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SF作家のアキバ事件簿255 生き埋め腐女子

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/05/24

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第255話「生き埋め腐女子」。さて、今回は妖精メイドの夢の中で、誘拐された少女が命の危険を感じ助けを求めます。


夢とも現実ともわからない事件を捜査する主人公達、相談を受けて捜査を始める警部、折から警部の過去を再調査に来署した捜査官が現れて…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 夢の中


真夜中。


神田リバー沿いのホテルの1室。

何かが終わった後の、ぬるい静寂。


僕とエアリは半身を起こしてモニターを見る。

どちらも同じ顔をして退屈している。


「何にもやってないわ」


エアリはリモコンを弄ぶ。

チャンネルが、意味もなく流れていく。


「50もあるのにな」


僕も負けじと退屈してみせる。


「最低、最低、退屈…」


彼女は立ち上がる。

あくびをひとつ。


「散歩してくるわ。みんなの夢の中を」

「最近やりすぎだぞ」

「いいでしょ。害はないんだし」

「趣味としては最低だな」

「最高よ」


振り返らず、ベッドへ。

そのまま沈むように意識を落とす。


「…ミユリさんの夢はやめとけよ」


応答はない。


「最低、最低…」


リモコンは、僕の手に渡る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


スマホの画面。


指先でなぞる、ミユリさんの写真。

エアリはそこから滑り込む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


赤いムードライトが点滅する御屋敷(メイドカフェ)

現実より少しだけ都合の良い空間。


カウンターに手をつくミユリさん。


なぜか露出度の高いメイド服。

過剰なまでの「理想」。


フラッシュ。

筋骨隆々の男が入ってくる。


「やぁ、ミユリ」

「Hi、ブラド」


夢の中の会話は、いつも唐突だ。


ミユリさんは、カウンターに身を横たえる。

現実にはない滑らかさで身体が動く。


「何にする?フライドポテト?それとも…」


言葉は途中で溶ける。

キスに変わる。


その瞬間、カウンターの内側に僕がいる。


「今はブラドが好きなの」

「そんな男、存在しないだろ」


僕が指を鳴らす。


花びらが落ちる。

演出だけが過剰に正確だ。


気づけばミユリさんは、僕とキスしている。


「テリィ様って最高だわ」


エアリは、腕を組む。


「ロマンチック。でも、つまんない」


夢としては、出来が良すぎる。

だから退屈だ。


あくび。


「カレルにしよ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


場面が切れる。

夕焼け。過剰に赤い。


修行中のカレル。

意味ありげな岩の上。


「忘れるでないぞ」

「はい、お師匠さま」

「常に自分自身に忠実であれ」

「それ、シェイクスピアでしょ?」


エアリが口を挟む。

誰も気にしない。


「息を吸う度に中心を知れ。吐く度に解放せよ」

「はい、吸って、吐いて」


間が、妙に長い。

その時、スマホが鳴る。


「おっと失礼」


修行の最中に出るな。


「はい、ノアだが…あぁ、いつだ……わかった。

 ビームで転送してくれ」


カレルが顔を上げる。


「何か?」

「異次元人の襲来だ。私は行かねばならない」

「お断りします」


即答。


「興味ありません、そういうの」

「だが、お前は既に変異している」

「冗談じゃない」


指差した手が、半魚人のそれになっている。

沈黙。


「嫌だー!」


エアリはため息をつく。


「これも違うわ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


さらに切り替わる。


嵐。荒野。


音が先にある。

風が、世界を削っている。


エアリは1人で立っている。


「ここはどこ?」


答えはない。


視界の端。

黒いゴミ袋。


引きずられている。

中で何かが暴れている。


声にならない声。

擦れる音だけが現実的だ。


エアリは動けない。


袋の中の輪郭が、人の形をしている。

それに気づくまで、少し時間がかかる。


遅れて、理解が来る。


「これ、誰の夢?」


答えは、やっぱりない。


袋が跳ねる。

中から、かすかな叫び。


エアリは1歩、踏み出す。


そして…


目が覚める。


第2章 ティルとの距離


御屋敷(メイドカフェ)。ボックス席。


ティルは、苺サンデーにタバスコを垂らす。

躊躇なく、さらに1振り。


アイスコーヒーにも同じことをする。

正面のカレルが固まる。


「それがスーパーヒロインの味覚?」

「ただの好みよ」

「少し試していい?」


フォークが伸びる。


「やめときなさい。後悔するわ」

「1口だけ」


口に運ぶ。

止まる。


「あれ?」


眉が寄る。

次に、ほどける。


「いける。なんだこれ、いけるぞ」

「だから言ったでしょ」

「もう1口」


皿を差し出すティル。

カレルは一瞬、ためらう。


「いや、やめとく」

「どうして?」

「これを"好き"になったら終わりだ」

「終わり?」

「変わるってことだよ」


フォークを置く。


「僕は、半分人間で半分スーパーヒロイン、

 みたいな"何か"にはなりたくない」

「言い方。せめてハイブリッドって言いなさい」

「望んでなったわけじゃないんだ」


視線が落ちる。


「普通に生きたかっただけだ。

 なのに、テリィたんに助けられて…

 このカラダさ」

「"助けられた"のよね?」


ティルが静かに言う。


「じゃあ、あのまま死んでれば良かった?」


言葉が詰まる。


「もし死んでたら」


カレルはゆっくり言う。


「今頃、魂は浄化されて、

 どこかで新しい自分になってたかもしれない」

「輪廻転生ってやつ?」

「YES」

「で、何になるの。ネズミ?」

「話がズレてる」

「いいじゃない。パンダかもしれない。人気者よ」

「真剣なんだ」

「私もよ」


ティルは肩をすくめる。

深い胸の谷間がくっきり出る。


「でもね。あなたがどうなるかなんて、

 誰にも分からない」


少しだけ笑う。


「空を飛んでるかもしれないわ。

 ビキニのメイド服でマントを翻してね」

「やめてくれ」

「それとも、言葉を話すパンダ」

「だから」


その隙に、カレルのフォークがまた伸びる。


ぱくり。


「もう一口」

「だめ」


今度は、皿を引くティル。


「もう慣れない方が良いわ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋警察署。ラギィ警部のオフィス。


