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第一話 「依頼」

 「で、目は覚めたかしら、アル」

 金髪の女が自らの頭をさする男、アルバート・エボーネスを睨み付ける。一種の芸術品のように整った顔立ちに、印象的な淡い緑色の瞳。黙っていれば男が声をかけずにはいられないだろう美人だが、今の彼女の顔はある意味鬼のように恐ろしい。まるで小動物をいびる肉食動物だ。金髪の女はクリーム色のジャケットにイージーパンツを履いていた。二人はこの家で一番日当たりのよいバルコニーにいる。とても落ち着ける場所で時折吹き込む風がバルコニーを包み込む。

 二人は上品そうな白い椅子に腰掛けており、同じく白いテーブルには紅茶の入ったコップが置いてあった。様々な色の紐が絡み合ったような模様が描いてある。

 「う…うん、すっかり目が覚めたよ。でももうちょっと丁寧に起こしてくれると嬉しいんだけど…」

 「あら? 一番合理的かつ確実な方法だと思ったんだけど……違うかしらシュライト?」

 金髪の女が先ほどから傍に立っている長身で初老の男、シュライトに尋ねる。しかし答えなど最初から決まっている。

 「はい、おっしゃるとおりでございますお嬢様」

 シュライトがそう答えると金髪の女、クレシア・ロッドバードは満足そうな笑みを浮かべた。相変わらずアルは頭をさすっている。

 「まあそれは分かったよクレシア。それじゃあもう一つ、あのロケット弾は何?」

 アルが着弾地点を指差す。

 「ああ、あれね。あれは双眼鏡で覗いてみたらアルったら寝てるんだもん。それでどうしようかな〜て思ったら丁度いいのがあったから、目覚まし代わりに使ったってわけよ」

 「丁度いいのって……ロケット弾?」

 「祝砲よ」

 さらりと言ってのけるクレシア。シュライトは少し顔を伏せていた。

 「だって半年振りよ、半年。それで行ってみれば寝てるんだもん起こしたくなるでしょう。しかも直接顔を合わせたっていうのに第一声が"誰?"だなんてねえ」

 クレシアが不機嫌そうな顔をしながら紅茶をすする。

 「まあ……それは悪かったよ。ちょっと眠気がまだ完璧に覚めてなかったからね。それよりも一体何しに来たの?」

 アルが最も尋ねたかったことを口にする。するとクレシアは先ほどよりも目をパッと開き、紅茶をすするのを止めた。

 「そう! そうだわ! 忘れるところだった。大事な用事があったのよ! シュライト」

 「はい、お嬢様」

 クレシアの呼びかけにシュライトはすぐに行動に移った。ずかずかとアルの横に来るとアルの顔を見つめる。

 「え…あ、な…なんですかシュライトさん…」

 「アル様、これもお嬢様の言いつけですのでお許しください」

 「はっ?…えっと…だから…」

 「失礼」

 それだけ言うと、シュライトは老人とも思えぬ早業で右手をアルの腹に潜り込ませる。

 「うげっ!」

 次の瞬間アルは一瞬情けない悲鳴をあげ、さし伸ばしたシュライトの腕にぐったりと倒れ込んだ。

 「よし! 作戦は成功。シュライト、すぐに出発するわよ」

 満足そうにガッツポーズするとそのまま飛行機に向かうクレシア。シュライトもアルを背負うと後に続いた。


   

 「うっ、う〜ん……あれ?」

 どれくらい気絶していただろうか。アルは今度は腹をさすりながら目を覚ます。だが視界に広がったのは木でも地面でも我が家でもない、あのいつも昼寝の時眺めていた蒼く透き通る空だった。

