3 色ボケ軍人が降ってきた!
レルム「 見 つ け た 」語尾ハート
しんみりしながら眠ったのに、気づけばまた空から降っていた。
夢でもみているのかと思いきや、明らかに現実だ。アウローラはまたしても空からゆっくり降りている自分に困惑してあたりを見回した。
前回は謎の生き物たちのワシャワシャとした歓声で迎えられたが、今回はその生き物たちすら困惑しているけはいがする。ワシャワシャすることなくツノを伸ばしたり縮めたり、空に浮かぶアウローラを見上げるように斜めに傾いたまま固まっている。
また祭壇に降り立って、ふと自分の姿が湯殿に行く前のドレスに戻っていることに気付いた。手首を嗅いでみれば、洗い流したはずの香水の匂いが香って…これではまるで時間が巻き戻ったような…。
『おい、お前なにをした?!』
大きな怒鳴り声とともに誰かが祭壇にあがり、肩を怒らせて足早にやってくる。スペルモルだった。顔を真っ赤にして怒り狂っている…ひぇえ。
アウローラが怯えて身を引くが、かまわずスペルモルはアウローラに詰め寄り、一方的にまくしたてはじめた。
『なんだ、これ!? どういう魔法だ!! 時間を巻き戻す力など聞いたことがない! …それにお前…何で魔力を失っていないのだ! ここにくるようなやつは魔力補填により無力になっているはずだろう!』
『?! ほ…補填していません。十分に残量がありました。わたしはセキュリティロックを外しただけで…』
アウローラはふと気づいた。そうか、魔力補填したら能力を失くすと母が教えてくれたのを、例えば足が動かなくなるというような物理的な意味と思いこんでいたけど…魔法の力を失くすって意味だったのか。
アウローラの釈明に、スペルモルがぴくりと眉を動かし黙り込んだ。腕を組み、親指を桃色の唇にあてて、じっと考え込んでいる。そして、ゆっくり視線をあげてアウローラを睨んだ。
『…わかった。アウローラ…お前、俺らと同じ看守として来ていたのか』
『? 何のことかわかりません。教えてください』
『とぼけるな。魔法を失わずにここに来るなら、そういうことだろうが! 成り代わるつもりでいたんだろうが、残念だったな。ここの支配者は俺らだ。もう二度と逃げるものか。やっと静かに暮らせるようになったのに…許さないぞ。…俺らの国だ。誰であってもこの国は渡さない…っ』
スペルモルは怒鳴りながら興奮していき、アウローラへの警戒心が敵に対してのそれに変わっていった。彼の目がらんらんと輝き、その迫力に、アウローラが後ずさる。
『リンの力を借りるまでもない。お前ごとき、俺ひとりで使役してやる』
「うっわ、なにこの状況。ピンチのヒロインと悪役の美少年まんまじゃん。絶対そいつ今、お約束の負けセリフとか言ってそう。雰囲気的に」
ふいに女性の声があたりに響いた。現代語だ。ところどころわからない言葉はあった気がするけど…お約束の負けセリフって?
アウローラが見れば、そこには流行りの高級ドレスと立派な宝石を身にまとい、しかし雑な足取りでこちらに歩み寄る見た目と所作がちぐはぐな娘の姿…アウローラより少し年下だろうか? 愛くるしい顔立ちだが、表情は険しく、人を小ばかにするような笑みを浮かべており…とても荒んでみえる。
言葉は通じなくても馬鹿にされたことは感じたのだろうスペルモルが、標的を変えて怒鳴り散らし始めた。
『…ああ?! 今、何を言ったお前! 妙な言葉を使いやがって…神聖王国語を喋れ! ここは俺らの国だぞ! 従えよ!』
「カワイイお声でキャンキャン鳴いてもわかりませーん。小型犬みたーい。ウザかわいーい。残念だねー、あたしに通じてなくてカワイソ!
