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君との恋を、ファムファタルの箱庭の中で  作者:
最終章 箱庭の夜明け
93/104

92 狂王のゆめをも夢にみる

神聖王国の王侯貴族のみの風習として、6才の儀式を行うまでは個人の名前がありません。第一子は「初」、末子は「末」、間の子はランダム数字が使われていました。まだこどもが死にやすい時代だったため連番や幼名は忌避されていました。治安が悪すぎて誰もが6才までは隠して育てる時代。それでも我が子可愛さにこっそり幼名をつける者もいたようです。

 少し時間は遡る。

 愛妻からの質問「草間さまの辞書(しぶつ)、解呪してもいい?」を伝言する任務をうっかり忘れていた鳥頭レルムは、館に向かって全速力で走っていた。身一つで本気で走ったので、数分もかからない。

 館の丘を登り切ったレルムは、その光景を目にして速度を上げた。

 ソーマは目覚めていた。拘束衣は千切れ、噛ませていた布もない。草間がかろうじて背後から取り押さえているものの、ソーマの抵抗は激しい。姿勢はすでに片膝をついてしゃがんだ状態まで持ち上がっており、捻り上げた腕も今にも振りほどかれそうだ。ソーマは全身がぼんやりと黒みを帯びていた。(黒い…光?) 見間違いかとレルムが目を凝らすも、やはり黒い。彼だけ日陰にいるかのように。走り寄ると徐々に見えてくる。ソーマがまとう光は黒いが、その縁どりがうっすら緑色がかっていた。何らかの魔法を行使している様子だった。

 唐突にソーマの光が増した。レルムが速やかにふたりの間に割り込む。何らかの攻撃魔法を発動したらしく、場にジンと圧がかかる。レルムは盾になり(まにあい)、草間はすみやかに距離をとる。

 ソーマの魔法により、レルムの上半身、とくに前面が一瞬でずぶぬれになった。刺激臭がする。何らかの薬品のようだ。両目だけはとっさに庇い無事だが、前髪は濡れ、厚い布地に染み込み肌にまで至っている。無色のそれは一拍もなく瞬時に凍り付いた。レルムを覆う氷は見る間に厚みを増していく。しかしレルムの動きを止められるほどではない。凍ったままの氷像(レルム)はかまわずソーマを制圧した。動きにあわせて厚い氷が砕ける音が響き渡る。レルムは無言でソーマの意識を落とした。とたんに氷は育つのをやめ、レルムが数回、手足を振るだけで全てが砕けた。地面にゴトリとたくさんの塊が転がる。気泡を含んで白濁した魔法の氷は、私物(レルム)の防水布の上に集められ、簡易的に掘った穴に防水布ごと放り込まれた。その間は数分もない。

「すまない。遅れたようだ。無事か、草間?」

 レルムは声をかけながら、ソーマの口に長い布を噛ませて後頭部で縛った。

 少し離れただけだが、その間にソーマは明らかに老けていた。濃い水色の髪には白髪が混ざっている。眉間には深い皺。顔にはじっとりとした不満が色濃く現れ、猿ぐつわをした口元の皮膚にも皺が。青年の頃の面影はあるが、しかしどう見ても40代だ。

(…休憩は挟んでいるが拘束時間は限界(ルール)ギリギリだ。散歩ができるとはいえ常時監視だ。軟禁状態のストレスもあるだろう。だとしても、ここまで急速な変化はおかしい。やはり老化が進行している。どういうことだ? 草間の言う通り手紙を読んでおくべきだったな…アウローラなら何か把握していたかもしれない)

「無事かといわれると怪しいな…けど、遅くはない。助かった。ありがとう。悪いが、オレにはもう無理だ。監視役は担えない。このざまだ…「見るなのタブー」も破られた…くそ…最悪だ」

 口調の弱弱しさに目を見張り、レルムは顔をあげた。草間の顔からはベールがはがれていた。頭部を殴られたのか額から血を流している。両手を押し付けて直接圧迫止血法を試みているようだが、自分の傷は見えない。押さえる位置が違う。頭部の出血は、例え軽傷であろうと派手だ。だらだらと血が垂れ、草間のジャケットを汚していく。

