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第一周目 「神一重の転校生」

 第一周目 「神一重の転校生」


 熱しやすく醒めやすい。

 占いや性格診断なので度々使われるこの常套句。今のこの状況は、正にそんな言葉がしっくりくる。

 件の転校生、美才冶世界が転校してきて早三日が経過していた。

 

 三日前、彼女がオレに言い放った一言。

 そのたった一言は、少なくともオレという人間のちっぽけな好奇心を刺激するには充分だった。充分すぎるほどだった。

 と言う事で、こうして隣の席の転校生に興味を持ってしまったオレ。

 次に、そんなオレがとった行動、それはやはり観察である。

 紳士的妄想家であるオレにしてみれば、人間観察は基礎の基礎。妄想道における最初の一歩なのだ。

 その上、相手は同じクラスの隣の席。いかようにもやれる。

 おはようからお休みまで… だと流石にスのつく犯罪者になっちまうということで、まずは学校での彼女の様子をちょっとずつ探ってみる事にした。


 最初こそ、転校生と言うミステリアスで甘美な建て看板のおかげで、彼女の廻りには多くのクラスメイト達が押しかけていた。

 だがそれもせいぜい初日までのこと。あまりにも早くひいてしまった興味の波。

 では何故クラスメイト達はそんな彼女から離れていってしまったのか?

 それは、彼女のとある奇行とも言うべき数々の謎めいた行動による部分が大きい。

 この三日間、オレが彼女を観察し浮き彫りになった彼女の生態の一端について、その一例を列挙していきたいと思う。

 

 まず一つ目。

 彼女はほぼ一日、ありとあらゆる授業において、その授業の間中眠りほうけていると言う事。

 初日こそ、ああ転校のせいできっと疲れちゃってるんだろうなーとか、まだ慣れてないから仕方ない。などと好意的な目で見られ、教師達の間からも半ば黙認されていたものの、それが三日連続続くとなると話は変わってくる。

 業を煮やした教師達が、こぞって彼女を優先的に指名し問題を解かせたりするものの、そんな仕打ちに対し、彼女はいともあっさりとそれらの問題を回答することでその場をすり抜けていた。まるで誰よりもその授業を深く理解しているかのように、すらすらとあっさりと回答して見せる彼女。

 一度など、とあるSっ気に溢れる数学教師が、例えまじめに授業を聞いていたとしても答えるのが難しいような、およそ高校レベルとは思えない難題を彼女に対して出した事があった。勿論、彼女に赤っ恥をかかせるためだけに出されたような問題だったし、誰も彼女が答えられようとは思っていられなかった。そんな難題に対しても、彼女はまるで答えられるのが当たり前と言うように、空気を吸って吐くような所作で完璧に答えてしまったのだ。

 数学教師は小さく、正解とだけ呟くとそれ以降一度もこちらに振り返ることなくその授業を終えた。彼女に正解されたのがよほど悔しかったのだろう、あの時の苦虫を潰したような数学教師の顔は今でも語り草である。

 そんな彼女に対して、クラスメイト達は感嘆と嫉妬と畏怖の表情を向けていたようだった。

「お前、実はかなり頭良かったんだな?」

「あははっ。違うよ、適当に答えたらたまたま正解しちゃっただけさ。ただの感、まぐれだよ」

 実際、感だけでどうにか出来るレベルを完全に逸脱していたわけで、ようするにオレはまんまと話をはぐらかされたと言う事なのだろう。

 ちなみに、彼女は本当に気持よさそうに寝ているのだが、時折、とても日本語とは思えないような、むしろこの世の言語とは思えないような、人間の発音の限界に挑戦したかのような寝言が飛び出すことがある。

 例えその言葉が本当に地球外のものだとしても、彼女なら何となく話せてしまいそうな気がしてしまうから不思議である。

 


