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第ニ周目 「ニ裏姉弟」

 第ニ周目 「ニ裏姉弟」


 何はともあれ、オレは美才冶に対して、彼女の恩人探しへの協力を約束した。

 探し人、恩人。美才冶の恩人というくらいだから、やはりそいつも只者ではないのだろう。可哀想に。

 まぁ、実際の話。美才冶の話では、やはりその恩人も只者ではないらしい。どこがどう普通ではないのかが分からないってのが、もどかしいが。

 オレはふとクラス中を見回してみた。

 オレの席は一番後ろ。クラスを見回すには充分すぎる位置に有る。果たして本当にそんなヤツがこのクラスに居るのだろうか?

 と、ふと教室の真ん中で言い争う二人の男女が目に留まった。

 一人は、長身で方まで伸びた黒髪が特徴的な無口でクールな優等生白羽凪子。もう一人は、そんな彼女の双子の弟で最大の汚点である白羽風太。つまりは白羽姉弟のいつもの恒例行事である。

 またフータのやつがろくでもないことを言って、ギコを怒らせたのだろう。いつものことだ。夫婦喧嘩は犬も食わないなんて言うが、こいつら姉弟の場合も同じ。わざわざオレ達が立ち入るような事じゃない。

 オレはそのまま頬杖を着きつつ、成り行きを見守った。


「南天君。あの二人、本当に姉弟なのか?」

 オレと同じように、二人の様子を傍観していた美才冶から唐突に疑問が飛んできた。

 まぁ、その気持は分からないでもない。

 正確も見た目も正反対の二人。オレだって最初は信じられなかったからな。

「ああ、姉弟だ。しかも双子ときてる。苗字も同じ白羽だろ? あんまり似ちゃいないがな」

「ふむ。んー…」

 オレの回答がおきに召さなかったらしく、美才冶はうんうんと唸りながらじっと二人の姿を捉えていた。

 そんな美才冶の様子を見る限り、残念ながら、彼女が今、何を考えているかが手に取るように分かってしまった。

「先に言っておくが、あいつらは極々普通の双子だぞ。とてもじゃないが、お目当ての人物とやらとは思えんな」

「あははっ。嬉しいな。南天君はボクの考えが読めるのかい?」

「そうだな。少なくとも、お前が今、いやーなことを考えているような悪い顔をしてたってのは確かだ」

「そうかい? 照れるな」

 褒めてない。褒めた覚えは一ミクロンもない。

 だが嫌な予感がびりびりしている。オレもこういう悪いときのカンだけは、美才冶ほどじゃねーが自信があった。

「そう怖い顔をするな。君の考えている通りさ、南天君。ボクのカンが囁いているんだ、あの二人が怪しいってね」

 ほらな? やっぱりそうきた。

「ちょっと待て美才冶。さっきも言っただろ? あいつらはただの人間だって。そりゃ双子だから、普通の人間より多少は珍しいかもしれんが、それだけだろ」

 よりにもよって何故白羽姉弟なのか? 何故最初があの二人なのか?

「そうか。確か君は、あの二人と親しいんだったね。そんな君がそう言うんだから、あるいはそうなのかもしれない。だが、ボクも自分のカンには相応の自信を持っているんだ。だからこそ、調べる価値が有るってモノさ。もしかしたら、君の知らない二人の顔を見ることが出来るかもしれないぞ?」

「無駄足だと思うけどな、オレは。ギコはともかくフータに裏の顔とやらが有るとは思えん。だってあのフータだぞ?」

「んふふー、聞こえたぞー。誰だい? 僕を呼んだのはー」

 オレ達があーだこーだと話し込んでいるうちに、いつの間にやら姉弟のじゃれ合いが終わっていたらい。

 呼んでもいないのに、フータのやつがオレ達の側へやってきた。

「別段呼んじゃいないが丁度いい。喜べフータ。美才冶は、お前に興味が有るらしい」

「なになになに? マジデすかソレ? いえーい、やっと来たよ僕のターン。転校生ちゃんのハートを早くもがっちりキャッチなんて、やれやれ、やっぱり僕ってば罪な男だなー」

 見ていて恥ずかしいくらいにハッスルするフータ。こいつに裏の顔が有るって? そりゃ今年一番笑えないギャグだ。

 とはいえ、それもつかの間。有頂天のフータに美才冶の言葉の凶器が襲い掛かる。

「はっはっは、白羽君。君はバカだな」

「え? ば、ば…か…?」

 美才冶に一蹴され凍りつくフータ。ご愁傷様。

 このポジティブの塊のような男をいとも簡単に悉く打ち砕く辺り、やはりお前はただもんじゃないよ美才冶。

「さて、南天君。ちょっと行きたい所が有るんだ。当然、君にも着いてきてもらうぞ?」

「分かった。それは構わんが、もういいのか?」

「うむ。さぁ、時間は有限だ。とっとと行くぞ南天君」

 未だフリーズ状態のフータには目もくれず、颯爽と教室を出て行く美才冶。相変わらず何を考えているのかオレにはさっぱり分からない。

正直、分かりたくも無いのだが。

「あー、お前にしちゃ傷が深いみたいだなフータ。悪いな、とりあえずオレも行ってくるわ」

 一人にしておくと何をしでかすか分からない怖さが、美才冶にはあった。

 オレは、慌てて彼女の後姿を追いかけた。



「風太。いつまでそうやってるの?」

「… はっ。僕ってば、思わぬクリティカルヒットで我を失ってたよ。僕もまだまだ修行が足りないなー。にしても姉貴見てた? あのアラタがいつの間にか転校生ちゃんと仲良くなってたよ? こりゃー、姉貴もいつまでもうかうかしてられな… 嘘嘘、何でもないから。そんな顔で睨まないでよ。ったく、人の気も知らずに。ハァー、アラタのニブチン」

「…… 本当、そうね」


          ◆


「で、本当のところはどうなんだよ?」

 オレは、行き先も告げずにひたすら廊下を突き進む美才冶の背中に投げかけた。

「さぁ? どうかな」

「どうかなって、お前な。それに、怪しいとか言っていたわりに、フータに対してはあっさり引き下がっちまっただろ? それともやっぱりお前のカンが間違ってたってことか?」

 調査というくらいだから、もっと根掘り葉掘り聞き出したり、密着するものかと思っていただけに、オレは少々拍子抜けしてしまっていた。

「南天君。君は大きな勘違いをしている」

 そう言うと美才冶はその歩みを止め、ずずいっとオレの顔を覗き込んできた。相変わらず距離が近い。

「な、何だよ勘違いって」

「言ったじゃないか。ボクはボクのカンを信じているってね。そうだな、どうもカンって言い方が良くないのかもね。これはね、実のところある種のセンサーのようなものなんだ。だからね、根拠が無いっていうより、これ事体がボクにとっての根拠なのさ」

 正直、何を言っているのかさっぱり分からんが、つまり、コイツの言っていることを常識に当てはめちゃいけないってことは理解した。

「それともう一つ、白羽君はやはりクロだ。ということは勿論、姉の白羽さんもだ。彼女らは二人で一人だからね」

「二人で一人? 双子だからか?」

 オレのその問いかけに対し、美才冶はただただ不気味に微笑むだけだった。

 その顔からして、白羽姉弟達について、少なくとも美才冶の捜し求めている「何か」の一旦を掴んでいるように見えるものの、残念ながらどうやらオレにネタバレをしてくれる気はさらさらないらしい。

