表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君との恋を、ファム・ファタールの箱庭の中で  作者:
第一章 ファム・ファタールの箱庭
6/34

6 それぞれの「元の世界」

※こどもが過去にひどい目に遭っている描写があります。


 ツァウヴァーン神聖王国が栄華を極め、国内の権力闘争が激化していた時代に、双子は産まれた。

 慣習により、赤子はふたりまとめて「末」と呼ばれ乳母の一手で育てられる。

 6歳を超えて生き残ったお祝いに、双子は魔力測定という同い年の子らが集められた乱闘の場に連れていかれる。必死で互いをかばいあい、終了時間までを耐え抜いたことで、ようやく双子は個々に名を持つ権利を得た。

 王や貴族らの前で名づけの儀が行われる。適正を探るため、様々なやり方で双子はなぶられる。

 その結果、闘争心も魔力も強い姉には期待をこめて「女帝(カイゼリン)」と名付け、国の主戦力とするべく魔力を鍛え上げる方針が固まった。

 弟のほうはというと、頭は良いようだが魔力が弱い。器用に身体を扱うが、相手への攻撃をためらうそぶりをみせる。姉をかばい負った傷が治りきらず、剣をすぐに取り落とす。失望した王の戯れにより「種馬にしかならぬ粗大ごみ(スペルモル)」と名付けられ、傷が治り次第に歩兵として手斧を持たせるよう指示をだし、ブルブル震え抱き合う双子から興味を失った大人たちは去って行った。

 双子には腹違いの兄姉もたくさんいたが、みな気性が荒く、到底、近寄れない。そして時がたつごとにそのほとんどが命を落とすか、平民に落とされていった。平民になった兄姉は、戦場の捨て駒にされ命を失っていき、生き延びていても男女問わず奴隷のような扱いを受けていた。

 双子が9才になる頃には、生きているのは年の離れた兄がたったふたりだけ。その兄らも己の生に執着し、密かに殺し合い、双子をも敵とみなしていた。次期王の座を渡さぬとギラギラした目で睨みつけ、兄ふたりはことあるごとにそれぞれ刺客をさしむける。双子は協力してそれを退ける。

 幾度も戦場に投入され、生きて戻れば刺客が襲い来る。王は、それも慣習であるとして、一切口を出すことなく受け入れており、双子を守る者は誰ひとりいない。

 気を抜けば死ぬ。生きぬいても平民に落ちれば奴隷。貴族(にんげん)でいるためには、兄らを殺さなければいけない。

 双子は決めた。兄らを殺し、王になり、この悪習を廃絶させることを。

 その決意はしかし無駄であった。

 その日の夜にひとりの兄が死体で見つかる。すると王は、残った兄を王太子であると公言したのだ。

 王には、そもそも(カイゼリン)に王位を与える気はさらさらなかったのだ。

 強い魔力は優れた理性の支配下にあるべき。

 強い(魔力)は優れた(理性)の支配下にあるべき。

 王太子が確定したことで不要になった双子は、平民(どれい)に落ちるべく「神域投影」を差し出される。魔力を捨てるようにと命令が下ったのだ。

 そのとき、スペルモルが叫んだ。魔力を捧げ、我らは「遺物の中の世界の看守」になります、と。

 数十年前、当時の王の目の前で「神域投影」が人を消したという逸話がある。

 遺物に伝わる「人を保存できる」という伝承を知ったかつての王が、戯れか、真剣にか、庶子である修道女のひとりでそれを試し、結果として消えた修道女は二度と戻らなかった。その修道女が万一にでも復讐にこないよう、自分たちも消えて見張りましょう、と。

 双子の魔法以外の能力、特に妹の気性に脅威を感じていた王太子の力添えにより、双子は、かの新世界への切符を手に入れる。

 石板から照射された光の中の文字を読んだカイゼリンは、弟をひしと抱きしめ転移を発動させた。魔力は補填しなかった。何故なら兄姉たちが今まで捧げていた魔力で足りると判断したからだ。今から行く世界が平和とは限らない。魔力は温存したい。

 遺物は、スペルモルの予想通りに双子をひとりと感知して、そうして、ようやく、双子は平穏を手に入れた…はずだった。




 双子は今、混乱していた。

 広いベッドの上で姉弟とひっついて、その未知の光景をただただ怯えて眺める。


「ちょっとぉ…いい加減にしなよ、あんた。何したか知らないけど、もうやめな! この子、呆れ通り越して怯え始めてんだけど!」

 知らない言葉を話す娘が、奴隷をかばうように片手で引き寄せて、恐ろしい騎士をなにやら怒鳴りつけている。

 怒鳴られている騎士はといえば、この部屋に入るなり奴隷に向かって土下座をし続けて、一向に頭をあげようとしない。

 食い物に対し哀れだとべそべそ泣いていた娘はというと、眉尻を下げたまま騎士の頭を優しく撫でて…慰めている?