「つまりこういうこと?」


ラギィが椅子を軋ませる。


「エアリは"人の夢に侵入できる"」


「YES。でも普通は、

 どの夢に入るかは自分で選べるの」


エアリは腕を組む。珍しく真面目な顔。


「今回は違った。引きずり込まれた…悪夢に」

「それが現実だと、どうして言い切れる?」

「わかるのよ。あれは"夢じゃない"」


短く、強い言葉。

僕が口を挟む。


「ラギィ。覚えてるだろ。

 僕が拷問を受けた時のこと」


視線が動く。


「エアリが異変を感じて、

 ティルの危険に気づいた」

「あぁ」

「だから今回も同じだ。調べてくれ」


ラギィは指で机を叩く。


「でもさ。名前も顔も分からない少女を、 

 どうやって探すわけ?」


沈黙。

その時、ノック。


「ラギィ。ランチでもどう?」


ドアが開く。さっきの女だ。


「"セニョール・チョウ"、空いてるわよ」

「喜んで」


ラギィは即答する。

女は、軽くこちらを見る。


「あら、さっきの。こんにちは」


僕は手だけ上げる。


「じゃあ1時に」


頷いて、女は去る。扉が閉まる。

エアリが小声で。


「誰?」

桜田門(けいしちょう)。ハブルの件で来てる」

「ハブル?」


僕が反応する。

ラギィは軽く手を振る。


「気にしないで。古い友人よ」


1拍置いて、少しだけ声を落とす。


「さっきの"夢の話"一応、当たってみる」

「頼む」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


"セニョール・チョウ"の店。

昼のざわめき。油と香辛料の匂い。


「だから言ったの。銃を捨てろって」


ラギィがフォークを置く。


「でも、彼女は従わなかった。

 私に照準を合わせた。だから撃った」


向かいのダーンは頷きながら

トルティーヤを頬張る。


「報告書通りね」


手を上げる。


「すみません、これおかわり」


ラギィも瓶ビールをあおる。


「で?それを蒸し返す理由は?」


ダーンは紙の束を取り出す。


「確認よ」


1枚、滑らせる。


「ところで。

 さっきオフィスにいたヲタクとメイド」

「ああ。自転車盗まれたらしいわ」

「名前は?」

「テリィたんと、エアリ」


ダーンの指が止まる。


「あれが?」


書類をめくる。


「ハブル射殺時の供述に名前がある」


ラギィの視線が鋭くなる。


「どの証言?」


「"ハブルがその男の車に乗り込んだ"って」


間。


「その夜、彼も現場に?」

「さあ?」


ラギィは肩をすくめる。

ダーンは書類を閉じる。


「いいわ。それで充分」


テーブルの上に、わずかな歪みが残る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷。ホール。


「はいどうぞ。"江戸時代サンド"の…

 テリィ様抜きですね…あっ」


ミユリさんが言いかけて、止まる。

スピアが振り向く。


目が合う。


「ごめんなさい。マヨネーズ抜きでした」


ミユリさんは、そそくさとカウンターへ逃げる。

スピアが追いかける。


「姉様、どうしたの?」


ミユリさんは、両手で頭を抱える。


「私、おかしいの。何かに取り憑かれてるみたい」

「大げさよ」

「24時間、テリィ様のことしか考えられないの」


スピアが眉を上げる。


「夢に出るし、仕事中も名前呼びそうになるし。  さっきは呼んだし」

「それ」


スピアは即答する。


「ただの恋よ」

「でも、報われないのに」

「恋ってそういうモンでしょ」


ミユリさんはスマホを抜く。

僕の画像を指でなぞる。


「忘れられない…忘れられない…」


スピアがため息。


「はいはい。"テリィたん病"ね」

「やり直したい」


その時、ドアベル。誰かが御帰宅。

振り向いたスピアの顔が曇る。


「最悪だわ」


入ってきたのは、安っぽいほど整った顔の男。


「今朝出てきた」

「蔵前橋の重刑務所から?」

「模範囚でね」

「冗談じゃない。まさかまたウチに住む気?」

「エイミおばさんは良いって」


スピアが天を仰ぐ。


「ママ…」


男はミユリさんに目を向ける。


「やあ、ミユリ」

「お久しぶりね、ション」


ミユリさんの目が、わずかに潤む。


「綺麗になった」

「やめて」

「じゃあ、家で」


踵を返すション。


「ちょっと待ちなさいよ。

 それって、私の家なんだけど?」


スピアが毒づく。

ションは笑って、軽く頷く。


当たり前のように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


退屈そうだ。


スマホTVのチャンネルを回すブラド。

無数の映像が流れては消える。


どれも彼の心を掴まない。

そこへ僕が歩み寄る。


「ブラド。もしかしてエアリを?」

「ああ、そうだ。待ってる」


視線はスマホに固定されたママだ。


「そっか。じゃあ様子を見てくるよ」

「頼む」


1拍置いて、ブラドは少しだけ口元を緩める。


「昨夜は一緒だったんだろ?

