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君との恋を、ファムファタルの箱庭の中で【完結】  作者:
第二章 不思議で愉快なスローライフ
21/104

21 可愛い子にぬいぐるみ。暑い夏にレモン水。可愛い獲物に…

 たぬきのぬいぐるみが完成した。

 カイゼリンはあからさまに嬉しそうだが、必死に喜びを押し隠して怒鳴り散らした。見事な逆切れだった。

 レルムはショックを受けた顔でカイゼリンを見つめていた。

 しかし、アウローラにはお見通しだった。

(喜びの閾値(いきち)を超えて表現方法がわからず、とりあえず慣れた行動をとったのね)

 口汚く罵りながらも、ぬいぐるみを抱きしめて離さないカイゼリンにアウローラはニコニコ笑顔を向ける。

『喜んでくれて嬉しいです。どうぞ、ありがとう、という言葉をください』

 カイゼリンがぴたりと口を閉じた。しばらくの沈黙の後、目をさ迷わせながら、カイゼリンは言った。

『…ありがとう、アウローラ。気に入ったわ。リボン…わたくしの好きな色なの』

 リボンの色はヒュプシュが選んでくれた。カイゼリンが服を新調する際に、よく指示される色なのだとか。


 深海の青をイメージさせるその色を、アンナはフェルメール・ブルーと呼んだ。

 ラピスラズリという鉱石でしか出せない青で、歴史は古いが今だに高価な顔料のひとつだ。

 未来では新たに特別な名をつけるほど希少な色になっているのかもしれない。


『お礼の言葉はとても嬉しい。カイゼリン姫、あなたが嬉しいと私も幸せ』

 少女の素直さに顔がほころぶ。

 カイゼリンも顔を真っ赤に染めて、ぎこちなく笑みをこぼした。もう一度、『…嬉しいわ』と呟いて、カイゼリンはぬいぐるみに顔を埋めた。

 アウローラはその様子を微笑ましく思いながら、リボンの深い青に、レルムの髪色を思い出した。


 夏の野外にいるレルムは、よく頭に水を被る。

 青みを帯びた黒髪が濡れた瞬間、濃い青に変わり、雑にタオルで拭ったあとは両手で髪をかきあげ額をさらす。すぐに乾いてしまうが、深い青の髪を無造作にオールバックにしたレルムは華やかさが増してアウローラをドキドキさせた。


 普段はほぼ黒に近い髪色だが、日に当たると青みが強くなる。さらに濡れると深い青に変わる。この特徴的な髪色は王国民のみが持ち、そのためツァウヴァーン・ブルーという呼び名で他国から珍しがられている。


 レルムだけでなくアンナも同じ髪色だ。

 王国内ではよくある髪色のひとつだが、大陸全土でみれば寒色の髪色はとても珍しく魅力的なのだという。

 確かに美しい。アウローラもとても好きな色だ。

 黒も、青みがかった黒も、もちろんツァウヴァーン・ブルーも…レルムはとても魅力的。

 

 双子とは今も一緒のベッドで眠っていた。

 暑さのせいか、最近アウローラはカイゼリンに押しやられぎみだった。

 グイグイと手足で押しやられ、アウローラが寝惚け眼で寝返りをうつと、向き合う形になったレルムが胸に抱きこんでくる。体温が高い。暑さと窮屈さで薄っすら目を開けると、眠る彼はたいてい赤い顔をして眉根を寄せながらうなっている。悪夢をみているのだろうか。やはり彼も暑さがつらいのかもしれない。それにしては抱き込む腕が緩まないが。

 そういえばレルムは寝るときですら短剣を装備しているわ、職業病かしらなどと考えながらアウローラはうとうとする。

 最初の2、3日は意識しすぎて抱きこまれるたびに内心ドキドキしていたアウローラだが、今では気持ちよく眠れる。レルムに抱きこまれると安心する。暑いが。うんうん悩ましげに唸っているが。アウローラはとてもとても落ち着く。ぐっすり熟睡できる。

 順応が早い(ずぶとい)のはアウローラが自覚できる数少ない長所である。


 レルムは早起きだ。早朝にシャワー室を使って着替えもすませているらしく、アウローラが目を覚ます頃には、良い笑顔で双子の着替えをカゴに準備している。

 最近のレルムはとても爽やかな美男子だとアウローラは感じていた。

 キラキラ輝いて見え、眩しくて直視しがたい。ついぎこちない態度をとってしまう。順応が早いはずの自分が何故かこれに関してだけいつまでも慣れないことに焦り、戸惑い、うろたえる。