 「……何故!?」

 この事態を全く呑み込めず思わず叫ぶ。

 「あっ、やっと気がついたアル」

 突然アルの耳にクレシアの声が飛び込む。慌てて手で耳元を触ると、そこには無線機のヘッドフォンがかけてあった。ヘッドフォンからは枝のようにマイクが口元に伸びている。

 「……クレシアこの状況の説明を」

 「誘拐よ」

 一言ですませようとするクレシアだが、もちろんそれで納得するわけが無い。しばし沈黙の後クレシアが悪戯っぽい口調で口を開いた。

 「冗談よ冗談。そんなことするわけないじゃない」

 「いやあれは誰か見てたら十分誘拐だと思うけど……」

 「ん…ううん……まあとにかく、私はただアルに家に来てもらいたかっただけよ」

 無理矢理"誘拐"という言葉から遠ざけようとするクレシア。だがアルもそう簡単には食い下がらない。

 「だからそれは何故? 普通に呼ぶんじゃなくて、何で飛行機で来てしかも気絶させる必要があるの」

 「う〜んと、まあそれはちょっと急ぎの用事だったから……ああもう! 分かったわよ!」

 ついにクレシアは折れたのかヒステリックな声を出す。

 「仕事よ仕事。アルに便利屋として仕事が入ったの」

 「仕事?」

 思わず聞き返すアル。

 「そうよ。それも急ぎのね。アル最近仕事ないんだってねえ」

 「えっ、何でそれを……」

 「まあいろいろと知り合いは多いからね〜」

 アルにはクレシアの澄ました顔が目に浮かんできた。あの見下すような得意げな顔。

「それであるお得意様が家に来て、ちょっと話したらあんたのことを知っててね、私が知り合いだって言ったら是非頼みたいことがあるってことになって」

 「それで僕をさらったってわけ」

 「お迎えに上がったのよ」

 クレシアが訂正するように言うが、とてもそんなやり方ではないとアルは心の中で思う。

 「まあ詳しいことは着いてからきちんと話すから。それまで空の旅を楽しみなさい」

 罪悪感など全く無い明るい声で語りかけるクレシア。それ以上アルは何も言えなかった。いや言ったところで事態は何も変わらないだろう。長年の付き合いからそれを理解する。

 ふと窓越しに外の景色に目をやると、蒼い絵の具をこぼした様にどこまでも空が続いている。その上を幾つかの雲が漂っていた。右に頭だけ動かすとまず大きな湖が目に飛び込み、その隣には豆粒となった町が見える。さらに隣には数キロに渡って森林地帯が広がっていた。

 今度は左に頭を動かす。すると険しい山岳地帯が目に映った。頂上付近は雪が残っているのか、白いハンカチを掛けたような状態になっている。山岳地帯のふもと付近は深い森に囲まれていて、人が住めるような所ではなかった。

 ここリアートク大陸は七割を平地で占められている世界でも珍しい大陸だ。そのためこうした山岳地帯などはほとんど存在しなかった。そしてこの大陸を治めているのがエコーニア共和国だ。

 エコーニア共和国はこの広大な平地を生かし農業・酪農などに力を入れ、その生産率は昔から世界一だった。近年では急速な近代化に伴い、工業生産も順調に伸ばし続けている。総合的に見てもエコーニア共和国は大国と言える存在だった。

 首都ルガーシスは経済などあらゆる分野での中心地でもあり、政府関係機関が置かれている。またエコーニア共和国は政策などを円滑に行うため国土を幾つかの地域に分けていた。各地域には地方長という者が存在し、政府のように法令などを出すという様々な権限が与えられている。ただし政府の許可を得る必要がある。また政府には特別に、地方長にふさわしくないと判断した者を止めさせるという強い権限を所持していた。

 「どうアル。空の旅もいいでしょ」

 クレシアが先ほどとは違いおだやかな口調で話しかける。

 「うん、まあたしかにいいね。嫌な事を忘れさせてくれる。やっぱりエコーニアは僕にぴったりだ」

 満足そうに答えるアル。エコーニアの特色といえばやはりこの無限ともいえるこの大平原だ。あちらこちらに観光名所があり、近年では飛行機によるツアーを活発に行っている。地上をちんたら走るより、空から一望したほうがより美しいということだ。

 また四季に富むリアートク大陸は各季節に合わせた施設も充実しており、それだけでも年間数億人の観光客が訪れていた。

 その景色を飽きもせず眺めるアル。彼の顔は先ほどとは違い明るかった。今だけは……



 「うわ〜やっぱ大きいね、クレシアの家……いや屋敷」

 目の前に立ちはだかる高級感あふれる屋敷を眺めながら感嘆の声を上げるアル。

 三階建てほどの高さで、見た感じアルの家の倍以上の広さを誇っている。白い壁面には名の通った芸術家にデザインしてもらったような複雑な模様が幾つもあり、日の光によってまぶしく輝く。また屋根のてっぺんには金属で出来た鳥のような物が備え付けてあり、まるでこの屋敷の見張りのようだった。庭近く、の木製バルコニーは、数十人がくつろげるような広さを誇っており、独特の木の優しさがその場を包み込んでいる。午後のお茶会や憩いの場としてはもってこいだとアルは思う。