 彼女は君のセフレだし」


僕は何も返さず、バックヤードに消える。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ソファの上に服を広げ、

エアリは戦場の指揮官のように悩んでいる。


赤、黒、白。どれも決め手に欠ける。

ドアを開けて僕が入る。


「ブラドが来てるぞ」

「知ってる」


即答。視線は服の山の中。


「あいつが好きなのか?」

「やめてよ」


赤いジャケットを体に当て、鏡越しにしかめ面。


「ただ、あの夢が気になるだけ」

「いつもと違ったのか」

「違った。向こうから"入って来た"のよ」


その言葉に、部屋の空気がわずかに冷える。


「その子は…スーパーヒロインか?」


エアリは首を振る。


「いいえ。たぶん違う。でも」


言葉を切って、光の速さで、

クローゼットとベッドの間を何度も往復する。


「デートはやめとけよ」

「もう3回キャンセルしたの。これ以上は無理」

「正直に言えよ。今は次元戦争の最中だって」

「やめて」


ぴたりと止まり、僕を見る。


「私は普通にデートしたいの。

 たまには"セフレじゃない男"と」


静かに言い切る。


「だから彼に、あと5分で準備できるって伝えて」

「5分だな?」

「YES」


僕はうなずき、部屋を出る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


暗い居間。


ソファに沈み込むカレルが、

自分の手を見つめている。


その手が、ほんのわずかに震えている。


そこへティルが現れる。

何も言わず、リモコンを手に取る。


モニターの電源を入れる。


画面が光る。

カレルは手を差し出す。


「おお。やっぱり俺は"覚醒"してる」

 チャンネル15!」


カレルが叫ぶ。


同時にティルがボタンを押す。

画面は切り替わる。


「チャンネル23!」


またも的中。天気予報。

ティルがくすくす笑う。


「無修正のポルノ!」


叫ぶカレル。

ティルはわざとらしく有料チャンネルを押す。


「嘘だろう!」


立ち上がるカレル。振り向くと、

ティルが巨乳を震わせて笑っている。


「やっぱり俺は大間抜けだ」

「でも、可愛かったわ」


リモコンをカレルに投げる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ヒルズ併設のシネコン。


ポップコーンを抱えたエアリとブラド。

並んで座っている。


スクリーンではコメディ。

客席には笑い声。


エアリは首筋をさする。


「疲れた?」


ブラドが訊く。

エアリは小さくうなずく。


ブラドの手が、彼女の首に触れる。

ゆっくりと揉みほぐす。


「ありがとう」


目を閉じるエアリ。

そのまま、ブラドの肩に頭を預ける。


その瞬間。


視界が歪む。

フラッシュバック。


買い物帰りの金髪の少女。

袋を抱え何かを落とす。


しゃがむ。


背後に影。

腕を掴まれる。


「やめて!」


口を塞がれる。薬。

意識が遠のく。


…黒い袋。

引きずられる音。


「やめて!」


エアリは立ち上がっている。

館内の笑いが止まり、ざわめきに変わる。


「大丈夫?」


ブラドが立ち上がる。


「ええ、平気。ごめんなさい」


周囲に頭を下げるエアリ。


コメディ映画の中で、

彼女だけが現実に引き戻されている。


席に座り直す。

手が、わずかに震えている。


「怖くて」


スクリーンでは誰かが転び笑いが起きる。

だがエアリの世界に、もう笑いは戻らない。


その夢は、もう夢ではない。


第3章 警部、動く


ラギィのアパート。


ドアを叩きもせず開けて、

僕とエアリはなだれ込む。


下着姿のまま、ラギィが振り向く。


「何ごと?」

「探さなきゃ」


エアリは息が荒い。


「あの子、ほっといたら殺される」

「落ち着きなさい。それ、悪夢の話でしょ?」

「違う」


即答だ。


「これは現実よ。起きてるの。今も」


空気が変わる。


僕たちはソファに腰を落とす。

ラギィは腕を組み、ほんの一瞬だけ考える。


「捜索願は?」

「出てない」

「顔は?」

「わからない」

「名前は?」

「知らない」


間。


「手がかりゼロじゃない」


エアリが食い下がる。


「銀色の車に乗せられてた。日本車のセダン」