ってか美少年でも生意気系はタイプじゃないんだよ。あーあー…せっかくハーレム達成したと思ったのに、まさかヤンデレ担当のバッドエンドになるとはね。こっち男いないし。女も容姿勝ち組ばっかでイラつく。人生終わったわ」
な…なにがなんだか。目を白黒させて呆然とするアウローラの頭に、ふいに柔らかい物が乗った。
驚いて手にとると、それは手袋の片手で…反射的に甲側の手首を確認して、アウローラは目をむいた。
目立たぬ位置に施された刺繍の家紋が、実家のものだったからだ。
「…お、お父さまの手袋!? な、え…」
混乱しつつ空を見上げれば、一瞬ふと空気がぶれてみえた。あれ、と思う間もなく現れたのは大きな袋…オモニエール。アウローラの父親のトレードマークとも言えるアイテムだった。
謎の生き物たちがワシャワシャしだす。『新しい…女神さま…だ…?』『新しい…何? 何だろう?』『…何かよくわからないけど…新しい様だー』『新しいさまが来たぁー!』『…ご機嫌はいかがだろうか…よろしいだろうか…』『今度も優しいさまでありますよう…』
古語と現代語で喧嘩をしていたふたりも、周囲の騒ぎに気付いて上を見上げ、同時にぽかんと口を開けてあっけにとられている。
『…は? 荷物…か…?』
「なに…何か外から届いたってこと? え、もしかして、あたし? あたしにじゃない?! やった、さすが攻略対象たち! 誰かわかんないけど気がきくぅ!」
祭壇に次々に降り立つ袋、木箱、鞄…ところどころ見覚えのある物が見えて、それが実家にあるはずの私物だと気付いたアウローラが動揺のままに天へ向けて叫んだ。
「…お、お父さま…ご褒美に欲しいもの全部くれるって言っていたの…まさか、本気で実行したの…?!」
答えはなく、そのままどんどん荷物が降り、祭壇の上に積み重なっていく。
「…は? お父さまって…あんた」
オモニエールを勝手に開いて中を覗き込んでいた少女が、アウローラを見た。
「…これ、あんた宛ってこと? 何でも買ってくれるお父さまが、こんなとこまでご褒美を送ってくれたって、今そう言った? はぁ? …ずるくない、それ?」
『おいっなんだこの荷物は!? どういうつもりだ!? 俺たちに断りもなく勝手に何を始めようって?!』
凄まじい剣幕のふたりがアウローラに詰め寄る、その時だった。
空の一部が、空気が、水面のように波打ちグルグルと渦を巻きだした。
それを見上げたスペルモルがさっと顔色を変えて飛び退った。『…っ人が降りて来る!』
周囲の謎の生き物たちがワシャワシャ激しく踊り始める。『どんどんいらっしゃるぞー!』『豊作じゃー! 豊漁じゃー! 女神さまのベビーブームじゃー!』
腰を低くして明らかに警戒するスペルモルや、周囲のワシャワシャ騒ぎがどんどん激しくなるさまに少女が焦りはじめ、「は? なんなのよ、何が始まるの、コレ!?」じりじりと後ずさるようにアウローラから距離を取り始めた。
アウローラが呆然と空の渦を見上げていると、そこからショートブーツが生えてきた。驚く間もなくブーツの先から白い裾が見えはじめ、すらっと長い両足になり、そうしてゆっくりと姿を現したのは…純白の軍服に身をつつんだ青年。
「…え、うそ」
頭上にあらわれたのは、アウローラの護衛官であるレルムだった。
彼はアウローラと目が合うと、一瞬はっと目を見張り、それから…何故かやたらと甘く微笑んで口元を動かした。
白い軍服は国軍の第一礼装だ。袖や制帽の黒いラインがキラキラと輝いている。ひときわ眩しく光を弾いているのは位置的に勲章と装飾剣だ。式典でしかお披露目できないはずの格式高い一式を揃えて、やたら甘い空気を発したレルムが空から降りてくる。
アウローラは混乱した。混乱しすぎて、思わずその場で両腕を上に伸ばして仁王立ちしてしまった。
落ちてくるなら受け止めねば。ただそれだけ考えた反射的な動きであり、そこには自分よりでかい男性の下敷きになるのがオチだという当然の可能性を考える余地がなかった。
それを見たレルムは目を丸くして、それからほほを染めて、嬉しそうにアウローラへ両腕を伸ばし…
アウローラを掬いとるように抱きあげながら、音もなく石床に着地する。
(!? …????!)