 そんな不自然なアウローラを、レルムは甘い目で見つめて()()していた。

(いやこれ確実におれに惚れているだろ。いつからだ? わかんないな…何のご褒美かな。あーかわいい。スッゴイこれ。この幸福感。全っ然…待てる。耐えられる)


 そんななか、ぬいぐるみを抱えたカイゼリンが宣告した。

『アウローラ。お前はぬいぐるみをクビよ』

『!? 何故ですか、カイゼリン姫?』

 ため息をひとつ、カイゼリンは叫んだ。

『あっついのよ! 汗だくなの! わかるでしょ!

 スペルモルなんて寝返りしてもどこもかしこも(ぬく)いからって、最近、朝は床に転がって寝ているのよ!

 掛ふとんなんていらないのに、その騎士はわざわざ律儀におなかに巻き付けてくるし、うっとうしいったらないわ!

 わたくしたちは自分の部屋に帰ります! お前たちなど用済みよ!』

 ぽかんと口を開く大人ふたりに背を向け、ぬいぐるみを抱えた少女が足音高らかに去って行く。

『…あー。一応、感謝しておく。リンの添い寝…助かった。多分、寒くなったら、また…世話になる…かもしれない…』

 姉の態度をちょっと悪いかもと感じているらしいスペルモルは、申し訳なさそうな口調でそう告げ、カイゼリンの後を追って走り去っていった。


 レルムはアウローラを目だけで見下ろした。アウローラは動揺したまま、その視線に気づかない。

「…どうする? おれたちは引き続き一緒に眠る?」

「…ええと、そう…ね…いえっわたくしも部屋へ帰りますっ」

 寂しい気持ちから願望が野放しになったアウローラは、正直に肯定しかけてそれに気づき、慌てて取り消す。

 レルムが身をかがめて、アウローラの目を覗き込んだ。

「本当は一緒に眠りたい? …おれと、ふたりで」

 アウローラは硬直した。汗が大量に吹き出し、顔に熱がこもっていたたまれない。

 レルムの目にも熱がこもっていた。甘いだけでなく、どこか危険な雰囲気を宿した妖艶な瞳から視線をそらせない。

「…」

 そのまま何も言えないでいると、レルムがふいに軽く笑った。

「添い寝して欲しくなったらいつでも呼んでくれ。それで、いつか…()()()()()()()()()()()


 レルムは身体を起こして姿勢よく立つと、改めて前かがみになってエスコートの腕を差し出した。

「さて、今日の予定はどうしようか? とりあえず、いつもどおりヒュプシュ嬢のお手伝い?」

 こくこく頷き、レルムの腕に手を添える。歩き出して、ふと気づいた。

 コルセットがなければ、エスコートに頼らずとも、ひとりでまっすぐ歩けることに。


 女子会の後から開き直ったアウローラは、あれ以来ディドレスをやめた。

 寝る時も簡素な貫頭衣(ヒュプシュが日中に着なくなったため、アンナと3人で分けて、お揃いの寝間着にしている)とロングスカートに変えた。その下のドロワーズはトラウザーズのように股下を全て縫い合わせた。異世界の夏用として粗く薄い生地なのだが、重なればさほど透けない。涼しいし、寝返りをしても肌をさらけ出すことはない。

 日中はアンナ監修のロングワンピースとレースのボレロに着替えて、そのまま夜までを過ごしている。色や刺繍の柄、切り替えやラインが少しずつ違う服を毎日いろいろ試して、とても快適だ。

 布コルセットになってから腰回りが緩みがちだった。しかしトレーニングによってどんどん引き締まっていった。理想の胴体には程遠いが、最近はもう必要性を感じず、コルセットはチェストの奥にしまわれている。

(コルセットをやめてから、すごく身体が軽い。エスコートでバランスを整える必要がないくらい。ドレスのせいでふらついていると思っていたけど、そうじゃなかった)


 服が変わっても、アウローラのスカート丈は変わらない。暑いが、どうしてもこれだけは譲れなかった。

 レルムの前でふくらはぎをさらすことを考えると、どうしても恥ずかしく、いたたまれなく、アウローラがひどく動揺するため、さすがのアンナも丈については何も言わなくなった。

(この世界には敵がいない。恐れる事など何も起きない。

 お父さまはたっぷりと贈り物をくださって、何一つ不自由がない。

 ただただ毎日わたくしたちに都合のよい、優しく満たされた世界で暮らしている…まるで本当に()()()にいるかのよう。

 …館内で友人と一緒ならばレルムは快く席を外してくれる。彼も短時間なら単独行動を厭わなくなってきた。

 護衛の必要性が薄く、エスコートは不要になり、主君と護衛官という建前も形骸化して…レルムとずっと共にいたい。

 わたくしは何を目指したらレルムにつりあうのかしら…?)