 二つ目、彼女は時折ふらっとどこかに消えてしまう事が有る。

 休み時間や昼休憩はもとより、それが授業中だろうが、朝礼の時間であろうが関係なし。眠っていたと思ったら突然おもむろに立ち上がり、そのままどこかへ消え去ってしまうのである。

 教師達もそんな身勝手な行動を許すはずも無いのだが、不思議な事に、教室を一歩でたとたん、皆彼女の姿を見失ってしまうのだと言う。

 まるで、空気のように、あるいは最初から彼女など居なかったかのように忽然と消え去ってしまう彼女。

 とある目撃情報によると、どうやら彼女は校内を徘徊しているらしい。それが本当だとしたら、一体何のためにそんな事をしているのか? 転校してきたばかりで校内に慣れていいないから探検していると考える事もできるが、わざわざ授業を抜け出してまですることじゃない。そのときの彼女の目つきは、まるで何かを探るように、探しているかのように真剣そのものだったと言う。

 ただ単に徘徊癖があるだけか? はたまた目的があってのことなのか? 

 だがまぁ、そんな行動はクラスの連中に多少なり困惑のベールを与えてしまっているのは確かだった。

 

 

 三つ目、彼女は食事をしない。

 正確には、彼女がお昼を食べているところを誰も見たことが無い。

 オレ達くらいの年の健全な高校生が、お昼抜きというのは健康上よろしくない。滅法よろしくない。

 中には、食事こそ学園生活唯一のオアシスだとのたまう連中も居るくらいだと言うのに、彼女は食べない。ただ飲むのみ。

 彼女は常に一本の水筒を携帯している。一見可愛らしいキャラクターものの水筒。ちょっと高校生がもつのには抵抗がありそうな感じがするが、他人の趣味に口出しするほどオレは野暮じゃない。

 問題は外見ではなく、その中身なのだ。オレは隣の席というアドバンテージを最大限に活かし、果敢にも彼女に尋ねてみた。

「なぁ、転校生。お前、飯は食わんのか?」

「ああ、食べない。ボクにはコレがあるからさ」

「その水筒か。で、中身は?」

「あははっ。気になる? ねぇ、気になるのかい?」

「正直気になるな。転校生が食事代わりにしている謎の水筒の中身。そりゃ、気にならないって方が可笑しいだろ?」

「んー、いいね。君は正直だなぁ。正直なのは実にいい事だ。その正直さに免じて一口プレゼントしちゃおう」

「いいのか? すまんな。だが食事代わりってことはゼリー状の栄養食みたいなもんか?」

「ナニソレ? ほら、実際呑んでみるのが一番早い。ぐいっと男らしくいきたまえ」

「…… 紫だぞ、コレ。何か浮いてるぞ、コレ。… 飲めるのか?」

「失礼だな君は。いいから飲め」

「お、おう」

 

 そこからの記憶はオレには無い。

 後に聞いた話では、中身を全てリバースし、泡を吹きそのまま昏倒したオレはフータに連れられ、保健室へ直行したらしい。

 そんな様子を見ていたためか、当然、オレに続こうという猛者は現れなかった。

 その間、転校生の笑い声がクラス中に響いていたらしい。

 


 四つ目、基本的に彼女はいつも体育着姿。

 初日こそ、恐らく前校の制服であろう見慣れぬブレザー姿だったものの、その後については何故か体育着がデフォルトの姿。

 体育着といっても下はジャージである。ブルマや短パンじゃない。真に残念な事に。

 まぁ、単にこちらの制服が手に入るまでの繋ぎとしての体育着ということなのだろう。

 確かに、転校生としてただでさえ目立つ立場であるわけだし、その上、見慣れぬ制服姿なら尚の事目だってしまう。だが、今までの彼女の行動から分析するに、理由はそれだけではないはず。