ぬいぐるみのように抱きくるまれ、アウローラは言葉を失った。レルムは一度ぎゅっと抱きしめてから優しく下ろし、一歩後ろに下がる形っで、アウローラを己の腕の中から解放した。そして、その場に跪く。
「専属護衛官レルム、ただいま御身の前に」
そして、アウローラのドレスを覆う飾りレースの裾を掬い取り、唇に寄せつつ「今後は決して離れません。必ずお守りします」
青みがかった黒髪の隙間から、ちらと上目遣いにみあげる。照れたように頬を染めて、レルムは低く囁いた。
「…おれの、アウローラさま」
アウローラはカッと目を見開いた。この真面目な護衛官は常に「妃殿下」と呼んでいたはず。それなのに…何故急に名前呼び!? どうしちゃったの、この人!?
そのとき、絹を裂くような悲鳴があたりに轟いた。
「きゃやぁぁああ…っ! なにそれ、なにこれ! トゥルーエンドのスチル!? めちゃくちゃトキメキが捗るっ…え、でも、うっそでしょ、白の儀仗服を着た塩顔イケメンなんて一体どこにいたのよっ。あれだけ社交界しらみつぶしにしたのに、ちっとも気づかなかったぁっ!」
『新しい女神さまだ!』ワシャワシャ『今回の女神さまは何だか…発情期のけはい…』『荒ぶらぬだろうか、ご機嫌はよろしいだろうか?』ワシャワシャワシャ『発情期なら…荒ぶっても…まぁ…しかたない…』『もうすでに違う女神さまが荒ぶっていらっしゃるぞ…』『なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ…』ワシャワシャワシャワシャ『荒ぶりさま除けしておかねば』『こりこりの民はツノを固めて埋まるべしー』『いや、どりどりの民が埋まるべしー』『もう両方とも埋めちゃえー』ワシャワシャ…
『おいっ! お前…アウローラ! 荷物持ち込むのも、護衛を伴うのもルール違反だぞ! なんて卑怯なんだ! 俺たちだって身一つでしか来られなかったのに…いよいよ始める気なんだな! この平和な世界を征服しにきやがって…お前らなんかどうせリンの力でボッコボコにされるんだからな! せいぜい今だけ調子にのっていろ!』
大混乱の周囲に気付いたレルムが、困惑するように眉をひそめ視線を動かしてから、すっと立ち上がる。
手袋をした手で位置を直すように制帽をずらしながら、スペルモルに鋭い視線を送る。
「…なんで地元の方言が…まぁそれはいいか。不敬罪だな、あの子ども。ちょっとわからせにいくか」
レルムがスペルモルのいる方角へ足を踏みだそうとしたので、アウローラは手を胸元にかざして慌てて止めた。
「待って。いかないで。それよりこの状況の説明を…」
軍服に触れないようにかざしたのに、レルムはわざわざアウローラの手の甲を包むように指を添え、自分の胸元に優しくおしつける。ぎょっとするアウローラに向けて、やたらいい声でささやいてきた。
「…アウローラさまが望むなら待ちます…いくらでも。ずっとお傍にいますから、いつか心が決まったならそのときは…ね。アウローラさま…」
自分はただスペルモルにお仕置きしに行くなと引き留めたはずだった。しかし返ってきた答えには何かちょっと別の甘ったるい意味が含まれていることは明らかで、察してしまったアウローラの混乱は最高潮に達した。これ誰! 偽物? …いや、どう見ても本物…っ。
「いやいやいやいやいやレルムくん何なの急にどうしたのそんな感じじゃなかったわよね!?」
動揺のあまり淑女の体裁が崩壊したアウローラが、目の前の軍服の肘を掴んで、前後にゆすろうとした。びくともしない。
レルムは半泣きのアウローラを凝視しつつ、やはりほほを染めた。
「…大胆ですね、アウローラさま…いいな、これ…かなり嬉しい…こっちの世界、最高…」
そして掴まれた肘の感触を堪能するように目を閉じ、されるがままになろうとしている。
「いやいやいや脳内でどんな空想を…戻ってきて、レルム。現実に。そして説明してちょうだい。あれから何がどうなったら、こんな今のこの状況に至るっていうの?」
