38 君なら叶えられる。そう、この異世界ならね
犬足…家具の脚で、犬の足をモチーフにしたもの。現実でいう猫足家具の派生。王家は代々わんこ派。
アレイン王(享年28)…アウローラの母オルテシア王女の実弟。アウローラの叔父。ツァウヴァーン王国の最後の王。若くして様々な研究開発に尽力した本物の天才だったが、世渡りが壊滅的に下手っぴだったために王さまを辞めさせられちゃった。その後、国は議会による統治へ。
死後、彼が携わったり支援していた様々な分野の研究が成果をあげまくり、国中の人間が彼の功績をそうなってから初めて知った。やっべぇうちの王さまめっちゃ優秀だったんや…蟄居させた上に早死にさせちゃった…
死後に机から50年計画書が出てきて、全国民が教育と医療を無償で受けられるようにするための段取りだとか、乳幼児死亡率を限りなくゼロに近づける消毒液の開発と医療システムだとかが、現実に達成可能だろう段階を踏む形で具体的に記載されていて、国のトップの方々真っ青。彼が王さまのままだったらこの国ものすごく富んだし発展したぞ…ザワザワ…(手遅れ)
アレイン王の手記は、彼がアカデミー(14歳~18歳が対象の全寮制男子校。1~4年ほど在籍する)を卒業した日から始まっていた。
今でこそ平民にも門戸が開かれた高等教育施設だが、当時のアカデミーは、次代を担う貴族子息らによるプレ社交界だったようだ。
高位貴族はそれぞれ分家や一門を率いて派閥を形成し、他の派閥と良くも悪くも交流を深める。次代における社交界のパワーバランスの基礎をつくる、それこそがアカデミーの最大の役割のようだと記されていた。
爵位の隔たりにより出会うことすらなかったはずの話の合う友人らと交流できた、論法鋭い友らによる侃侃諤諤とした議論はとても有意義であり、知見を共有する貴重な体験だった、王子である自分が己の立場に思い至らず、慣習を越えた引き立て方をしてしまったことで不要な混乱に巻き込んでしまった、優秀ながら無力な彼らには本当に申し訳ないことをした、と懺悔のような記述もあった。
アレイン王は若干12歳でアカデミーに通いはじめ、わずか八か月で卒業を迎えている。美貌で名をはせた母と同じく、弟のアレイン王もまた類まれな美を体現していたと聞いている。(写真嫌いとして有名で、現存する公式の写真は即位時の一枚きり。とびきり美男子)同性のみが集うアカデミーで彼はとても浮いた存在になったらしい。周囲の動揺が極まった結果、やむなく退寮に至ったようだ。深い山の中に隔離されるように建つため通学も不可能だった。
後年において天才の代名詞となった彼の、アカデミー在籍時の(さすがに嘘だろう大仰な)逸話は、アウローラの代になっても世間話にまぎれて聞こえてくるほど有名だった。
アウローラの耳に届いていたのは上澄みの一部分にすぎず、実際はもっと下世話でドロドロした様相だったのだが、彼女がそれを知ることは永遠にない。
天から木箱がゆっくりと降る。ヒュプシュが残念そうに見上げて呟いた。
「あ…止んだ。あれが最後っぽいなー」
アウローラは手記をそっと閉じて、レルムを見上げた。
「…これって読んでいいのかしら…? わたくし、物心ついてから叔父上さまにお会いしたことがないの。すでに離宮にいらっしゃったし、わたくしは未成年で外出ができなかったから。よく手紙は頂いていたけれど…どんな声なのか、どんな方だったのかほとんど知らないのよ。叔父上さまが死者の国へ旅立たれた後に、入れ替わるように今度はわたくしが離宮入りしたから、命日にもお墓参りできなかったわ。少し読んだだけでも、とても私的な内容よ…何だか悪いわ」
「おれなら読むな。おれに送ってきたなら、そういう意味だろうから。だからアウローラが悪いと感じるということは、ただ保管していてくれという意味なのかもしれない。とはいえ、こっちに関しては、読んでいい気がする」
レルムが手記の角をそっと指す。裏表紙をとんとん、と軽くつつきながら「こっち。メッセージカードかな。何か挟まっているよ」と言った。
アウローラが裏表紙からそっと開くと、確かに大きめのカードのような厚紙がページの隙間からはみ出て来た。
「あら…本当。気づかなかった…あっ」アウローラが挟まったページを開こうとしてうっかり厚紙を落としてしまう。ひらりと舞ったそれをレルムが素早く確保する。
「大丈夫、無事だよ。これ、写真だ。メッセージカードじゃなかった…は?」
アウローラは重なり合ったスカートの隙間をかきわけ、肌着の隠しポケットへ手記をしまっていた。「あ、いえ。ありがとう。ええと…写真なの?」
メッセージカードじゃなかったのね、と呟きつつ手を伸ばす。写真を受け取ろうとしたのだが、レルムが驚愕の目で凝視してくるので小首をかしげる。
「なぁに?」「…そこ…しまえる…、…開いちゃうんだ…」「え?」「なんでもない。どうぞ」