ラギィの目が細くなる。


「ナンバーは?」

「見てない」

「…十分よ」


立ち上がるラギィ。


「乗り捨てられた車両、当たる。

 深夜なら逆に引っかかる可能性ある」

「お願い」


エアリの声が少しだけ震える。


「良いのよ」


ラギィは短く答える。


「ただし、見つかる保証はない」

「それでもいい」

「なら動く」


エアリは小さく頭を下げて、部屋を出て行く。

ドアが閉まる。僕が口を開く。


「疑うのは当然だ。でも」

「疑ってない」


ラギィは遮る。


「顔を見ればわかる。あれは"見た"顔よ」


1拍置く。


「問題は、証拠がなさすぎること」

「だよな」

「でもやる」


受話器を取る。


「ハンソ?今から動くわ。

 車両照会、全部回して」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


アキバのNo.1ホットドッグステーション。

"マチガイダ・サンドウィッチズ"。


ネオンは落ち着き、客もまばら。

ドアが開く。


ラギィが入ってくる。


「コーヒー、ラージ。あとチリドッグ1つ」


カウンターに腰を下ろす。

隣に座っていた女が、ちらりと視線を向ける。


「珍しいわね。こんな時間に1人?」

「残業よ」


短く返すラギィ。女は、かつての級友だ。

腕時計を見て、少しだけ姿勢を正す。


「私も似たようなもの。

 大したことじゃないんだけど…」


言いながら、少しだけ声が揺れる。


「娘がね、 

 池袋の友達の家に行ったきり、連絡がなくて」


ラギィの指が止まる。


「いつもは必ず電話してくるの。だから…

 ほら、私って心配性だから」


笑うが、目は笑っていない。


「でもきっと大丈夫。取り越し苦労よね」


立ち上がる女。


ラギィは、コーヒーカップを持ったまま、

静かに言う。


「娘さんの車、シルバーだった?」


女の動きが止まる。


「ええ。日本車のセダンよ」


ゆっくり振り返る。


「どうしてそれを?」


ラギィは答えない。

ただ、刑事の目になっていた。


その瞬間。


夢は、現実に接続される。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋警察署(アキバポリス)


深夜のだらけた静けさは消え、

現場の匂いが立ち上っている。


「メリサの友達には連絡はついた?」

「はい、警部。つきました」

「折り返しがあったら即、警察に回すよう伝えて」

「了解!」


人が走る。電話が鳴る。紙が飛ぶ。

ラギィはすでに次の指示に移っている。


「首都高パトロールを出して。上野線重点。

 これ、ナンバー」


メモを渡す。


「了解!」


部下が駆け出す。その横で、

母親が震える手を握りしめている。


警部補のハンソが静かに訊く。


「メリサさん、出る時の様子は?」

「旅行カバンを…持っていたわ」

「スマホは?」

「いいえ。私が取り上げたの。

 通話料がかさむからって…」


言葉の最後が崩れる。

そこへ、ダーンが入ってくる。


「何があったの?」

「今は忙しい。写真、ある?」

「ええ、警部。これで…」


差し出された写真をラギィが受け取る。

ダーンが肩をすくめる。


「ねぇ、女の子1人でこの騒ぎ?

 ずいぶん大げさじゃない?」


ラギィは一瞬も視線を上げない。


「それが仕事よ」


短く切り捨て、踵を返す。

オフィスのドアを開ける。


「中に誰が…」


ダーンの言葉は、閉まるドアに遮られる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィのオフィス。

中にいるのは僕とエアリだ。


ラギィが写真を差し出す。


「この子?」


エアリが息を呑む。


「髪はこの色。たぶん、この子」

「確証は?」

「顔ははっきり見てない。でも…この子だと思う」


沈黙。


「外れてるといいんだけどね」


ラギィが低く言う。


「友達の娘よ」


僕が写真を手に取る。


「見たことない子だ」


指で輪郭をなぞる。

エアリが被せる。


「夢の中で、この子はすごく怖がってた」


拳を握る。


「絶対に助けたい」


ラギィがうなずく。


「ええ。私もよ」


その瞬間、これは"事件"になる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)


