解釈違いとなりましたので
(人によっては)ファンタジーディストピア☆
「クローディア、きみとの婚約は破棄させてもらう」
建国祭のその日、城で開かれていた舞踏会の最中にそう宣言したのはこの国の王子ジュリアスだった。
決して大声で言ったわけではないが、しかしあまりにも場違いなセリフに周囲が聞き間違いかと思いぎょっとした様子でそちらを見て、そうして周囲もその変化に気付いてか徐々に周囲は静まり返っていく。
別に、常に皆が喋っていたわけではない。会話が途切れて沈黙が訪れる瞬間などいくらでもある。
これが一貴族であったなら、身分にもよるがこうはならなかっただろう。
だがしかし、王子の発言であるが故に周囲は聞き間違いを疑い、思わず動きを止めてそちらを注視し、まだその事態に気付いていなかった周囲はそういった行動に移った者を見て、倣うように同じ行動をとっていった。
最終的に音楽を奏でていた者たちも異様な雰囲気にのまれるように演奏を自然と止めていた。
ありえない静けさ。
大勢の人がいながらも、まるで誰もいないかのように場は無音であった。
「きみは身分が下というだけで、聖女を虐げていたね。確かにアンネリーはきみと比べれば身分は低い。だが、彼女は神によって選ばれた聖女なんだ。決して増長したわけでもなく、選ばれた以上はと懸命に聖女としての役目をこなしていた。
そんな彼女に対してきみは――いや、いい。
きみは王妃として相応しくない。故に、婚約を破棄させてもらう」
「虐げていた、と言いますが証拠はありますの?」
「証拠……証拠か。肉体の傷は聖女の力で癒されているから既にない。だが、それを見越してきみは聖女を害したのだろう?」
突如訪れた静寂を打ち破ったのは、その静寂を作り出した張本人であった。
婚約破棄を突き付けられたクローディアの表情は一見すると笑っていたが、見る者が見ればその笑みは怒りに燃えている事が窺えた。クローディアの握力がもう少しだけ強ければ、手にしていた扇子をぶち折っていたかもしれない。筋肉が足りなかったのか、握力が足りなかったのか、はたまたあえて力を抑えていたのかは定かではないが、ともあれクローディアが手にしていた扇子は折れる事なくせいぜい軋んだ音を立てただけで済んだ。
「私は懸命に役目をこなし、ひたむきな努力をし続けていたアンネリーこそを妻としたい」
「……そう。そうですか。えぇ、わかりました。
婚約破棄を受け入れましょう」
「素直に受け入れてくれて嬉しいよ。私はこの真実の愛を貫く事を誓おう」
「真実の愛、ですか」
淡々とした声であったが、真実の愛、と言われてクローディアは危うく笑いそうになるところだった。
大勢の前での婚約破棄。
だがしかし、クローディアが聖女アンネリーを害したという決定的な証拠はない。聖女の癒しの力で治したと言われても、それが本当かどうかすら周囲はわからない状態である。
ジュリアスの隣に立っていた聖女アンネリーは、決してクローディアを恐れるような態度でおどおどしたりはしていなかった。ただまっすぐに、凛と立っている。
一見するとそれはいかなる苦難困難をも乗り越えてみせると誓うかのようで、確かに彼女こそが聖女であると知らしめるようであった。
「殿下、その誓い、決して違えませぬよう」
「きみに言われずとも」
一連の流れを見守っていた周囲は、ふと各々脳内で市井に出回っている娯楽本を思い浮かべていた。
身分の低い娘。
ふとした事で出会う高貴な男性。
同じく高貴な身分の男性の婚約者。
身分違いの恋に落ちてしまった二人は、お互いの境遇に悩みながら、この恋はしてはいけないのだと言い聞かせ、諦めようとするのだがしかしその内心を知らない婚約者の娘は自身の婚約者である男が身分の低い娘に想いを寄せている事に嫉妬し、娘を排除しようとする。
だがしかしそれらを乗り越え、最後は婚約者との関係を終わらせて、二人は見事結ばれるのだ。
――とまぁ、細部は違えども大まかにまとめると大体こんな感じの娯楽本が市井にはかなりの数出回っている。
ジュリアスとクローディア。王子とその婚約者である貴族令嬢。
そして、身分の低い娘アンネリー。
ジュリアスはアンネリーと恋に落ち、そして彼女と結ばれる事を望んだ。
そういう意味ではまさしく目の前で繰り広げられているのは、娯楽本にありがちな展開である。
だがしかし――