 仕方が無いので、オレは質問を変え再度チャレンジした。

「それはそうと、具体的にオレ達は何をするんだ? 目的は何処なんだよ?」

「あははっ。ボクと一緒の散歩は不満かい?」

「あのなぁ、不満とかそういうこじゃねーだろ」

「意外とせっかちなんだな、君は。こういうことはね、焦りが禁物なのさ。今はただ、ボクの散策に付き合ってくれればそれでイイ。そう、深く考えずにね」

 やっぱり、こいつの考えている事はさっぱり分からん。

 その後も、時間さえあれば美才冶と一緒に、散策と称して校内を巡るという謎の行動が続いた。

 

 そんな日々が3日ほど続いた後、美才冶の思惑通りかはどうかは皆目分からんが、ある一つの事件が起きた。


          ◆


「ん? わぁーお!」

 美才冶がいつものようにチャイムギリギリに教室に現れ、オレと挨拶を交わし、隣の席に座った瞬間、小さく声を上げた。

「あ? どうした美才冶。忘れもんか?」

「ノンノン、ラブレターさ」

 そう言って一枚の手紙オレに掲げてみせる美才冶。

 そのラブレターとは似ても似つかぬ飾り気のない封筒には、大きくそれも堂々とした達筆な字で、「挑戦状」と、そう書かれていた。

 21世紀のこのご時世、挑戦状などという古風でアナログな手段を用いるような絶滅危惧種がまだいたことに対し、オレは妙な感動を覚えていたと同時に、その果たし状という文字にいささか見覚えがあったことに、嫌な胸騒ぎがするのを感じていた。

 懐からペーパーナイフを取り出した美才冶は、慣れた手つきで手紙の封を破り、中の便箋に目を通していた。

 というか、こいつ今、体育着の上着からナイフを取り出したぞ。どこにそんなスペースがあるのか…。

 オレは深く追求する事をやめ、美才冶が挑戦状とやらを読み終わるのをじっと見守った。

「あははっ。君は罪な男だな、南・天・君♪」

 そう言ってにっこりと微笑んだ美才冶。

 手紙の内容が激しく気になるオレではあったものの、美才冶はその差出人と中身をオレに伝えてくれる気は毛頭ないらしく、オレはもんもんとした気分のまま放課後を迎えることとなった。

 こんなやり方は甚だフェアじゃない。断じて。


          ◆


「さて、南天君。ボクらの時間だ。当然、君にも付き合ってもらうよ?」

 果たし状。

 どうやら美才冶はその手紙の内容に従い、これから指定された場所に向かい、その勝負を受けるつもりらしい。

 足早に教室を出た美才冶の背中を、オレは少し遅れて追いかけた。


「君は、ドッペルゲンガーを知っているかい?」


 後ろを歩くオレの方へ振り返る事もなく、美才冶はそんな質問を投げかけてきた。

 果たしてその質問とこれから向かう果し合いと何の因果が有るというのか? オレはますます混乱しながらも、一先ず答えた。

「また唐突だな。確か、自分とそっくりの人間で、見ると死ぬってやつだろ? まぁ、そんなこと言ったって世の中にゃそっくりさんが4人は居るって言うからな。いずれにしても、オレは信じちゃいねーが」

「ふむ」

「で、それが何だって言うんだよ? 美才冶さんよ」

「んー? ふふっ、いやなに、世の中にはそういうことも有るって話さ。心の片隅にでも留めていてくれれば、今はそれでいい。それよりほら、着いたぞ。君も覚悟を決めてくれよ? 南天君」

 美才冶と脈絡の無い会話を続けているうちに、どうやら目的の場所にまで到着したらしい。

 オレは改めて回りを見回してみる。

 ここは運動場の片隅。その中心では野球部が練習を始めている。この学園に入学してこのかた、帰宅部を通しているオレにとっては縁の無い世界。

 放課後のグラウンドに居るオレ。今、自分がとても場違いなところに居る気がしてならなかった。

 果たし状の差出人、件のその相手はまだ現れていない。

 そんな大層なものを差し出しておいて、未だ姿を見せていないとは、なかなかに肝の据わった相手なのは確かなようだった。

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃねーか? 誰なんだよ、その差出人は」

「ふふっ。そう言いながらも、君だって薄々気がついてるんじゃないのかい? それに…」

 美才冶が何かを言いかけたそのとき、オレ達の後方から聞き覚えの有る声が聞こえてきた。

 聞き覚えが有るどころか、聞き飽きたと言っても過言ではないこの声の持ち主、それは。


「へいへいへーい。待たせたねーご両人」

 ああ、そうだ。聞き間違えるはずが無い。

 この何のストレスも掛かっていないような、ひたすらにスットンキョーな大声。オレは後ろを振り返りながら力の限り叫んだ。

「って言うかお前かよ、フータ!」

「んふふ、実はそーなのです。僕ってばこの度アラタを、ゴフッ」

 腹立たしいほどのすまし顔で解説を始めたと思ったのも束の間、フータは口から泡を吐き、グラウンド中に響き渡るほどの物凄い衝撃音と共に運動場にて散った。

 コイツの事ををうざがっている人間は数知れずだが、コイツに対して、ここまで容赦ない仕打ちが出来るのオレを除いてたった一人しか居ない。

 つまり、真の差出人も自ずとその人物ということとなる。

 あまり考えたくなかったが、どうやらそういうことらしい。だが何故? 何のために?


「… 何故だ、ギコ。フータならまだしも、何でお前がこんなマネを?」

 ギコはいつものように、感情の無いすまし顔で平然と答えた。

「あーちゃんには分かんないよ。これは、私個人の問題だから」

 そう言うや否や、オレの奥に居る美才冶をじっと見つめるギコ。

 と言うか、あんな風にギコから断言されたのは、オレにとって少なからずショックだったりするわけで。

 だが、ギコが果たし状とやらを出したのは間違いないらしい。

 何度も繰り返すが、一体全体何のために?

 この場において、恐らく唯一その理由をしらない人物であるオレは、必死にあれやこれやと思惑をめぐらせる。が、悲しいかな答えは出ない。

 妄想家として、想像力には自信があっただけに、全くもって情けない話だ。

「こういうのを岡目八目と言うんだ。覚えておくと良いぞ、南天君」

 そう言ってオレの肩をポンポンと二度ほど叩いた後、颯爽とオレの前を通り過ぎ、件のギコと対面する美才冶。

 どうやら、オレが蚊帳の外なのは確定事項らしい。

 こうして二人が並ぶと、ギコが女性にしては背が高いって事と、反面美才冶はミニマムということで、その身長差が如実に露となる。

 傍から見ていると、二人が同じ学年とはとても思えない。まぁ、美才冶のやつに限っては、実際のところその実年齢すら不明瞭な感じがするが。

「あー、そうそう、南天君。君はどこか隅っこの方で少し待機していてくれないか? ボクはこれから白羽さんとちょっとした確認をしなければならないのでね」

 そう言い放つ美才冶と、その通りだと頷くギコ。

 そうですか、やっぱりオレは蚊帳の外ですか。

 何ともいえない歯がゆさを抱えながらも、二人に言われた通り素直にグラウンドのさらに隅っこの方の木陰に腰掛け二人の成り行きを見守ることにした。すると、いつの間に復活したのか、フータがオレの隣に腰掛けてきた。