スピアのお給仕。料理を運んでくる。

テーブルではションが遠慮なくかき込む。


「言っとくけど、食い逃げしたら殺すわよ」


テーブルの上、小銭を広げるション。

数えながら、いくつか床に落とす。


「チップ込み?」

「良いから食べさせてくれ」


スピアは正面に腰を下ろす。


「じゃ少し話そうか」

「まだあるのか」

「うちのルール。ちょっと変わってるけど、絶対」


指を1本立てる。


「ルール1。便座は下げる」

「…」

「ルール2。下着は脱ぎ散らかさない」

「…」

「ルール3。牛乳はグラスで飲む。直飲み禁止」

「いくつあるんだよ」

「あとでリストにして渡す」


間。スピアの目が変わる。


「ルール4。最重要」


身を乗り出す。


「ミユリ姉様には、絶対に手を出すな」

「彼女も家族扱いか?」

「本気よ」


低い声。


「何があってもダメ。ちょっかい出すな」

「わ、わかった」

「さっきからいやらしい目で見てたでしょ。

 あの人は、あんたが触れて良い人じゃないの」

「わかったって」


スピアはさらに1歩踏み込む。


「姉様はいま、ちょっとナーバスなの」


その時。


「急いで!マリレ、私のオーダーまだ?」


フロアからミユリさんの声。

スピアは一瞬でいつもの顔に戻る。


「聞いたわね?」

「ああ」

「じゃあね」


立ち上がる。


「ルールはリストにして夕方、渡す」


去っていく。


ションは、サンドを頬張る。

何事もなかったように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同じく御屋敷のホール。


ミユリさんのお給仕。

インバウンドにパラソル付きディッシュを出す。


「どうぞ」


顔を上げた瞬間、ションと目が合う。

ほんの一瞬。ミユリさんは目を伏せる。


そのまま通り過ぎる。


だが、1歩。2歩。

足が止まりかける。


振り向く。ほんのわずかに。


その視線には、過去と、迷いと、

まだ名前のつかない感情が混じっている。


そしてまた、歩き出す。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷のバックヤード。

仮眠用のベッドに横たわるエアリ。


呼吸が荒い。


吸って、吐いて。

もう1度、目を閉じる。


落ちる。


光。

強すぎる光の中で、声。


「お願い…誰か、助けて」


黒いビニール袋。

中で暴れる少女。引きずられている。


地面を擦る音。

エアリは駆け寄る。


「やめて!」


袋が引きずられる。

それを掴んでいる"手"。


ゆっくりと振り向く。

その顔。


ブラド。


「ウソでしょ」


世界がひび割れる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


跳ね起きるエアリ。


「そんなの…ウソでしょ…」


声が震える。

次の瞬間、涙が溢れる。


「そんなことって……」

「どうした」


僕が肩を掴む。


「しっかりしろ」


エアリは顔を上げる。ぐしゃぐしゃのまま。


「見たの」

「何を」

「犯人。ブラドよ」


空気が凍る。


「私、見たの。あの子を連れてたの…あいつが」


信じたくない、という顔のまま。


「まさか…そんな…」


言葉が崩れる。


「どうしよう…テリィたん」


そのまま僕の胸に額を押し付ける。

僕は何も言わず、頭を撫でる。


決断の時間は、もう終わりだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


警部のオフィス。

ラギィが机に手をつく。


「ブラドね?」


確認ではない。

確定だ。


「わかった。あとは私がやる」

「手伝うよ」


僕が言う。


「今回はいい」


即答。


「これは"こっち"の仕事よ」


ラギィはコートを翻し、オフィスを出る。

ドアが閉まる。


残された僕とエアリ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パターゴルフ場。


静かなグリーン。

人工芝の上を、白いボールがゆっくり転がる。


「ルイサ判事」


ラギィが声をかける。


「あら、ラギィ」


振り向かない。

判事はパターの構えを崩さない。


「今いいかしら?」

「手短に」


ラギィは1歩踏み込む。


「ブラドが少女誘拐に関与したとの証言を得た」


わずかに手が止まる。


「前にも、貴女は彼と揉めてたわよね」

「誤解だし」

「その"誤解"で、あなたは令状なしに踏み込み、

 彼に銃まで向けた」


パターが打たれる。

カップをかすめて外れる。


ラギィはライン上に回り込む。


「お願い。時間がないの」


低い声。


「少女の命がかかってる」


1拍置く。


「私達、テリィたんの元カノ同士でしょ。

 助けてよ」


空気が凍る。

判事はゆっくり顔を上げる。


「感情で動かないで、ラギィ」


冷たい声。


「証拠を持ってきて。そうしたら令状を出す」


足元のラインを指差す。


「そこ、どいて。邪魔」


ラギィは動かない。


数秒。


やがて、溜め息をついて1歩退く。

ボールが転がる。


今度は、カップに吸い込まれる。

ラギィはそれを見届ける。


そして、踵を返す。


令状はない。

時間もない。


だから、やるしかない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


裏アキバに広がる万貫森。夜。

木々の隙間を、風が低く鳴る。


SUVのヘッドライトが闇を切り裂き、止まる。

ドアが開く。ラギィ警部とハンソ警部補。


「車、先に見て」


短い指示。

迷いがない。


ハンソが動く横で、ラギィはもう歩き出している。


テントへ。

そこに、ブラド。


「警部!何の用です?」


静かな声。

だが警戒は隠せない。


「少し調べさせてもらうわ」

「ここには火成岩の標本しかありませんよ」

「メリサを知ってる?」


間髪入れず撃ち込む。

ブラドは肩をすくめる。


「行方不明の少女?

 貴女は誰か消えるたびに、私を疑うんですか」

「金曜の夜は?」

「乙女ロードには行ってません。

 渋谷の百軒店にいました」


一瞬。ラギィの目が細くなる。


「なぜ、メリサが乙女ロードへ

 行ったと知っているの?」


空気が止まる。

だがブラドは崩れない。


「もう秋葉原中が知ってますょ」


1歩、詰めるラギィ。


「令状は?」


沈黙。ラギィは答えない。

そのまま、青いテントへ歩く。


「百軒店には何をしに?」

「機材を取りに」

「真夜中に?」

「夜じゃないと測れないものもある」

「森をうろついてるとも聞いてるわ」

「いけませんか?」

「場合によってはね」


ラギィの手がテントに触れる。


「触るな!」


ブラドが叫ぶ。

無視。ジッパーを開ける。


中へ。


暗い内部。そして…

黒いビニールバッグ。2m?