アウローラは突き飛ばすくらいの気持ちで全力を出しているというのに、さすがは軍人、体幹がしっかりしすぎてイラッとくるほど色んな意味で動じない。
レルムはさらっと答えた。
「アウローラさまが遺物の世界にいると聞きまして。オルテシア夫人が、おれを送ってくださいました」
「お母さまが…そうか、「神域投影」を使えるわね。王家の直系の姫だもの」
「はい。荷物については、フューセル閣下…御父上からアウローラさまへの贈り物だそうです。
おれは…サージェント隊長が教えてくれたので。こちらの世界では、あなたは王太子妃殿下ではない、ただの女の子だと…」
「近い近い近いっ。レルム近い。吐息がかかる色気がすごい」
両手をひとまとめに優しく握りこまれ、甘ったるい空気を発して顔を寄せてくるレルムから、アウローラはのけぞって距離を保とうとした。それに気づいたレルムは止まり、アウローラはのけぞったまま少しほっとする。
「…この世界にいる限り、あなたへの想いを、この心を制する必要はないとおれは判断しました。あなたがただの女の子ならば…おれたちはアルフレッド王太子殿下を一緒に育てた仲です。おれたちの関係は相棒というより子持ちプラトニック新婚夫婦だと思いませんか?」
「…実情でいうとあながち間違いじゃないところが反論しにくいわ…でも違うわよね…そういう雰囲気になったこと無いわよね…わたくしたち…」
「職務中でしたからね。お互いに」
「ほーん、なるほどなるほど。職場が同じだったわけ。で、身分差による禁じられた恋が解禁したって状態なのね。いいじゃん、いいじゃん。やっぱ王道って至高。それで、それで?」
突然わりこむように娘の声が近くから聞こえてきた。お互い至近距離で見つめ合っていたふたりは、声のほうへ顔を向ける。
豪華なドレスと宝石を身に着けた見た目は高位貴族の令嬢が石床にしゃがみこんで、まるで紙芝居を待つ平民のこどものような雰囲気でこちらをみあげていた。
「若い男女がひょんなことから一緒にこどもを育てることになって、そこから芽生える恋ってやつでしょ。知ってる、知ってる。あたしん中じゃわりと王道。そんで、そこに身分差っていう要素をぶちこまれているせいで、普通よりジレジレもだもだ焦らされちゃうんだよね。両片思い最高。あ、でもその様子じゃ、あんたの片思いか。まだ焦らす気かってトコやるじゃん。読者の乙女心わかってるぅ」
最初のころの荒んだ目はあとかたもなく、キラキラした目をして頬を興奮に染めた愛らしい娘が、訳知り顔でレルムに親指をたてた。ビッと。「押せば落ちるわ。このまま押せ。ぐいぐい行きな。あたしが許す」
レルムは姿勢を正した。アウローラの背に手を添えて、のけぞった彼女をもとにもどすのを手伝ったあと、娘に向けてすっと敬礼する。
「ありがとうございます。ご期待に必ず応えます」「おっ。堅物ね。やっぱ軍人キャラはそうでなきゃ。お約束よね」
「ちょっと待ってわけがわからない。あなた…ええと…」
「アンナよ。あんたのことは正直ズルすぎて心の底から気にくわないけど、あたし略奪は地雷なの。主義に反するってやつ。この世界じゃ貴重なイケメンだけど仕方ないから今回だけ譲ったげる。功徳を積んでおけば次もイケメンがやってくるかもしれないし」
「…わたくしはアウローラよ。はじめまして。こちらは離宮警備隊に所属する護衛官筆頭レルム。
もしかしてだけど…あなた「我が姫」? 数多の貴公子たちを魅了して画期的な新商品を生みだした名誉市民のご令嬢?」
現代語を使っていることから、おそらく最近この世界に来ている。アウローラの前に遺物「神域投影」の中に飛ばされた悲劇の少女がいることを今やっと思い出したのだ。
アンナは、すっと目を細めた。目から光が消え、荒んだ雰囲気が戻ってくる。
「…そうよ。失敗してバッドエンドになったの。でも何が悪かったか未だにわからない。なんで何も悪くない父さんが処刑されなきゃいけなかったのか。