「ここだけの話。実は結構感謝してるんだ、あの転校生に」

 その横顔がいつに無くまじめな表情だったため、オレは口を挟むことなく黙ってフータの語りに耳を傾けた。

 というか、こいつもこんなまじめな表情出来たんだな。この顔でだまっていれば、実は相当もてたりするんじゃなかろうかなどと思ったものの、フータのくせに生意気だったため、あえて口にはしなかった。

「アラタも知っての通りさ、姉貴ってばあんな性格だから。思ってる事もなかなか表に出さないで、もんもんと溜め込んじゃうタイプなんだよねー」

 確かに、同じ双子でもフータと真逆でギコは感情を表に出さない。

 というか、嘘みたいな本当の話、オレは彼女が怒った顔も、泣いた顔も、笑った顔さえ、見た事が無かった。

 クールと言えば聞こえは良いが、その実鉄面皮に近いものがあった。あまりに近くに居すぎて、普段気にしたことは無かったが。

「あの転校生の突然の登場ってやつで、姉貴もちょーっと焦ったみたいでさ。いつに無く姉貴がポジティブになってくれて、僕としちゃーそれはそれは嬉しいわけですよー」

「は? ちょっと待て、そもそもなんで美才冶が転校してきて、ギコが焦るんだよ? しかも何で果たし状なんて物騒なもん送りつけてんだ?」

「アラタさー、それ本気で言ってるの?」

 フータはわざとらしく大きく溜息をついた後、にやにやしながら言う。

「神様、このとーへんぼくで朴念仁な超々鈍感野郎に天罰を与えちゃってください!」

「そこで何で神頼みなんだよ。意味が分からんぞ?」

「この鈍感さは、もはや神様じゃなきゃ矯正出来ないってことだよ」

 意味が分からない。何と言うか、今日は蚊帳の外の大安売りらしい。


 フータとそんな不毛なやりとりをするうちに、二人がこちらへと戻ってきた。

 どうやら、その確認事項とやらの話し合いは終わったらしい。

「聞いてくれ二人とも。ボクと白羽さんはこれからとある勝負をする事になった。二人にはその勝負を見守っていてもらいたい」

「元からそのつもりだったし、それは構わんが、勝負方法は何だ? まぁ、二人の格好とこの場所を考えれば…」

 美才冶のやつはいつもだが、今回はギコもジャージ姿だった。

 確か、終礼時は制服だったからあの後わざわざ着替えたのだろう。オレ達より少し送れてきたのはそのためか。

「あーちゃん。5本勝負で、先に3本先取した方が勝ち。ちなみに最初の勝負は50M走」

 二人の間にどんな取り決めが交わされたかは分からんが、少なくとも美才冶の方はこれを逆手に利用し、ギコの秘密ってやつを(最も、そんなのがあればの話だが)暴く気まんまんのようだった。

 何はともあれ、一先ずはいきなりの殴り合いやら、オレの想像を超える謎の力を使っての厨ニ能力バトル、なんてものが始らなかっただけでもよしとするべきなのかもしれん。

 二人は一度だけ視線を交わした後、それぞれの準備へと取り掛かっていた。

 フータがギコのセコンドに着いたため、オレは自然な流れで美才冶のセコンドに着いた。

 その瞬間、ギコがオレの方をじーっと見ていた気がしたが、きっと気のせいだろう。オレは気を取り直して、目の前でシューズの紐を結びなおしている美才冶に忠告した。

「言っておくが、ギコは運動系の部活にこそ所属してないが、相当の運動神経とセンスの持ち主だ。そんな相手に」

 そう言かけた瞬間、屋上でのあの出来事がオレの脳内にて鮮明にフラッシュバックした。

 美才冶が普通じゃないということを、オレは唐突に思い出したのだった。

 そうなのだ。こいつはそういう類の人間だったのだ。だったら、この場でオレが言えることは唯一つ。

「オレがどうこう言える立場じゃないんだろーけど、まぁ、ほどほどに頑張ってくれや」

 結局のところ、オレは忠告から些細な応援へと美才冶へ投げかける言葉をチェンジした。

「ん、ありがとう。安心したまえ、ボクも一旦勝負を受けた以上、負けるつもりは一ミクロンもないからね」

 オレはそんな言葉を聴かされて、何をどう安心すれば良いのか?

 そんな言いようの無い不安を募らせる最中、美才冶とギコの二人は、意気揚々とスタートラインへついた。

 美才冶はともかくとして、普段あれだけクールなギコがこんなにも感情を露にするとは意外だった。

 最も、その顔に至ってはいつものポーカーフェイスそのものだったが。

「あははっ。白羽さん、君でもそんな風に熱くなる事があるんだね? 君はもっとドライでクールな人かと思ってたよ」

「内容による」

「んー、成る程。今回はその一歩も譲れない内容ってわけだ。さて、腹の探り合いは一先ずこの辺にしておこうか? 南天君、スタートの合図を頼んだ」

 ご指名だ。オレは緊張した面持ちでスタートラインへと歩み寄った。

「正直、二人の間にどんなやり取りが交わされたのか、オレにはさっぱり分からん。今日に至っては終始蚊帳の外だったからな。そんなオレが言えることは一つだけ。二人とも、恨みっこ無しで頼む」

 二人は互いに一度だけ静かに頷き合う。

「おし。準備は良いな? いくぞ、3、2,1… ゴー!」


 オレの合図と共に一斉に飛び出す二人。

 先頭を切ったのは当然と言うべきなのか、意外と言うべきなのか、何を隠そうギコだった。

 流石は学年有数の運動神経の持ち主。

 その凪子というその名前とは裏腹に風のようにライン上を真っ直ぐに駆け抜けていく。

 ギコのフォームはいつ見ても美しい。その走りに一切の無駄が無いからだ。などとギコの走りに見惚れていると、いつの間にやらその後ろにぴったりとくっつく美才冶の姿が見えた。