ラギィは迷わない。

それを外へ引きずり出す。


地面に落とす音が、やけに重い。

ブラドが立ち塞がる。


「そのバッグは?」

「機材の運搬用です」

「中身を見せて」

「断ります」

「なら私が開ける。どいて」

「警部、これは越権です」

「どいて。逮捕するわよ」


1拍置く。

ブラドが、ゆっくり道を開ける。


ラギィはバッグを開く。

ファスナーの音だけが響く。


中。


無機質な金属。

測定器具。配線。光を吸うレンズ。


そして、沈黙。


「これは?」

「だから機材ですよ。感光性の」


ブラドの声は、完全に余裕を取り戻している。


「洞窟や地下で使う。

 正確な数値を取るには夜が最適なんです」


ラギィは動かない。


「令状は?」


畳みかけるように。


「これ以上やるなら、告訴します」


風が吹く。ラギィの髪が揺れる。

だが、何も言えない。


外したわ…


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋警察署。


ドアが乱暴に閉まる。

ラギィがオフィスに戻る。


ダーンがデスクに腰かけている。


「…で?」


ラギィは無言で上着を脱ぐ。


「いい加減に話して。何をやってるの?」

「捜査よ」

「どこに行ってたの?」

「容疑者の確認」

「令状は?」


沈黙。ダーンが腕を組む。


「最近、動きがおかしい。

 ヲタクとつるんで、無断で動いて」

「関係ない」

「関係ある。貴女、監視されてるのよ」


ラギィが顔を上げる。


「"タイムトラベラーを追う偏執者"ってね」


空気が冷える。


「部下も噂してる。

 最近のボスはどうして止めないのかって」

「貴女に説明する義務はない」

「あるわ」


1歩踏み込むダーン。


「なぜルールを無視するの?」


ラギィは、ほんの一瞬だけ目を閉じる。

そして開く。


「1人の少女の命がかかっているからよ」


言い切る。その時。

ノック。


「何!」


怒鳴る。

ドアが開く。ハンソ。


その後ろに、金髪の少女。

静かに言う。


「私、メリサです」


空気が凍る。

ラギィの視線が、ゆっくり上がる。


少女を見る。

呼吸が止まる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜更けのパーツ通り。


湿ったアスファルトにネオンがにじむ。

ラギィは壁にもたれ、煙草を持つ手を止める。


「首都高で故障。レッカー待ちで帰りが遅れた。

 誘拐も、袋詰めも、なかった」


言葉は乾いている。

エアリは顔を覆い、指の隙間から息を漏らす。


「私の見たものは、じゃあ何だったの」

「気にしないでいいわ」


ラギィは視線を上げない。


「誰も傷つかなかった。それが全てよ。

 家族と再会して、万々歳。

 警察としては、最高のエンディング」


1拍置く。僕は口を挟む。


「で、ラギィは? 」

「まぁ色々聞かれるだろうけど、何とかするわ」

「ラギィ、ごめんなさい」


エアリの声は細い。今にも千切れそうだ。


「どうしてこんな…」

「わざとじゃない」


即答だ。


「貴女の力は"間違える"ためのものじゃない。

 私は、それを知ってるわ」


ラギィはようやく顔を上げる。


「だから、次も見たら教えて。良い?」


エアリはゆっくり頷く。


「…はい」

「大丈夫。私はね、こういうのに慣れてるの」


軽く笑ってみせる。

だが、その目だけが疲れている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋警察署。ラギィのオフィス。