「その誓い、しかと聞いたぞ」
突如、その声は響いた。
光があふれる。シャンデリアの輝きさえ掻き消されそうな程の眩しさにその場にいた者たちは皆咄嗟に目を瞑った。
「な、なに……!?」
困惑するようなアンネリーの声。同じように困惑して何がおきたのかわかっていない者たちの声もしたが、しかしそれらは光がおさまった事で今度はどよめきに変わる。
建物を貫通するかのように一直線に伸びた光の中心に、先程まではいなかった者がいた。
舞踏会に参加するには少々場違いな服装だが、本人はその事を気にさえしていないのだろう。
そもそも参加者ですらないのだ。気にする以前の話である。
神々しいまでの美貌は作りものめいていて、温度をあまり感じさせない。
背中からは白い羽が生えていて、一目で人間ではないとわかるものだった。その羽が作り物などではない事は、彼女が宙に浮いている事から明らかである。
この世界に魔法が存在しているといっても、その魔法で空を飛んだりすることができるものはいない。
だが目の前にまさしく降臨したといってもいい彼女は、確かに飛んでいた。
「御使い様」
「御使い様だ」
「あぁ、まさかこの目で見る事ができるなんて……!」
ひそひそと周囲は小声で囁いたつもりなのかもしれないが、それらは大きなどよめきへと変わっていた。
神の代行者とも言われている御使いは、そう頻繁にではないものの度々地上に姿を現す。
その姿を見た者が後世にその存在を伝えようと、教会には御使いの像が存在しているし、その御使いの像が命を宿らせてこうして動いていますと言われれば信じてしまいそうなくらい、教会にある御使い像と彼女の姿は一致していた。
違いは色がついているかそうでないかくらいである。
教会の御使い像は白い石を削って作られているが、御使いである彼女の髪や目の色は石像とは異なりカラフルだった。
まるで朝から夜までの空の色のように変化する髪。宝石のようにキラキラとした瞳。肌の色は石像とは違うが、それでも白い方だろうか。
この場には今まで美しいと褒めそやされてきた女性も大勢いたが、御使いはそんな淑女たちとは異なる美の塊であった。人の形をしていても、人とは思えないのだ。あまりにも作り物めいた美。
御使いを創り出したのは神であるので、人知を超えた美がそこにあったとしても何も驚くものではないのだが。
御使いの存在は昔から知られている。時折こうして人前に姿を見せる事が過去度々あったからだ。
時として神の言葉を伝えに、時として祝福を授けに。
――ジュリアスは御使いを初めて見た。
神殿や教会に御使い像があるけれど、直接見たのは今日が初めてだ。
御使いについて知っている事は多くない。だが、こうして人前に姿を見せたという事は。
きっと自分とアンネリーの事を祝福してくれるのではないか、と思ってしまった。
神に選ばれた聖女。人の悪意に晒されてなお折れずに聖女として在り続けるアンネリー。
彼女に惹かれたのは必然であったのだ。
そんな彼女を王妃として望むのも、であるならば当然の事で。
聖女を王妃として迎え入れ、自分は王になる。
輝かしい未来をジュリアスは信じて疑っていなかった。
ちらりと隣にいるアンネリーを見る。
御使いの人外めいた美貌に魅入られてでもいるのか、アンネリーはぴくりとも動かなかった。
「まずは神からの言葉を伝えよう」
アンネリーのそんな様子を一切気にした様子もなく、御使いは言葉を紡ぐ。
先程とは違う意味での静寂が満ちた。
「アンネリーを聖女にしたのは間違いであった。汚点は雪がねばならない。故に――」
「――え?」
ぴっ、と御使いの人差し指が宙を滑るように移動する。
横一直線に引くように。
そしてその動きが止まった時、アンネリーの首がごとりと落ちた。
「っひ……!?」
血は、流れなかった。
だがしかし、アンネリーの首は胴体から離れ今は床に転がっている。
それを見て、周囲の者たちは悲鳴を上げそうになったがしかし必死に押しとどめた。
「アンネリーという存在は、抹消する事とする」
続けて紡がれた御使いの言葉が終わると同時に、アンネリーの首も、身体もさらさらと砂のように崩れていった。
室内で風が吹くはずもないが、しかしアンネリーだったそれらは、風にさらわれるかのようにして消え去る。
「さて、王子よ」
目の前で人が死んだという事実をすぐに受け入れる事ができず、呆然としていた人間たちなど目もくれず、御使いは次なる言葉を紡ぐ。