 オレは体から溢れ出る若さゆえの好奇心を抑えきれず、これまた彼女のに直接尋ねてみた。

「転校生よ、お前まだここの制服が手に入らんのか?」

「ああ、そうだ。何分急な転校だったからね。まぁ、二、三日もすれば届くと思うが。… それよりなにより、ボクはこの体育着ってやつが好きなんだ」

「前の学校では運動部だったとかか? 成る程、お前運動神経よさそうだもんな」

「あははっ、違う違う。ボクはずっと帰宅部だったよ? ま、運動神経については否定しないがね」

「ますます分からん。じゃあ何で体育着なんだよ」

「んー、ふふっ。いずれ君にも分かるときが来るさ、それも、近いうちに。… なんてね」

 そう言って不敵な笑みを浮かべる転校生。

 何となく、これ以上踏み込むのは危険な気がして、オレはこれ以上の追求をやめていた。

 恐怖が興味を打ち破った瞬間である。

 君子危うきに近寄らず。とは言ったものの、実際、この時点でも既に遅すぎる位だったんだがな。



 先ほど述べたように、これは転校生の奇行の一端に過ぎない。 

 だが、これらの転校生の奇行とも言うべき行動の数々は、クラスメイト達の身勝手な期待というやつを跡形も無く粉砕するには充分だった。

 つまり、クラスメイト達は、自分達とは住む世界が違うのだと早々に見切りをつけたらしい。

 とどのつまり、転校生は早くもクラスで孤立していたのだった。

 転校先での孤立。

 よく有る話だ、別に珍しくも無い。

 むしろこの転校生の場合、この状況は自ら招いた結果だと言い切っても過言ではない。

 揺れるポニーテール、可愛らしいピンクフレームの眼鏡、どこか猫っぽさを漂わせる小柄な体格。客観的に言えば、クラスの中でもかなり可愛いと言っても過言でない彼女。

 昔から言われるように、人は見かけによらない。人は他人に実に身勝手な思いを抱き、身勝手に失望する。

 もはや、彼女に対して未だ興味を抱いている人間など、この時点において殆ど残って居なかったに違いない。

 ただ一人、オレを除いては。

 彼女から放たれた一見爆弾とも地雷とも取れる危険球、もとい例の発言は、三日たった今でも、オレの心をがっちり掴んではなしていない。

 離していないどころか、彼女の行動を観察した今となっては、俄然彼女と言う一人の人間に対しての、オレの興味は最大限まで膨れ上がっていた。

 だが勘違いしないで欲しい。それは決して単なる転校生として、異性としての興味ではない。

 何故だろう。自分と何の共通項も発見できないようなこの転校生に対して、オレは、ある種のシンパシーを感じていたのだ。

 だからこそ、オレは自分でも気がつかないうちに、まるでそうすることがごく自然の流れであるかのように、ある決意をしていた。

 前述通り、三日経った今では彼女の周りにはクラスメイトは寄り付かなくなっていたし、そもそも隣の席であるオレにとって、彼女に話しかけることは容易な事だった。


「なぁ、転校生。お前さ、昔オレとどこかで会った事あるか?」

 一瞬の嫌な間の後、彼女はぷるぷると肩を震わせ笑い出した。何故!?

「ぷっ。あははっ。見た目通り、古典的なんだな君は」

 オレは転校生のその切り返しの意味が分からず、しかめっ面で聞き返した。

「あ? オレは至ってまじめに聞いただけなんだが」

「んー、そうなのか? これは失敬。ぷっ、てっきりナンパの類かと思ってしまったよ」

 ナンパ? うげ。確かに、言われてみれば。

 オレとしたことが何て事を口走っちまったんだ。これじゃまるでフータじゃねーか。

「いや、ち、ちが」

「そう慌てるな。だが良かったよ」

「あ? 良かった?」

 オレは光の速さでそう聞き返していた。

「そうだ。だって君は、ボクに対して興味を持ってくれたんだろ? 違うのかい?」

 違わない。

 確かにオレはこの転校生に対して興味を持った。彼女と言う人間に興味を持ってしまった。

 先の一件で既にテンパっていたオレは、そう答える代わりに、コクコクと二度ほど頷いた。

そんなオレの様子を見た彼女もまた、満足そうに頷いた後、突然オレの手を取り言い放った。

「だったら話は早い。一緒に来てくれ」

 オレを掴む彼女の手は、とても小さく、とても柔らかく、とても暖かかった。

 