 何者でもない自分が、彼の心を占めている幸福。それと同時に考える。はたして自分はその価値にみあう存在なのか。何者でもない自分を好いてくれる彼に、何を差し出せば等価になるだろうか。何も持たないアウローラが、レルムの隣で価値を持ち続けるためには、()()()()()相応しいのだろう…?




 ヒュプシュのお手伝い(各々の部屋に新しい水と洗濯済の服を配る)が終わり、もう一度、レモン水を補充するため(暑いせいか補充回数が増えた。なくなるのが早い)玄関ホールに寄ると、そこには珍しくヴィルヘルミナがいた。


 ソファに姿勢よく座り、アンナのクッキーを1枚、両手でもって、じっと眺めている。

 離れた位置で、ふたりは立ち止まる。何やら考え事をしているように見えたため、邪魔にならないタイミングをそのまま伺う。

 しばらくして、ヴィルヘルミナは小さく口を開けた。そっとクッキーを齧る。クッキーに口づけたまま、ヴィルヘルミナの目がカッと見開かれた。そのまま凄い速さでサクサクサクサクとクッキーを小刻みに齧り食べていく。ちょっとリスっぽい。

 慌てて食べ終わると、ヴィルヘルミナは何もなくなった両手を、じっと眺めた。無表情だ。おもむろに顔をあげ、今度はローテーブルの冠水瓶をじっと眺め始める。


 もしかして飲んでくれるのでは、とドキドキしながらアウローラが期待していると、はたしてヴィルヘルミナはそのとおり、冠水瓶の口に被ったグラスを両手で持ち上げた。


 ゆっくりと、うやうやしい手つきでグラスをテーブルに置き、レモン水を注ぐ。大きなブロック状のレモンが転がりでて、驚いたように動きを止める。恐る恐る両手でグラスを持ち上げ、鼻先に添えて匂いを確かめ、覚悟を決めた真剣な表情でグラスを傾ける。


「…喉が動いた。飲んだな」

 レルムが呟き、アウローラも笑顔で頷いた。

「嬉しい。飲んでくれたわ」


 ヴィルヘルミナはそのまま一気に飲み干した。途中、レモンをもぐもぐと咀嚼しつつ、あごを限界まで上げて、あおり飲んだ姿勢のまま動きを止めている。最後の一滴まで逃すまいとするように。


「…お…お代わりを…勧めに行きたいのだけど…いいと思う…?」

 わくわくと目を輝かせるアウローラの問いに、レルムは少し考えて頷いた。補充用の水差しをアウローラへ渡す。

「いつも逃げるのは、おれが怖いからかもしれない。ここで待っているから行ってくる?」

 アウローラは頷いた。憧れの野生動物に接触するかのような気分だった。

 ほら、怖くない。怖くない。


 結論として、アウローラが相手でも逃げられた。

 あおり飲んだままの姿勢で止まるヴィルヘルミナに、『お代わりをどうぞ』と優しく言葉をかけたアウローラは、初めて彼女が動揺したのを肌で感じた。

 談話スペースはソファで休み飲食をするためにある。

 正しく使っているはずのヴィルヘルミナは、しかしまるで悪事をしでかしそれがバレたかのような態度でうろたえはじめた。

『ヴィルヘルミナ嬢、ここは誰でも使えます。あなたは正しい。そして、私の作ったレモン水を飲んでくれて嬉しく思います。アンナのクッキーは美味しいです。もう1枚いかがですか?』

 上達した古語で微笑みながら声掛けすると、ヴィルヘルミナの目が潤みはじめた。妖艶が際立つ。

(わぁ…くらっときちゃう)

 アウローラが色気にあてられていると、ヴィルヘルミナは立ち上がり、逃げかけて留まり、アウローラに向けて口を動かした。しかし声はでていない。微かに、ごめんなさいという古語が聞こえた気がした。

