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第1話 出会ったからには仕方がない

 その日、町の外れにある古い神社から白い霧が吹き出た。

今晩は満月。闇夜に浮かぶ満月が、その目下に広がる薄気味悪い霧を眺めて冷笑を浮かべている様にすら思える。

相棒であり愛犬である”寿ことぶき”が、その虚ろな瞳でその霧を見つめていた。

ここは周りの町と比べたら明らかに発展都市なのに、異常なまでに寺や神社、お社の類いが多い。

まつられている地蔵の数も、数えきれる物ではない。


「寿、どうしたんだよ。もう暗いから早く帰ろう」

 寿は本物の犬ではない。最近発売されたバーチャルの犬だ。もちろん触った感触や臭い、腹が減る事もなければ糞もしない。ただ、一緒に歩いたり心を癒す為に作られた偽造犬だ。

 巷で流行りはじめ、流行こういうものに敏感な姉が早速購入した。しかし買ったはいいものかまっている暇も無く、結局妹であるわたし、羽山りんに押し付けた。

 気分転換に散歩をしていたら、こんな不気味な霧に出会ってしまったのだ。

「寿?」

 寿の視線の先を見ると、神社の奥から霧と一緒に包帯のような物がひゅるひゅると伸びている。

 目を大きく開き、寿を抱え上げてその場から逃げようとした。

 その瞬間


「見つけたぞっ」


 若い男の声と同時に、その包帯のような布がひゅるひゅると伸びてきてわたしの腕に絡み付いた。

必死に抵抗して、寿を地面に下ろす。ポカンとしている寿はただしっぽを振っているだけ。

「逃げてっ」

「逃がさん」

 何を勘違いしたのか、布はわたしの腰に回ってきた。ふわりと地面から浮き上がり、こりゃだめだと目を閉じると、わたしは本殿の中へ引きずり込まれてしまった。



そう。これが始まりだった。

わたしが彼と出会い、そして彼と関わる事になった。


「放せっ、触んなっ!」

「おとなしくせい。悪い様にはせんから。わしの話しを聞け」

 その声の主は、本殿の奥に座っていた。顔の綺麗な若い男だった。

だが服装は和服だった。だが少し着崩れていて、胸板が少し見えている。さらに頭は簪をつけ髪も一つに結わいているし、煙管を口にくわえている。怪しすぎるこの男は、くいくいと右手人差し指を動かした。

 すると、りんの腰や腕に巻き付いていた白い布がひゅるひゅると男の元へ戻っていき一つの球になった。それを懐にしまうと、男はスッと立ち上がってりんへ一歩一歩近づく。

「な、なん、なんだあんた……」

言いかけたとき、男は煙管をくわえたままりんの顎を片手で持ち上げた。

「お前……わしを知っているか」

 そう尋ねられ、ぽかんとした。知るわけもない。それにさっきから口から吐く煙が臭くてたまらない。

「知るわけないだろっ、まずあんた何!? 警察呼ぶぞ!」

 叫ぶ様に言った。すると男はクスクスと笑い出し、それに呆気にとられているりんを見ながら、こう言った。

「わしの名は風の宮」

「か……かぜのみや?」

 意味が分からず、開いた口が塞がらない。

「そうだ。風の神と、人は言う」

 本当にこの人はおかしいのではないか。そう思い、ポケットに手を伸ばす。

そっと携帯電話を取りだす。すると、それがりんの手をするりと抜けて、浮かんだ。

「!?」

「……これはなんだ?」

 不思議そうに携帯電話を眺める男と、ふわふわと宙に浮かぶ携帯電話を交互に見つめるりん。

りんの視線に気づいた男は、ニヤリと笑って携帯電話を手に取った。

「わしは風の神だ、物を浮かべたり操れるのは当然のこと」

 携帯電話を物色し、飽きたのかポイと放り投げた。思わず手を伸ばし受け止める。

昨日買ったばかりの携帯を、こんな所で傷つけてなるものか。

「まぁ、これでわしが風の神と言う事はわかっただろう?」

「……ちょ、頭だいじょうぶ……」

「おい小娘、先程から聞いていれば無礼な事ばかり言いよって」

 どうやら態度が気に触ったらしい。ここで暴れられたら大変だ。

りんは正座して、丁寧に頭を下げた。無言で。

「……詫びをしないところがまた……小賢しい」

「いやあの……本当に神様なんですか?」

 すると、風宮は不服そうにため息をついた。

「あぁ。もう信じる信じないはお前の好きにせい……本来、わしら神は人間に姿を見せる事は禁忌となっている。だがわしは、人間に頼らねばならん」

 真剣な眼差しを向ける風の宮。りんは彼の顔を見つめながら、次の言葉を待った。

「わしの弟子どもが、人間達の世界に紛れ込んでしまった。しかも、よりによって人に化けておる」

「……じゃぁ、風の宮さんの頼みって……」

 風の宮が煙管をくわえなおした。

「あぁ。わしと一緒に、弟子を捜してほしい」


充分戸惑って、りんは立ち上がった。

「この町にいるんですか? その、お弟子さんは」

 すると風の宮は大きく目を開いた。煙管を口から放し床に放り、りんの肩に手をのせる。

「手伝ってくれるのか」

「……はい」

 小さく頷いた。

 風の宮は口の端を上げながら煙管をくわえなおした。その仕草がなぜか神様とは思えないほど妖艶で、りんは立ち上がって本殿から出ようと試みる。だが、襖はまったく動かない。

