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君との恋を、ファムファタルの箱庭の中で  作者:
最終章 箱庭の夜明け
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93 カラになったコップにすかさず注がれる例のシステム

 レルムは答えない。草間も特に返事は求めていなかった。胸の内を吐き出したことで気が楽になったのか、草間ははぁ、と重いため息をついて全身の力を抜いた。大の字で空を見る。視界の端で紅葉がちらつく。一面の青空と紅葉は、草間の国の景色とよく似ていた。

「…まぁ。オレはもう草間だ。過去の精算っつっても、本当のところ感覚は他人事でしかない。他人の尻拭いしている気分なんだよな。…だから余計に立ち位置に悩むっつーか」

 レルムはソーマを降ろし、草間の傍にしゃがみこんだ。

「…立ち位置に悩んだ結果だったのか。スペルモルの身体を操っておれの実力を確かめたのも、アンナに助言したのも…憑依した後に成り代わらなかった理由も、それか」

 レルムは呆れかえったように頬づえをついて草間を見下ろした。

「そういうことは早く言えよ。伝わらないだろよ、そんなの…おかげで意図が読めなくて無駄に警戒してしまった。不器用にもほどがあるだろ…特に(スペルモル)への接し(かまい)方は最悪だ。せっかく「対話」してくれているのに…悪夢だぞ、あれじゃ。いくらなんでも悪質が過ぎる」

 草間が息を止めた。眉をひそめてゆっくりとレルムを見る。

「…何のことだ? 確かにスペルモルを通じてオレは夢を見てきた。だが、断片的に()()()()だ。映画みたいにな。悪夢のような対話? 憑依して、成り代わる…何を言っている!?

 レルム…お前…何か勘違いしてないか? オレはスペルモルを操るなんてしていない。話しかけたり出来るわけがない。だって眠ってんだぞ、オレは」

 レルムも目を見張り、二人の男たちは見つめ合った。レルムの目つきが軍人のそれに変わり、草間の鋭い目つきに驚愕が混ざる。草間の口元がひく、とひきつった。

「…おい。おいおいおい…レルム、嘘だろ、何か嫌な予感すんだけど。憑依が発動するなんて…ありえないぞ? あいつはとっくに死んでいる、死んだ人間とは対話できないし、もちろん特殊魔法は発動しない。なによりカイザルは既にオレに生まれ変わっている。…それ、()()()()()()()()!?」

レルムは虚を突かれた。レルムの思考はいったん止まったが、草間はめまぐるしく考えているようだった。

「憑依は、確かに使い方によっちゃ本人と成り代わっちまう。成り代わられたヤツは、例え解除されても二度と自我を取り戻せない。衰弱して死ぬ。それをあいつは知っている。文献にも載っている。だから実際に深めることは終ぞなかった。(スペルモル)が知らずに発動条件を満たして、遠隔で憑依が成されたときだって、「ついでだ」って双子を狙った王の戯れ(あんさつしゃ)をわざわざ始末していたんだ。アイツの目的は、成り代わりじゃない、むしろ厄介ごとの肩代わりだった。だから憑依しても成り代わらないのは当たり前だ。保護者(レルム)の実力を確かめるのも、女子への助言も…ある意味アイツらしい。やりそうではある。

 ただ…おかしいだろ…憑依できるはずがない。だってスペルモルの魔核に遺っているのは魔法効果(ただのカス)だ。なんつーか…いわば防犯ブザーだ。魔法の。持ってるだけなら何の力もない。ただし条件が揃う(ならす)とすぐさま護衛(カイザル)身代わりにな(すっとんでく)る。でも護衛(カイザル)は死んでいる。憑依(身代わり)が発動するわけがない…スペルモルは意味なく防犯ブザーを持たされているだけ。()()()()()()()()()()()()()()()

 レルムは困惑した。脳内でもういちど記憶を探る。…が、間違いない。確かにスペルモルの中身は誰か違う人間だった。あれを自演(おもいこみ)とは思えない。

「…どういうことだ? 草間はかつて双子の実兄(カイザル)だった…でも生まれ変わった。おれはてっきり、前世の双子(きょうだい)にちょっかいをかけているんだと…」

 草間が焦って首をふった。レルムが「動かすな、怪我しているんだぞ」ととっさに頭を支えるも、草間はその腕を掴んで押しのけた。レルムの胸倉を掴む勢いで訴える。

「聞けよ! 信じろ! オレは何もしちゃいない! オレは他国の人間だ、魔法を使えない! カイザルの魔核はオレの中にある。ガキの頃に魔法使い(ツァウヴァーン)が診察して断言したからそれは確かだ。「崩壊した魔核のかけらが魂に貼り付い(アップリケされ)ているだけ」と…前世の魔核を持って産まれただけで、魔法は使えない只人だと診断されている! 断片的な記憶(ゆめ)はそのせいだと…だからカイザルは本当にとっくにオレに生まれ変わっているんだ。でも、オレは何もしていない!」