 ヒュプシュが困惑しながら呟いた。

『…な、なんなの。レルムさんにこんな態度…もしかして貴族なの? 貴族女? でも…あたしのことかばってない…? まさか! え、なにが狙い?』

『その人はアンナといって平民です。貴族ではありません。円卓に…国の組織に父親を殺され天涯孤独になった上に無理やりこちらの世界に飛ばされたせいで、心に傷を負っているようです。言動が安定せず、興奮しやすく、不思議な独り言が多いです。しかし特に害意はありません。会話した限りでは率直な物言いながら面倒見がよく、優しい人間に思われます』

 頭を下げたまま、レルムは説明した。

 ヒュプシュはアンナの顔を見上げて、ほぁあ、とため息をついた。

『…そうなんだ。実は中身は魔物じゃないかって疑っていたの。…そうだよね、ひどい目に遭ってたなら、心に傷もできるよね。ぶり返した痛みで叫ばずにいられなくなっちゃうこともあるよね。

 レルムさん、もう良いから普通に喋ろうよ。それで、アンナさんにあたしを紹介してほしいな。色々誤解していたから、できればこれからは仲良くしたいから』

 レルムはようやく頭をあげると、傍にいるアウローラを見た。

「…撫でられるの、最高でした。結婚したら毎日いつでもお願いします」

「わぁ…唐突すぎてびっくりした。もしかして現代語のプロポーズの文言?」

「いいえ、ただの本音です。でも、うーん…決め台詞としては格好悪すぎるので…そちらはもう少し時間をください。必ずやときめく文言を生みだしてみせます」

「…良いイチャつき方ね。やるじゃん、残念男」

「レルムです。アンナ嬢」

「はいはい、レルムさん」

 よろしい、と頷いてレルムは立って歩み寄る。ふたりから少し距離をとって立ち止まり、ヒュプシュの頼みどおりに現代語で紹介する。きょとんとしたアンナはニコッと笑った少女を見下ろして目を見張ったあと、パァッと花が咲くように笑った。そしてオーバーリアクションを交えながら生き生きと喋りだし、あっけにとられているヒュプシュへ自分の言葉を伝えるようレルムに指示し、ついでに肘で彼の腕を突いて急かす。


 双子にとって理解しがたい状況だった。

 プライドの高いはずの騎士が、奴隷に土下座している。しかも言葉の通じない娘から翻訳を強いられ諾々と従っている。

 常にイライラと無礼な態度でわめきちらしていたはずの娘が、さきほどは一転して自分たちに毒のない水を与え、攻撃の意思なく気安く頭を撫でてきた。そして、騎士たちが来るまで、ニコニコとなにやら楽し気に喋りかけてきたり、優しい声で珍しい曲を歌いだして、まるで自分たちをもてなすようなそぶりをみせた。そして、今、…まるで自分たちが片割れにするように自然体な愛情表現を奴隷に対して見せている。


 意味がわからなかった。双子は怯えていた。


 自分たちは負けた。負けたならば平民(どれい)に落ちる。もしくは死のはずだ。覚悟を決めていたのに、与えられたのは謎の褒めとご褒美というなにやらとんでもなく甘美な味の石。

 これが本当に毒の味かと困惑のなか味わうも、いっこうに死は訪れない。むしろ、染みわたるように何かが満たされた気がして身体から緊張がぬけていく。甘美な味に夢中で口の中を探っていれば、その平たい石は小さく溶けて、やがてなくなった。

 唇を舐め、口の周りを舐め、かすかに残る味を舌で探していると、「お行儀悪―い。でも好物のときってそうなるよね。わかるー」などと言葉はわからないが共感したように娘は頷いてみせる。そして、水で濡らした布で自分たちの口元を優しく拭った。…本当に、なんなのか。何を狙ってこんなことを。