「先程の誓いはしかと聞いた。故に、そなたがアンネリーとの愛を貫く事は赦そう。
彼女に殉じて死ぬ事も、彼女に祈りを捧げ修道院で過ごす事も。どちらであっても構わない。
だが真実の愛とまでいったそれを貫く事ができなくなった時、誓いを違えた罰は受けてもらう」
「え……?」
ジュリアスは何を言われたのかすぐに理解できなかった。
目の前で愛しい女性が死んだという事実を受け止める事もままならないのに、死んだ彼女との真実の愛を貫けと言われても何を言っているんだ? としか思わなかったのだ。
しかも愛を貫くために、死んだ彼女の後を追うか、はたまた生きていたとしても修道院で生涯祈り続けろと言われたも同然で、余計に理解が追い付かない。
ジュリアスは王子で、いずれはこの国の王になるのに。
そんな事をすれば、自分は王としてやっていけなくなるではないか。
真実の愛。
貫く事ができなくなれば、罰が下る。
そう言ってきた相手がただの人間であったなら、ジュリアスも鼻で嗤うか、適当に受け流すかしただろう。
だがしかしそれを告げたのは目の前にいる御使いで、いわば神の代理人とでも呼ぶべき存在だ。
その言葉がちょっと大げさに言っているだけ、というわけではない事を、遅れてジュリアスは理解したのである。
「御使い様」
「王か。どうした」
「その、もしもの話ですが。
我が息子が王位を継いで即位したとなった時」
「愛する者以外と結ばれた場合、という意味でなら。
子は産まれぬ。愛する者を裏切る行為を神は赦さない」
「……そう、ですか。わかりました……」
意味を理解した王の声は、沈んでいた。
仮に今からやっぱりなかった事に! などと宣言したところで意味がないし、それどころか下手をすれば神の裁きが下る可能性が高いと、王は即座に理解してしまったのだ。
ジュリアスに赦された道は、アンネリーの後を追い死して死後の世界で彼女と再会できる事を夢見るか、生きていくにしても彼女のために祈りを捧げる道だけ。それこそ、神に祈る聖職者のように。
王とて神に祈る事がないわけではないが、しかしそれだって僅かな時間だ。やるべきことがたくさんある以上、そういった事に割ける時間は限られている。
無理に王になったところで、アンネリーではない他の女性を王妃に迎えたとて、子は産まれない。
愛を貫くと言っておきながら、それ以外の相手との子など赦されるものではない、というのが御使いの言い分であるが故に。
王家の血を絶やさないためにどうしても子が必要だとか、そういった事情は御使いにとって何の意味もなさない。
今更のように婚約破棄を告げたクローディアとの関係を無理に戻すような真似は御使いにとって恐らく最もやってはいけない事だ。
王は内心で、ジュリアスを立太子させる前でまだ良かったのかもしれない……と、全くよくはないが、それでもギリギリ良い部分を探して自身を納得させる事しかできなかった。
さて、では次なる王には誰を選ぶべきか……
そんな風に考え始めるところで、更に御使いの言葉が紡がれる。
「それから娘」
「わたくし、でしょうか?」
「そうだ」
まさか自分に声がかけられるなど思ってもいなかったクローディアは、半瞬遅れてから声を発した。
御使いはそんなクローディアの様子を気にした風もなく、淡々と言葉を続ける。
「そなたは聖女にはならない、が、アレを正しい道へ戻そうとしていた事を神は見ている。
故に、そなたには祝福を与えよう。そなたが正しい道を歩む限りは、また、そなたの血族が正しき心を持つ間は等しく祝福を与えよう」
「光栄にございます」
吐息と間違うくらい、囁くような小さな声だった。
どうにか言葉を返すので精一杯だった。
最初に自分に声をかけたのかを確認した時はまだそうでもなかったが、しかし面と向かって御使いと言葉を交わす、というただそれだけが、思っていた以上にプレッシャーだったのである。何か一つ言葉を間違えれば、自分もアンネリーのように呆気なく処分されてしまうのではないか……とまでは思わなくとも、相手は神の意を伝えるために訪れた御使いであるが故に。
「神は常にそなたらを見ている。努々忘れぬように」
そう言って、御使いは姿を消した。
思っていた以上に圧がかかっていたのか、御使いの姿が消えたと同時にへたり込む者も現れたが、しかし周囲はそれを笑ったりはしなかった。