…あんたのお父さまとやらも娘に甘いみたいだけど、あたしの父さんだって負けてなかったのよ。母さんが死んじゃってからは特に「ふたり分だよ」っていっぱい愛してくれた。何でも買ってくれたし、何でも好きにやらせてくれた。未来の記憶を利用していっぱい稼げたのは父さんのおかげなのに…あのままハーレムのトゥルーエンドにいけるはずだった。父さんも死なずに一緒に笑って祝福してくれて、ずっと変わらず一緒に暮らして…ヒロインのあたしは今度こそ幸せになるはずだったのに」
正直、アウローラにはアンナが何を言っているのかほとんどわからない。
しかし、彼女がひどく傷ついていることは確かだ。悲しみと混乱で自分を見失い、寛解と増悪を繰り返すような不安定さを感じる。
かける言葉が見つからず黙り込んだアウローラを見てから、顔をあげたレルムが口を開いた。
「…すぐ母君の後を追わずに君を育てたのか。君の父君は凄い男だな。娘への愛情に誠実だ。ツァウヴァーンの男が目指すべき鑑だ」
アンナがレルムを睨んだ。
「…は? あんた、今なんていった? 母さんと一緒に死んでいればよかったねって? ふざけないでよ。父さん、できる大人の男って感じで、体型もすらっとしてめちゃくちゃモテたんだからね! 再婚だってできたはずなのに、あたしを育てるために、あえて自分の幸せを捨てただけで…」
「いや、君こそ何を言っている」レルムが不思議そうに顔を傾げた。
「死に別れたくらいでツァウヴァーンの男が愛する女性を変えるわけがないだろう。死者の国でまた会えるんだ、フラれていないなら諦める必要がない。
父君は今ごろ、愛する妻と一緒に君との思い出話に花を咲かしているはずだ。久しぶりに夫婦ふたりきりの時間を楽しんでいることだろう。己の幸せに素直な生き様を貫いた。羨ましいことだ」
アンナが絶句した。目を見開いて、アウローラを見る。アウローラは眉尻を下げた。
「…こいつ…何か変じゃない?」
「レルムは、その…優しいの。とても。今はちょっとおかしくなっているけど…普段はちゃんと真面目で、こんな冗談は…あ、あなたを励ましたのよ、多分…?」
「…いやこれ本音で言っているわよ、絶対。ちょっと大丈夫なの? あんたのバッドエンド、多分これ心中ルートよ。「誰かに奪われるくらいなら…」とかいきなり言い出して、あんた抱きしめたまま自分ごと剣を突き差すやつ。気を付けな?」
レルムは片眉をあげた。「おれは護衛官です。ありえません」
「…気をつけるわ…」アウローラはちょっと青ざめてレルムから距離をとる。
「ありえません。お守りします。…このように」
繰り返し否定したレルムがごく自然な動きで女性ふたりを抱き上げた。まるで落としたクッションを拾うような軽やかさで、アウローラを縦抱きに、アンナを小脇に抱えるやその場を音もなく跳ぶ。
今まで三人がいた位置の石床がいきなり融けた。
蜃気楼のようなモヤついた空気が一瞬遅れて現れ、じわじわと馴染むように消えていく。
そこに、レルムの素早い動きに取り残された純白の制帽がふわりと落ちた。地についた瞬間、ゾッと音がして、制帽が中途半端に融け、次の瞬間、いっきに燃え上がった。…とんでもない高温だ。
もしあそこにいたままだったなら、三人とも一瞬で骨になっていたかもしれない。
一足飛びに祭壇の端まで移動したレルムは、融けた床の奥…反対側の祭壇端に視線を向けた。
そこにいたのは、スペルモルと…スペルモルにそっくりな小さな女の子だった。
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子爵家の三男坊だけど、先祖返りで規格外に強いから、地元でビシバシ躾られた後は軍に放り込まれたよ。身につけている勲章は「剣豪」っていう武人の最高峰100人しか持てない凄いヤツだよ。アウローラがうっかり「この勲章デザインかっこいいわ」って呟いていたのを聞いたので、すっごく張り切って獲ったった! アウローラ大好き!