 レルムは力強く頷いてみせた。

「分かった。信じる。落ち着いてくれ、草間。傷にさわる」

 レルムは包帯をちらりと見た。傷口が開いた様子はない。草間は動揺したまま、ぐっと唾を飲み込んだ。レルムから身をひいて、頭を抱えてうずくまる。

「…んだよ、一体…。ありえねぇよ…死者の特殊魔法が発動した…? 聞いたことないぞ、そんな話…? しかも喋るし操る…明らかに独自の人格があるじゃねぇかよ…! ありえねぇ、どうなってんぉお!?」

 丸くなって独り言ちる草間を、レルムは無言で抱え上げた。ゆっくり歩き出す。

「落ち着け。いったん忘れろ。んで寝ろ。今から部屋…へ…」

 ちらと後ろを振り返り、ソーマの様子を見たレルムは唖然と言葉を失った。足が止まる。草間も顔をあげて、レルムの視線を辿る。目を見張った。

 ソーマは目覚めていた。後ろ手に拘束されたまま、地面に転がっている。レルムがそうした。そこから姿勢はいっさい動いておらず、いつもの独り言をはじめるわけでもない。

「…しん…で…? え、いや…生きているよな? けど、何だ…? ソーマ(あいつ)存在感が消えてないか…?」

 ソーマからは気配が失せていた。生き物としての気配がなくなり、まるで人形(もの)のように感じる。レルムは無言で草間を下ろし、ソーマに近寄る。

 屈み込んで顔を覗き込むと、穏やかな表情がそこにあった。




 ソーマの口元に手をかざす。静かに呼吸はしている。瞬きもある。レルムは猿ぐつわを外してみた。動かない。半開きの口元の弛緩だけみれば、まるで眠っているような雰囲気だ。しかし起きている。レルムは全ての拘束を解いて、ソーマの耳に大声で話しかけた。煩そうにかすかに眉を顰めるが返事はない。レルムはじっと様子を伺いながら、双剣の片割れを抜いた。くるりと逆手に持ち替え…る間にじんわりと虹色に光りだしたため、レルムは無言でケースにおさめる。光が消える。ベルトのフックをひとつずつ切り替え、レルムはケースごと双剣を脚から外した。シースにおさめたまま掴み、レルムは持ち手(グリップ)の尖端でソーマの指を圧迫した。ソーマははっきりと眉を顰め、振り払おうとする素振りをみせた。痛み刺激をやめたとたん、何事もなかったように静かに力を抜く。その顔は安らかであり、しかし視線はしっかりしていた。ただ唐突に与えられた痛みに対し苛立ちどころか思考をもった様子が一切みられない。ゆっくりと瞬きを繰り返す様子は穏やかで、目に映る景色を楽しんでいるかのようだ。

 ソーマに回復体位をとらせて脈をとりながら、レルムは首をひねった。

「…妙だな。混迷状態にしては…違和感が。されるがままだった時ですら感情が駄々洩れていたのに…今はそれが無い。消えたぞ。おれが気絶させ(おとし)すぎたのか…? だが、一般人じゃあるまいし。こいつの身体の頑丈さ(でき)からすると何ら問題ないはずなんだが。脈も正常だ。心音も…っ、お?」

 レルムが目を見張った。ふいにソーマの眼に光がやどったのだ。その眼は一度まばたきをしてから、閉じられる。

「おお…存在感が戻った。なんだ、ただぼんやりしただけか」

 離れた位置で座り込む草間が安堵したように声をあげる。だがレルムは何らかの違和感を覚えて、ソーマをじっと観察し続けた。

 ソーマの指がぴくりと動く。回復体位からゆっくりと起き上がり、片膝を立てて座り込んだ。その瞼は閉じられたまま。もう片脚は自然に伸ばし、館の壁に背を預けるようにもたれかかったソーマは、まるでくつろぐように全身の力を抜いていた。レルムの眼が鋭くなる。隙がなかったからだ。

(ただの脱力じゃない。武人の臨戦態勢だ。…初手が予想でき(みえ)ない。こいつ…()だ?!)

