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第4話 人VS神様、それでも喧嘩は犬も食わない

 煙管をくわえながら、片膝を立てて座る風の宮。その隣ではお菊が慌てた様子で口をぱくぱくしている。大京はと言うと、本殿の隅で丸くなっていた。貴島は唖然としてその光景を見ていた。

 なにより、風の宮の姿もお菊の姿も見えているのだからただ者ではないのだろう。


「ちょ、りん姉さんっ。その小僧、どっから連れて来たんです!?」

「お菊さん、もうとっくにバレてるみたい。風の宮さんもお菊さんも見えてるみたいだし」

 視線が貴島に集まった。風の宮も、その鋭い瞳でじっと見つめている。お菊はもう飛びかからんばかりの勢いで貴島を睨んでいた。大京は大きなあくびをして、近寄って来る。

「ねぇ、おいらの言葉も聞こえてるのかい」

「うわっ、猫が喋ったっ!」

 どうやら聞こえているようだ。

「風の宮さん、どうするんです」

「わしが見えるのであれば、手伝ってもらうのが一番であろう。耐摩の波長の持ち主ではないようだが、人手は多い方がいい。おい小僧、明日からお前もわしの弟子探しを手伝え」

 すると、お菊がフワリと浮いて貴島に近づいた。一方の彼は、幽霊や物の怪には慣れているのかまったく動じなかった。

「断るなんて言うんじゃないよ。それと、りん姉さんに変な事したら、このお菊が祟ってやるんだからね!」

「お菊っ」

 りんが制すと、お菊は目を吊り上げたまま本殿を出ていってしまった。

何がそんなに気に食わなかったんだろう。

「お菊は人間の小僧が大の嫌いだからねぇ。しょうがないさ」

「大京はいいの?」

「あぁ。ここのお母さんからはいつも餌貰ってるからねぇ」

 ケケケッ、と呑気に笑う大京。風の宮は煙管の煙が混じったため息をつき、貴島を見る。

「わしの事を口外するようであれば、わしらと関わった記憶を全て消す。もちろんりんの事もだ」

 当然の様に語っているが、人の記憶を消す事ができるなんて凄いと思う。

彼は神様だと言う事はどことなく雰囲気でわかるが、現実味がない。

「あの……よろしくお願いします」

「ぶっ」

 思わず吹き出してしまった。貴島は眉を寄せてりんを見る。

「いや、私も最初頼まれたとき、同じ事言ったから」

 りんもよろしくお願いしますと言って札を貰った。彼は神社の息子だから、そういう物の類いは持ってるのかもしれないが。

「小僧、いつまでりんの腕を掴んでおるのだ」

「あっ……ごめん」

 いつの間にか貴島がりんの腕を掴んでいた。少なからず怖かったのだろう。りんは「別にいいよ」と笑顔で言ってその場に座った。

今日の事を振り返ると、よくペラペラと嘘が出てきたなと思う。

「風の宮さん、今日の私、けっこうな悪でしたよね」

「そのおかげで弟子は見つかった。口が達者な奴はうらやましいのぉ」

「いえいえ、とんでもありませんよ。ヘヘへ」

 そのやり取りを見ていた貴島は思う。褒めてないよな、と。口には出さず、風の宮とりんの会話を聞いていた。

風の宮は神様で、りんは人間のはずなのにどうしてこんなに仲がいいのだろう。普通、りんは同じ人間である自分と話しをすると思っていたのに。輪の中に入ってみると、自分は部外者の様で居心地が悪かった。

「おやおや? 妬いてるのかい小僧」

「三つ目猫……」

「大京だ。三つ目猫なんて呼ぶんじゃないよ」

「じゃぁ、俺も小僧じゃない。貴島浩輔だ」

「へん、お前なんて小僧で充分だ」

 そういうと、大京は貴島の頭の上に飛び乗った。器用に頭の上で丸くなると、そのまますやすやと眠り始めたではないか。

「おいっ」

「うるさいよ。遊んでやってるんだから、光栄に思え」

 なんて自分勝手な猫だろう。貴島はそう思いながらも、頭の上で眠る大京を下ろそうとはしなかった。

そんな貴島にかまわずりんと風の宮は話しが盛り上がっているのか笑い合っている。神様と人間で話しが合うなんておかしな光景だ。りんは学校では見せない澄んだ笑みを見せている。自分の前では警戒心丸出しの彼女が、弟子に逃げられた神様に心を開いている。