「何を考えてるの!」


弾かれるようにドアが開く。

ルイサ判事の声が空気を裂く。


「また違法捜査? あれほど言ったはずよ!」


後ろでダーンが訴状をひらひらさせる。


「はいこれ。民事、1500万円ですって。

 器物損壊と不法侵入。なかなか立派な数字ね」


ラギィは椅子に深く腰を沈めたまま、

目だけで2人を見る。


「機材が壊れた?法廷で笑われるだけょ」

「その前に貴女が笑われるわ」


ルイサは一歩踏み込む。


「"勘で動いた警部"ってね」


沈黙。


「間違いは認めるわ」


ラギィが言う。


「でも、あの男は怪しい」

「証拠は?」

「ない」

「証人は?」

「秘匿するとの約束」

「ふざけないで!」


机を叩く音。


「法は貴女の勘のためにあるんじゃない!」


ダーンが静かに割って入る。


「最近の貴女、変よ。

 ヲタクとつるんで、夜中に森に入って。

 ねぇ何を追ってるの?」


ラギィは答えない。


「1人の少女よ」


ぽつりと落ちる。


「命がかかってる」


ルイサは一瞬だけ言葉を失い、

すぐに冷たく言い放つ。


「今回は"かかってなかった"。それが現実よ」


踵を返す。


「良い弁護士を雇いなさい」


ドアが閉まる音が、やたら大きく響く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷のバックヤード。


エアリはソファに沈み、

指先でメイド服の袖を握りしめている。


僕は狭い空間を行ったり来たりする。


「今まで1度も外したことがないんだぞ」

「わかってる」

「なのに今回だけ」

「わからないって言ってるでしょ!」


声がぶつかる。

すぐに沈黙。


エアリが小さく言う。


「もしかしたら」

「何だょ」

「私、どこかで"起きてほしい"って

 思ってたのかもしれない」


僕は足を止める。


「役に立ちたかったの。ずっと…

 みんなに迷惑ばかりかけてきたから」

「それで事件を作ったのか?」

「違う!」


顔を上げる。涙で滲んでいる。


「そんなこと、望んでない…でも」


言葉が続かない。

僕は隣に座る。


「エアリ」


静かに言う。


「ヲタッキーズはな、セット売りなんだよ」


エアリがこっちを見る。


「どこで何があっても、まとめて面倒見る。

 そういう契約だ」

「そんな契約した覚えない」

「今、した」


少しだけ笑う。


「お前は何度も僕たちを救った。

 その事実は消えない」


エアリの目から、また涙が落ちる。


「ありがとう」

「今日はもう寝ろ。顔、やばいぞ」

「最低な優しさね」


泣き笑いで立ち上がる。


「でも助かる」


妖精メイドは、ゆっくりと出ていく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。御屋敷のホール。

日常は、容赦なく続く。


「俺は遊ばれてるんだ」


カレルがカウンターに突っ伏す。


「朝起きたらアンテナがついてた!」

「似合いそうね」


ミユリさんはさらっと流す。


「似合う問題じゃない!」


そこへドアが開く。


「よ、M」

「Mって何よ!」


スピアが噛みつく。


「名前で呼びなさい、名前で!」

「覚えるのめんどい」


ションはポテトをつまもうとする。


「だめ」


マリレが即座に止める。


「閉店ょ」

「じゃあ家で食う」

「だからあんたの家じゃないって!」


スピアは、もう絶叫だ。

カレルが顔を上げる。


「要するにだ。

 2人で戦えば何とかなるって話なんだ」

「何の話?」

「人生だよ!」

「重いわね」


ミユリさんはフライヤーを見つめる。


「でも、油はまだ温かいわよ」


全員、少しだけ笑う。

その"少し"が、この世界をつなぎ止めている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


月明かりの万貫森。

誰もいないはずの場所。


黒いビニール袋が…


わずかに、動く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


閉店後の御屋敷。ホール。


「ねぇミユリ姉様。まさか、ションに?」


スピアが距離を詰める。ほぼ詰問だ。


「違うわ。誤解しないで」


ミユリさんは一瞬だけ目を逸らす。

その"間"が余計に疑いを呼ぶ。


「ちゃんと聞いてる? 私の苦労」

「ごめんね」


軽く受け流す声。

だが集中していないのは明らかだ。


「カレル、何の話だっけ?」

「いや、僕の独り言だ」


間を埋めるように肩をすくめる。


「ところでスピア。女子の親戚はいないの?」

「はぁ?」


スピアは深い溜め息をつく。

日常は続いている。


…はずだったが。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷のバックヤード。


仮眠用のソファ。

エアリは浅い眠りに沈む。


遠くで雷鳴…次の瞬間。

視界が"落ちる"。


緑色の光。湿った空気。

万貫森。


「ここ…どこ…?」


足元の感触が"ある"。

夢なのに、重さがある。


風が鳴る。

そして、声。


「お願い…助けて…!誰か…!」


女の叫び。裂けるような悲鳴。


「いや…やめて…やめて…!」


エアリの喉が震える。


「テリィたん!」


夢の中で名前を呼ぶ。


木々の間。

黒い袋を引きずる"男"。


ずる、ずる、と地面を擦る音。


生々しい。

エアリは1歩踏み出す。


「やめて!」


だが距離が縮まらない。

袋が蠢く。


中で"何か"が暴れている。


これは…現実。

そう、確信する瞬間。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


仮眠用ベッドの上。

目を閉じたママのエアリ。


「いや…やめて…!」


のたうつ。呼吸が乱れる。

僕は肩を掴む。


「エアリ!起きろ!」

「お願い…そんなことしないで…!」


夢と現実が混線している。

エアリの指が僕の腕に食い込む。


「なんで…なんでこんなこと…!」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夢の中。


男が立ち止まる。

黒い袋の横にしゃがむ。


何かを取り出す。

細長い金属の器具。


光が反射する。

袋の中の動きが激しくなる。


「いやあああああッ!!」


エアリの絶叫。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


現実。


その叫びと同時に…

目が開く。


「…っ!」


荒い呼吸。汗。震え。

目の前に僕。


一瞬の空白。


そして…

崩れるように抱きつく。


「大丈夫か?」

「…ひどい」


声がかすれる。


「また…見たの」


僕は何も言わない。

エアリの指が震えている。


「今度は…はっきり見えた」


顔を上げる。

涙で濡れているが、目は揺れていない。


「夢じゃない」


断言する。


「"続き"だった」


沈黙。遠くでまた雷が鳴る。

エアリは僕の服を掴んだまま言う。


「今、この瞬間も…あの子はまだ生きてる」


1拍置く。


「今、助けに行かないと。間に合わない」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ファイルが机に叩きつけられる。


