103 あなたとの日常を、このオーロラの内側で。いつまでも。 (完)
アナン(18)アンナが魔道具で男性体へ変化した姿。一点集中型の努力家であるアンナが、己の理想の男性像をブチ込んで全力で演じている。…が、わりと素がでていたりする。
愛妻ヒュプシュの好みにも応えるべく、キャラクターを再構築中。「理想は進化させねば! 楽しい!」
カイザルが操る「空を飛ぶお湯の船」に乗り、スペルモルと草間は祭壇へたどり着いた。
船は石床に降り立つなり、バシャリと形を崩す。みるまに乾いて消えていった。
「まさかホカホカ湯舟に乗って現れるとは…リンちゃん誘えば良かった。おもしれー男たち!
『散歩ですよね? 何故そんなに土まみれなんですか?』どんな遊び方したの」
歩み寄るアナンは困惑しつつ声をかけた。
「ナイショの秘密。男にもあんの」
応えたのは草間だった。ひとりだけ汚れていない。
降臨時と同じ制服にアクセサリーじゃらじゃらの姿。眼鏡の代わりに女物のベールを目元につけ、しかし辞書も石板も持っていない。
彼は身軽になって本来の居場所へ帰る。
「色々ありがとな。ちなみに、アナンってどっち?」
「性自認の話? 女だよ。でも、この姿は理想の殿方だからなぁ…僕の時は男性と言いはるつもり。ま、やることはそう変わらないかな」
アナンは答えつつ、魔法でブラシを生み出した。スペルモルの背後に回り込み、布地に入り込んだ土を丁寧に落としはじめる。
「ああ、気になるか。なら」
カイザルは、魔法で服から土を分離させた。一瞬で自分ごと弟の身だしなみを整える。
「これで良いだろう」
急に舞い上がった土埃をふんだんに浴びたアナンは「おっ」と目を見張り、土にまみれてしまった執事服を見下ろした。顔を上げ、あたりを見渡す。
白い祭壇の石床は、土ほこりにまみれて白がかすんでいた。
「…ほぉん」
アナンは片眉をあげた。カイザルにニヤリと嗤いかける。
「やるねぇ、カイザルさん。知ってる、知ってる。事情は聞いているよぉ。善意のつもりで、うっかりやらかしちゃうんだって?
ドジっコお色気ダンディなんて美味しいねー! ギャップ萌えの価値を分かってるぅ」
アナンは優雅に腕を振った。執事服から土が分離され、ツァウヴァーン・ブルーの魔力光と共に、土はアナンの身体をくるりと一周する。石床に、小さな砂の山をつくって光は消えた。
((さすがは男役スター。一回見ただけですぐ真似しやがった))
草間とスペルモルが感心するなか、アナンはニコリと不敵な笑みを浮かべた。
「アンナちゃんの時に会ってるけど、改めて。僕はアナン。いつぞやは魔力の使い方ご指南ありがとう。それはそれとして」
美しい動きで片手をひらめかせ、握っていたブラシを箒に変えた。あえて魔力光を出している。
アナンは実利より見た目。魔法を使う姿を美しく魅せるためなら、少々疲れるとしても演出に手は抜かない。
魅力的な凛々しい笑みを浮かべ、アナンはサラッと命じた。カイザルに。
「後始末はご自身でどーぞ!
この箒で石床をピカピカに戻してね。下にそのまま掃き出しちゃっていいよー。今日は女神の民には遠慮してもらったから。石床が元どおりになればそれでオッケー」
ほい、と気軽に箒を突きつけるアナンに、スペルモルがギョッとして食って掛かった。
「おい…さすがに!? 兄上は王だぞ、そんなのするわ…け…」
スペルモルは唖然と兄を見た。
カイザルが、ごく自然に箒を受け取り、慣れた手つきで掃き始めたからだ。
草間は言った。
「言ったろ、気軽に使っていいんだって。オラオラは口だけ。頼られるのが大好きなの。もともと女子のおねだりには言いなりだからな、そいつ。
…女子。アナンだが…いや、アンナ…よし、確認してみるか」
草間はおもむろに性別判定器を取り出した。アナンを手招きし、ふたりでコソコソ話し出す。アナンが明るく笑い出した。
「あっはっは! くっだらなぁい! でもウケるぅ!