 モヤモヤとする気持ちを気持ちの奥底に閉じ込めて、貴島もゆっくりと瞼を閉じた。


 貴島が眠っている事に気づいたのは、大京が自分の元にやってきてからだった。

「あれ? 貴島と遊んでたんじゃないの?」

「あいつ、寝ちまったよ。おいらじゃどうしようもないから、りんが何とかしておくれよ」

 こんな時だけ甘えた声をだす大京。りんはため息まじりに立ち上がり、あぐらをかいたまま眠っている貴島の肩を揺すった。

「貴島、ちょっと。ここで寝たら風邪引くでしょうが。起きな、おーい!」

「人はどこでも寝るから、まったく仕様がない」

 風の宮は呆れたのか煙管をくわえ、貴島に向かって煙を吐く。さすがにこれには失礼だと思ったりんが、控えめに叱った。

「どうして貴島にばかり意地悪するんですかっ。そもそも見つかった自分が悪いんでしょう」

「……そいつを庇うのか、りんは」

「庇うとかじゃなくて、人を見下しているっていうか……」

 自分でも、言っている途中におかしいと思った。自分が話している相手は、人間ではなく神様なんだ。人を見下していて当然なのかもしれない。そう思うと、なんだか風の宮が意地悪な悪魔に見えてきた。

「ま……神様だから人を見下してて当然ですか。ほら貴島、起きてるならしゃんとしなって」

 いつの間にかりんは貴島の側まで行っていた。風の宮はそれが気に食わないのか、苛立を堪えきれず煙を吐き続ける。これに大京がケホケホと咳をしはじめた。

「ちょいとりん……風の宮様に冷たくないかい?」

「だって……いくら神様だからって、貴島を悪く言うのは間違ってる」

 ピクリと、風の宮の煙管を持つ指が震えた。大京は珍しくハラハラとしている。貴島なんて風の宮を顔を見た瞬間、表情が凍り付いてしまったのか口をポカンと開けている。こんな時にお菊がいれば場も和むのだが、彼女は今どこかへ行ってしまっているのだ。

「あ、あのぉ……お二人さん、そんなに睨み合わなくてもいいじゃないか。ちょいと小僧っ、責任とれよ!」

「大京、勝手な事を言うな。口を挟む気があるならさっさと小僧を連れてここを出て行け」

 大京が文字通り震え上がった。化け猫の姿になって、貴島を無理矢理背中にのせる。

「お前の為だぞ。命が欲しいなら、おいらと一緒にきな」

 貴島もこの緊迫した空気を察したのか、こくこくと頷いている。その隣でりんは眉を寄せて大京を睨んでいる。飛び火をくらわないように逃げる二人に怒りが隠せないのだ。

「……じゃ、おいら達はこれで」

 そう言ってさっさと本殿を出ていく大京と貴島。残された二人、りんと風の宮は睨み合ったまま口を開こうとはしなかった。

 先にしびれを切らしたのは、風の宮だった。

「そんなにあの小僧が気になるのか」

「気になるも何も、貴島は同じ状況にいる人だし。それに、巻き込まれた被害者でもあるじゃないですか」

「被害者?」

 地雷を踏んだ。

 りんはそれに気づかず、さらに言葉を続ける。

「そもそも、風の宮さんはもっと身の回りに気を遣うべきです。弟子に逃げられて、捜査を協力してもらってる立場なのに、いっつも偉そうに上から目線で命令ばかりしてっ」

「……なんだその態度は」

 低い声に、りんも思わず震えた。目を大きく開いて風の宮を見つめる。一歩の彼は冷めた目でりんを睨んでいる。先程よりも目つきが悪くなっているのは確かだった。

 もちろん今までの台詞に悪気など一つもない。すべて本音だ。だからこそ、風の宮は余計に傷つきりんにどう対応すればいいのかよくわからない。しかも、りんの側では力が使えることが裏目に出て、彼の着物や髪の毛、周辺の物はゆらゆらと揺れている。

「わしを人と思うておるのか、貴様は」

 ”貴様”。ただその一言がりんの心に大きな恐怖心を植え付けた。

「わしは神。確かそう言ったはずだ。なのに貴様は、そのわしに無礼な態度ばかり……」

 風の宮が立ち上がり、りんに触れる事無く、出会った時にも使った白い布でりんの腕を捕まえた。

そのまま本殿の入り口までりんを釣り上げる様に連れていき、扉を開けて外に放り投げる。もちろん地面に落ちたりんは風の宮に文句を言おうと口を開く。だが、言葉を発する前に冷たい視線が浴びせられた。