 ()()は自然体だった。すぐ傍でレルムが瞬時に警戒を高めたというのに、まったく動じていない。それは明らかに異常事態だった。少し離れた位置にいる草間がぞわっと総毛立ち(なんだ!? レルムのやつ、急に殺気放ちやがった!?)困惑しつつ、素早く距離をとった。

 ()()は、動かない。壁に背を任せてくつろぎ、まるで風を楽しむように目を閉じている。

 ソーマの外見は急速に老け込んでいた。今はもう40代半ばに見えて()()。じっとりとうらぶれ荒んだ雰囲気の男はいない。ここにいるのは、静かに覇気をまとい、余裕と自信に満ちた壮年の男。身なりを構わなくなったソーマによる無精ひげすらも、今は「汚い風体の役を演じる」ためにあえて剃らずに伸ばしたかのようだ。やたら絵になる。

 男ふたりが困惑するなか、誰かの唇がゆっくりと開いて、息を吐くように「…あー…」と声を発した。

「…なるほど。()()()()()()()。やはり魔法は奥が深い…クソ技だな、確かに」

 男は低く呟いた。聞いた二人は怖気立った。ソーマの声だが、発声方法が明らかに違った。別人だ、とふたりともが確信した。今、目の前にいるのはソーマではない。

 ピリリと場の空気に圧がかかる。レルムと草間の放つ明らかな警戒に対し、男はようやく気付いたかのように眉をあげてみせた。

 鷹揚に首を傾け、ゆっくりと目を開き、目が合ったレルムにニヤリと嗤いかけた。その迫力ある雰囲気に既視感を覚えたレルムは、すぐさま思い至り、ハッと目を見開いた。草間だ。スペルモルだ。顔つきはまったく違うのに、酷似している。

 静かに戸惑うレルムを、男はニヤリと邪悪に微笑みながら眺めていた。その顔にソーマの面影はない。顔立ちはソーマのままだ。雰囲気は、草間やスペルモルに似た何かを感じる。だが目が違う。声が違う。表情が違う。雰囲気も違う。なにより決定的に、()()()()()()()

 男はちらりと横目で草間を見て、おどけるように眉を動かした。知人に向けるような所作をし、またレルムに視線を戻す。レルムに対しても親しみを表すように目くばせをしてみせてから、男は改めて口を開いた。

「…よぉ、ご両人。元気だな? そう警戒するな、オレは何もしやしない。戦う気はない。ははっ…信じられないって顔だな? よし、それなら情報(てみやげ)をやろう」

 男はニヤニヤと嗤いながら、曲げた片膝の上に置いた指をゆっくり持ち上げ手首を返した。手の内で風が小さな渦を巻く気配が起こり、見えない渦から水が生み出され、小さな竜巻がたちまち渦巻く水へ変わる。

「オレの得意な魔法は(コレ)だ。要は洗濯だな。むつきも産着(うぶぎ)もキレイにしてやったし、子や孫の入浴もオレがやった。なんなら粗相の後片付けも見掛けたらやっていたんだが、鬼嫁(つま)たちや娘たちには「育児に参加した」とは見做してもらえなかった。女ってやつは謎が多い。望みに応えてきたつもりだったが…結局オレには何もわからなかったな」



「あ…あー…それさ、オレずっと言いたくて」

 草間が人差し指を意味なく揺らしながら言った。

「粉石鹸は使っていたが毎回わし掴みの目分量、回して洗って絞って…けど、その後は、適当な家具に乗せたまま置き去りにしてたろ? 普通はさ、その後は干して、乾いたら畳んで、定位置にしまうものなんだよ。洗濯を終わらせたってそういうことだぞ。あれ絶対に後で奥さんがやり直していたはずだ。二度手間だ。濡れた家具も手入れしないと染み込んでカビがつく。つまり、あんたは仕事を増やしただけだ」

