幼馴染と2人目
「これで二人目だぞ」
瑛二は山の中にいた。霧状の雨がまとわりついて、全身を濡らしていく。
辺り一帯は湿った土の匂いがしていた。その中に、無視できない鉄臭さが混じっている。目の前の「人間らしきもの」から発されているのは明らかだった。
同僚の苦々しい呟きに、瑛二は何も答えられなかった。
「朝、飼い犬と畑に行こうとしたんです」
背後から弱々しい声がした。通報者の男性だった。瑛二たちの隣に立ち、犬を抱きしめて震えている。その顔は蒼白で、見るからに具合が悪そうだ。
「そしたら道の途中で急に止まって、何かに興味を持って。見に行ったら、その、それがあって……」
最初は布が掛けられていたという。だが、犬が触れた拍子に捲れ、それがあらわになった。
損傷の激しい遺体だった。顔の皮膚は焼けただれ、胴体は骨が浮き上がるほど瘦せ細っている。手足は無残にも引きちぎられ、周辺に散らばっていた。動物に食い荒らされた形跡もあるが、大半の傷は明らかに人為的だ。
「行方不明の甘味屋の娘。千鳥柄の着物を着ているんだったな」
瑛二の問いに、同僚は頷いた。
「腕についた布を見ろ。特徴が一致している」
皮膚に布が貼り付いていた。血で汚れているが、辛うじて模様は分かる。
無線で本部に連絡し、応援の到着を待つ。
ふと首の後ろがざわめいた。
――誰かに見られている。
視線の源を探すように、瑛二は勢いよく振り向いた。
手入れのされていない林が広がっている。だが目を凝らすと、木々に埋もれる狐の石像があった。
こんなところにどうして。
苔むした口元がわずかに笑って見える。風が吹いたわけでもないのに、石の尻尾が揺れた気がした。
「あれは昔からあるのか?」
瑛二が尋ねると、二人も振り返った。
「ここら一帯、白篠稲荷神社の土地なんです」
「白篠?」
つい先日、幼馴染から聞いた神社の名前だ。瑛二は眉を顰めた。
「昔はお稲荷さんを祀ってたんですが……祟りがどうとかで誰も寄りつかんようになって。今じゃ道すら分からない人が多い」
「祟りというのは?」
男は言いにくそうに話してくれた。
白篠稲荷には昔から妙な噂がある。若い女が参拝すると、お稲荷様に気に入られて攫われてしまうというのだ。
実際に何人もの女性が参拝の帰りに姿を消している。残された家族がお稲荷様に「どうか娘を返してほしい」と祈ると、ほどなくして立て続けに不幸が起きた。
家が火事になり全てを失った者、原因不明の病に侵された者、理由もなく発狂した者――人々はそれをお稲荷様の祟りだと恐れ、いつしか白篠稲荷を避けるようになった。
そして女が消えた半年後の夜、白篠稲荷の周りには決まって「光」が現れるという。青白い光が無数に連なり、山へと入っていく。光の後には、女性が着けていた髪飾りが落ちていたとか。
そこまで聞いて、瑛二が口を挟んだ。
「お狐様の葬列か?」
思い当たる節があった。子どもの頃、祖父と幼馴染が目撃したものと酷似している。だが、男性は首を横に振った。
「ここら一帯じゃ、嫁入りって言われてます。半年の嫁入り修行を終えて、正式に嫁に入ったんだって」
男性が震える指を森の奥へ向ける。
「この先にお狐さまの像が並んでいます。何体かは行方不明の娘が最後に着ていた着物の前掛けをつけて、まるで身代わりになったように、静かにこちらを見つめているんです」
瑛二の脳裏に、ふと幼馴染とある男の顔が浮かぶ。
――早急にあの男の素性を調べなければ。
つう、と冷や汗が背中を伝った。