御使いのいない状況であったのならば、無様を晒したと笑う者もいたかもしれない。
だが、皆どうにか御使いの前で無礼を晒さないようにするだけで精いっぱいだったのだ。
直接言葉を授けられたクローディアだって、どうにかまっすぐ立っているけれど、それでもドレスに隠れている膝はかすかに震えていた。
神は常に見ている、と言っても、別に直接何かをしてくるわけではない。
だが時々御使いを地上に遣わしては、時として裁きを与える事がある。
少しくらいの悪事でバンバン天罰が下るわけではないが、度を越せば晴れた日に雷に打たれ死んだりすることだってあるのだ。
それを踏まえれば、聖女として神に選ばれたアンネリーが御使い直々に処分を下したという事実は。
相当に重いものであると言えた。
神から祝福を授けられた、といっても目に見えてわかるような何かがあったわけではない。
少なくともクローディアが実感するような何かはなかった。
ジュリアスに婚約破棄を突き付けられた時点で、クローディアの家を追い落とそうと目論んでいた者たちはそれをネタにしたかもしれない。だがしかし、祝福を授けられた事でその手段は封じられたと言ってもいい。
不必要なまでに名誉を落とされるような事をされないだけマシである、とクローディアは思っている。
御使いが去った後、パーティーは再開するでもなく、自然とお開きの状態になってしまった。
その際、ジュリアスに縋るような目を向けられたクローディアではあるけれど、しかし婚約は破棄された以上最早クローディアがジュリアスに向けて何かをしてあげる事も、してあげられるような事もない。
御使いがクローディアは聖女にならないと言った以上、国王がクローディアを新たに聖女として担ごうとすれば今度は王家に神の裁きが落とされるかもしれないのだ。もしかしたら裁きはこないかもしれないが、しかしそんな危険なチャレンジを王家がしようとは思わないのは考えるまでもないだろう。
同様に、クローディアの家を利用しようと目論む者も、それが神の怒りに触れる事を考えれば、利益以上に不利益しかない。結果としてクローディア本人に対しても、彼女の家に対しても、周囲は今まで同様、普通に接するのが一番被害がないのである。
アンネリーとの真実の愛を貫くと宣言してしまった挙句、それを御使いがしかと聞き届けてしまったばっかりに神に対しての誓いも同然になってしまったジュリアスは、次の王という立場を失う事となった。
王にしても、彼はアンネリー以外の女性との間に子ができないと御使いから言われてしまったし、であれば跡継ぎができないのだから、それならば最初から跡継ぎを作る事ができる者を据えた方が良い。
彼は死を選ばなかったため、修道院に行く事が決まってしまったが、それも納得がいっていないようだった。
彼の思い描いていた未来とは思い切り異なる展開になったのだから、そう簡単に納得がいかないのは仕方がないのかもしれないが……
大勢の貴族たちの前で御使いが彼の今後を示唆した以上、返り咲く事も難しいだろう。
クローディアは確かにアンネリーに対してきつい態度をとっていた自覚はある。
だがそれは、決して虐げていたわけではない。
彼女は聖女に選ばれた後、癒しの力に目覚めた。
怪我を治すだけではなく、病気をも治癒できるその力はまさしく奇跡のようで。
その力を、神殿で多くの人たちにもたらしていたのは確かな事実だ。
その力は無限にあるわけではない。彼女にだって限界があるので、無理のない範囲で日々癒していた――はずだった。
実際どんな怪我も病気も治してしまえるだけの力があるので、大勢を癒せずとも少人数でも毎日癒していたのだが、しかしアンネリーは。
彼女は力を制限し、無償で治せる人数を意図的に少なくして裏では大金を支払った者を優先的に治療していた。
金をとるのが悪いわけではない。
だが彼女は徐々に無償で治す者の人数を減らし、金を払う者を優先し続けた。
神殿主導でそれをやっていたのであれば、彼女だけに非があるとは言えなかったかもしれない。
だがアンネリーは、神殿にも黙ってそれを実行していたのである。
救いを求めていた民草を見捨て、金を払う貴族たちを優先し続けた。
商売であるのなら、間違ってはいないとクローディアも思うのだが、しかしアンネリーは徐々に最近体調がすぐれなくて……と無償治療の回数を減らしてその裏で金払いの良い相手の治療ばかりを行っていた。