 不覚にも、オレの心臓はこれ以上ないくらいに高鳴っていた。



 彼女に手を引かれ、オレ達は学園の屋上へとやってきていた。

 周囲を山々に囲まれ、桜が舞い散る我が学園。

 屋上から見るそんな景色は、誰が見ようとも素直に絶景だと思うに違いなかった。

 だが、残念。

 頭の中が絶賛お花畑状態の今のオレにとって、その景色がどれだけ素晴らしかろうが、そのまま目に映ることはなかった。

 オレの趣味は妄想である。彼女が転向してくる前、オレは数多くのパターンの妄想を脳内にてシュミレートしてきた。

 だが、そんな我が妄想の中にもこのパターンはなかった。皆無だった。

 これからどうなるのか? どんな展開が待っているのか? 

 オレの脳内は彼女の一挙手一投足でいっぱいいっぱいだった。

 事実は小説よりも奇なり。

 現実ってやつは、オレの妄想をいとも簡単に凌駕したのだ。

 正直に暴露しよう、オレは今、非情に興奮していた。

 だからだろう。オレはすっかり忘れてしまっていたのだ、彼女がちょっと残念な電波娘だという事を。


「南天君。もし、ボクがここから飛び降りると言ったら、君ならどうする?」


 気のせいだろうか? 先ほどから体に吹き付ける風が強くなってきている。

 たなびくポニーテール、揺れるスカートを両手で押さえる彼女。その視線は真剣そのもので、あくまでオレだけを見つめている。

 オレは試されているのだろうか? でも何故? 何故他の誰でもなく、オレにこんな事を言うんだ? オレが隣の席だから? オレが彼女に対して興味を持ったから? それとも…。


「んー。やはりすぐには答えられな」

「… 降りる」

「ん?」

「お前を抱えて、飛び降りる。オレも一緒に」

 そんなオレの発言に対し、彼女は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたものの、それも一瞬の事。

 彼女その可愛らしい口元をニヤリと歪め、笑った。

 一方オレは全くもって情けないことに、彼女以上に自分自信の発言に驚き戸惑っていた。

 脳内のどんな回路をどこにつないだ結果、こんな答えに辿り着いたのか? 口にしたオレ自身、全く持って見当がつかなかった。

 恐らく、ここ数日彼女を観察した結果、オレにも得体の知れない何かが移っちまったのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。

「南天君。君はやっぱり最高だな。ボクの目に、いや、ボクの第六感に狂いは無かった。君は、ボクの思った通りの、いやいや、もしかするとそれ以上の人物かもしれない」

 そう言うなり、彼女は少しずつ隅のの手すりへと近づいていった。

 オレは、猛烈にいやな予感を感じていた。

 そんなオレの予感も虚しく、案の定彼女は手すりの上に上り始める。そして、あろうことか仁王立ちでこちらに振り返った。

 その様子は、まるで綱渡りをするサーカスの曲芸師のようで、今より少しでも強い風が吹けば、あっという間に下に落ちてしまいそうな、そんな不安定さに満ちていた。

 オレの心臓は今にも破裂寸前だった。

「ん。この方角なら誰にも見られないだろう。そうそう、南天君。君は無理せずそこの非常階段で降りてくるんだぞ? じゃ、下で待ってるから」

 オレが声をかける暇も無く、彼女の姿は虚空へと消えていた。

 両手を広げ、仰向けに堕ちていった彼女の様子は、飛び降りるというよりむしろ文字通り消え去ったという表現がしっくりくる跳躍だった。

 一瞬、スカートの中が見えそうになった。この期に及んでそんなことを考えている自分に対して聊か嫌気がさした。

 そして、この学園は5階建て。普通に考えて、この高さから飛び降りて助かるはずが無い。

 