『…会えてうれしいです。よろしければまたおいでください。私は楽しみに思います。

 明日、アンナが角煮を置きます。そう聞きました。とても美味しいお肉だそうです。ぜひ一緒に…』あ。逃げた…」

『肉』という単語を聞いたとたん、ヴィルヘルミナはとうとう涙を一筋こぼして身をひるがえした。めちゃくちゃ絵になる。

 そのまま意外にも遅い足取りでカコカコと木靴を鳴らして一所懸命に走り…? 去っていく。

 (あれなら、わたくしでも追えるし簡単に捕獲できるわね…)と、狩人のようなことを考える。年上のレディ(ヴィルヘルミナ)に対し獲物扱いをしてしまったことを反省しつつ、後ろ姿を見送っていると、レルムが近づいてきた。

「…アウローラさまでもダメなのか。うーん…まぁ。色々あるのかもな。途中までは良い調子だった気がする。泣いたのも琴線(きんせん)に触れたかと思ったんだが、ちょっと違ったような…? よくわからない。まぁ気長にチャレンジしたらどうだ?」

 レルムまで懐かない野生動物を相手にするような口調で言い、ふとアウローラのもの言いたげな視線に気付いて首を傾げる。

「どうした?」

「ええと…、そう、…ええと。どう思う?」

「と、言うと?」

「だから、レディ・ヴィルヘルミナ…。初めて会った時とても優しくしてもらえたの。それに、とても美しくて、その…美しいわよね? レルムも美しい(かた)が好ましいわよ…ね…?」


 あ、これ嫉妬だ。

 気づいたレルムはメロメロになった。

 なにせ鳥頭だ。ここがどこかも今なにをしに来たかも即座に忘れた。まばたきひとつの間にアウローラを横抱きにしてソファに深く座る。横向きのまま膝へ乗せ、レルムは愛しい女の子の顔をじっくり眺めた。


 アウローラは今この一瞬で何が起きたかわからず、ぱちりと瞬きをした。そして自分が至近距離からうっとり見つめられているという状況に気付いて、カチンと固まった。

「うん…美しいな。よく見せて。アウローラさま…」

「ふぇぃあ」

変な声がでた。久々に。

 レルムの表情はとびきり優しそうで、発する雰囲気は甘ったるい。目も細められてまるで微笑んでいるかのようだが…瞳孔がバチバチに開いていた。

 アウローラは先ほど知人を獲物扱いした(バチ)が当たったことを悟った。

レルム(かれ)からすれば、獲物は…わたくしのほうなのね…っ!)

 前にも似たようなことを感じた気がする。具体的にいえば異世界に来る直前。この既視感たるや。

 なかば現実逃避して因果応報について思いめぐらすアウローラに、レルムは甘く囁いた。

「なぁ…どう思う…?」

 アウローラの耳元に吐息をかけつつ、低い美声が優しく響く。

「とっ…と、言うと…っ?!」

 レルムは「わかっているくせに」とほほ笑む。

「よく知らないレディについて、おれの感想が気になるあなたのその気がかりは、一体どんな想いから出て、どういう意味を持つと思う…?」

 アウローラはもういっぱいいっぱいだった。

 ヴィルヘルミナの色気は相変わらず凄かったが、今のレルムも負けてはいない。何かしらスイッチが入ったとアウローラにもわかったが、何がどこでどうしてスイッチがオンになったのかさっぱりわからなかった。 

 レルムの表情は柔らかい。しかし瞳孔が開ききった目が暗に訴えている。喰らいたい、と。

 固まるアウローラの唇を親指でそっと撫でながら、レルムはまた囁いた。

「このかわいい口から、はっきり聞きたいなぁ。おれをどう思っている? なぁ…アウローラ」

双子(11になった)新生児〜6才まで育児を担当した乳母は3人。全て平民で髪色はツァウヴァーン・ブルー。カイゼリンが大切にしていたかつてのぬいぐるみは最初の乳母が持ち込んだ私物だが、早々に乳母の地位を命ごと失ったため、そのまま双子の手元に残された。双子はそのことを知らない。


ヴィルヘルミナ(21)妖艶な美女である事実を本人が気付いていない。クッキーなにこれ美味しい! レモン水とんでもなく美味しい! アウローラさま優しいどうしよう歳の近い女性から歓迎してもらえるの初めて!(ヒュプシュを小さい女の子だと思い込んでいる) お肉なんて貴重な物を修道女に与えていいわけないじゃない誘惑してくるわぁぁぁああ…!(情緒ぐちゃぐちゃ)25メートル走9.76秒


エロム(19)肉食紳士。両想いならガンガンいくぜ。いのちだいじに?ちょっと知らない言葉です。

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