見渡していた。

 一体どんな代物なのか……そんな考えがアルの頭を過ぎる。だが途中で止めた。便利屋たるもの余計な詮索はするべきでない。依頼人の要求にきっちり答える、それだけで十分な筈だ。興味本位で深入することは、後々面倒な事態へ巻き込まれる引き金でもある。だからプロなら決して余計なことはしない。報酬を受け取るその時まで気を抜かず、依頼人の要求に答えること、それがアルがかつてある人から教わったことだった。その人はもういないが……

 そんな物思いにふけるアルをよそに、車両は黙々と進み続ける。頭上から照らす月の輝きは、電灯に紛れたとしてもその存在が薄らぐことはない。最近では、飛行機による夜景遊覧ツアーなどという新たな企画が持ち上がっており、一部地域では既に行われているらしかった。ただし、夜間の飛行は危険を伴うため必ずベテランパイロットの同行が義務付けられている。

 「ん?……なんだありゃ?」

 助手席に座る一人の隊員が、突然不思議そうな顔をしながら双眼鏡に食い入る。

 「どうしたんですか?」

 後部座席に座るアルが、身を乗り出して尋ねる。手にはしっかりとライフルが握られている。

 「いや前方に人影が……脇に車が停めてあるんだ。故障でもしたのかな」

 アルも座席に置いてある双眼鏡を手に取り覗き込む。するとそこには薄明かりの中、人が一人道路のど真ん中に浮かび上がる。脇には車、恐らくは軽トラックが停めてあった。

 「隊長、前方に人影を発見。民間人と思われます。恐らく車両の故障が原因で立ち往生していると思われますが」

 隊員が右手で通信機を、左手では双眼鏡でしっかりと姿を確認しながら報告する。すると出発前にアルが話した、あの男の声が返ってきた。やはり隊長だったかと、自らの勘の命中に特に喜ぶわけでもなく、密かに心の中で思う。

 『特に発煙筒のような物は出していないな……よし、そちら一号車で接近し事情を確認しこちらに報告せよ。それまでこちらは一時待機する』

 「了解、一号車これより接近します」

 隊員のその言葉が終わると一呼吸置き、後方の全車両がゆっくりと停止する。エンジン音だけが辺りの静寂を乱す。

 「これから接触し事情を確認する。全員気をゆるめるな」

 隊長の命を受けた隊員の言葉に全員の顔が引き締まる。アルだけは特に変わった素振りなど見せないが、手のライフルの安全装置を外していた。

 ジープは先ほどよりはスピードを落とし徐々に接近していく。助手席の隊員は前方を、アルが座る後部座席の隊員はそれ以外の周囲を窺う。もし敵襲を受けた場合、前方は囮として引きつけ、真横または後方から仕掛けられる場合があるからだ。あくまで警戒の手は緩めない。

 やがて、あと数十メートルまで来たところで、前方の人影がこちらの存在にようやく気付いたのか、両手を上げ左右に振る。それは助けを呼んでいるようにも見受けられた。

 しかし次の瞬間、静寂を一気にぶち壊す一発の銃声が辺りに轟く。どこから?……という最もな思考を巡らせつつも、隊員達全員がとっさに体を車内に縮める。だがジープが険しい砂利道を走るような、妙な揺れに襲われる。

 「タ……タイヤをやられた!」

 運転手が必死にハンドルを取りながら焦った声を上げる。助手席の隊員は場の状況をよく確認できずにいるが、ジープを狙われたのだけは確かな事実だ。ならば取るべき行動は一つ、こちらも応戦すること。それを上手く頭で整理すると、アサルトライフルを構え前方の人影に銃口を向けようとする。

 だが彼は知らなかった。手を振る男の手に、隠れるよう握られていたものを。そしてそれが投げつけられたことを。突然金属が転がる独特の乾いた音がしたかと思うと、次の瞬間目の前に短く鋭い閃光が走り、煙突を向けられたように白煙が当たり一面に立ち込める。

 「うあっ!……催涙弾か!」

 次から次へと発生する異常な出来事に、ただ黙ってうずくまることしかできない隊員達。しかしだからといってこのままでいいわけがない。すぐに常時してあるガスマスクを頭からすっぴり被り銃を握りなおす。だがその直後くぐもったエンジン音が鳴り響き、一気に遠ざかっていく。

 「くっ、くそ! 逃げられた。隊長! 聞こえますか隊長!」

 助手席の隊員が通信機に向かって必死に呼びかける、が返答は全くない。

 「駄目だ! つながらない!」

 「何だと! いかれちまったのか」

 通信機が使えないことに、更なる不安感を募らせる。また周囲に広がる白煙により、状況の把握すら困難になっていた。

 「完璧に待ち伏せされたなこりゃ。大丈夫かいアル君」

 先ほどから声の聞こえないアルに対し、心配する助手席の隊員。だが返答はない。仕方なく自らの目で姿を確認しようと振り返るが、そこにいるのは仲間の隊員のみ。アルが腰掛けていた座席だけ、ぽっかり空いている。

 「あれ……おっおい! アル君はどこ行った!」

 「えっ……いや狙撃された時にはいたが……」

 その場にいた全員が顔を見合わせた。


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