 レルムは気絶したソーマを手早く拘束すると、背嚢から応急処置キットを取り出しながら草間に駆け寄った。


 ソーマはレルムが来るほんの少し前に目覚めたらしい。草間は言った。

「体感としては長く感じたが、実際は五分もなかったと思う。いきなり呻きだしたから呼吸を確保しようと思って猿轡(さるぐつわ)を外したんだ。演技だった。すぐさま呪文を唱えだして…オレはとっさに取り押さえようとしたが…間に合わなかった。拘束衣に魔法で水を含ませて瞬間的に凍らしたようだ。増えた体積の圧に魔力で方向性もたせて一気に拘束を解きやがった…んあ? ああ…その時のはただの水。怪我は氷が当たったんだ、多分。皮膚は無事だったろ、問題ない。

 それよりレルムのがヤバいだろ、この刺激臭。…ヤベェ薬品っぽくね? コートも軍服も前髪まで無残になっちまって…凍傷(ケガ)は…おお…無傷だな。凄ぇ。頑丈で良かっ…、…腹筋パないね。八つって…、うん。もう消防士になるしかねぇよ、レルム。一緒に未来に行こうぜ。「消防士(チャリティー)カレンダー」ってのがあるんだ、めっちゃモテるぞレルム。ははっ。そうだな、そうだった。あんたは異世界(ここ)の軍人、しかもモテる必要のない既婚者だもんな? 

 なぁ今から風呂いくだろ? 着替えも。髪さ、良ければオレがカットしてやるよ。ん? 上手いよ? 慣れてんだよ、うちの猫が長毛種だから。ははっ。冗談だよ、弟の髪がオレの担当。ちなみにオレの髪はお兄ちゃんに切ってもらってる。お兄ちゃんの髪はお母さん。お兄ちゃんさぁ、ねだる(すえっこ)に負けて一度だけ弟にハサミ任せたことあんだけど、予想通り絶望的なソフトモヒカンにされて泣く泣く坊主(スキンヘッド)よ。オレ? 犬の散歩あるからって言って即逃げた。中間っ子が要領良いのはよくある話だろ? ははっ。そう、オレ家族ダイスキ。帰りたいんだ、マジで…本当に…」

 草間は弱弱しく呟き、一瞬だけ目を伏せたがすぐに顔をあげた。視線は鋭く、理性を帯びていた。レルムに二カッと笑いかけながら、ほがらかに言った。

「ま、オレは器用だから変なことならないからな? ちゃんと似合うベリショにしてやるよ。任せろ」

 迫力のある鋭い目つきが微笑むと、とたんに愛嬌に変わる。真顔の草間は迫力のある男だが、笑うとやたらと懐っこい雰囲気に変わる。草間は同性の目からみても魅力的な男だった。

「ありがとう。落ち着いたら頼む。ただ、しばらくは安静がいるよ、草間」

 レルムは柔らかい口調で答えた。

 幸い、草間の傷は浅かった。意識も受け答えも問題ない…今のところ。レルムは続けて言った。

「血は止まったが頭部外傷だ。最低6時間はゆっくりしろ。段階を踏んで療養して、何事もなければ1週間で様子見を解除する。その間は、おれが至れり尽くせりしてやるよ」

 草間が笑った。

「あははっ。このくらいで大げさな気ぃするけど、悪くないな? 期間限定の舎弟ってわけだ。なぁせっかくだから草間先輩って呼んでみない? 兄さん、でもいいぞ? 実際オレの方が年上(オニーサン)だからな」

「ほざけ。背負って持ち運んで「あーん」してやる」

「ぎゃはは! オレもアカチャン扱いされんのかよ、ダッセーな、おい」

 その笑顔は()()()()。レルムがふと「草間に聞きたいことリスト」を思い出したとき、草間がへらりと力なく笑った。

「…飯も…もう、食っちゃおうかなぁ? 顔バレは怖いから、まだベールは欲しいけど…ソーマ(めがみ)と目が合っちまったしなぁ…見るなの禁忌(タブー)も…黄泉戸喫(よもつへぐい)も…本当に()()なのかもわからん願掛けしてんのが…ばかばかしくなってきちまった…ホットドックもさ、せっかく用意してくれたのに断って…オレめっちゃ感じ悪いよな。なのに「お疲れ、ガンバレ」って手紙くれてさ…実は内心は怒ってんかなぁ…だよなぁ?」