大金を払う者の中にも、確かに切羽詰まった者はいたが、しかし大半はそこまで急ぎで治療が必要なわけではなかった。
金はなくとも、本当に治療を必要としていた民たちの治療が間に合わず命を落としたというのもクローディアは知っている。
その挙句に、アンネリーは純真無垢な聖女を装ってジュリアスに近づいたのだ。
クローディアは忠告したに過ぎない。
そのままではいずれ神の裁きが下るだろうと。
だがしかし、自身が神に選ばれたと驕ったアンネリーにはその言葉は届かなかった。
治療の際に料金を払うようにするくらいであれば、神とて裁きを下すまではいかなかっただろう。
その力で多くの人を救え、と授けた力ではあるが、実際に救い続けていたのなら労働には報酬があって然るべきなので、御使いがやってくる事態にはならなかったかもしれない。
だがしかし、彼女は。
聖女になったはずの彼女は、今まで同じ立場であった平民を見捨て、金払いの良い貴族たちだけを救うようになっていった。
更にはクローディアという婚約者がいるのをわかった上で奪うような真似をしでかしたのだ。
クローディアはあくまでもそのままだと聖女として相応しくない、といずれ裁きが下る可能性を伝え、金をとるにしても料金設定を考えた方がいいとか、そう言う部分も含めて忠告したに過ぎない。
彼女のやらかしによって神の裁きが下る場合、もし彼女が今まで治療した者たちにまで連帯責任として責が及ぶような事になれば、どれだけの貴族が巻き添えを食らう事になってしまうかも考えたら、気が気じゃなかったのだ。
クローディア本人や家族はアンネリーの聖女としての力の世話になった事はなかったが、クローディアの友人たちの何名かは聖女の力に頼っていたのもあったので。
悪徳商人ばりのあこぎな商売になりつつあった治療。
更には婚約者の略奪。
まぁ、これだけでも聖女らしくない、としか言いようがない。
神が力を授けた以上、その力を与えた相手にとって聖女として相応しくないと判断されれば、力を剥奪されるだけで済めばいいが、それ以上の可能性だって考えておくべきだったのだ。
力に溺れ、欲に負けたアンネリー。
結果として彼女という聖女は最初からなかった事にされてしまったのだ。
アンネリーが裏でやっていたあこぎな治療商売で得た金は、賭博に使われていた。
聖女としての姿を知られているために、変装してわざわざ出向いていたらしい。
ギャンブルに強いのであればまだしも、弱すぎて相当カモにされていたのもあって、いくら金があっても足りなかったのだろう。
そういったあれこれを報告書にまとめて国王は修道院へ行く事すら渋っていたジュリアスに見せたらしいが……
(多分そうすぐには受け入れられないでしょうね)
その光景が簡単に想像できてしまったクローディアは、無意識に溜息をついていた。
祝福がどんなものかはわからないが、クローディアとこの先彼女の血族に関しても続くというのであれば。
アンネリーのように力に溺れるような事にはならないだろうけれど、しかしいずれ、身分や権力といったものを悪用するような者が現れるかもしれない。
そうなった時、きっと子孫は裁きを受けるのだろう。
「……いっそ裁判官でも目指そうかしら……」
御使いからの言葉と共に、子孫に伝えていくだけではいずれ先祖が大袈裟に言ってるだけ、と受け取る者もいるかもしれないが、今からでも家柄がそういう感じである、となれば。
教育方針としてなるべく正しい道を歩むようにしていけば、少しくらいはどうにか……なるかもしれない。
(まぁ、ジュリアス殿下のようにやらかす時はやらかすのでしょうけれど)
王家の教育方針だって決して間違っていなかったはずだが、しかし結果は御覧の有様である。
あまり考えたところで、どうにかなる時はなるし、どうにもならない時は何をしたところでどうにもならない。
そんな風に開き直って――
クローディアはとりあえず侍女に命じて法律の本を書庫から持ってきてもらうように頼んだのである。
次回短編予告
姉に虐げられている妹を救うべく動いた者は何も親切心から助けたわけではない。思惑があった。
けれどもその思惑は、想定からどんどん外れていき――
次回 淑女やめます
仲の良い姉妹の話であって別に百合ではないです。




