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第5話 逃げるが勝ち

 風の宮と喧嘩して1週間。それからは何事も無く、ただ着々と弟子を見つけて天界に送り返すと言う日々が続いた。逃げ回る弟子もいれば、潔く捕まった振りをして何か悪さをしでかそうとする弟子もいたが、結果的に呪いの効果は薄まりつつあるので風の宮にこてんぱんにされている。

 最近ではりんがいなくても神社から出る事もできるそうだ。だが、それでも本調子になれるのはりんが側にいる時だけなので、弟子探しの時はやはりりんがキーマンになっている。

 変わった事と言えば、不思議な転校生がやってきたぐらいだ。


「えー……日暮蓮君だ。九州から引越してきたばっかりらしいので、皆さん仲良くしてあげて下さい」

 りんは澄んだ目でその転校生を見つめていた。しかし本を片手にである。その斜め後ろでは貴島が今日の宿題をせっせと書き写していた。どこか特徴があるわけでもなく、地味なわけでもない。何て言うのだろう。何か力を隠し持っているようだった。

「日暮蓮です。よろしく」

 そう言って軽く頭を下げる日暮。一番前の席に座っているりんは、顔を上げた彼と自然と目が合った。

「……なに」

 可愛げ無いなぁ。自分でもそう思った。それでも日暮はニコリともせずりんをじっと見ている。これに気づいたのが貴島だ。

「おい、なに見つめ合ってんの?」

「え、あぁ……」

 りんはすぐに目をそらし、何でもないよと転校生に告げる。彼は納得したのか、空いている席に座った。

 朝のホームルームが終わり、本を読むりんの元へ貴島がやってきた。

「あんたって、学校にいるときキャラ変わるな」

「だって騒いでると面倒な事に巻き込まれるじゃん。あの転校生も皆に囲まれて、可哀相」

 後ろに目をやると、確かにクラスの男女が集まっている。まるで珍獣でも見つけたような騒ぎだ。

 貴島は苦笑いを浮かべ密かに転校生に同情した。

「……最近、走りっぱなしだから疲れたなぁ」

「あぁ。逃げる奴ら、無駄に運動能力高いしな」

 逃げる奴ら、つまり風の宮の弟子のことだ。りんも貴島も運動神経が良いほうかと言えば、その類いにはいる。勉強と運動なら確実に運動を選ぶ。読書家のりんは選択肢に読書が加われば読書を選ぶだろうが。

 貴島も疲れは感じていた。その証拠に太ももが見事に筋肉痛になっている。飛んで追いかける風の宮やお菊、それに何やかんや貴島の肩に乗っている大京は疲れていないのだろう。

「神様は楽でいいよね」

「神様だしな」

 お風の宮と菊は毎日の様に弟子を捜している。神社にいながら、気配だけを頼りに弟子の居場所を見つけるというのだから凄い。その代わりに、集中力をつかうので結局体力的に疲れるのだとか。大京はというと、彼も少しは気にかけているのかご飯を貰いつつも町中を歩き回っている。

 それでも弟子は中々見つからない。そもそも全員がこの町にいるかは知らないし、弟子の人数も知らない。今日の放課後、風の宮に聞いてみよう。体力的にも精神的にもそろそろ疲れが溜まってくる頃合いだった。

「貴島、数学の宿題終わってる? ノート、そろそろ返して」

「うわぁ、まだ待ってくれ」

 貴島は慌てて自分の席に戻り、ノートの模写(答えを写している)を始めた。彼とは、きっと唯一の友達なんだろう。女子の友達もあまりいないし、口を利く子は大体気分転換のつもりだろうし。

 一人が好きっていうわけでもない、かと言って、大人数ではしゃぐのも嫌いじゃない。ただ、まだ怖いのだと思う。いつかの記憶が繰り返されそうで、まだ人と関わるのが怖いのだ。

「……はぁ」

 ため息まじりに本から顔を上げる。すると、窓の外にお菊の姿をとらえた。

「貴島、行くよ」

「どこにって……あ、お菊だ」

 貴島もお菊を見つけたのか、すぐにノートを閉じて教室を出る。

 この学校には、七不思議の一つで生徒指導室にお化けが出るという噂がある。そこは滅多に生徒が出入りをしないので、二人は何かあるとすぐに生徒指導室へ向かった。今回も目的地はそこである。お菊も解っているのか、必ずそこへやってくる。

 そっと扉を開けて中に入ると、お菊がすでに中で待っていた。

「お菊さん、どうしたの?」

「てぇへんだぁ!! りん姉さんっ! か、風、風の宮様がおかしいんです!」

「おかしい?」

 貴島もりんも「普段からおかしいだろ」という顔をしている。お菊はそれがわかっているのかぶんぶんと首をふって、風の宮の異常さをアピールしていた。

「風の宮様、力が急に衰えたんです。神社を出ようとしたら急にうずくまって……本殿の中でも苦しいみたいで」

「本殿の中でも?」

 それは異常な事だ。お菊が言うのは、今すぐにりんを本殿まで連れていきたいとのこと。だが、学校もある。無断に休むわけにはいかない。

「何か、霧の力が強くなってるらしい。その元を絶たないと、とにかくこのまま衰弱しきったら死んじまう!」

「わ、わかった。今すぐ本殿に行く。貴島、仮病つかうから先生のこと言いくるめといて」

 貴島に言い残し、「わかった」と返事がくるとお菊が窓を指差して言った。

「大京が窓の外にいます。姿は見えないようまじないはかけてあるんで、早く本殿に!」

「了解っ」

 窓を開けると、大京が化けた姿で待っていた。飛び乗ると、すぐにふわりと浮いて神社の方へと飛ぶ。

「なんで急に出れなくなったの?!」

「おいらもわからない。でも、この町に何か紛れ込んだのは確かだ。おいらも禍々しいものを感じる」

 禍々しいもの? 声には出さず、口の中で繰り返した。きっとそれが原因で呪いが強まったか、霧が濃くなってしまったのかもしれない。そうなると、風の宮の行動範囲はまた狭まってしまう。