 オレは、目の前で人が自殺するその瞬間を目撃してしまったのだ。

 

 暫く放心していオレは、予鈴の鐘の音で何とか意識を取り戻した。

 が、実に情けない事に、彼女が飛び降りたその手すりから下を覗き込む事が出来なかった。どうしても出来なかったのだ。

 だが、下を確かめないわけには行かない。

 例えどんなことになっていたとしても。確かにオレはこの現場に居合わせてしまったのだから。

 結局、彼女に言われた通り、屋上脇の非常階段から一気に階下へと駆け下りる。

 一心不乱に、何も考えず、ただただ駆け下りる。息を切らせ、勢いよく非常口のドアを開ける。

「遅い。遅いぞ南天君。君はレディーを待たせるような男なのか? だとしたら改めた方がいい」

 彼女は、確かにそこに居た。五体満足で、むしろオレが降りてくるのを待ち構えていた。

 そんな彼女を見たオレは、全身から力が抜け、その場にへたりこんでいた。目の前の様子にただただに安堵し、涙さえ出そうになった。

 そんなオレがやっとのことで引っ張り出したセリフ。

「お前、運動神経良いんだな」

 我ながら実にスットンキョーなセリフである。聞くべきこと、言うべき事は山のようにあったはずなのに。

「ぷっ、運動神経と来たか。やはり君は面白い。まぁ、今のセリフに免じてボクを待たせた事は水に流そうじゃないか」

「何かすまん」

 そこで何故か謝るオレ。すっかりペースを彼女に握られてしまったらしい。

「素直なのはいい事さ。んー、それじゃあ本題に入ろうか? ちょっと長話になるが一先ず聞いてくれ」

 今のオレなら、例えどんなに理不尽でぶっ飛んだ話だろうと信じられるような、そんな気がした。

「まず始めに、ボクは普通じゃない。どういう角度で、どの程度普通じゃないかといえば、今君に見せたようなことが出来きるレベルでってこと」

「そりゃまぁ、普通に考えて普通じゃないな」

 少しずつ落ち着きを取り戻していたオレは、そんな微妙に可笑しなことを口走っていた。

 屋上から飛び降りて五体満足平穏無事なのだ、普通じゃないってのはオレにも充分伝わった。

 何をどうやったのかはさっぱり分からんが。

「その通り。自分で言うのも何だが、普通じゃないのさ、困った事にね。ふふっ、実に個性的だと思わないか?」

 どう考えたって、個性的なんて生易しい言葉の範疇を超えている気がしてならない。

「お前… まさか、人間じゃないとか言わないよな?」

 オレは冗談半分のつもりでそんなセリフを吐いた。だが、彼女は表情一つ変えず答えた。

「ん、良い質問だ。だがそれについては今は保留という事にしておいてくれないか? 実際のところ、ボクも明確な答えを断言出来るわけではないのでね」

「は、ははは」

 それって思いっきり肯定だろ。オレはもう、笑うことしか出来なかった。

「ボクがこの学園にやってきた理由。ここからが大事なところだぞ、南天君。君にも関係してくる話だからね」

 目の前の得体の知れないこの女が、この学園に来た理由。

 個人的興味としては大いに気になるところではあるが、そこで何故オレの名前が出てくる? オレが関係あるってのか?

 落ち着け、落ち着くんだ。

 安心しろ、思い出せオレ。お前は屋上から飛び降りたことが有るか? 空を飛んだ事が有るか? 