 しかしこの屋敷がまだ敷地内の一部というのだから、ただただ驚くばかりである。

 だがアルが後ろを振り返れば、またそこにはただっ広い平原が広がっていた。

 「大きいって……もう何回も見たでしょう? 大体それは別館だし」

 クレシアが澄ました表情で言う。脇にはあの黒い飛行機が停止しており、機内ではシュライトが機器のチェックをしている真っ最中だった。その作業に迷いなどなく、慣れた手つきで次々と行っていく。

 「さてっと、シュライト。後は任せて大丈夫かしら」

 「はい、もちろんでございますお嬢様。後のことは私にお任せください」

 にっこりと微笑みながら答えるシュライト。

 「そう、ありがとう。じゃあ私達は先に行ってるわね」

 シュライトの笑顔、つまり了解の合図を確認すると、そのまま足を本館方向に向ける。

 「ほらほらアル。さっさと行くわよ。あんた依頼人待たせるつもり」

 「ん? ああ……うん、そうだった。便利屋は依頼人を待たせるなってね。覚えてたんだ」

 「まあアルとこれだけ付き合い長ければね〜。それに私別に便利屋嫌いじゃないし……むしろ興味があるかも」

 悪戯っぽい笑みを浮かべるクレシア。時折吹き付ける風によって彼女の金髪が軽やかになびく。

 一方のアルはしばらく返答に困ったようだが、やがて頭をかきながら

 「お嬢様にいろんな事教えすぎたかな?」

 と尋ねた。

 「あら、行動力のある女性って素敵じゃない」

 アルの問いに対し、クレシアは得意気に言ってみせる。

 「行動力ねえ……」

 先ほどの登場シーン頭に思い浮かべる。だがそれは行動力というよりむしろ、無茶苦茶という言葉のほうがふさわしい。一体誰があんな敵襲ともいえる登場を予想するだろうか。

 「……命を大事にしないと……」

 ぼそりとつぶやくアル。だがクレシアにはしっかり聞こえていたらしく

 「ん? どしたの?」

 と首を傾げながら尋ねてくる。

 「いやクレシアの将来が楽しみだなって……きっとすごい女性になってるだろうね」

 少し意味ありげに言ってみせる。

 「あったりまえじゃない! 何アルってば今さら言ってんのよ。きっと美人で清らかでなおかつ<行動力ある誰もが羨む女性になっているでしょうね〜」

 「………」

 本人に自覚が無いとは、とんでもなく恐ろしいものである。それを今アルは知った。そして自分がその被害者だということも改めて知らされた。

 だが一方のクレシアは、眼を太陽のよう輝かせ将来の自らの理想の姿を思い浮かべていた。


 

 日の光がほとんど差し込まない薄暗い倉庫の中。特に何もないのっぺりとした空間に数人の男が何かを囲むようにして座っている。全身を黒い衣服で覆っており、まるで闇に溶け込んでいるようだ。

 物音一つしないその空間はどこか別世界のようで、男達を取り巻いている。

 それぞれ男達の傍らにはショットガンやらハンドガンなどの銃器が置いてある。

 「なんだっけか?」

 突然一人のバンダナを頭に巻いた男が口を開く。だが他の男達はさほど驚くこともなく、何がだと聞く。

 「今度のターゲットだよ。俺聞いてないんだ」

 すると黒い眼鏡をかけた男が

 「たしかどっかの大企業の社長さんとかだったかな……それ以上の事は知らされていない」

 と答える。

 「ふ〜ん、じゃあ知ってんのはまたあの人だけか?」

 「そいういうことだな」

 黒眼鏡の男が腕組みしながら頷く。しばしの沈黙の後、バンダナ男がまた口を開く。今度は少し重味のある口調で。

 「なんつーか……俺はつくづく恐ろしいよ。あの人が」

 その言葉に、男達全員がかすかな反応を示す。

 「普通少しくらいの詳細俺達にも言うだろう」

 「馬鹿、それがあの人のやり方だろうが」

 黒眼鏡の男がバンダナ男を諭すように言う。

 「誰一人信じちゃいないってのはある意味信用するべき要素だぜ。誰にも詳細を言わない……つまり誰かにばれるわけなんてない。結構なことじゃないか。今回も色々考えてんだろ……俺等はそれを言われた通り実行すればいい」