「…アンナの飯は美味い。草間と一緒に食べたいとも思う…が。願掛けは(つらぬ)け」

 レルムは静かに言った。

大事なこと(ねがい)を曖昧にするな。安易に虚無を見つめれば、虚無があなたを捕らえるぞ」

 草間の表情が固まった。ゆっくりとレルムの目を見る。レルムは、あえて視線をそらした。草間がちゃんと帰れるように。

「正直、「見るなのタブー」とやらの意味がおれにはよくわからん。けど、草間の居場所は別にあって、そこに帰りたいんだろ? だったら、帰ることを見続けろよ。願掛け(すがったもの)の価値を見失っても、叶う可能性のある願いなら諦めるな。おれだって自分の居場所に居たい。離されたら…何が何でも戻る。居場所なしには生きられない…誰だってそういうもんだろ。

 大丈夫だよ、アウローラが草間を必ず帰してくれる。異世界(ここ)は仮宿だよ。旅行気分でいいんだよ。旅人なら住民なんか見ずに景色を見るだろ。目が合わなくても、現地で飯を食わなくても、誰も気にしない。楽しんでから帰ればいい。おれたちは無理に留めたりしない。道に迷っても帰り道をちゃんと教える。ちゃんと応援してやるから安心しろ」

 草間は片手で目元を隠した。長く息を吐き出し、小さく「…おう」とだけ呟いた。



 レルムは立ち上がった。ソーマを担ぎながら草間に声をかける。

「よし、とりあえず着替えてくる。ベールも新しい物を用意する。少しだけここで待って…、そうだった。また忘れていた」

 目元を手で覆ったまま、草間が顔をあげた。レルムは告げた。ここに来た目的を。

「草間の私物の辞書、あれ呪われているらしいぞ。いわゆる呪物だ。アウローラが解呪できるけどどうする? って。そのままが良ければ何もせず返す「マジかよ怖いイヤだ今すぐ解呪してくれ頼むレルムあんたからも嫁に頼んで早急に頼むっていうか知らなかった知らずにお守り代わりに持ち歩いてバカじゃねぇのオレ絶対に持ち帰らない怖いもうヤダ本当ヤダ助けて良ければ貰ってくれ」…うん…了解…」

 レルムは生ぬるく微笑んだ。草間は恐怖していた。目元を隠していても分かる、その涙の量たるや。全身が微振動するあまり、途中からは声まで振動していた。草間はホラーが苦手なのである。レルムはしみじみ頷いた。

「…呪物って聞いたら、そういう反応だよな…。アウローラはともかく、カイゼリンまで平然としているから、おれがおかしいのかと混乱した。うちのレディたちはやたらと腹が据わっているよな…頼もしい限りだが」

 微振動していた草間がビクゥッと跳ね、その場にずるずると寝そべった。いつか見た女神の民の王のような反応だった。

「…カイゼリンちゃんサマは…そりゃ…そーだろうなぁって気がする…あの子…呪物だろうと容赦なく灰に変える子だから…普通はそんなことしたら呪われるはずなのに、何故か無事だから…心配した()()()がこっそり医者を寄越したのに有無を言わせず灰にしちゃう子だから…刺客か使者かも確認せずに弟以外は問答無用で灰にしちゃうから…だからアイツも助け()が出せなくて…結局は異世界に追放するしか生かす術がなくて…」

 レルムが目を剝いた。草間は気付かず、腕で顔を覆ったままぼやき続ける。

「…アイツの第一子、5才で祖父(おう)に殺されてんだよ…出陣(るす)中に。髪色が金だったから。(ははおや)の家系にちょくちょく出る色なのにな。双子が産まれてようやく祖父(おう)は誤解に気付いたらしいが、アイツの子はかえってこない。亡くした娘にそっくりなカイゼリンちゃんサマを、弟ごと何とか保護しようと裏から表から手を回したけど、のきなみ全て灰にされちゃって…意思疎通ができないからアイツ頭を抱えてさ…。

 (おや)の無茶ぶりでクソ忙しいなか、何とか弟に接触できたものの、皮肉った言葉の癖のせいで「死んだフリしろ」が通じなかった。誤解から双子の信頼ガッツリ失って…敵意を向けられているうちに意地になりやがって…あげく、生死も確認できない遺物なんぞに追放した負い目で、じわじわ狂っちまいやがったの。