 男は目を見張り、小首を傾げた。

「へぇ…そうか。オレは手伝ったつもりでいた。育児は面倒だな?」

 男の応えは軽く、未来の家で家事を仕込まれた草間は、ついさらにツッコんだ。

「いや育児じゃない、それはただの家事だ。それに粗相(おもらし)の後片付けっていうけどな、水足して乾かしただけだろ。蒸発させても成分は残る。異臭は消えないしあれじゃ謎の臭いシミを広げただけなんだよ。ああいう時は…モノがあればトイレに片付けて、捨てる雑巾とかで拭き取って、何回か水拭きしてから乾拭き、時間置いて乾いたら消毒粉を撒く。で、専用の箒で掃き清める。奥さんからも娘からも口を酸っぱくして繰り返し教わっていただろ。疫病対策だから絶対に手を抜くなって」

 男はパチンと指を鳴らした。本当にやたらと絵になる姿だ。レルムは嫌な予感がした。レディたちが見たらどよめきそうだ、と。

「ああ…そういえば。確かに。言われたな、今、思い出した。その後に言われた「猿は座って風呂上がり湯たんぽ保温しとけ」しか覚えていなかった」

 男は、カラッと明るい声でははっと笑った。とたんに鋭く迫力のある雰囲気が散って愛嬌が際立つ。

「じゃあオレは入浴と赤子の湯冷め防止でしか育児参加ができてなかったわけだな? それはさぞ不満だったろう。悪いことをした」

 草間が呆れてぼそりと呟く。

「…絶対ワルイと思ってねー気がする…つか何でそんな嬉しそうなんだ?」

 レルムもつい口を挟んだ。

「おれからもいいか? 軍の先輩のやらかしで小耳に挟んだことを思い出したんだが…入浴させたって、まさか風呂場で居合わせたからチビッコまったり眺めただけのことじゃないよな?

 こどもの入浴は、チマチマ耳の後ろや手足の指のシワの間までしっかり洗って、ちゃんと温めて、水気を全て拭きとってやってから保湿薬を全身に馴染むまで塗りこんで、季節に合わせた肌着と服を着せて、水分補給させるまでがセットだ。小さいうちは肌がかぶれやすいし、育てば髪の手入れもいる。何なら怪我の有無や体調チェックもする…そのあたり工程を完結させないと「やった」とは見做されないぞ」

 聞いた草間がゲッと声をあげた。

「んだよ、それ…ほぼオレん家の老犬の介護と一緒じゃん?! あいつ病気で抜け毛とフケが凄くて、こまめに薬溶かしたお湯で拭いてやってハゲたとこ保湿してやらねーと痛くなるみたいなんだよ…舐めて悪化させちまうから先手打ってケアしてやらねーと。…てかチビッコってそんな手間がかかるの? 弟も年近いし自分のちぃせー頃なんて覚えてねぇ」

「そりゃこどもだから。そういうもんだが。むしろ動物の介護ってそうなのか…オレは動物の世話をしたことがないんだ。家畜にすら怯えられるか嫌がられてケンカになるから基本的に関わらないようにしていた。老犬の世話って難しいんだな。知らなかった…」 

 顔を見合わせる若者ふたりを眺めていた男が破顔した。

「ははっ! 長年の謎が解けた。なるほど、それなら確かにオレは育児に参加していないな。ただの布団(モノ)で間違いない。

 そうするとあれだな? 風呂上がりの子や孫(ゆたんぽたち)を一度に5、6人は抱え込んだが…それ以上が集ってきたときは湯で作った(あたためた)空飛ぶ舟(まほう)に乗せて遊んでやったんだ。今思えば、それにもブチギレされていた。「夜に興奮させるな、寝なくなる」とな。オレとしては楽しませたんだからタコ殴り(しかられ)は理解不能だったんだが…。へぇ、その顔を見るに、つまりそれすらギルティなわけだ? 奥が深いな? 女も家事も育児も魔法も」

人生狂わされちゃったっていうか草間とスペルモル以外は勝手に狂っただけなんだけどファム・ファタールに仕立て上げられた女の子が絡むので「狂わされた」ってことになっている男⑤かつファム・ファタール⑧


カイザル(享年86)おまたせ! 今作におけるダメ親オジだよ! 息子らにとっては最高の反面教師にして「絶対に妻には会わせない」と警戒心バリバリ掻き立てる魔性オジだよ! 同性にも色気が効いちゃうので、いわゆる結婚の挨拶の時は、娘たちはラスボスに挑む心地だったみたいだよ! (父親による)夫の略奪ダメ、絶対。


 ヴィルヘルミナが振りまく色気はピンク色だが、こいつは紫。ヴィルヘルミナと違い、カイザルはこの天性の素養に自覚がある。しかもガンガン利用するタイプ。たちが悪い。

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