 双子は目だけを動かし、見つめ合う。お互いの目は、同じように「意味がわかりません」と途方にくれていた。

 これまでの環境とまったく違うフワフワとした状況から、なんとなく死や平民(どれい)にされる危機は去った可能性を感じるも、だからといってどうしたらいいのかわからず双子は抱き合ってただただ固まっていた。


 そこに、アウローラが近づいてくる。しずしずと緊張感のまるでない美しい動きで。その背後でレルムら3人が並んで様子をうかがっている。

『スペルモル、小さい淑女のかた、私が紹介します。聞いてください。私はアウローラ。国民です。はじめまして、小さい淑女のかた。そして、あちらの男性はレルムです。私の護衛でした。今は国民のレルムです。そして、あちらはアンナ。私たち三人は、未来から来ました。ツァウヴァーン神聖王国からツァウヴァーン議会制統治王国に名を変えました。ふたりはいつお生まれですか?』

 双子は顔を見合わせた。そして、スペルモルが答えた。その数字を聞き、アウローラは貴婦人のほほえみを浮かべて頷いた。

『わかりました。私たちはふたりが生まれてから157年後の未来から来ています』

『…そんな…どういうことなの、わたくしたちが来たのはつい数年前よ…いえ、でも確かに…変だわ。わたくしたち…確かに身体の変化がない…成長していない。数年は確実に過ごしているはずなのに、そんな…まるで時間がおかしいわ、…なんなの、わからない』

 うろたえるカイゼリンを、スペルモルがすっと背中に隠した。

『アウローラ…さっさと要求を言え。負けた俺たちにわざわざ説明はいらないはずだ。命じればいい話だろう、何が望みだ』

 アウローラは途方に暮れたような顔をした。スペルモルの身体はずっと震えていた。表情こそ勇ましいが、明らかに虚勢をはっている。

『怖くないです。私たちと、友達をしましょう』

『…ともだち、とはなんだ。それをした後、俺たちはどうなる? 用済みで殺すか?』

 アウローラはぎょっと目を見開いた。口を開くも声を発することなく小刻みに唇を動かし、そしておもむろに後ろを振りかえる。

「レルム…今、いい? 翻訳をしてもらいたいの。わたくしでは正確に伝えられる気がしないわ」

 視線を受けた無表情のレルムが、口端を微かに上げた。嬉しそうな腑抜けた雰囲気で、こちらに音もなく近づいてくる。

『護衛官レルムです。言葉は私のほうが得手です。主君たるアウローラさまの意思を翻訳します。

 まず原則として、殺すことはありません。君たちを害する理由がないからです。敵ではないので、私たちを攻撃する必要はありません。お互い適切な距離で過ご(したしく)しましょう、というのが平民が使う「友達」の意味です』

『?? …やはりおれたちに平民(どれい)になれということか!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()! だったらひと思いに殺してくれ! でないと暴れるぞ!』

 青ざめてガタガタ震えが増すスペルモルに、レルムも少し動揺したように視線を揺らす。

『…暴れたいなら私が相手になりますよ。いたずら程度であれば私は頑丈なので、まぁまぁ大丈夫です。とはいえレディたちに対してやりすぎとなれば、程度に応じたお仕置きは覚悟してもらいますが。よっぽどでなければ担いで走る(アレ)はもうしませんよ? そこは村のルールに準じて』

『…村とはどこのことだ!? さっきから言っている意味がわからない。俺たち王族のこどもが戦場以外の外を知っているわけないだろう。それより、早く殺すならそうしてくれ…お前も貴族ならわかるだろう!? 俺たちはゴミだ、もう知っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…っ!』

 レルムは黙った。双子はどうも、自分が想像していたような「村から脱走した壮大なる迷子」ではないと気付いたからだ。

 刺激しないよう慎重に言葉を選ぶ。

『…私は、この世界では、あちらの世界の身分制度は適用されないと聞かされています。君たちがいかなる理由でここにいるか存じあげませんが…我々の時代には戦はありません。君たちはこどもで、つまり私の保護対象になりえます。私たちが元の世界に戻るとき、一緒に来ますか? アウローラさまに望めば『…そんなバカな! ありえない!』…ん?」