 そうきっぱりと言い切ると、さらに言葉を続ける。

 「お前あの人が何て言われてるか知ってるか?」

 「あ? んなもんあったの? いや俺そういうの興味ないから全然わかんねえわ」

 あっけからかんに答えるバンダナ男。その様子から、本当に知らないようだった。黒眼鏡が深いため息を着く。それが妙に倉庫内に響く。

 「お前もう少しその辺の事情に敏感になっとけよ」

 「ほっとけ、それより何なんだよ」

 「おっとそうだった……」

 バンダナ男にせかされると、一呼吸おいて黒眼鏡がこう答えた。

 「紅のポーカーフェイス」

 「ポーカーフェイス?」

 バンダナ男が黒眼鏡の言葉を疑問形で繰り返す。早くその意味を教えろといった感じだ。

 「紅はあの人の髪の色、ポーカーフェイスは……分かるだろ?」

 黒眼鏡が表情を窺いながら尋ねる。

 「まあ……たしかにその言葉がぴったり……だな」

 言葉の意味に納得し、頷くバンダナ男。ポーカーフェイス……まさにあの人のためにある言葉だと思ったに違いないだろう。

 その時、倉庫の扉が一気に開かれた。



 クレシア邸本館に到着したアル達は、早速応接間へと向かった。豪華な造りは相変わらずで、もはや形容のしようがなかった。少なくてもアルは、ここ以上に華やかな場所に赴いたことは無い。

 芝生が広がり、今の季節に最もふさわしい花が咲き誇る庭園。玄関の両脇には立派な白い柱がそびえ立ち、扉のノブは光輝く純金。一度中に入れば、そこは別世界のように華やかしい。

 扉を開けた先には広々とした空間が広がり、中央に横幅が広い階段があり、それが二階へと続いている。窓の配置は、日の光が玄関付近に行き渡るようそれぞれ取り付けてあり、今まさしくそこに立つアルとクレシアを優しく照らし出す。出来るならアルとしては、どこか落ち着いた感じを漂わせるその空間に、もうしばらくいたかった。だがクレシアがさっさと先に行ってしまうのでしかたなくそれに従う。

 床一面に広がる赤を基調とした絨毯の上を黙って歩く二人。途中廊下の壁に写真が飾ってあった。広大な高原、悠然と流れる大河、聳え立つ山々、どれもこれもベストアングルで思わず見入ってしまいそうだ。だがクレシアはそれらの存在を忘れているかのように先に進む。

 やがて一つの扉の前で足を止める。そこでクレシアは、軽く扉を数回ノックをしてから中に入る。アルもそれに続く。

 中は思ったよりなかなか広く、窓には薄いカーテンが日差しを適度に遮っている。そのせいか室内は眠くなるように暖かい。中央にはテーブルがあり、それを囲むようソファーが並ぶ。

 そしてそのソファーに依頼者はいた。黒い髭を口元に生やした紳士的な人だった。年齢は見た感じ四十代くらいだとアルは感じる。長年、様々な人に出会ったことによって培った特技だ。目は細く鼻はすっとして高く、黒髪を後ろに流している。身にまとう黒のスーツに乱れなどなく、かなり着こなしている印象を受ける。