「は?」

「えっ?」

 その瞬間、オレとフータは同時に声にならぬ声を発していた。

 美才冶がギコの後ろにぴったりとついた次の瞬間、美才冶はあっという間にギコを追い越し、ゴールへと到達していたからだ。

 美才冶がギコを追い抜かしてからゴールするまでの瞬間。オレは、その明確な瞬間を見る事が出来なかった。


 スタート直後の美才冶は、確かにギコの遥か後方にいた。

 その走行フォームはお世辞にも整っているとは言えず、ぶっちゃけるとめちゃくちゃだった。どう見ても素人そのものだった。

 が、次の瞬間にはギコの真後ろにはりつき、さらに次の瞬間にはゴール。

 ははは、何がどーなってんだこれ? タイムを計っていなかったのが悔やまれるような勝負。

 いや、逆にタイムを計っていなくて良かった。本当に良かった。危うく色んなものが覆されてしまうところだった… かもしれない。

 実際のところ何が起こったのか? それは美才冶と一緒に走っていたギコにしか分からない。


「だーっはっは。さて、まずはボクが1勝だな、白羽さん。んー、どうだ? 怖気づいたかい?」

 あからさまな美才冶の挑発。

 そんな美才冶を一瞥もせずただ一言、「まさか」そう呟いたギコ。得体の知れぬ相手を前に、ギコはまだまだ勝負をあきらめちゃいないらしい。

 そう、勝負はまだ始ったばかりなのだから。


          ◆


「次の勝負だ。確か、取り決めでは負けた方が競技内容を決められるんだったね? さーて、どうする白羽さん? ボクは何だって受けて経つ所存さ」

 相変わらず自信満々な美才冶。

 勝負は5回戦のうち先に3勝したほうが勝利。この流れを変えるためにも、次の競技選びは重要になるはず。

 ギコのヤツはどうするつもりだろうか。

「…」

 しばしの沈黙の後、ギコの出した答え。

「大食い勝負で、どう?」

 どうやら、美才冶はギコにプライドに火をつけてしまったらしい。ギコのヤツ、怖いくらいに本気だ。

「あ、姉貴マジでいいの?」

「問題ないわ」

 あえて言おう。ギコは大食いだ。

 その細い体のどこにそれだけの量が入るのかと問い詰めたくなるレベルの大食い。ギコと知り合った最初の頃、オレは何度も度肝を抜かされたものだった。

 食べ盛り真っ盛りだった当時のオレは、ギコに何度と無く挑み、そして敗北した。

 彼女は、フードファイターなのだ… と言いたいところなのだが、あくまでそれは過去の話だったりする。

 フータが焦ったのも、実はこの点に有る。

 なぜならギコは、数年前の有る日を堺に、得意の大食いを突然辞めてしまったのだ。

 一体何が原因だったのか? 今では知る好も無いが、一つだけ言える事があるとするなら、わざわざ数年間の沈黙を破ってでも得意分野をぶつけてくるギコは、とことん本気だと言う事。

 一方、それに対して美才冶の反応はと言えば。

「面白い! 実に面白いぞ、白羽さん。あははっ、大食いときたか、んー、腕が鳴るじゃないか。いやいや腹が鳴るというべきか?」

 何故かひたすらに楽しそうだった。というか何だこいつのこのテンション。

「ギコ、店はどうする? いつものとこでいいか?」

「うん。それでいい。私、絶対に負けられないから」

 ギコの決意は揺らぎ無いようだった。



 一旦戻って着替えたいという白羽姉弟を残し、俺と美才冶は一足先にいつもの店こと、とある飯屋へと向かっていた。

「大食い。いつも得体のしれん液体食料ばかり呑んでるお前には、最も縁遠い言葉な気がする。本当に大丈夫なのか?」

「あははっ。そうかな? あれはあれで美味だと思うんだけどな、ボクは。それはそうと、今から向かう店は良く通っているのかい?」

 微妙にスルーされた気がしないでもないが、オレはあえて追求はせず美才冶に答えた。

「そうだな。昔は良く二人で通ってたよ。今でも時々は三人で食べに行くが」

「二人? それは白羽さんと二人で、ということか? 風太君抜きで?」

「? 何だよ、えらく食いつくじゃねーか。別に不思議でも何でもない。オレがギコと出会ったのは、今から行くラーメン屋がきっかけだったりする。さらに言うと、むしろ最初の頃はあいつに双子の弟がいるなんて微塵も知らなかったくらいだ」

 2,3年前の話。この町にやってきて間もなく、オレはふらりと近所のラーメン屋に入った。

 薄汚れた看板、今にも潰れそうな小さな店。お世辞にも客のよりつかなそうな、そんな佇まいのラーメン屋。

 オレは、その雰囲気が何故か気に入り、それから連日通う事となった。

 オレの予想通り、その店はいつ寄ってもがら空き。そんな状態が何回か続いた有るとき、そのラーメン屋に一人の女が現れた。

 女一人でラーメン屋。しかも大食いメニューに挑戦する学生服姿の女。

 その女はオレの目の前で、その山の如し大食いメニューをあっという間にぺロリと完食して見せた。

 ある種の感動すら覚えたオレは、彼女に対し、盛大な拍手と賛辞を送った。ブラボー、おぉブラボー、と。

 それがオレとギコの出会い。

 その後もこと有るごとにそのラーメン屋で顔を合わせることとなり、やがて実は家がお隣さん同士だった事や、双子の弟がいるということなどを知ったのだった。

「興味深いな、その話」

「そうか? もう少し詳しく話してやってもいいが、ほら、見ろ。分かるか? あそこだ」

 オレの指さすその先に、いつもと変わらぬ汚い看板がそこにはあった。看板ってヤツはいわゆる店の顔だろ? いつも閑古鳥が鳴いているその原因の一端ってやつが垣間見える。残念ながら、ここの店主は毎朝顔を洗うタイプではないらしい。

「成る程、実に汚いな。店主の趣味か何かか?」

 美才冶は彼女らしい実に率直な意見を述べた。何処の世界にそんな残念な趣味の飲食店経営者がいるんだよ。

「だがボクは知ってるぞ。こういう店こそ実は隠れた名店だったりするんだろ? 違うか? 南天君」

 テレビの見すぎだ、美才冶。そんなのはテレビの中だけ、幻想だぞそれは。

「あえて言い切るが、別に美味くは無い。おまけにメニューも少ない」

「あははっ。可笑しなことを言うな、君は。それじゃ君や白羽さんは何故その、クソ不味いラーメン屋の常連にまでなったんだ?」

「おいおい、流石にそこまでは言ってねーよ。特別美味くも無いが、不味くも無い。普通だよ、普通。普通なのは良い事さ。でもそうだな、あえて言うなら、オレはこの店の雰囲気が好きなんだよ」

「成る程、つまりは君達はマゾというわけか」

「聞いてる? オレの話ちゃんと聞いてる?」

 店の入り口で、いつまでも不毛なやりとりを繰り広げるオレと美才冶。

 気がつくと、数メートル先にギコとフータの姿が見えた。

「なになに、わざわざ店の前で僕たちが来るのを待っててくれたの? さっすがアラタ。やっさしぃーんだからー」

「ごめん、待った? こいつが着替えるの遅いせいでゴメンね? 本当、いっぺん死ねばいいと思う」

「ショック!」

 ギコの毒が炸裂したところで、オレ達は揃ってのれんをくぐった。


「… しゃぃ」

 相変わらずめちゃくちゃ小さい「いらっしゃい」を聞きながら、オレ達は中央の席へと座った。

「南天君、今の聞いたか? シャイって言ったぞあの店主」

「ああ、言ったな」

「かなり小さかったからよく聞き取れなかったんだが。確かにシャイと言った。つまりそういうことなのか?」

 つまりどういうことなのかさっぱり分からないが、ラーメン屋に来て微妙にテンションの上がっている美才冶を宥めるためにも、オレは適当に相槌を打った。

「ああ、つまりそういうことだな」

 すると、美才冶はにやりと笑いながら高らかに言い放った。

「つまり、自分はシャイだと、だから声が小さいんですよと、つまりそいういうことか!」

「全然違うからちょっと黙っててくれないか? 美才冶」

 何処の世界に、開口一番初対面の相手にシャイだと宣言するシャイが居るんだよ。そりゃシャイでも何でもなく、ただの頑張り屋だ。 

「そ、そうなのか? すまん。でもな、でも、そんな風にぴしゃりと言わなくても良いじゃないか。今のはちょっと傷ついたぞ南天君」

「お前が何時に無くフータ並みにはしゃいでたのが悪い。というかラーメン屋にきたくらいでそのテンションはどう考えても可笑しいだろ」

 まるで初めて遊園地に来た幼稚園児並みのはしゃぎっぷりだった。ん? 初めて? いや、まさかな。でもコイツの事だからもしかすると…。

「美才冶。つかぬ事を聞くが、もしかしてお前、ラーメン屋に来るの初めてか?」

「わぁお! 良く分かったな、南天君。やはり君、ボクの心が読めるんじゃないか?」

 なん… だ、と? 