レルムが恭しく写真を差し出し、アウローラは戸惑いながら受け取った。
「わぁ…美人。これ、わたくしが産まれてすぐの写真ね。お父さまがまだ細いわ」
「フューセル閣下の胴体はあれ着膨れだよ。今でも細い…おお」
レルムも写真をのぞきこみ、目を輝かせた。
「この赤子がアウローラ? ははっ。本当の産まれたてだ。抱いているのがアレイン王か。おっかなびっくりだな。顔が強張っている」
写真は王族専用の居住区域、かつての団らん室で撮られたものだった。
白黒だが、背後にかかったタペストリーが王家の紋だ。床に毛足の長い絨毯が敷かれている。家具は小さなローテーブル以外は三人掛けのソファしかない。そのソファの特徴的な犬足を見れば団らん室で間違いない。
ソファの中心に、赤子を抱えた中性的な美男子が座っている。その両隣で、彼をはさむように座っているのがアウローラの両親だ。姿がまだ若い。ただ、笑顔や雰囲気は今と変わらない。真顔の王を囲んで、ふたりは似たような満面の笑みを浮かべている。
父親は義弟の肩を親しげに抱きながら、空いた片手はボウアンドスクレープの形をとっておどけているし、母親はたくさんのクッションに埋もれ、しなだれかかるように弟の肩にべったり懐いてくつろいでいる。
アウローラはちょっと笑ってしまった。とても、らしい。陽気な父親と甘えたがりの母親は、本物の王さま相手でも容赦なくやりたい放題していたようだ。
少し見切れて写るローテーブルには、中身が満たされた三つのグラスとともに、見覚えのある小さな木製の杯が置かれていた。アウローラの選び取りの品だ。叔父が彫ったと聞いている。
テーブルの足元にあるのは6才を越えた子のお祝いに贈られる特別なぬいぐるみを筆頭に、12歳に裁縫箱、15歳に香水、そして16歳に贈られるはずだったシャトレーヌ。
…実際には14歳で受け取ったシャトレーヌだが、本当であれば16歳のデビュタントを迎えた際に贈られる手筈だったらしい。
同時に別邸の管理を任される予定だったと聞いている。シャトレーヌにぶら下がるのは、離宮の鍵ではなく、産まれる前から建築が始まっていたその別邸(公爵家本邸の奥)のマスターキーになるはずだった。
選び取りも、本来なら1才を越えてから行う占いだ。他の贈り物も、それぞれの歳を祝ってつど贈られるはずのもの。
アウローラは、諸事情により、産まれる前からごく一般的なお祝いの行事を国から禁じられていた。議会は、自分たちが解体した元王家が目立つことを何より厭っていた。
待望の我が子を祝うなと言われ、悔しがった両親が「ならば」と個人的に祝おうとした結果、前倒しにしてまとめてやらざるをえなかったと聞いている。だが、まさか新生児を相手にやっていたとは。
じっと写真を見つめるアウローラの横でレルムものぞきこみながら感慨深げにつぶやいた。
「この場所はどこ? すごく居心地よさそうな部屋だな。アウローラはここで育ったんだな…」
アウローラは目を伏せた。
「…ここは王城。わたくしは公爵家の本邸で育ったの。この部屋…わたくしも本物を見てみたかったわ。かなり前に居住区ごと全て取り壊されて、今はただの倉庫になっているそうよ」
レルムからの視線を感じるが、アウローラは先に二つ折りの厚紙を閉じて写真を保護した。日の光にあてすぎると劣化をまねく。
アウローラは考えた。恐らく、この写真は叔父の宝だ。手記は外箱のようなものであり、自分へ贈られたのは写真のほうに違いない、と。
『アウローラ、今日の荷物おわっちゃったよー。何それ? あたしも見ていい?』
アウローラは口角をあげた。完璧な笑顔でヒュプシュを迎えた。
『ええ、ヒュプシュ。喜んで。日の光に弱いため、室内でお見せします』
レルムがすばやく身を屈めてアウローラに口づけた。驚いて大切な写真をうっかり取り落としかけたが、レルムが手を添えて事なきを得た。
『…おー…』
ヒュプシュがぴょこぴょこと後ずさり、良い感じの距離感をとってふたりを観賞する。しみじみ呟いた。
『うーん。なるほど。アンナの気持ちがわかっちゃった。これはときめく』
館へ戻る途中、散歩中のスペルモルと合流した。
『女衆が何やら楽しんでいるようだ。奇声が飛び交って耳が痛いから、出ていたんだが。そろそろ落ち着いたかもな』
ヒュプシュは知っているらしい。『ふっふっふ! どうだろう?』と楽しそうに含み笑いをして、スペルモルに半眼で見られている。
『アンナがね、萌えが足りないから妙なこと考えて無駄に疲れちゃうんだって言っていたの。ミナ姉さまが思いつめないように生きがいを布教するんだって! あたしもねぇ…ふっふっふ』
ひとり楽しそうに笑って身もだえるヒュプシュの姿に、アウローラは和んだ。レルムは「嫌な予感がする」と呟き、スペルモルもげっそりした顔で頷いている。