 スペルモルの叫びとともに、後ろでヒュッと喉を鳴らす音が聞こえた。レルムは眉をひそめて振り返る。アウローラは驚愕の目でレルムを見つめ、口を開いた。

「レルム、あなた…知らずにここに来たの…?! この世界の道は一方通行なの。元の世界には、二度と帰れないのよ!」

 アンナが虚ろに呟いた。

「…あー。やっぱそうなんだ。そんな気はしていた。父さんはもういないし、あたしは別にどうでもいい。元の世界に未練ない。でもまぁ…お約束だよね、異世界転移の」

 目の光が消えて、荒んだ雰囲気がちらつく。隣にいたヒュプシュが顔を見上げて、ぎょっと身をひき、うろたえる。

 アウローラの驚愕の視線を浴びながら、レルムは瞬きをした。

 そして、こてんと小首を傾げて呟いた。

「……へー…知らなかったぁ…?」





 アウローラは説明した。ふたつの世界を唯一繋いでいる遺物「神域投影」がどういうものかを。

 王家の持つ魔法の力を吸収し、蓄え、この異世界に干渉する道具であること。

 本来は降嫁の決まった姫の魔力を枯渇させ無力化する儀式に用いられていたこと。

 転移だけなら、エネルギーが残っていれば誰でも使えるためにアンナが転移されたこと。しかし異世界に干渉するには画面が見える必要があり…恐らく、それは王家の血をひく魔法が使える人間にしかできないということ。

 アウローラの母(オルテシア)は唯一最後の王族にあたるが、降嫁後の現在も何故か魔力を保持しており、そのためレルムを転移できたと思われる。

 アウローラが転移した時は、大半のエネルギーがまだ遺物の中に残っていた。しかし、その後に時間が巻き戻るという奇跡が起きたり、大量の荷物、さらにレルムも転移されていることを考えると、そのエネルギーを使い切っていてもおかしくないこと。

 もしかすると足りずに母も魔力充填を行って無力になっている可能性が高いこと…。

(そもそも人を消す道具なんて危険すぎる。あのお父さまがそのままにするわけがない。きっとお母さまと相談して未来のために「神域投影」を枯渇させて、ただの石板に変えておくはず)

「お母さまが無力になれば、この世界に外から干渉できる人間はいなくなる。助けはこないの。

 なにより、わたくしが発動したときに表記されたのよ。転移者は一方通行。決して元の世界へは戻れない、と」

 アウローラの説明を、レルムは立ったまま黙って聞いていた。話を聞き終わり、レルムは目を閉じて腕を組む。

 アウローラが痛ましい目で見守るなか、レルムはひとつ頷いて言った。

「なるほど。じゃあここに永住ですね。了解」

 あまりの軽い返答に、アンナがガクッと姿勢を崩して叫んだ。

「あ、あああんた馬鹿じゃないの!? 残してきた家族とかいるんでしょうが!?」

「いるが、おれはもう独り立ちしている。地元に行かない限りはどのみち二度と会うことはない。親も兄たちもそういうものとしておれを王都へ送り出した。問題ないな」

 アンナが絶句している。

「軍人はそういうものだ。我々は常に真っ先に脅威と対峙するべき盾だ。不慮の死も務めのひとつ。作戦のためなら無駄死にも受け入れる。平時だからとそれを忘れるような腑抜けは地元にも軍にもいない。おれひとり、いつどこで消えようが軍は揺らがない。代わりが必ず民を守る。そういう風にできている。一般の人には理解しがたいらしいが…安心してくれ。本当に問題ないんだ。ありがとう」

「…アウローラは。もし戦時だったら、あんた…アウローラほっぽって死ぬつもりなわけ。それでいいと思ってんの? 本気で?」

 レルムが優しい目で笑った。

「戦争がない時代の軍人(我々)は幸福だ。殺すために尽力する駒でなく、ただ目の前の命を守るために尽力できるのだから。護衛官は特に大あたりだな。好きな人を守って生きられるなんて軍人だけでなく男の憧れの極致だ。おれは誇りに思っている」

 レルムはアウローラを見た。

「あなたをお守りするのがおれの本望であり、最優先です。どこの世界だろうとそれは変わりませんよ。なにより隊長(上司)も、こちらであなたを護衛しろというつもりでコレ着せてくれたと思うんですよね。はなむけとして」

 純白の軍服は式典用の第一礼装だ。勤務中の制服は黒色か紺色(ネイビー)である。泥濁色(カーキ)や灰色の軍服も支給されているが、そちらは有事に備え訓練でのみ着用する。

「おれについてはお構いなく。

 それはそうと、アウローラさま。双子をおれの保護対象にいれたいです。どうも危なっかしくて放っておけません」

 アウローラが双子を見れば、いつのまにかレルムは片手で、カイゼリンの光る両手をわし掴んでいる。それに遅れて気づいたスペルモルが、慌ててレルムの指を剥がそうとした。そして「痛っ」と叫び、据わった目をしていたカイゼリンがはっと青ざめ光を消した。それを確認してからレルムは少女の手を解放する。