 断じて否、だ。

 果たして、彼女の口からどれだけ荒唐無稽な言葉が飛び出すのか? オレは半ば期待と恐怖の入り混じった気分で彼女を見つめた。

「ボクはね、ある人物を探しているんだ、その人は、ボクの恩人といってもいい」

「恩人? お前はその人を探すために、わざわざこの学園にやってきたってのか? そりゃまた意外というか、何と言うか。いや待て、そんなのプロにでも頼めば一発解決じゃないか?」

「そうだね。そう。そこが問題なんだ。人探しなんて実のところ、探偵にでも頼むのが一番早いだろう。だが、困った事に、ボクはその人の顔も知らなければ、年も誕生日も知らないし、国籍も、出身も性別も名前さえ知らないんだ。笑えるだろ?」

 笑えない。

 というか、ないない尽くしじゃないか。とてもじゃないが、そんな前提条件でお目当ての人物をを探せる気がしない。全くしない。

 こいつは今、自分がどれだけ理不尽で無茶な事を言っているのか理解しているのか? 

 それよりなにより、名前も顔も性別すら分からない、それなのに恩人だという事は理解している。それは一体全体どういう状況の話なんだ?

「あははっ。そんなんでどうやって探すんだよ! って顔してるね」

 図星だ。おいおい、こいつまさか人の心まで読めるんじゃないだろうな?

「ああ、ボクは別に人の心が読めるわけじゃないから、そこは安心してくれていい。今のはただのカンさ。そうそうボクはね、人の心は読めないが、直感、第六感ってやつが人より発達しているんだ」

 彼女は大真面目に、実に無垢な表情でそう言った。

 もしも目の前にこんな妄言を吐く人間が居たならば、少し前のオレならすぐさま近くの病院を紹介しているところだが、生憎今のオレはこの世のどんな超常現象でも盲信出来る自信があった。

 だからオレは深々と頷いた後、堂々とこの転校生に言ってやった。

「ははん、なるほどな」と。

 そんなオレの素直な反応に気を良くしたのか、彼女は軽やかにその口を弾ませ、話を続けた。

「先ほど言った通り、探すにしても情報は殆どゼロ。では、何故ボクはこの学園まで辿り着く事が出来たのか? このクラスまで辿り着くことが出来たのか? ズバリ、第六感のおかげってわけだ」

「ちょ、ちょっと待て。今の話からすると、まるでオレのクラスにお前のその恩人ってやつがいるみたいじゃないか」

「その通りだが?」

 … ジーザス。なんてこったい。

 カンだけでこのクラスまで辿り着いたっては、もう逆にどう反応していいのか分からんから一時保留。どうせ考えたってオレには理解できんだろうし。むしろ出来ない方が良い。

 ということで、一先ず問題はオレのクラスにこの得体の知れないスーパーウーマンの仲間がいるってことだ。

 この学園にクラス替えは無い。だからクラスの連中とは一年の頃からの付き合いになる。お世辞にもクラスに溶け込んでいるとは言いがたいオレだが、それでも連中とはそこそこの付き合いをしてきたはずだ。

 これまでのクラスでの思い出が走馬灯のように駆け巡る… かと思ったが、別段そこまでの思いでも特に無かったわけで。その事実がグサリと心の奥深くに突き刺さり、テンションがた落ち。

 あーもー、何もかもどうでも良くなってきた。

 別段、クラスの誰がどうなってもいいような気がしてきた。

 彼女には一刻も早くそのきょーだいとやらを見つけて、オレの前から消えてくれればそれでいいような気がしてきた。

 ん? いや、待て。彼女は確か、この話はオレに関係してくると言った。

 つまり… まさか、いや、嘘だ、そんなはずはない。断じてない。そんなわけが無い。ありえない。違う。オレじゃない。オレは関係ない。

 震える体を沈めつつ、オレはこれまでにないくらい落ち着いた声で言った。

「ありえないことでは有ると思うんだが、一応念のために確認なんだが、何と言うか、オレ… じゃないよな。そんなわけがないよな?」

 オレは祈った。これでもかと言うくらい全身全霊の力を込めて、全力で祈った。

「あははっ」

 そんなオレの素朴な質問に対し、彼女は、笑った。

 

 どっちだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。

 何だよその笑みは。意味深な笑みは何なんだよ。止めろ、止めてくれ。イヤ、本当に勘弁してください。


「まぁ、落ち着きたまえよ南天君。ほら、のど飴でも舐めるかい? 君の好物だろ?」

「何でだよ! お前今、絶対オレの苗字だけで決め付けただろ!」

 ハイ出た。出ました、のど飴。南天で、飴とくればこののど飴。

 だが残念だったな、転校生。このネタは小学生のときに嫌と言うほど、経験済みなんでな。今となっては別段何も感じない。飴に罪はないのだから。

 オレは彼女から飴を受け取るとその場で袋を開け口に放り込んだ。

「ほほう。やはり君の好物だったか。あははっ、そんなに急いで噛み砕いて食べなくても、おかわりは幾らでも有るから安心しろ」

 そう言って恐ろしいほどの量の喉飴を両手いっぱいに掲げてみせる転校生。

 オレは、泣いた。

「先ほどの君の質問の答えだが、現状ではまだノーだ。今のところはだが」

 彼女はその場にしゃがみ込んでメソメソしているオレの近くにやってきて、その隣に腰を下ろした。

「説明した通り、ボクは第六感が人より発達している。そのおかげでボクはほとんど情報を持たないながらも、ここまで辿り着けた。そして、さらに絞込みを重ね。君のクラスの何人かに的を絞る事に成功したんだ。その中の一人が、君って話さ」

「何で、オレなんだ?」

「それはボクの感のみぞ知るってやつさ。それとも、何故君に一番最初に声をかけたのかって意味だったら、そうだな。理由はいくつか有るが」

 彼女はわざわざオレを超至近距離で覗き込んだ後、にっこりと笑いながら答えた。

「あのクラスで君の姿を見たとき、君がボクの探している人物その人だったらいいな、単純にそう思ったからさ」

 不覚にも、オレの顔はこれでもかと言わんばかりに沸騰してしまっていた。

 一つ注釈しておくなら、別段、彼女に恋してしまったからとか、好きになってしまったからとか、そんなラブコメよろしくな理由じゃない。

 簡単な話。オレは、混乱していたのだ。これまでにない位に酷く。これからもない位に激しく。

「一先ず、これから暫くは君と一緒に行動し、君という人間が本当にボクの探していた人物なのかを確かめたいんだ。難しく考えなくていい。簡単に言えば、お互いに親睦を深めようじゃないかってことさ。あははっ、どうだい? 嬉しいだろ?」

「ちょ、ちょっと待てや。お前、カンがいいんだろ? だったらオレがお前の探しているお目当ての人物かどうかくらいすぐに分かるんじゃないのかよ。それに、オレなんてどーみてもごくごく普通の一般人だろ。何の変哲もないその他大勢だろ!」

「流石は南天君。そう。正にそれが問題なのさ。ボクのカンは万能じゃない。カンはあくまでカン。神様じゃないんだ、当然だろ? そして、ボクの見た限りでも、君は普通の人間さ。でもね、ボクはボクのカンを信じてる。万能じゃないないなりにも、ね。だからこそ、君にはボクでさえ分からない、君自身も分からない何かがあるんだよ、きっと。そいつをボクに探させて欲しい」

 やめてほしい、そんなことを言うのは。

 誰に何と言われようと、オレはあくまでただのオレ。一般ピーポーにすぎない。実は隠された能力を秘めた超能力者だったり、未来から送り込まれたサイボーグであったり、過去からやってきたタイムトラベラーである可能性なんてあるわけがない。

 絶対にない。

 決してない。

 きっと、ない。オレ自身のことはオレが一番良く分かっているのだから。オレに万が一の可能性なんて、ありえない。

 そんなオレの考えがきっと顔にそっくりそのまま出ていたのだろう。彼女がそれを制すように口を開いた。

「さっきも言っただろ? 南天君。難しい話じゃない。そうだな、具体的には、暫くはボクの人探しを一緒に手伝って欲しい。君以外の対象者の観察と見極めを手伝って欲しいんだ」