「お前、名は何という」

「は、羽山りんです」

「そうか。しばし待て」

 振り返ると、風の宮は何かを探している。

しばらく待つと、目当ての物が見つかったのか宙を歩く様に近寄ってきた。

「う……浮いてるっ?」

「あぁ。それと、これを持って行け。何かあれば、使うといい」

 そう言って手渡されたのは数枚のお札だった。お札には何か難しい文字が紙いっぱいに書いてある。

「あの、何かあればってどういう意味ですか」

「お前はわしと会話し、わしに触れたであろう。きっと妖魔の類いが寄って来る」

「え、えぇ!?」

 何を当然のように言っているんだこの神様は。

「妖魔の類いって……ゆ、ゆ、幽霊とかですか!?」

「霊はまだ幼稚なものだ。わしが言うているのは小鬼や質の悪い九十九髪つくもがみのことよ」

 幽霊が幼稚? しかも小鬼や九十九髪だとう!?

 お札を熱い視線で見ていると、風の宮はまたニヤッと笑ってりんの髪の毛にそっと触れた。

「まぁ、どうしてもと言うなら今晩だけお前を守ってやっても良いぞ。お前のすぐ側でな」

「……それはいいです」

 何か罰が当る気がした。

「そうか。なら、明日の日没またここに来い。札は持ってきた方が身の為だぞ」

「……危険なんですか?」

「いや、何かあった時の為だ」

 風の宮が指先で襖に触れた。すると、嘘の様に襖が勢いよく開く。

「さぁ、今日はもう遅い。早く家に帰り休むといい」

「はぁ……」

 背中を押され、本殿を出る。すると足下に寿が近寄ってきた。

「その犬、生きておるのか」

「この犬はただの映像です。触っても何も感じない」

 そう言いながらもりんは寿を撫でた。やっぱり触った感触はないけど、それでも何故か笑みはこぼれた。

 寿を抱き上げて、風の宮の方へ振り返った。すると彼は煙管をくわえたまま、片手でりんの頬を撫でてきた。

「っ、はっ、え!?」

「……うむ。お前はちゃんと生きておるのだな。あたたかい」

 顔を真っ赤にさせて、思わず寿を落としそうになった。

「何を赤くなっておる」

「あの……風の宮さんて今何歳なんですか」

 まったくもって失礼な質問である。

「さぁ……知らぬ。忘れた」

「そうですかい……」

 その間も頬を撫でる風の宮。りんはその手をそっと掴んで引き離す。

「じゃ、私はこれでっ……」

「あぁ。気をつけて帰るのだぞ」

 手を振る風の宮。りんはくるっと振り返り、その後は全速力で家まで走った。



「おねーちゃん、私もう寿の散歩はやらないからねっ!」

「えー?」

 呑気な姉の声を無視して、自分の部屋に飛び込み、ドアの前にへなへなと崩れる。

 貰った札をポケットから取り出して、じっと睨みつける。しかし、いくらやってもそれが煙になって消える事はなかった。

「な……なんなのあの男?」

 ”風の神様”で、風の宮という名前。和服、簪、煙管。年齢不明。

 本当に神様なんだろうか。だとしたら、今後一体どうなってしまうのか。りんの脳裏を色々な想像が駆け抜ける。小鬼や九十九髪や幽霊に追い回される生活も、人に化けた神様の弟子を見つける生活なんて、本当はまっぴらごめんだ。

 でもなぜかあの時は、手伝ってあげようと思ってしまったのだ。なぜか、放っておけないと本能が言っているようで。それに、どこかで見た事がある気がする。

 腕を組み、ちらりと窓の外を見る。すると、そこには前髪で片目が隠れた女の人が立っていた。否、笑って手を振っている。さらにその周りでは人形のような少し可愛い鬼がピョンピョンと跳ねている。

「でっ……」

 視界が涙で滲んだ。

 その刹那、机の上で遊んでいる三つ目猫が膝の腕に飛び乗ってきた。

 そして、こう言ったのだ。

「よう。あんたが羽山りんかい?」

 猫が、しゃべった。


「っ……でたぁぁああ!!!」





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