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目覚め

「人間を捕えておくには、まず足をどうにかしないと」

「神経を切っておいてちょうだい。それから口は縫って。騒がれたらたまったものじゃないわ」

「手も邪魔はいいのか?抵抗されると厄介だ」

「後で切るから今は縛るくらいでいいの。それから……」


 真っ暗闇の中、男女の声だけがこもって聞こえる。

 体を起こそうとしても力は入らないし、目すら開けられない。当然、声も出せない。聴覚だけが目を覚ましているようだ。

 女の声には覚えがあった。鳥居の前で聞いたものと同じだが、あの時の穏やかさは微塵もなかった。切るだの、縫うだの、言葉の節々は暴力的で、敵意が剝き出しである。  

 

「この手をねぇ」


 男の声がすぐ真上でしたと思ったら、両手首を掴まれた。


「前の女みたいにきつく縛ったら腐っちまう。気を付けないとな」

「別に構わない。ご当主様は気になさらないから」

「そうかぁ?気にするだろ」

 

 どうやら椅子に座らされていたらしい。手首を肘掛けに固定するようにぐるぐると縄が巻かれていく。

 ここでようやくあの物騒な言葉は、全て自分に向けられていたのだと理解した。途端に血の気が引き、焦りが生まれる。他人事みたいに聞いている場合ではなかった。

 一刻も早くこの場から逃げなくては。でも体を動かせないのにどうやって?そもそもここはどこなのか。なぜ連れてこられたのか。前の女って誰。寝たままでも痛いのかな。感覚はあるから痛いに決まってるよね。

 頭の中が疑問で埋まっていく中で、ふと思い出したことがあった。

 惣一郎との約束だ。正確な時刻は分からないが、体感的に待ち合わせの四時はとっくに過ぎている。

 ――彼にこの緊急事態は伝わっているのだろうか。

 白篠家の敷地内での出来事だから期待したいところだ。


「で、次は足だっけか」

「ええ。目を覚さないうちにお願い」


 着物を捲られ、足にひやりとした空気がまとわりついてくる。すぐ横でカチャカチャと何かの器具を弄っているような音がしたから、本気で足をどうにかしようとしているのだろう。

 春恵はもがこうとした。恐怖を感じているのに、体はぴくりとも動かない。心と体が一致しない感覚が余計に恐怖を掻き立てる。

 冷たい何かが脹脛に当てがわれた。もう駄目だと、これから訪れるであろう痛みに構えたその時だった。


「何をしている」


 低い声が突如割り込んできた。

 男の手が止まった。足に触れていた冷たいものは離れ、周囲の空気は一変する。

 

「惣一郎様」

 

 女が慌てた様子で答えた。少しだけ上擦り、先ほどまでの恐ろしさが嘘のようにしぼんでいる。

 それよりも春恵は耳を疑っていた。

 

「どうして、こちらに」

「尋ねているのは私のはずだが」

「……敷地内で迷っていらしたので、案内を」

「迷った者を椅子に縛り、刃物を突きつけるのがお前たちの案内なのか?」


 本当に自分が知る惣一郎なのだろうか。

 こんなにも冷たくて威圧感のある声、同一人物とは到底思えなかった。きっと目を覚ましていたら、萎縮して返事すらできない。


「得体の知れない人間でしたので」

「春恵は私の客人だ。何も問題ない」


 女はハッと息を呑んだのが分かった。明らかに動揺しているのが春恵にも伝わってくる。下の名前で呼ばれたことが引っ掛かったが、女は今の言葉のどこに衝撃を受けたのだろうか。


「なぜ、名前を――」

「もうよい。下がれ」


 女が何か言いかけたが、惣一郎は許さなかった。

 沈黙が重くのしかかる。やがて二つの気配が動き出し、足音が遠ざかっていった。

 ようやく部屋の空気が緩んだ気がする。衣擦れの音がして、惣一郎が目の前で膝をついたのが分かった。

 心の底から安堵したような溜息が聞こえた後、手首を縛っていた縄がほどかれていく。血が巡り始めたのか、指先がじんじんと痛み始めた。指先をさすってくれたが、この手の主が本当に惣一郎なのか確信が持てない。

 

 一言も喋らないまま背中と膝裏に腕が回り、抱き上げられた。腕の中に収まった途端、ふわりといい香りが鼻腔をくすぐる。昨日、傘の中で感じたものと同じだ。

 その瞬間、張り詰めていた何かが音を立てて崩れていった。体の力が抜け、意識に靄がかかっていく。

 春恵は抗おうとした。このまま意識を手放して二度と目覚めなかったらどうしよう――そんな予感が胸を締め付ける。

 それに惣一郎に聞きたいことがたくさんあった。

 あの人たちは誰。

 どうして連れてこられたの。

 あなたは一体何者なの。

 耐えがたい睡魔に襲われ、その疑問も浮かんでは消えていく。

 

「大丈夫だ。私がついている」

 

 惣一郎の声が遠くの方で聞こえた。

 春恵の意識は、深い闇の中へと落ちていった。

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