 神社が見えてくる。そこは、深い霧に包まれ地面が見えなくなっていた。

「さっきより酷くなってる……りん、早く行って!」

「うん」

 到着するとすぐにスカートを翻し、本殿の中に飛び込んだ。

「風の宮さんっ!!」

 悲鳴に近い声があがった。なんと彼は肩で息をし、今にも倒れてしまいそうだったから。

「り……ん……」

 手を伸ばし、りんにもたれる。はーっと深く息を吐き、しばらくそれを繰り返していると楽になったのか顔をあげた。

「驚いた……学校はどうしたんだ」

「んなのサボっちゃいました。それに、放っておいたら……」

「心配かけたな」

 気づかないうちに、涙が流れていた。風の宮はそれを拭いながら微笑む。それでも顔色は悪かった。

「どうして急に霧が濃くなったんだろう……」

 辺りを見渡すと、本殿の中にも霧が入り込んできている。彼の調子が悪くなったのはそのせいだろう。

「この町に……魔の波長を持つ者がいるのだろう」

「魔の波長?」

 以前、風の宮から話しを聞いた事があった。りんには耐摩の波長があり、それによって不純な霧を浄化し風の宮は力を取り戻せると。

「魔の波長は、妖魔を呼び寄せる……これも、人間にしか流れぬ波長だ」

 魔の波長をもつ人がこの町に来てしまった。そのせいで呪いがより強まってしまったと。

「その人はお弟子さんと繋がってるんですか?」

「わからん。わしも油断しておった……弟子の大半はすでに天界に戻っておる。今、都合よくこの町にくるなど……」

 そう言いながらも風の宮はふらふらしている。りんが肩を支えると、「すまんな」と小さい声で呟いた。

「とりあえず休みましょう。横になっててください」

 りんはなぜか焦っていた。

 今朝、日暮蓮から感じたモノ。何か、普通ではない何かを彼はもっている。そう直感した。

横になる風の宮の側に座り、霧をはらう。それだけでも彼はずいぶん楽になるだろう。

 りんが懸命に看病している頃、学校では事件が起こっていた。



「おい……どうなってんだよ、これ」

 先生にりんの早退を告げようと教室に戻ると、彼を中心に誰もが眠っていた。

「……っ!」

 眠っていたのではない。まるで生きている活気がない。ただ、日暮はそんな中に一人ぽつんと立っていた。

貴島についてきたお菊も教室の光景を見て、唖然としている。

「こりゃ……ただ事じゃないね。邪気があの小僧中心に集まってるよ」

 お菊は貴島の後ろから日暮を睨んだ。貴島も日暮を睨みつけ、震える拳を押さえつけながら彼に話しかける。

「日暮、お前がやったのか」

 その問いに、日暮は答えなかった。いや、答える気はさらさら無かったのだろう。ニヤリと笑って貴島を見つめている。

「僕は……妖怪とか物の怪に好かれる体質なのかもしれない。見えているよ、君の後ろにいる綺麗なお姉さんのことも」

 お菊がびくりと体を震わせた。貴島の後ろで隠れる様に見を縮める。

「ねぇ、羽山さんはどこに行ったの? 僕は彼女に用があるんだ。これ以上、僕の友達を虐めさせない為に」

「何を……言ってやがる」

 日暮は貴島と向き合った。

「僕の友達……醜い妖怪を虐めないでくれる? それと、可哀相なお弟子さんたちもね」

「可哀相なお弟子さんって……そのお弟子さんに呪いをかけられた師匠はどうなってもいいってのかい!」

 お菊が言い返す。

「そんなの、僕は知ったこっちゃないし」

 なんて奴だ。貴島は冷や汗を背中にながしながら、どう対処するべきか考えていた。

 日暮はりんを捜している。だが、見つけたらきっと話し合いだけでは済まないだろう。必ず、りんが傷つく事になる。それと同じく風の宮も被害にあうだろう。弟子を匿っている正体が分かった事だけでも豊作だっていうのにっ。

「何考えてるかは知らないけど、僕を捕まえなくていいの」

「は? 俺はそんな趣味してない。だけど、こいつらは無事なんだろうなっ」

 微かに声が震えた。悔しい。ただ、目の前にクラスメートが何十人倒れているだけで震えるなんて。

 その恐怖を察したのか、日暮はそこにつけ込んできた。

「あぁ、無事だよ。気絶してるだけ。まさか僕が人殺しをすると思った?」

 クスクスと笑う日暮に、お菊が怒鳴った。

「喧嘩売ってんのかぃ小僧! この菊野が相手をしてやろうじゃないか!!」

 飛び出しそうになったお菊を引き止め、貴島は声をあげて笑う日暮を睨む。

「短気は命取りだよ」

 日暮はいったい何を考えているのだろう。ただ不気味に笑っている。

「……黙ってないでさ、彼女の居場所を教えてくれない?」

 不気味な声で日暮は言った。否、日暮に取り憑いている物の怪の声だろう。人の声とは到底思えなかった。

 貴島は戦う気満々のお菊の腕を掴み、教室から逃げた。

なぜか、一人しかいないはずの日暮の周りに、大量の物の怪が見えたのだ。

「貴島っ!」

 お菊の怒鳴り声も無視して学校から出る。

「今は逃げよう。あいつはやばい!」

 第6感が働いている。本能が告げている。今は、逃げろと。


貴島は神社へと向かった。



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