 そして、トドメをさすように風の宮が言う。

「二度とわしの目の前に姿を晒すな、人間の小娘が」

 さすがのりんも、目尻が熱くなるのを感じた。

「あぁ解りましたよっ、もう二度とあんたの前には現れない!! このエセ貧乏神が!!」

 それだけ言い捨て、りんは鳥居をくぐり神社の石段を駆け下りた。

「馬鹿神様が!! なにが私が必要だ阿呆!! 外に出られなくなってくたばっちまえぇええ!!」

 そう叫んで家に飛び込む。タイミングが良かったのか悪かったのか、家には誰もいなかった。

 部屋にこもり、ベッドの中にうずくまる。そして、堪えていた涙を流し始めた。



「風の宮様、あたしはあんたに呆れましたよっ!」

 時は少しさかのぼり、頭を冷やしたお菊が本殿に戻るとそこにりんの姿は無かった。不機嫌な風の宮と、それに怯える二人が本殿の隅でお菊の登場に笑顔を見せている。その二人から事情を聞いたお菊は、思い切り風の宮を怒鳴った。

「なっ、お前までわしが悪いと言うか!?」

「あぁったりめぇでぇい!! りん姉さんの気持ちもちぃーっとも解ってやんねいでぇ!!」

 怒ったお菊は普段は押さえている江戸っ子口調全開で風の宮に言う。

「はぁ? わしが何故人の子の気持ちなど考えなければならん」

 これにお菊は、憤怒した。

「こんの大馬鹿がぁあ!! りん姉さんの優しさにまぁーったく気づいてねぇんかい!?」

「あいつがわしに優しい? はっ、馬鹿かお前は。それともお前の目は節穴か」

 お菊はふぅーっとため息を吐きながら風の宮と向き合う。

「りん姉さんは風の宮様に同情して、お弟子さん探しを手伝ってくれてらっしゃるんです」

 少し落ちついたのか、江戸っ子口調は押さえつつある。だが、その拳はだれが見ても解る程震え上がっていた。もちろん、怒りで。

「同情されている時点で情けない人だとは思ってましたけど、それに加え自分勝手で女たらしで嫉妬深いんじゃぁ、りん姉さんの方から出てってもおかしくない状況だったんですよ。今まで!」

 今までを強調していったお菊に、風の宮は目を丸くしている。

「ならばなぜわしを手伝った。嫌なら嫌とはっきり言えばよかったものを」

「それはっ、風の宮様が放っておけなかったからに決まってるじゃないですかぃ! ただでさえ世話焼きなお人ってぇのは見てて解るし、しかもそのりん姉さんが、野放しにしてたらくたばりそうな男を見捨てるわけないじゃあないですか!」

 大京も貴島も興味深そうにお菊の話しを聞いていた。だが肝心の風の宮はまるで話しを聞いていない。

まるで意地けている子供のようだ。

「それならば、あいつはやっと俺から解放されたと今頃喜んでいるのだろうな」

 お菊が、こりゃ駄目だと口には出さずに態度で表している。大京がケケケケッと笑った。

風の宮がそれを聞き逃すわけも無く、鋭い瞳で大京に問う。

「何を笑うておる」

「いやいや、あんたは鈍いと思って。りんがあんたを心配してるのは一目でわかるじゃないか。きっと今頃泣いてるよ。多分、家の人には内緒でひとりぼっちで。気にしてる男にそんな事言われちゃ、普通の女なら泣いちまうよ」