そうして玄関ホールに帰ってきた4人を迎えたのは、2人の貴公子を侍らしたカイゼリンだった。
『…。』スペルモルが後ずさり、レルムにぶつかる。レルムは立ち尽くして唖然と口を開けている。
カイゼリンにお茶を提供しているのは執事…のような異装をしたアンナ。美しい長髪を男性のようにきっちりと後ろでひとつにリボンでまとめ、足腰のラインがくっきり出たスラックスを履いている。
もうひとりはヴィルヘルミナであり、彼女もまたスラックスだった。ゆっくりとクッキーを割り、小さい欠片を己の口に含み、残りの大きい欠片をカイゼリンの口へ運んで食べさせていた。こちらは、年配の重鎮が着るような重厚で格式の高い高位貴族の服装。膝あたりにちゃんと杖もあり、本格的だ。ヴィルヘルミナ本来の憂いを含んだ色香と優雅な所作により、古臭いどころか一国の王のような威厳がある。
アンナ(男装)が顔をあげ、アウローラたちに気付くと、にっこりとほほ笑んだ。
『おかえりなさいませ、アウローラお嬢さま。シュッツくん。お茶をいかがですか?』
例の罪作りな美声だった。ヒュプシュは崩れ落ちた。『…っく! 慣れない! いつ聴いてもめっちゃイイ…! 見た目すっごく好み…!』
アウローラは深く頷いた。なるほど。どうやら自分も「もえ」とやらが足りていなかったらしい。哀しみとか衝撃とか混乱とか怒りとか罪悪感とか哀しみとかなんやかんやが全て吹っ飛んだ。今のアウローラの心を占めるのは陶酔だ。
談話スペースに、薔薇が咲き誇っているように見える。なんて甘美な幻視。
男装アンナが機敏な動きでこちらに歩み寄ってくる。歩き方が男性的だ。しかし優雅だ。もはや完全に細身の色男にしかみえない。周囲に薔薇の花びらが舞っている気がする。
薔薇の執事は、アウローラたちの手前でピタリと足を止め、美しく一礼する。え。すごい。雇いたい。アウローラは淑女の微笑みでドキドキを隠した。レルムは口を開けたまま固まっている。
『アウローラお嬢さま、お疲れでしょう。どうぞ、ソファへ。このアナンがおもてなしをいたします。…さて。シュッツくん?』
アンナ…改め美男子執事アナンが跪き、四つん這いでもだえるヒュプシュを「よっ」と声をあげて抱き上げた。片膝をついたまま、器用に重心を保って横向きに抱く。さながらお姫様を介抱する騎士のごとく。アウローラたちが凝視するなか、甘い吐息まじりの色男ボイスが響く。
『帰ってきたらすぐに着替えるはずでしょう? 僕との約束をすぐに忘れて…いけない子だね、シュッツ? お仕置きとして…脱がせちゃおうかなぁ? それとも、良い子のシュッツくんだから、自分で上手に着られるのかな…?』
『着られましゅぅぅぅ…っ!』ヒュプシュはデロデロに融けた状態で魔法を使った。
とたんにレルムの肩が跳ね、スペルモルは目を見開いたままレルムにすがる。
「まぁ。そういうのも似合うわ。素敵ね、ヒュプシュ…シュッツくん?」アウローラは手を口にあてて、うっとりした。
ヒュプシュは、まるで一国の王子のような身なりに変わった。未成年の設定なのか、半ズボンに白いタイツを履いて、足元は刺繍入りの革のロングブーツ。首元のジャボは大きく、縫い留められた真珠がアクセントになりとてもオシャレだ。豪奢なシャツの上には総刺繍のジレ。その上にウエストコート。袖のカフスボタンはちゃんと宝石で、本物のエメラルドを使っている。…ハート型のカフスなんて初めて見る。アウローラが小首をかしげかけ、止まり、ちょっと考えてから頷いた。
女性らしい男物。…アリね!
満足げなアウローラの後ろで、レルムとスペルモルがひしと互いにすがりついた。
元の世界では男装は罪です。強行しようもんなら逮捕。女が男性の領域を侵すことは全て罪とされています。平民の中には寡婦などやむを得ず男装する人もいましたが(男ということにして財産を守る)人生そのものを男として扱われてしまうので、ちょっと話が違います。ファッション感覚の男装はありえません。公然と男のフリをする詐欺女は処刑されても仕方ない。そういう時代です。男性を模して許される例外は貴族夫人の乗馬の服装だけ、それでもロングスカートは絶対。あとはダンスの男役、むろんドレス必須。ちなみに女装は合法です。主に男性間での余興としてだが、稀にめっちゃ似合う男子がいて、そうすると芸術とみなされてトップアイドル扱いだった模様。理不尽ですね。でも、相変わらずそういう世界観です。
アレイン王太子(12)魅了眼ではないし、魔声を頑張って封じて暮らしているというのに、何でどいつもこいつも(アカデミー生)勝手に魅了されて騒ぎを起こすんだ…。スカート履かせようとしてこないで。姉(アウローラ母)とどこまで似てるか聞いてこないで。胸板を触らないで。「ワンチャン女かも」じゃない。男だって言ってるだろ(怒)