 添ってくれる嫁たちのことも、ちゃんと傍で生きてる他の我が子のことも、まともに見ようとせず…過ぎた過去を上書きすることだけに夢中になってっからそうなるんだよ。もうどうにもならないのに囚われて、今寄り添ってくれる人を蔑ろにするから狂う羽目になったんだ…自業自得だよ、本当…」

 レルムはじっと草間を見据えた。口を開く。

「…草間。あなたの目的と正体を聞きたい」

 草間は顔を覆ったまま答えた。

「もう分かってるくせに。オレの目的は前世の忘れ物を回収すること。正体は転生者(アンナといっしょ)。この身体や脳は草間(オレ)だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()草間(オレ)は、前世の男(ソイツ)の魔核に刻まれた記憶(しゅかん)を持って産まれた。

 つまり、アンナと違ってオレは別人だ。前世の人格じゃない。多少は影響を受けている気はするが、オレの自意識はあくまで草間(オレ)だ。前世の男(そいつ)じゃない。とはいえ…なんとなーく責任逃れしたようで気持ち悪い。だから、叶うならずっと「神域投影」に来てみたかった。あいつの後始末(わすれもの)を、代わりに片づけてやりたかったんだ。多分あいつは…そうしたいんじゃないかと思って」

 黙り込むレルムをちらと見て、草間は苦笑した。口元に指を添える。

「悪さをする気は本当に無いが、信じてもらえるかは別問題だろ? だから、まだ皆にはナイショな? レディ・アウローラなら構わない。ただ双子には…オレとしても、バラすかどうかも未だに悩んでいる。せっかくお前たちと穏やかに暮らしているんだ。そのまま無邪気に遊んでいてほしい…反面、ちょっとくらい殴られてやりたい気持ちもある。いや死にたくないけど。でも双子の環境を思えば、生まれ変わって幸せな環境にいるオレなんぞ恨まれても仕方ないっつーか…なによりアイツが…なぁ…」

 草間はため息をついて「オレの前世(あいつ)、憤死なんだよ」と呟いた。

神域投影(まどうぐ)の中の異世界に行くために頭突きしまくって、自分で頭カチ割ったの。

 歴史上では死因に至った感情は「妹への逆恨み」説が主流だけど…、本当は、亡くした娘や妹に対する未練と罪悪感と…自責だ。

 レルムは歴史って詳しい? ああ、そうなんだ? んじゃ説明いるな。あいつの父親…祖父(おう)は、双子を異世界追放した後わりとすぐに死んでるんだ。あいつは娘を殺されて(おや)を恨んでいたが、「実の親だから」と我慢して(クソ)を看取った。今思えばそんな我慢(ムリ)したからアイツの(こころ)はぶっ壊れたんだと思う。しちゃダメな無理だったんだ。(たから)の仇を看取りやがった自分を許せなくて「中途半端な自分」に対しジワジワ怒り狂いはじめたんだよ。その自罰というか…自傷というか…。

 異世界追放(ふたごのしょぶん)を後押ししたこともな…「たったひと月ねばれば(クソ)は死んだ、なのに判断を早まった」と悔いていた。密かにずっと思いつめてて…だんだん…自分が狂っている自覚すら失っていって…最期は目も当てられないことになっていた。

 具体的にいうと…カイゼリン(いもうと)カイゼリン(むすめ)の同一視だ。「たった5才で祖父に殺されたせいで魔獣になった、(オレ)の手で遺物に捨てられたせいで呪いの魔獣になった」って妄想に陥った。

 「オレを恨んでいるはず」「呪っていて欲しい」「とうに呪っているはずだ」「呪われたからオレは失脚し(おち)た」「呪われたせいでオレは(ここ)に堕ちた」「こっちだって呪ってやる」「出来ない、呪えない、殺せるわけがない」「オレは苦しめばいい、もっと呪われろ」…あげく最期は「行きたい。会いたい。せめて見たい」。で、頭カチ割り。

 草間(オレ)の夢に出てくるんだよ。あいつが自分の家(パノプティコン)の地下牢に()()()()している時の追憶だったり、「神域投影」の日常風景だったり…ああ、オレがレルムたちを知っているのは、夢に見るからだ。スペルモルの視点でな。だから多分、「憑依(わすれもの)」の影響だと思う。わからんけど。オレは魔法とか使えないし。