 つまり、クラス内の対象者ってやつを一人ずつ調査し虱潰しにしていくってわけらしい。

「分かった。だが条件が有る。お前の人探しは手伝ってやる。これも何かの縁だろーし、何よりこのクラスの中にお前の恩人ってやつが居るのは確かなんだろ? 興味もあるし、怖いもの見たさってやつもある。それに、オレはお前より多少はこのクラスに詳しいしな」

「おお、そうか! あははっ、やってくれるか! 流石は南天君。ボクの見込んだ通りの男だ」

 彼女は、嬉しそうに笑いながらバンバンとオレの背中を叩く。相変わらず、リアクションの大きいやつだ。

 というか、痛い。痛いですからそれ。

「して、その条件とは?」

 先ほどから一変、彼女はその表情を硬くした。ここからがオレにとっても、彼女にとっても重要なところ。オレはゆっくりとはっきりと言った。

「オレは、オレについて何の興味もない。オレは普通の人間で、ただのモブだ。お前と違ってな。だから、オレはオレの正体なんて知りたくもない。そもそもそんなものないだろうし。だから、お前がオレについて探りたいんだったら、勝手にやってくれ。オレは協力しない」

「承知したよ、南天君。君がそう言うのなら、ボクはそれに従うだけ。人探しでの協力が得られただけでもありがたいと言うもの。だけど、君の言うとおり、君についての調査は勝手にやらせてもらうよ? それはそれ、これはこれだからね」

「ああ。勝手にしてくれ」

 何を思ったのか、彼女はオレの前にすっと手を差し出した。

「握手だ。君とボク。今日、今、この日、この瞬間、ボクらの間に協力関係が結ばれた。これからは君にも、あの屋上から落ちてもらうくらいの 覚悟をしてもらわないとね。あははっ、ボクは嬉しいぞ南天君」

「そりゃよかったな、美才冶」

 地平線に沈みかけたオレンジ色の太陽が、美才冶の姿を明るく照らし出す。この学園の同じ場所に居るはずなのに、どこか現実離れしたその光景は、ただ単純に美しいと、その時は確かにそう思えたのだった。


         ◆


 オレは、この日を堺に妄想を趣味とすることを辞めた。


 理由は幾つか有る。

 一つに、オレは妄想のしすぎで可笑しくなっちまったんじゃないかと本気で考えたから。

 この転校生はオレの妄想の産物で、本当はオレの隣の席は今も空で、オレは一人で道化を演じているだけなんじゃないかと、本気で考えたから。

 だが残念、彼女は次の日も、その次の日も、オレの隣の席に現れた。

 オレは頬をつねるだけに飽き足らず、何十発も自分で殴ってみた。痛みはリアルだったし、病院にも行った。精神病の疑いはなかったが、顔の傷を心配された。ほっておいて欲しい。

 

 二つ目、長々と喋っちまったがきっとこれがオレの結論。

 事実は小説よりも奇なり。

 オレは、あまりに世界を知らなすぎたのかもしれない。

 現実。事実。真実。本当にそうか? 

 もしかしたら、今ここにいることとさえ、本当は長い長い夢なのかもしれない。夢の一部なのかもしれない。

 もしかしたら、誰かが見せている完璧な幻なのかもしれない。

 彼女は何者なのか? その正体は? 彼女の恩人とは? そして、本当の目的は? そしてオレと彼女の関係は?

 … ああそうさ、そんなのはもはや関係ない。

 オレの目的はただ一つ。

 これは現実か否か。それだけだ。それだけを、おれは確かめたい。確かめたかったのだ。


 そんなことを胸に秘め、改めてオレは美才冶世界と共に、奇妙な学園生活を送る事にした。



 END


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