 四人の間に微妙な空気が流れ出し始めた中、すかさずフータがフォローに回る。

「へぇー、そうなんだ。でもそうだよね、女の子はあんまりラーメン屋なんて入らないよね?」

「うむ、そうだな。でも勘違いしないで欲しい。ボクはラーメン屋どころか、こうやって友達と一緒に何か食べるというイベントすら、これが初めてだぞ?」

「!」

「!!」

「!!!」

 三者三様の驚き。

 何ということだ、どうやらオレ達はとんでもない大型地雷を踏んづけちまったらしい。

「あははっ。いやはや、恥ずかしながらボクって大抵の場合、ちょっと痛い人だと思われてるらしいからね。本当、失礼な話だと思わないか?」

 ちょっと? ちょっとじゃねーだろ、ちょっとじゃ。

 だが、そんな事はこの際どうでもいい。それよりどーすんだよこの空気。


「… 勝てる気がしない」

 ええええええ、どーしたギコ。さっきまでの勢いは何処へ行った?

「何か、ごめん」

いきなり謝ったー。何故か、フータがいきなり謝りだしたー!

「若いの。今日はおいどんの奢りだ。たんと食ってってくれ」

 泣いてるー。何故か店主が泣いてるー。しかも奢りとか言いだしやがったー。

 というか、まともに喋ってるの初めて聞いたー。

 いやいやいやいやしかも今、おいどんとか言ってなかったか? 気のせいか? オレの幻聴か?

「おぉ、すまんな店主。やはり、ここはいい店だな。ボクの思った通りだ」

 お前はお前で、あっさりと嘘つくんじゃねええええええええ。さっきまで汚ねぇ、とか抜かしてやがった癖に。


「さて、それじゃ気を取り直して2回戦を始めようか? これはこれそれはそれだからね」

 美才冶のそんな呼びかけに対し、気合の入れ直しとばかりに2度ほど自分の頬を叩いたギコ。乾いた音がラーメン屋に響き渡る。

「ルールは、簡単。今から注文する特別メニューを、先に食べた方が勝ち。以上」

「うむ、それは確かに単純明快だ。して、そのメニューとは?」

 美才冶がそう尋ねた瞬間、店主が両手いっぱいにありえないくらい大きなラーメンどんぶりを抱えてやってきた。

 例えるなら大昔、洗濯の際に用いたあの金ダライ位の大きさ。ラーメンって言うレベルじゃねーぞこれ。

「オレの気のせいか、以前ギコが完食したやつより数倍はでかい気がするんだが?」

「うん。今日のために、おやじさんに作ってもらったの。いわゆる特注」

 もはや人類が食べきれる量とは思えない。

 食い物というより、こういう風景なんじゃないかと誤認しそうな光景だ。見ているだけで胃がむかむかしてくる。というか食っても無いのに既に吐きそうなフータ。

「ザッツライト。残さず食えよ、食えば分かるさ、いくぞー、1、2、3、スタート」

 そして、何故かいきなり勝負を仕切りだす店主。

 というか何で英語なんだよ。何で猪木なんだよ。もはやキャラぶれぶれだよ。オレの知る無口無愛想キャラはどこいったんだよ。

「… いただきます」

「あははっ。何だ、存外美味しそうじゃないか。それでは、いただきます」

 律儀にも、そんな突然の店主の掛け声とともに、食べ始める二人。

 熱々のラーメンだけに、冷ましながら食べていく事になる。だが、あまりに時間をかけすぎると麺が延びただでさえおぞましい量の麺がさらに恐ろしい事になってしまう。いかに効率よく食べていくのか? この勝負、ただ単に無計画に食べていくだけでは到底完食には辿り着けない… と思っていたのは、オレだけでなかったはず。

 それなのに、どうして? 何故? ホワイ? 一体どうしてこうなった?


 人間掃除機。そうだ、こいつの正体はそれに違いない。

 結果から言うと、美才冶が圧勝した。圧勝したのだ。

 

 1回戦の50M走と違い、美才冶は序盤から飛ばした。

 まるで熱さを感じないかのように、まるで食べたものがブラックホールにでも吸収されているかのように、最初から最後までペースを崩すことなく食べきった。おまけにスープまで飲み干す余裕さ。その光景はオレが今までに見たどんなハリウッド映画よりも迫力があった。むしろあの食いっぷりをDVDで販売したらそこそこいいヒットを飛ばしそうな、そんな勢いだった。

 ギコも充分健闘したと思う。その証拠にどんぶりの半分以上は空になっているのだから。それでも、それでも今回ばかりは相手が悪いとしか言いようが無かった。

 最後の最後まで粘った挙句、食いすぎでぶっ倒れてしまったギコ。

 昔から、比較的背の高い彼女を背負うのはオレの役目だった。運動スキルが高い反面、何かと怪我が耐えなかったギコ。そんなときは決まってオレが保健室や自宅まで背負い運んだ。なぜなら、双子の癖にギコやオレよりずっと背が低く小柄で華奢なフータにギコを運ぶ事は困難だったから。

「白羽さんが倒れてしまった今、こんなことを言うのも酷だが、勝負はボクの2勝のまま不戦勝で終わりだな。彼女にこれ以上の続行は不可能だろうし。んー、ボクとした事がちょっとはしたなかっただろうか?」

 ラーメン屋からの帰り道。オレの隣の美才冶が、ぽつりとそんな事を呟いた。

 が、美才冶のその言葉に反応したのはオレではなく、フータだった。

「僕がやる」

「何をだ?」

「だからー、僕が姉貴の代わりに、勝負の続きをするって言ったの!」

「いや、お前じゃ無理だろ」

「もー、相変わらずひどいよアラタは。僕は本気なの!」

 流石のシスコンっぷり。

 だがまぁ、お前のシスコンもここまで来ると有る意味立派だ、フータ。

「いいね。悪くない提案だ。このままじゃボクも夢見が悪いと思っていたところさ。ボクなら構わないよ? 風太君」

「ヘイヘーイ。そうこなくっちゃね」

「それで、どうすんだフータ? 勝負の内容は?」

 有る意味最終局面である3本目。ここで負ければそのままこの勝負は終わり。だが、勝つ事が出来れば流れを変えることも可能だろう。

 が、フータはフータ。

 残念ながら、やつには姉であるギコほどの身体能力も、体力も、ついでに学力さえも持ち合わせては居なかった。

 そんな重要な場面でフータはどんな勝負を選ぶのか。

「んふふ。さっきのラーメン屋での会話から察するに、転校生ちゃんは一般常識や世間からちょっちずれてるんだよね」

 流石の美才冶もお前にだけは言われたくねーだろうな、と思いつつも今はただ黙ってフータの力説に耳を傾けることにした。

「ということは、こんなので遊んだ事も無いでしょ?」 

 そう言ってポケットからフータが取り出したもの。それは、プレスタ3のコントローラーだった。


           ◆


「ほう。ここが風太君の部屋か。男性の部屋に入るのは初めてなんだが。んー、いやはや。何というか、君は実に欲望に忠実なようだね?」

 オレ達はフータと3本目の勝負をするため、白羽家のフータの部屋までやってきていた。相変わらずの汚部屋っぷり。

 いわゆるエロ本やらアニメDVDやらが辺りに散乱していたり、さまざまな機種のゲーム機が置きっ放しになっていて足の踏み場が無い。

「しかしお前、流石にずるくないか? 格闘ゲームで勝負とかってのは」

 しかも、オレと一緒に数百時間はとことんやり込んだゲーム。

 一方の美才冶は、フータの読み通り、ゲームのゲの字も知らないようなズブの素人。いまや老若男女がゲームをプレイするこの時代において、一度もゲームと関わりのない人生を送ってきたという美才冶。これはもう卑怯を通り越して、大人気ないとしか言いようがないぞ、フータ。