『…なによ、隙を見せる方が悪いのよ。よくわからない言葉で密談して…わたくしたちを懐柔して騙そうというつもりでしょう! …っスペルモルに触らないで!』

「指の部位やけどですね。『まずは冷やしましょう』アウローラさま、水をもらえますか? 恐らくⅡ度熱傷。深達性の可能性も。」

「! 『湯殿へ行きましょう。流れる水で冷やします』。案内するわ。流水で冷やしている間に、わたくしは軟膏を探しだして、また合流します」

「了解」

 暴れる隙もないまま双子はレルムに抱えられ、次の瞬間には廊下にいた。その後をアウローラが追う。湯殿の位置を叫ぶアウローラの声が遠ざかるのを聞きながら、アンナが呟いた。

「…だから…エスパー軍人は…設定が濃すぎなんだって…」

『…ええと。よくわからないけど…今あなたが何て言ったのかはわかった気がしたわ。多分、レルムさんについてよね…消えたよね。今。魔法を使わず…』

 ヒュプシュが困惑の声をあげ、アンナと目を合わせる。お互いの気持ちが通じた気がした。


『ヒュプシュ、荷物を見せてください。薬を探します。包帯を探します。あと、レルムの着替えを…』

 戻ってきたアウローラの呼びかけに、ヒュプシュははっと我にかえって魔法を使った。広い主寝室の片隅を占拠して、大量の荷物がそっくり現れる。

『ありがとう! 良ければ一緒に開けませんか。白の陶器です。丸い形です』

アウローラが手を丸めて見せて、その身振りで特徴を伝える。

『あ、それなら回収したときに()()()()()()()よ。確か、この袋の中…あ、あった。これだよね? あとこれも。着替えってこれかな?』

『ありがとう! そう、レルムの物も必要でした。湯殿へ届けます。また明日!』

 軟膏を受け取り、アウローラが駆け出していく。ヒュプシュはその背中に声をかけた。

『また明日、ってそれ多分、また後で会おうね、だよー』

『また後で会おうねー!』

 アウローラの復唱が遠ざかっていく。アンナはじっとヒュプシュを見つめて言った。

「…今のって挨拶? 『マタアトデアウオーネ』…合っている?」

 ヒュプシュは笑って頷いた。アンナもほっと息を吐いて笑った。

「あたし英語も苦手だったんだよね。でも暗記はわりと得意。短文の丸暗記なら頑張れそう。…『また後でアウオーネ』『また後で会うネェネ』…

 あ。ヒュプシュちゃん、とりあえず荷物を開けさせてもらおうよ。さっきティーカップあるの見たから、みんなが戻ってきたらお茶出せるよう準備しておこう」

きょとんとするヒュプシュに「わかんないよねー知ってたぁ」とアンナは笑いかけ、続けた。

「ラブコメ好きとしてはもっと糖度高いカップルのほうが嬉しい。けど、あのふたり、こども挟んだほうが活き活きしていると思わない? ほのぼのファミリー物でも良いかなって思えてきた。楽しむのって大事。

 あのね、あたし絵も得意だから、アウローラが紙を持っていたら分けてもらって、そしたら絵でも話そうよ! あんた、ラブコメ興味もちそうな顔してる。優しい世界で甘ったるいご都合主義なやつとか。あたしも大好き! オススメ布教したげるね!」



やっと全員揃いました。


アウローラ(19)古語を勉強しなおしたい。荷物の中に辞書が入っていますように。

レルム(19)こどもが怯えてるのマジしんどい。どうしたらいいか教えて隊長。

双子(10)世界は不条理で残虐だと知っている。綺麗な夢見せようとしないで。信じるのが怖い。

ヒュプシュ(17)…貴族だけど、この世界の支配者だって言ってたけど、…何か、可哀そうな子たちなのかも。

アンナ(16)言葉の壁がネックだったけど通訳いるし、言葉覚えて推し友を増やしてあわよくば創作の享楽にふけりたい。もう嫌なこと難しいこと全部なげ捨てて楽しく恋バナでもしようぜ!


ヴィルヘルミナ(21)自分のお部屋でルーティン実行中。館内が騒がしいけど関係ないわ。私はただ祈るだけよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