「メリサの親から苦情よ。

 桜田門(けいしちょう)に正式申し立てがあった。

 貴女の捜査について調査してほしいって」


ダーンはラギィを見下ろす。

ポケットに手を突っ込んだまま。


「あんたが仕向けたんでしょ?」

「質問に答えてもらうわ」

「弁護士に聞いて」


間髪入れずにスマホが鳴る。

ラギィが抜く。


「ラギィ。まだ終わってない」


僕の声。


「別の子だ。メリサじゃない。万貫森だ。

 使われてないホッタテ小屋の近く」


エアリの荒い呼吸が、受話器越しに混ざる。


「急がないと間に合わない」


沈黙は一瞬だ。

ラギィの目が変わる。


「詳しくは現場で聞く。そこにいるのね?」

「YES」

「合流しましょう」


受話器を置く。

ダーンが腕を組む。


「私用電話?」


ラギィはジャケットを掴む。


「話は明日」

「忠告よ」


ダーンの声が低くなる。


「貴女、お母さんと同じ道を歩いてる。

 規則を無視して、最後はバッジを剥がされた」


ラギィは振り返らない。


「それは脅し?」

「警告よ。今の電話が"あの2人"からならね」


1拍置く。

ラギィは何も答えず、扉を開ける。


出て逝く。

取り残されるダーン。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


月夜の万貫森。


闇。湿った土の匂い。

3つのライトが揺れる。


「絶対ここよ」


エアリが走る。ほとんど導かれているように。


「ここからどう動いた?」

「わからない。でも、近い」


僕とラギィが視線を交わす。

その時。ラギィが足を止める。


「待って」


ライトを地面に落とす。


「この土の盛り上がりは…

 モグラ塚にしては、不自然すぎるわ」


しゃがみ込む。

土を掻く。


「見て」


細い管が現れる。

それを辿る。


先にあるのは…


「酸素タンク?」


空気が凍る。


「まさか」

「こっちよ!」


ラギィが管を追う。

薄く土の下に埋まっている。


「生き埋め!」


エアリの声が震える。

ラギィが掘る。必死に。


「ここよ!」


現れたのは…


土に埋められた身体。

頭だけが透明なケースに封じられている少女。


呼吸は浅い。


「エアリ!開けられる!?」

「やる!」


その瞬間。

風を裂く音。


パンッ


ラギィの頭部を狙った銃弾。

咄嗟に前へ出る僕。


「——!」


不可視の壁。AT(アキバ適当)フィールドを展開する。

2発目が弾かれる。


「狙撃!」


ラギィが叫ぶ。


「急げエアリ!」


3発目。

4発目。


全弾、ATフィールドに弾かれ、

軌道を逸らす。


だけど…


「長くは持たない!」


歯を食いしばる。

エアリは震える手でケースに触れる。


「お願い…開いて…!」


ヒビが入る。


「もう少し!」


ラギィはライトを振る。


「見えた…あそこ!」


闇の奥。

微かな反射。


「ROG。合図(キュー)をくれ」


1拍置くラギィ。


「今よ!」


銃声が2つ、重なる。

ラギィの拳銃。もう1つの発砲。


闇の中で影がのけぞる。

男の影が倒れる。


ラギィはさらに撃つ。

影は動きを完全に止める。


「エアリ!」

「開いた!」


ケースが外れる。

少女の顔が空気に触れる。


咳き込む。

エアリが覆いかぶさる。


「大丈夫、大丈夫!」


その時、背後からライト。


「動くな!」


別の銃口だ。


「撃つな!私よ!」


ラギィが叫ぶ。


「ラギィか」


駆け寄る…ダーン。


「誰を撃った?」

「誘拐犯よ」


短く答える。


「少女を発見した。生きてる」


ダーンは銃を下ろし、

上着を脱いで少女にかける。


エアリがその頬に手を当てる。


「聞こえる?もう大丈夫だから」


少女の目が、わずかに開く。

ゆっくりと呼吸が戻る。


闇の中で、確かに…命がつながる。


第4章 終わりの始まり


赤色灯が、夜を刻む。

点滅。回転。点滅。回転。


ストレッチャーの上。

金髪の少女はまだ現実に追いつけない。


「顔は見てないのね?」


ラギィがしゃがみ込み、ライトを少し落とす。

眩しさを和らげるように。


「…秋葉原に、祖父母に会いに来て…

 そうしたら…後ろから」


声は途切れる。


「もういいわ」


ラギィは少女の肩に手を置く。


「ロリィ。今から24時間体制で警護をつける。

 もう、終わったわ。安心して」


少女は小さく頷く。

ふと顔を上げる。


「どうして、わかったの?」


一瞬だけ、ラギィの視線が遠くへ流れる。

その先にエアリが立っている。


「声を聞いた人がいたのよ」


それだけ言う。


ストレッチャーが持ち上げられる。

神田消防(アキバファイア)の救急車へと運ばれていく。


赤い光が、再び回転を始める。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「説明してもらおうかしら」


ダーンが歩み寄る。

靴音だけがやけに響く。


「どうして"生き埋め"だと断定できたの?」

「地道な捜査の結果よ」


即答。間を与えない。


「そんなもの、誰も信じない」


ダーンの視線が横へ滑る。

僕とエアリをなぞるように。


「あのヲタクたちは何なの?」

「ただ、そこにいただけ」


「捜査現場にヲタク同行?

 それだけで停職モンだけど」


ラギィは一瞬だけ黙る。


「処分は受けるわ。

 でも、あの2人は関係ない」


ハンソが割って入る。


「警部。これを」


ビニールの証拠品袋。中には銃弾。


「着弾の痕跡がありません。

 変形もゼロです」


ダーンが袋を受け取る。

指先で、なぞる。


「物理法則に全く反してるわね」


ラギィは答えない。

ダーンは笑う。


「面白いわ。

 でも、貴女はウソが下手ね」


ポケットに袋を滑り込ませる。


「全部、わかってるんでしょう?」

「いいえ」


即答。


「ウソ」


ダーンは踵を返す。


「どれだけ隠しても、私は辿り着く。

 覚悟しておきなさい」


去っていく背中。

残されたラギィは、唇をわずかに噛む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


救急車の前。

現場のノイズの中。


ロリィがエアリを見上げる。


「…貴女は?」

「エアリよ」

「貴女が…助けてくれたの?」


手が差し出される。

エアリはそれを取る。


その瞬間。


光。断片。

冷たい水のような感触。


水色の結晶。

割れかけた、何か。

遠い記憶。


(…この子…)


手が離れる。


ロリィは何も知らない顔で、

ストレッチャーに戻されて行く。


扉が閉まる。


赤い光。

サイレンが、再び夜を裂く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「帰ろう」


背後から僕の声。

エアリは動かない。


「どうした?」

「テリィたん、あの子」


ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「何かあるわ」

「何かって?」


沈黙。そして、小さく。


「知ってるの」


僕を見る。


「前に、どこかで会ってる」


救急車は、もう遠い。

赤い光だけが、点滅している。


消えかけながら。



おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"悪夢"をテーマに、誘拐された少女、誘拐犯も明らかでない中で物語を進行させ、伏線を張って次作に繋げてみました。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、すっかり中華系インバウンドの姿が消えた秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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