「悪く思わないでね? 転校生ちゃん。これもすべて姉貴のためだからさ。僕ってば姉貴のためならオニにも仏にもなれちゃうんだな、これが」

 その姉は、フータのベッドでぐったりしているわけだが。

「ささ、とっとと始めようか? んふふ、コントローラーの持ち方は分かるかにゃ?」

「む? 幾ら初心者でもそれくらいは分かるぞ? バカにしてもらっちゃ困るな」

 いやいや、それ思いっきり上下逆だから。というか幾らなんでも持ちにくいだろ。初心者でもフィーリングで分かるだろそれくらい。

「にゃーはっはっは。ほらほら、転校生ちゃん、好きなキャラ選んでいいよ?」

「いいのか? それはスマンな。それじゃボクは、こいつにしよう」

 ジーザス。

 美才冶が選んだのは、ゲーム中最弱といわれるキャラだった。

 まぁ、そもそもキャラの性能以前にゲーム知識と技量に月とすっぽん並みの差が有る時点で、どう転んでも勝ち目は無いんだけどな。

 今回ばかり、は幾ら美才冶でもどうすることは出来まい。

「ステージ選択終了。さーて、始っちゃうよー? 準備はいいかな? 転校生ちゃん。ツーラウンド制だから、2本先取したほうが勝ちね」

 などとのたまううちに、ロードが終了し、1本目開始。

 … 結果は言わずもがな。

 美才冶ががちゃがちゃとコントローラーを動かすうちに、フータが大人気ないコンボを決めつつパーフェクトでKO。

 そりゃそうだ。

 目の前の決まりきった勝負に目を背け、オレはフータの部屋の窓から外を眺めていた。

 窓から入ってくる風が気持いい。こんな天気のいい日に、オレ達は一体何をやっているんだ。

 オレがそんな風になんともいえない気分に浸っている間に、どうやら決着がついたらしい。部屋中に、KOのアナウンスが響き渡った。

 あーあだよ。

「全く、次はもうちっとマシな方法で… ってどうした? え? え?」

 オレ目の前には燃え尽き真っ白になったフータと、興奮状態の美才冶がいた。

「だーっはっつは。南天君、このプリステ3ってやつは面白いな? 一家に一台ってのも頷ける」

 画面にはその存在を主張するように「リプレイ?」の文字が点滅していた。

 が、わざわざ確かめるのが恐ろしかったオレは、そのままそっと電源を落とした。

「えーっ? 終わり? もう終わりなのか? 南天君、ボク、これでもう少し遊びたい!」

 そんな風に目を輝かせ、まるで尻尾を振る子犬のように純真無垢に訴えかけてくる美才冶。

 分からん、こいつのことがますます分からん。

「OK。ときに落ち着け美才冶。この際一先ずプリステ3のことは忘れよう。そして思い出せ、お前の目的を」

「っと、そうだったな。ボクとした事が、面目ない。ついついプリステに魅了されてしまったよ。南天君に諭されるなんて、ボクもまだまだだな。うむ、勝負は勝負。これでボクはストレートで3勝ということになるわけだ」

「うええええええええ。ごべんよおおおおあねきーーーーー」

 泣き崩れその場で大の字に倒れこんだフータ。

 相変わらずオーバーリアクションなやつだ。一応責任の一端を感じているってことなんだろうが。

 と思ったのも束の間、フータのやつ、今度はじたばたと暴れて駄々をこね始めやがった。ガキかお前は。

「うわーんばかばかばかー。アラタのバカー」

「イヤ、何でオレなんだよ」

 唯でさえ狭い部屋で、フータが暴れやがっておかげでどうやらギコが目を覚ましたらしい。

 ギコは泣き崩れるフータと、何故か先ほどからずっと仁王立ちの美才冶の様子を見て、全てを悟ったようだった。

「… もういい、もういいよ、風太。約束は約束。私たちは、負けたの。この人は、普通じゃない」

「ううっ、あ、姉貴」


 こうして、美才冶とギコの果し合いと言う名の三本勝負は、美才冶のストレート勝ちで幕を閉じた。

 ある程度予想は出来ていたものの、やはり美才冶の力は圧倒的だった。オレは、今回のことでますます美才冶という人間の事が分からなくなっていた。

 こいつは一体何者なのだろう? そもそも人間である事さえ怪しく思えてきて仕方がない。

 それはそうと、今回の場合、一体オレはどんな顔をして二人の前に立てばいいのだろうか。喜ぶべきかなのか? 悲しむべきなのか? そもそもオレには何一つ知らされず始った勝負。決着がついた今、そろそろネタばらしをしてくれてもいいと思うのだが。

 そんなオレの思考を読んだかのように、美才冶が言う。

「ふふっ、そんな顔をするな南天君。確かにボクは勝者というより瀟洒な方だが、別段白羽さんを獲って食おうってわけじゃない。南天君、勿論君のこともね」

 そう言って、ギコとオレの顔を交互に見た美才冶は、そのままフータのベッド、つまりギコの隣へと歩み寄った。

「白羽さん、君には昔話をしてもらう。そうだな、君と南天君との思い出なんてどうだい?」

「!」

 またオレか。

 美才冶のやつどういうつもりだ? てっきりどストレートにギコから聞きだすつもりかと思ったが、何か考えがあるということあろうか? というか、何でオレとギコの昔話何だよ。

「… 分かった。話すわ」

 何故かは知らんが、ギコは決してオレと目を合わせまいと窓の外を眺めながら、その口を開き始めた。



「あの頃私は、いつも独りだった」

 ギコは相変わらず空を眺めている。まるでその先に、過去の自分が見えているかのように。

 ん? というか今のギコの発言、ちょっと可笑しくねーか? … 独り?

「別に、悲劇のヒロインを語るつもりは無いわ。言葉通り、独りぼっちだっただけ。友達は居なかったし。両親は共働きだったし。いわゆるカギっ子ね」

「うむ、独りか。ボクと一緒だ、あははっ」

 美才冶のやつ、事あるごとに地雷を仕込んでくるのは一体何のつもりだ?

