第3話 イタズラが好きなのは子供の性
「君たち、ここは部外者は立ち入り禁止ですっ……よ」
警備員が最初にりんを見て、次に風の宮を見て首を傾げた。
「あの、失礼ですがお名前は」
「風のみ……」
「風の宮大京さんです! まさかご存じないわけないですよね? あんなにも有名なのに!」
ごめん大京。名前借りました。
一方風の宮は名前が気に入らないのか眉を寄せてりんを見る。
「つい先日帰国されたばかりで、日本語を忘れてしまっているんです。通訳は私が勤めています。菊野りんと申します」
ごめんなさいお菊さん。苗字借ります。
「社長と会う約束をしています。そこを通していただけますか?」
そう尋ねると、警備員は言いにくそうに「証明書を……」と小声で言う。
それをりんが制した。
「証明書!? あなた風の宮さんにそんな物を出せと言っているんですか!? あなた警備員歴何年です? 前の方はすんな通してくれましたのに。まったく、貴方の事社長にもしっかりとお伝えしますからね」
「ちょ、まっ、待って下さい。どうぞ、どうぞお通りください」
警備員は焦って道を開ける。りんはニヤリと笑いながら小さく頭を下げて事務所の中へ入った。
風の宮は初めて見るコンクリートの建物に目を白黒させてる。
「よっしゃ侵入成功っ。風の宮さん、お弟子さん捜しますよ」
「お前……口が達者な奴よのぉ」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
そこはりんにとっても未知の世界だった。とりあえず音楽が聞こえてくるスタジオを覗く。
テレビで見た事ある男達が、真剣な表情で踊っていた。
「ここじゃなさそう……」
そう言って扉から離れたりん。だが、風の宮は中々離れようとしなかった。じっと見つめている。
その視線の先には、黄色いTシャツにダボッとしたスウェットを着ている男がいた。年齢はりんと同じくらいだろう。
「りん……見てみろ。化けてはおるが、あれではわしらにバレバレだぞ」
「え?」
よく見ると、確かに人間とは違う雰囲気をまとっていた。ハッキリ言えば、どこか神々しいというか。
「りん、あの黄色いのを連れ出せんか」
「……やってみます」
確か名前は、テレビで見て覚えている。石島だ。
「石島さん、少しお時間の方宜しいでしょうか。雑誌の取材があるのですけど」
「えっ……俺?」
「はい」
頼む。引っかかってくれ。
願う様に彼を見つめていると、「いいよ」と言って部屋を出てきてくれた。
心の中でガッツポーズをとり風の宮の待つ人気の少ない廊下へ移動する。3メートル離れるのが限界な彼にとって、この待ち時間は地獄になるだろう。早く会わせないと、その気持ちが強かったのか、いつの間にか早歩きをしていた。
「……ねぇ。本当は雑誌の取材じゃないんでしょ?」
「……はい?」
バレたか。そう思い引きつった笑顔で振り返ると、そこにはりんを見下ろす彼がいた。
「耐摩の波長を感じるし……物の怪の臭いもするし」
「物の怪? 何の話しですか?」
「誤魔化すなっ!」
驚いた。彼は片手でりんの肩を壁に押し付ける。
「ここは霧もないから……師匠がいてもおかしくない」
「……わかってるなら、呪いをかけるなど考えぬことだな」
背筋が凍るような声だった。目の前の男は目を見開いて硬直している。振り返るのも恐ろしいのか、苦笑いを浮かべていた。
「……灰喃。心を改め天界に戻るのだな」
風の宮がパチンと指を鳴らした。
その瞬間、灰喃は硬直したまま光に包まれ、消えていった。
「りん、無事か?」
「はい。全然平気です」
静まり返った。彼はフッと薄く笑みを浮かべると、神様の姿に戻ってしまった。
「ど、どうしたんです」
「疲れたのだ。しばらく休みたい。神社へ戻ろう」
顔色は良くなかった。すぐに事務所から出て、路地裏で待つお菊と大京の元へ駆け寄る。
「その様子じゃ、成功したんですね」
「はい……」
まさか、こうなるとわかっていたのか。
お菊さんは風の宮の顔を見ながら、眉を寄せた。
「りん姉さんと一緒にいれば回復も早まります。神社まで行きましょう」
「はい」