 これに、貴島が反応した。

「気にしてる男……?」

 控えめに言うと、大京はハッと口を閉じてお菊の側に逃げた。

「余計な事を言っちまったねぇ、ケケケケッ」

 お菊は大京を睨みつけ、首根っこを掴んで持ち上げる。

「こ〜ら、これ以上ややこしくしないようあんたは黙ってなさい」

 お菊はそのまま大京を貴島に投げる。それを危なげにキャッチした貴島は、大京を膝の上にのせた。

「じゃ、あたしらはこの辺で失礼しますよ。あとは、風の宮様お一人で考えて行動して下さいね」

 お菊が二人を手招きした。3人は無言で本殿を出て、お菊の提案で神社を離れた。この方が彼も動きやすいだろうという考えだった。

「でもあの神様は呪いをかけられてるからねぇ、ケケケケッ」

「多少の無理はするさ。それにあの顔見ただろう?」

「あぁ……ふぬけたっていうか、驚いてるっていうか、口がポカンと開いてた」

 貴島のこれに、お菊がケラケラと笑う。いつの間にか打ち解けているようだ。

「あれで照れてるのさ。あのお人は」

「えぇ!?」

 貴島は驚き声をあげ、大京はいつものようにケケケケッと笑っていた。

「ま、今日は呪いが弱まる満月だからね。いつもより負担は軽くなるだろうさ」

 お菊は空を見上げ、雲に隠れる満月を見つめた。

「あとは、りん姉さん次第だね」

 その瞬間、風が強く吹きすさんだ。まるで、神の御出立を知らせるかの様に。

「ほぅら、もう出掛けていったよ」

 貴島も大京も空を見上げる。そこには季節外れの桜の花びらがひらひらと舞っていた。



……風が強くなっている。窓を閉めよう。

 いつの間にか、泣きながら眠っていた。そのせいで泣き痕はしっかりと頬に残ってしまい、目の下も赤くなっている。鏡をちらりと見て、ため息まじりに窓の前に立つ。

 一際風が強くなった、その瞬間だった。

「っ、なっ、なんでっ!?」

 風の花びらと共に、満月をバックに風の宮が現れた。

 怒っているわけでもなく、笑っているわけでもない無表情な瞳でりんを見つめる。

「っなんで来たんだよっ、私には二度と姿を晒すなって言っておいて!」

 そう叫ぶと、ふわりと頭に彼の手がのった。

「……あれは言い過ぎた。すまない」

 サラリと謝った彼は、その手を頬へと持っていく。

「お前がわしをどう思っているかなんて考えた事もなかった。別にお菊に言われたわけじゃないが、今になって少し考えてみた……確かに、少し自分勝手だった所もある」

「ちょ、えぇ? どうしたんです、変な物でも食べました?」

 熱があるんじゃないかと、彼の額に手のひらを当ててみる。だが、逆に冷たいぐらいだ。

「悪かった。お前が、わしを気にかけてくれている事にも気づかず」

 大丈夫かこの人。じっと見つめてると、風の宮はニヤッと笑ってりんの額に口づけた。もうそれは普通に。

「っ―――はぅ◯△%#!?」

 意味の分からない言葉を吐くりんに、風の宮は笑い出す。

「はっ、ははは……」

 笑いながら、風の宮の体がぐらりと揺れた。

「ちょ、どーしたんですっ!?」

 りんの肩に額を乗せ、ぐったりと動かなくなってしまった。そう、ここでりんは呪いの存在を思い出した。

「まっ、まさか風の宮さんっ、無茶してんじゃっ」

「ちと……疲れた、休む」

 休むって言われても、この体勢はキツいです。今、体は彼の体重を支えきれず半分反り返っている。

足がぷるぷると震えてきた頃、風の宮はそっと額を肩からどかせた。

「あぁ、重かった」

「……そんなに重かったか?」

 少し傷ついた様に悲しげな表情をする風の宮。

「や、別に傷つけるつもりは……」

「あぁ。ないんだろう? 可愛くない女だ。もう少し解りやすくなってくれ」

「あなたにだけは言われたくなかったです」

 りんがいつもの口調で言い返すと、風の宮も「まったくだな」と言って窓淵に座った。

「お互い、捻くれ者という事か」

「そうですね。お互い様です」

 彼が座るとなりに手を置いて、満月を見上げた。すっかり雲が晴れて、月明かりが部屋に差し込んでいる。

「……綺麗ですね」

「満月がか? わしは欠けた月の方が綺麗だと思うぞ」

「三日月ですか、確かに綺麗ですよね」

 風の宮はククッと喉で笑い、りんの頭を乱暴に撫でた。

「そうか。お互い、認め合う事も大事なのだな」

「今さら気づいたんですか〜? おそっ、私より年上なのに」

 一体いくつ年上かは知らないが、風の宮は時々子供らしい笑顔を見せる。

それが可愛らしいなんて口が裂けても言えないが、その笑顔を見て幸せだと思う事に違いはない。

「……お弟子さん早く見つけて、呪いをときましょうね」

 そう言うと、彼は少し眉を寄せ呟く。

「呪いが解けたら、わしはどうなるのだろうな」

「……さぁ、どうなるんでしょうね」

 先は見えないが、とにかくすぐにでも呪いをといてあげたいと思った。

それが永遠の別れだとしても、それでもかまわないと、この時は思っていた。




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