「今思えば、私は家が嫌いだったのかも。食事はいつも外食ばかりだったし」

「成る程、だからこそのさっきのラーメン屋か。大食いクイーンの誕生ってわけだ。あっはっは」

 いや、その大食いクイーンを食い負かしたやつが何を抜かすか。

「… そう。その頃は、近所の飲食店を荒らして回るのが趣味だった」

「おいおい、本当かギコ?」

「うん。風神って呼ばれてた」

 そう言って無表情ながらも、ちょっとだけ顔を赤くしたギコ。

「だっはっはっは。風神? 風神だと? だっはっは、お腹痛い。くっくくお腹痛い」

 何故か美才冶のツボに入ったらしい。

 確かにあの頃のギコの食いっぷりは半端じゃなかったが、まさかそこまでとは思わなかった。

 何というか、知りたく無かったよ、オレは。

「はぁ、はぁ、苦しい。ふふっ、そこで、南天君と出会ったのかい?」

「そう。あーちゃんは、そんな私を褒めてくれた。おぉブラボーって言ってくれた」

 ギコ、頼む。もうそれ以上言わないでくれ。死ぬほど恥ずかしい。そんな顔を真っ赤にしてまで頑張らなくていいから。

「だぁーっはっはっは。何で、何で英語なんだ。何だそれは南天君」

 知るか! オレだって自分で自分が分からねーよ。殺せ、いっそ今、ここで一思いに殺してくれ。

「でも、私は嬉しかった。本当に、心の底から。大食いを褒められたのは、それが初めてだったから」

「全く。憎いヤツだな、南天君。この幸せものめ」

 だ、か、ら、オレはどう反応すりゃ正解なんだよコレ。

「その頃の私は単純だったから、あーちゃんにもっと褒められたくて、ほぼ毎日通ってたわ」

 またもや暴露される知られざる真実。

 あの頃のギコとの異常なエンカウント率はそのためかよ!

「でもお隣さん同士だと知ったときは流石に驚いたけどな、オレは」

「私は、知ってたけどね」

「何だ知ってたのか? ああ。家から出るのを見てたとか?」

「違う。後つけたから。そうしたらあーちゃんがウチの隣の家に入って行った」

「うむ、一途だな」

 ………… は?

 凍りつくオレ。

 しきりに感心する美才冶。

 その顔は真っ赤に染まっているものの、相変わらずポーカーフェイスのギコ。

 キャーキャー騒ぐフータ。

 今、オレの中にあった見えない何かが、音を立てて崩れたのが分かった。

 そして、今日の出来事。いや、これまでのギコとの出来事の全てが1本の線で繋がった気がした。

 幸か不幸か、ニブチンニブチンと言われ続けてきたオレも、とうとう答えに辿り着いてしまった。

 そして、次のギコの一言は、オレに残された僅かな理性を完膚なきまでに粉砕するには充分すぎるほど強烈なものだった。


「私、あーちゃんが好きなの」


 マ ジ デ ス カ ?

 一瞬の静寂。

 オレとギコの視線が交差する。

 今、この瞬間、世界にはオレとギコしか居ない。オレは、そんな錯覚さえ覚えた。


「… 尾行するくらい好きなの」

「頼むから普通に声を掛けてくれ」

「… イタ電するくらい好きなの」

「あれギコだったのかよ! 何でわざわざ夜中の4時44分に掛けてくんだよ。マジで怖かったぞ」

「… 盗聴器しかけるくらい好きなの」

「外せ。直ぐ外せ。今外せ」

「… あーちゃんの、せ、性癖も全部知ってる」

「ほわぃ?」

 ああ神様。オレの友達はオレのストーカーでした。

 重い。重すぎる。ギコの愛が重い。オレにとっては荷が重い。

 まさか、美才冶はこのことを知っていたのか? だから意味無くオレを連れまわしたってわけか? 

 わざとギコに見せ付けるために。ギコから接触させるために。

 数年間の付き合いのあるオレですら知りえなかったギコの一面を、美才冶はこんな短期間で見抜いていたってのか?

「まぁ、落ち着きたまえ南天君。ここからが重要なところだ。白羽君が君の事を好きだったなんて誰の目からも明らかだっただろ? 転校して間もないボクにも分かったくらいだし」

「あは、あはははは、ソウデスカ」

 もう、オレは何も言えない。

「私はあーちゃんが好き。でも…」

 あれだけの爆弾発言を投下し続けてきたギコだったが、ここにきて急にその口をつぐんでしまった。

 そんなギコに変わり、美才冶が口を開く。

「世の中は無常だな。知ってたか南天君。彼女は人より感情や表情が乏しい。その一部が欠落しているのさ。まぁ、完璧な人間なんて、この世には居ないってことだな」

「あーちゃん。私は、人並の感情が欲しかった。私、口下手だから、せめて表情であなたに伝えたかった」

 ギコはそこで再び口をつぐみ、部屋の隅でいじけるフータを一瞥した後、言った。

「そんな時、私の前に風太が現れたの。…… ううん。風太は、私なの」

 フータがギコ? 

 唯でさえ12ラウンド後のボクサー状態のオレに、今、正に最後のトドメが刺されようとしている。

「詳しい事は私にも分からない。でも、風太は私の裏側であり、私の足りないパーツなの」

 ギコは、相変わらずの鉄面皮でそう言い放った。

「エクセレント。うむ。良く話してくれたな、白羽さん。やはり、ボクの思った通りだ」

「頼む、美才冶。オレにも分かるように説明してくれ。オレは今、猛烈に納得を欲している」

「風太君は双子の弟ではなく、白羽さんの欠けたパーツだった。どうだ? 簡単だろ?」

「微塵も分からん」

 オレの回答を聞くや否や、すかさずやれやれのジェスチャーをする美才冶。

 何だろう、無性に腹が立つ。

「ボクは、二人をはじめて見たときから双子にしては可笑しいと思っていたさ」

「何故だ? あんま似てないからか?」

「逆だよ。二人は似すぎていたんだ。それこそ、DNAの構造が限りなく一致してしまうくらいにはね」

 美才冶が、何時の間にどうやって二人のDNAを調べたのかはともかくとして、それはつまりどういうことだ?

「それはつまり、というか考えたくもねーが、クローンとかって話か? それとも、以前お前が言っていたドッペルゲンガーとかと関係有るのか?」

「ある意味近いものと言えるが、白羽さんの場合それらには当てはまらないな。まず、ドッペルゲンガーやバイロケーションは俗に現象と呼ばれるものだ。こうしている今でも存在し続け、触れることの出来る二人にはあて嵌らない。ましてやクローンでない事は、明白だろう? そして何より、風太君は女性ではなく男性だ。… 何故なら、白羽さんの裏の部分だからね」

 分かったような分からないような。

 とにかく、どうやら二人が本物の双子ではない事ってのは理解できた。

「待てよ。ギコの話だと、ある日突然フータが現れたんだったな。家族はどう思ったんだ? 今だって普通に双子として社会に溶け込んでいるようだし」

「うん。不思議なんだけど、家族は風太が最初から白羽家に居たって、私の双子として産まれたと認識しているの。ちゃんと戸籍もある」

「んー、南天君。深く考えちゃ駄目だ。こういうことはね、割と無茶苦茶なのさ。大雑把そうに見えて、整合性は保たれているものさ」

 理解できない。出来るわけが無い。

 オレは悪い夢でも見ているんだろうか?

「つまり、超能力か何かなのか? SFなのか? オカルトなのか? 悪霊にでも取り憑かれてるのか? オレは夢でも見ているのか?」

 そんなオレの言葉に対し、美才冶は声を荒らげた。

「違う。違う、違う、違う、違う、違ーう! 断じて否だ。南天君。人とは本来こういうものなんだよ。いいかい、コレは <個性> だ。白羽さんの個性なんだよ!」

  美才冶は物凄い勢いでそう言い切った。

 そして、一呼吸置いた後、大きく深呼吸して言った。

「この美才冶世界の名において、白羽凪子と白羽風太を二人で一つの二裏姉弟と判断する。足りない部分を補いあってこそ真の姉弟。これからも二人仲良く過ごしてくれたまえ。以上、解析終了」

 美才冶は、声高らかにそう宣言した。

 オレはもう限界だった。

「ありがとう白羽さん。ボクはボクの目的にまた一つ近づく事が出来た。残念ながら、ボクの求めるものではなかったけどね」

「待て待て待て、美才冶。まさかこれで終わりか? いいのかこれで?」

「ああ。ボクの知りたい事は全部知る事が出来た。これ以上何を望むんだ? 確かに、君にとっては寝耳に水もいいとこだったろうが、これからどうするかは君次第じゃないか? そう、あえて言うなら、あとは君が結論を出すのみさ」

 結論… 結論? 