 こどもの頃からさ、牢での生活を夢に見るたびに哀しくなってたわけよ。でも、あんたたちのワチャワチャ生活の夢を見られる日もあって、そっちはすげぇ面白かった。皆のこと勝手に友だちみたいに親近感抱いててさ…まぁ実際に会えるとなるとこうして怯むわけだけど。そこは、な? 年下女子の中に入ってくのは勇気いるだろ、オレ成人男性だもんよ。

 そんなわけで、オレとしては双子にアイツの裏事情(いいわけ)を聞いて欲しいって感情もないでもない。とはいえ双子を動揺させたいわけじゃない…だから悩むんだよ。

 ツァウヴァーンの男心としてはどうなんだろうな? わからんが、オレは清算したかった。せめて弟の魔核(なか)に置き去りになった「憑依(わすれもの)」を取り除いてやりたかったんだ。未練が軽くなれば浮かばれる…そう信じるしかない。オレはそうしてやりたい」

ファム・ファタール⑤

カイゼリン(12)王女。実母の祖父が金髪。6才まで傍に居た乳母は平民、魔力測定で見送られて以来、音信不通。名付けの儀の直後に用意されていた教師に懐こうと努力したものの、自分本位の支配欲と嗜虐心が強いだけで教育はおざなり、ダブスタのあげく理不尽な体罰で何度も死の危険を感じた。諦めた。以来、弟以外の人間きぞくと関わらないと決めた。女帝は一度決めたことは貫く。でも周囲は灰だらけで寂しい。他国からの貢ぎ物の奴隷…あれ、いいな。ぬいぐるみが生きているみたい。あれなら燃やさずにすみそう。ほしい。

 アウローラに懐いた後で彼女が王族しかも教師と知ってめちゃくちゃ動揺した。自分が知る姉姫たちや教師とは何もかも違いすぎて理解不能。とりあえず「姫っていってもアウローラはたぬき似だし、たぬき界の教師だから大丈夫」と納得することにした。




カイゼリン(享年5才。もうすぐ6才になれるはずだった)若きカイザルの娘。第一子。幼名は「湯たんぽちゃん」。新生児からずっと、父親がいる時はその上衣の中が定位置だったため、父親が胸元を開いて「湯たんぽちゃん、かくれんぼだ」と唱えると、もれなく上衣の中にもぐり込む癖がついていた。

 育児は本来なら乳母の一手に任せる慣習だが、湯たんぽちゃんの母親は自ら行っていた。複数人の小間使いは雇っていた。そのシステムを父親は称賛し専業できるよう調整はしたものの、育児はしないし抱っこすらしない。本当に娘を湯たんぽにするだけなので、妻からは「無駄に場所とるフラフラ邪魔な布団」と吐き捨てられていた。それを面白がった父親が堂々と名乗りだしたため、妻はさらにぶちギレる羽目に。

 割と頻繁に妻を増やしては、湯たんぽちゃんの母親 (と他の妻たち)から寄って集って全力お仕置きされる笑い上戸の父親について「いつも良い匂いがする」と感じており、母親にねだって父親の香水をふった髪飾りを常に身に着けていた。

 祖父王の気まぐれにより急遽「魔力測定」「名付けの儀」が予定よりかなり早い日時で行われ、人の話を聞かない祖父王に言いがかりをつけられた。祖父王に全てを奪われたが、「慈悲」により母親が名付けることだけは許可された。

 戦地にいた父親はその事を知らず、本来ならどちらの儀式にも帰還が間に合うはずだった。湯たんぽちゃんに「憑依」し自分が儀式を代わる予定だったため、めちゃくちゃ急いで暴れていた。予定通りの日程で帰還を開始、移動中は「憑依」のご褒美として渡すためにチマチマと髪飾りを編んでいた。到着は儀式予定日の前々日。しかし全てが終わっていた。第二子以降は、発動条件を調節させ遠隔で「憑依」することにより、常時、身代わりが可能となった。

 王の代替わり早々に、新王によりふたつの儀式は廃止された。「自分たちはやってきたのに今さら」と反対の声をあげた者もいたが、新王が物理的にも彼らを「水に流した」。儀式に関する文言は黒塗りされ、記録や詳細な資料は新王の手により烏有に帰した。


ソーマ(42)またじげんのかけらをくえば

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