 「どうもお待たせしましたバーグルさん。こっちが例のアルです」

 クレシアが軽くお辞儀をすると、アルを紹介する。その時の仕草はさりげない美しさを醸し出しており、やはりクレシアも立派なお嬢様だと改めて感じる。

 「どうもクレシアさん、そしてアル君。私が今回の依頼者です」

 バーグルと呼ばれた男がお辞儀をする。アルもそれに続き軽くお辞儀を返すと、クレシアと共にソファーに腰掛ける。もちろんクレシアのその時の動作もどこか優雅だ。

 「あれ?……あなたバーグルってもしかして……」

 腰掛けるやいなや、アルがあることに気付く。それと同時に横に座るクレシアは呆れたようにため息を着く。

 「ええ、そうですよアル君。私は恐らくあなたが想像しているような人物でしょう」

 バーグルがアルの顔を見ながらにこにこと受け答えする。

 「今気付いたのアル? 今をときめく大企業”プレンシス社”の社長バーグル・シギアス氏。普通顔見た時点で分かると思うんだけど」

 「いやほら……僕ってそういうのうといからさ……」

 言い訳染みたことを並べるアル。だがそのことをクレシアは全く聞いていない、というよりむしろ聞く耳すら持っていなかった。一方のバーグルもさっさと話を進める。

 「先日のパーティーで招かれましてね……そこでクレシアさんとちょっとばかり話が弾みその時にアル君の名を知りました。何でも凄腕の便利屋と聞きましたが」

 「まあ……自分ではそんなつもりはありませんがね」

 控えめな口調で答えるアル。

 「それよりそのバーグル氏がどんなご依頼ですか?」

 本題に移ろうとするアルに対し、バーグルもそうでした、と雑談を打ち切る。細い目を一層細くさせた。

 「実はですね、早い話護衛をしてほしいのですよ」

 「護衛?」

 バーグルの言葉に、アルではなくクレシアが逸早く反応する。大方こういった話には興味津々なのだろう。お菓子を目の前にした子供のように目を輝かせている。

 「ええそうです、護衛です。日時は今ここでは言えませんが、ある重要な”品物”を陸路で運ぶ手筈になっています。アル君にはそれの護衛をしてもらいたいのです」

 「護衛ということは……何らかしらの敵がいるということですね」

 アルがバーグルの表情を窺いながら尋ねる。

 「アルさんも企業同士の争いはご存知のはず……大企業ともなると情報や品物が一つ他に流出するだけで大きな損害を被ります。そのため各社徹底した管理体制を取っていますが……」

 「中には非合法な手口を行う輩がいると」

 アルがバーグルの言葉を継ぐ。

 「その通りです。上手く証拠な残らないようにね」

 付け加えるように言うバーグル。

 「でもどうしてそれを僕に頼むんですか? だって話を聞いたのはクレシアに会った時……そんな簡単に信用するのもどうかと思いますが。僕以外にもこういった仕事を請ける人はいる筈ですし」

 「いやそれはクレシアさんがどうしても引き受けると言うもので……」

 その言葉を聞くやいなやアルがクレシアの顔を、爆弾を見つけたようなぎょっとした目付きで見つめる。

 「クレシア……何か話がちょっと食い違っているような……依頼人は僕にどうしてもってことで来たんじゃないの?」

 「おや? 私はクレシアさんに、”アルは今もの凄く仕事を探しているからお願い!”と言われましたが」

 アルとバーグル、お互いに顔を見合わせる。やがてその視線は自然とクレシアに向けられる。

 「何よその目は……私は仕事の無い暇そうなアルを哀れに思ってバーグルさんの仕事を引き受けたのよ。バーグルさんもちょうど探していたみたいだったし……」

 「いやだから何で僕とバーグルさんに嘘ついたの? バーグルさん僕にどうしてもしてほしいなんて言ってないじゃん」

 「だってそうでもしないとあんた動かないでしょ。バーグルさんも他の人に頼んじゃうかもしれないから、あんたに聞く前に無理に引き受けたのよ」

 「ということは最初から僕の意見は完全無視ということで……」

 「そゆこと」

 呆気にとられるアルに対して、とどめの一撃を食らわすクレシア。バーグルはそれらのやり取りを、にこにこ笑みを浮かべながら眺めている。

 「もうこれは決定事項です。あんたに拒否する権利はとうにありません。はい諦めて仕事にかかりましょう」

 「そんな勝手にって……いつものことか……」

 アルが深いため息をつくと、先ほどまで笑っていたバーグルが会話に割り込む。

 「本当によろしいのですか? 私としてはまあ失礼かもしれませんが、それなりの技量をお持ちの方なら誰でも構わないのです。こちらもそれなりの準備はしますしね」

 そのバーグルの物言いにはどこかアルを試すようでもあった。もしここで断れば、さっさとこの場を去り、他の同業者の下に仕事を持ちかけてしまうだろう。そうなれば二度とアルにチャンスはない。それらを考慮した結果……

 「いえ、是非引き受けさせてください。仕事が今無いのは事実ですから」

 引き受けることにした。

 「……わかりました、では正式にあなたにお任せしましょう。詳細は後ほどこちらからということでよろしいでしょうか?」

 「はいお願いします」

 深々と頭を下げると、いきなりクレシアが背中をばしばし叩く。正直結構痛い。

 「良かったね〜アル! 久々の仕事! しかも依頼主は大企業の社長さん! もう万々歳だね〜」

 「………」

 たしかに仕事を持ってきてくれたクレシアには感謝はしている。しかも相手も相手だから高額な報酬を期待できるだろう。だがやはり、誘拐染みた(というより誘拐)ことをして無理矢理身柄を拘束する必要はあったのかと疑問に思ってしかたない。さすがにここまで来ると、一体次はどんなことをしでかすのか堪ったものではない。いずれ自宅周辺にトラップを仕掛ける必要がありそうだ。

 アルがちらっとクレシアの顔に視線を向ける。そこには、先ほどの上品さを吹き飛ばすような、無邪気な笑顔があった。心から喜んでくれている、そう、それは無邪気な……

 「やっぱ断れないよな……」

 そうぽつりと漏らす便利屋アルだった。


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