 その瞬間、ギコの視線がオレに突き刺さる。

 結論、なんてすぐ出せるわけ無いだろ。この状況で。

 美才冶は一人で納得しちまってるようだが、オレは未だに何一つ理解出来て無いんだぞ?

 オレは何とか話を逸らそうと、フータに言った。

「フータ。お前、本当にその、ギコの一部なのか?」

「なんて顔してんのさアラタ。いいよ、そんな気を使わなくて。オレとアラタとの仲じゃん。それに、全部本当のことだし。僕ってばあんまり気にしてないけどねー。自分が何者かなんて別にどーでもいいし。姉貴が居て、アラタが居てくれればそれで良いんだよ」

「お前…」

 やはりフータはフータ。

 能天気なところは何もかわりはしない。こうして本人がそう言っている以上、オレから言えることはもはや何も無いわけで。

 オレは意を決してギコと向き合った。

「あー、その、何だ。まさかギコがオレの事をそんな風に見てくれてたなんて、全く知らなくてさ。正直驚いた。それに一度に色んなことを知っちまったからな。だからって訳じゃないが…… 少し、オレに時間をくれないか?」

「あーちゃん… 私じゃ、駄目?」

 そう言って潤んだ瞳でオレを見つめるギコ。

 アレ? 何だコレ? 何だこのもやもやは。違うだろ、こんなのオレのキャラじゃねー筈。

 急にギコを意識してしまったため、オレは、ギコの顔をまともにみることさえ出来なくたっていた。

「か、勘違いするなよ? 別に今回のことでギコを嫌いになったり、避けたりすることは絶対に無い。ただ、ちょっとだけ整理する時間が欲しいんだ。駄目か?」

「そんなこと無い。駄目じゃないよ、あーちゃん。私も、やっとここまで言えたんだもん。何時まででも、例えどんな答えでも、私は待つから」

 号泣するフータ。

 またもや仁王立ちでしきりに頷く美才冶。

 そして、顔から湯気のでそうなくらい真っ赤な顔のギコ。

 … 何だ、ちゃんと出来るんじゃないか、そんな顔も。

 そのときのギコの顔は、少なくともオレにとっては微笑んでいるような、そんな風に見えた。

「そーいや、美才冶。フータはギコの一部、よーするに感情や表情の代替みたいなもんなんだろ?」

「うむ。まぁ、あくまでボクの仮説ではあるが、概ねそんなとこさ」

「それじゃ、フータはこれからどうなるんだ? もしも、この先ギコが感情を取り戻したりしたら消えちまうのか?」

 オレの率直な疑問に対し、美才冶は少々芝居がかった動作で逡巡して見せた後、言った。

「前にも言った通り、ボクは神様じゃない。ボクにもわからない事はあるさ。でも一つだけいえることもある。君と風太君が知り合ったのは数年前だろ? その間、風太君は普通の人間と同じく生活し、成長してきた。彼は今もこうして生きている、それでいいんじゃないか? 未来のことなんて誰にも分からないんだからね」


 こうして、オレと美才冶にとっての最初の調査が終了した。

 … オレにとっては意外すぎる結果だが。

 その結果だけを言うなら、当初のオレの予想通り、二人は美才冶のお目当ての人物ではなかったようだ。


 もし、本当にクラスの中に美才冶の探し人がいるとすれば、オレを含め、残り28人。

 そう、残る対象は28人だ。


          ◆


 一足先に帰ったフータの代わりに、ギコを家まで送り届ける事になったオレ。

 幾らお隣さんだとは言え、今日ばかりはオレがこの手でギコを送り届けるべきなのだろう。

 そして今は、オレとギコの二人きり。


 実を言うと、オレにはまだ一つだけどうしても聞き出さねばならぬ事項が残っていた。


「ギコ。その、一つだけ聞きたいんだけどよ」

「うん」

「お、オレ、ギコと、その、その手のアレな話、したことあったか?」

 オレの記憶が確かなら無い筈。

 男同士ならいざしらず。フータとならいざしらず。

 現役女子高生と男子高校生が揃いも揃って性癖の話をするなんてシーンあってたまるか。そんなの断じてあっちゃいけねぇ。

 と、オレの中の何かが全力でそう訴えかけてきている。

 が、ギコの回答はオレの想像を軽く飛び越えるような、どうしようもないような、そんな代物だった。

「風太の見たこと、聞いたことが、私にも分かるの。たぶん、風太は私の一部だから」

「あ? つまり、オレがフータに喋った事はギコに筒抜けってわけか? フータが見たこと、聞いたことがギコにフィードバックされるってことなのか?」

「端的に言うと。でも、一言で言えるほど簡単じゃないし、勿論、全部が全部ってわけじゃない。むしろ私の知りたい事だけ、優先的に知れる」

 ああ、聞きたくない。

 何故だろう、全力でここから走って逃げたい気分だ。まぁ、逃げたところでどうにもならねーが。

「つまり、オレに関すること、か?」

 オレのその言葉に対し、相変わらずの無表情ながらも、ぽっと顔を赤らめながら頷くギコ。

「人、一人分が見たり聞いたりした情報量は、尋常じゃない量。だから厳選する必要がある。ちなみに、私は、その情報をリアルタイムで受け取れるの」

「… フータはその事知ってるのか?」

「ううん。知らない。これは風太自身も知らない事。私と、そしてあーちゃんだけの秘密」

「ちょっと待て、そんな能力があるんだったら何故それをこの勝負に使わなかったんだ? それ使えばもっと有利に事を運べたんじゃないか?」

「あーちゃんに関することで、卑怯な手は使いたくなかった」

 …… ギコ、お前ってヤツは。

 思わずその体を抱きしめそうになるのを、寸前で我慢。

 まだだ、まだオレにはその権利が無い。結論はまだ出せない。

「それと、もう、この力は使わない。そのつもりで今日、あーちゃんに話したの。これは私の決意とけじめ。あーちゃん、今までごめんね」

「本当にいいのか?」

「うん。いいの。あーちゃんに関して知りたい事は色々と知っちゃったし。それに、これからは私自身の力で、あーちゃんの知らない部分を知りたいって、思うから」

 改めて思う。

 ギコはやっぱりギコなんだよな。

 そりゃ、今回ちょっとだけその本性、ストーカー気質が明らかになっちまったけどさ、基本的には何も変わらない。

 ギコはオレの知るギコなんだよ。だからこそ、オレはまじめにこいつの純粋な好意ってやつを受け止める必要がある。

 そんなオレの思いとは裏腹に、ギコは尚も続けて言う。

「だ、か、ら。ねぇ、あーちゃん。もし、あーちゃんが望むなら、私、裸エプロン、してもいいよ? あーちゃん、好きなんでしょ? 裸エプロン」

「………… いやああああああああああああああああ」


 どうやら、オレの明日は前途多難のようだった。

 … というかオレの明日は一体どっちだ?


END


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