彼を担ぐのは難しい。お菊と二人がかりでやっと担げたが、身長の差のせいでバランスは悪かった。
「まったく、仕方ないねぇ」
しびれを切らした様に大京が言う。まさか大京が担ぐのか。
「おいらはただの三つ目猫じゃないよ」
そう言うと、大京はドロンと音をたてて化けた。しかも、相当でかい化け猫に。
「さ、風の宮様とりんは乗りな。お菊は平気だろ」
「あぁ。頼んだぞ」
唖然とするりんを他所に、お菊は風の宮を大京の背中にのせた。りんは風の宮の後ろに乗り、彼を支える。
「じゃ、行くよ」
心の準備もできていないまま、大京が地面を蹴った。
「と、飛んでるっ!?」
なんと大京は空を飛んだ。しかもそのスピードが尋常じゃなく早い。反り返りそうだ。
「しっかり掴まってないと落ちるよ、ケケケケッ」
しかも楽しんでいやがる。この猫ちゃんは。
「……風の宮さん、大丈夫ですか?」
「あぁ。だいぶ楽になった」
風を受けながら彼は言った。確かに顔色は良くなっている。
「お前がいないと困る。これでわかっただろう?」
「……薄々と」
なんだか素直に頷くのが恥ずかしかった。
「神社についたら、わしはすぐ本殿にはいる。お前は神社の前でおりろ」
「なんで?」
「貴島とかいう小僧に見られたらどうする」
それもそうだ。
目下には、神社が見えてきた。階段の半ばで下ろされ、大京と風の宮はまた本殿の方へ飛んでいく。
ため息まじりに見上げると、箒を片手に硬直している貴島の姿があった。
サーッと血の気が引いていく。
「……げ、近づいて来るっ」
しかも階段を3段飛ばして追いかけて来る。
足が動かなくて、すぐ側まで彼が来ても何も言えなかった。
「今……飛んでた?」
「……」
見られた。完全に見られたぞ。
「なぁ……お前、何隠してる?」
無意識のうちなのだろうか、貴島はりんの両肩を掴んで揺さぶる。
りんはその手を無言で振り払って、貴島を睨みつけた。
「あんたには関係ないでしょ。そこどいて」
我ながらなんて可愛げがないんだろう。だが今の状況ではこの言葉しか浮かんでこなかった。
一歩譲る仕草を見せない貴島。りんも目を吊り上げて彼を睨む。しばらくそうしていると、不意に後ろから声がした。
「あら浩輔、お友達?」
「げっ」
貴島の表情が一気に変わった。その場を逃げ出す様に階段を駆け上がる。
ポカンとしていると、女の人が笑いかけてきた。
「ごめんねぇ。あの子、友達とか人とコミュニケーションとるのが苦手なのよ」
どうやら喧嘩していると勘違いしているんだろう。よく見ると目元が彼にそっくりだ。きっと彼の母親だろう。
「いえ。私も少しキツかったですから」
「はっきり言ってやっていいからね。えっとお名前……」
「あ、羽山りんです。クラスメートの……」
友達と勘違いしていた母親は、「あら、そうなの」と呟いて荷物を背負い直した。
きっと今日の夕ご飯のおかずだ。じゃがいもとにんじんが袋を透けて見える。
「じゃ、私は本殿にお参りしてから帰りますね」
「わざわざありがとう。一緒にあがりましょ」
貴島とは違ってとても友好的な人だ。
「浩輔、私ともあんまり口利かなくなって……なんでも、本殿に人がいるのを見たって言うのよ」
「え……」
背筋がひんやりとした。
「その人は煙管を持ってて、和服を着て簪を挿してる男の人だって言い張るもんだから、私冗談だと思ってからかっちゃったのよ。多分、そのせいで今ぴりぴりしてるんだと思うの」
貴島は、もう風の宮のことを知っているんだ。
そう思うとあの能天気な神様に苛々してきた。見つかってるなら、そう言ってくれれば良かったのに。
「あの、この後貴島と話してもいいですか?」
「もちろん。多分、境内をうろうろしてると思うから」
階段をのぼり、貴島のお母さんは自宅へ入っていった。すると、それを見計らった様に貴島が木の影から飛び出してきた。
「捕まえた!」
「え」
りんは貴島の腕を掴み、そのまま引きずるように本殿まで歩く。
「風の宮さん、入りますよ」
「ちょ、お前なに言ってんだ……」
貴島は目を丸くしている。りんはそにかまわず本殿に入った。もちろん、貴島も引き連れて。
「風の宮さん、ちょーっとお話があります」