土まみれの理由が分かったわ! 男どもの感性、小学生で止まっちゃうの何で?? 精神年齢80オーバーでも笑いのツボ変わんないの凄くない!?」
ケラケラ笑いが止まらないアナンを眺め、草間はベールの下で困惑した。スペルモルにこそっと囁く。
「これ…本当どっちだ? 男なの? それともオレらが笑われてるだけ?」
「…そ…れは…両方…? いや」
スペルモルは戸惑い、カイザルを見た。豪快に祭壇の下へ土を落としまくっているカイザルが、弟の視線を受けて応えた。
「笑えるなら男。たまにいるよな、女にも。見えないブツを心に持っているヤツが。お嬢ちゃんは確実に持ってんな。間違いない」
艶めく重低音で発せられた下世話な言葉に、アナンが言い返した。笑いながら。
「持ってたとしても別物だって! てか、アウローラちゃんがいるから。このへんでやめよ。レルムさん、めっちゃお怒りじゃん?」
男3人が顔を見合わせた。共に視線を動かした先には、アウローラに覆いかぶさるように座りこむレルムがいる。
下品な話を聞かせまいと妻の耳を塞ぎ、じ…っと真顔で4人に圧をかけていた。
アナンが代表して声をかけた。
「あっはっは。ごめーん。大人しくしとくから、どうぞ続けてー!」
レルムは遠目でもわかるほど大きなため息を吐いた。
膝の上の妻を改めて抱え込む。構ってもらえる時を待つ犬のように、飼い主の頭に頬を乗せた。
先に祭壇についたのはアウローラたちだった。
白い床の中央で、アウローラは分離の呪文を歌った。
高く伸びやかに響く歌声とともに魔力の純度は高まり、同時にほんの少量の不純物が生まれる。黒いそれが地に沈んでいくのをアウローラは横目で見届けた。
全ての準備をおえ、アウローラは「完璧支配」を発動させた。とたん、彼女の身体だけがガクッと足を踏み外したかのように揺れ、空中へまっすぐ吹っ飛びかける…まるで天地が反転して空に落ちていくかのように。
「おっと」
危なげなくレルムが捕まえ、覆いかぶさるように抱き包んだ。
その間も、目に見えない魔法は一気に展開されていた。
レルムやアンナの目には何も見えないが、虹眼に映る「神域投影」は、めまぐるしく変化している。
「アウローラ…空に吸い込まれそうになっているよ。おれ、このまま捕まえていていいのか?」
「ぜひ。師匠から聞いてはいたけど…想像以上の反動。巻き込まれそう。やりにくいけど、この距離が私には必要だわ。お願い…離さないで」
レルムは甘く微笑んだ。
「うん。喜んで」
腕の中の妻を優しく抱きしめ、レルムはその場に座り込んだ。
アンナは仁王立ちで腕を組む。うんうんと頷いた。
「そう、これよ。これが見たかった。ラブラブは至高。ハッピーエンドってのはやっぱこうでなきゃね」
アンナはクルッとターンし男性体に変わる。カイザル対策だ。理想の殿方たるもの、公共の場でオギャったりしない。
アウローラは「画面」には慣れているが、「完璧支配」そのものを発動するのはこれが初めてだ。
師匠からあらかじめ情報収集した上で、シミュレーションを重ねていたものの、実際はやはり勝手が違う。アウローラは努めて平常心を意識しつつ、空を見下ろした。
「神域投影」の空は、今、元の世界への同期が始まっていた。
たくさんの次元や異界が様々な時間を伴って入り交じり、過ぎ去り、留まっては渦巻き、広がり、まさに混沌がそばに寄り添っている。
(…生きている限り、完璧支配は使いこなせない。そう感じた理由が可視化されたわ。師匠からの万全のサポートがあってすら、こうだもの。
もしレルムが神凪を得ていなかったら…もしかしたら比翼連理の赤い糸に吊るされた状態で行使する羽目になっていたかも。
本当に感謝ね…私はレルムの愛に守られている)
虹眼から見える混沌は、たくさんの無理解であふれていた。無秩序に近く、しかし小さな暗黙の了解がゴロゴロと強固に転がり、建前であふれ、真実は凄まじい速さで塗り替えられていき…そうでありながら、まるで裏返ったパズルピースのごとく中身が無かった。
(…千里眼で視たソーマの視界に似ている。向き合い続けていたら呑まれて自我がバラけそう。虚無や深淵を生産するために生きている気すらしてくる。
彼が耳を塞いだのは…最善の決断だったのね)
ふとレルムがアウローラの目元に口づけた。その感触でアウローラはハッと我に返った。
(いけない。今の何? 集中しなくちゃ)
魔法はイメージも重要。アウローラはジグソーパズルを思い浮かべた。
(本来あるべき存在が盗まれた状態…だから、草間さまが帰るべき時間軸は穴あきになっている。それをこの中から探りあてる)
地道な作業はアウローラの十八番だ。大好物でもある。
混沌に堕ちないようレルムからしっかり支えられながら、アウローラは準備を進めていった。
様々に入り混じる異界の狭間に散りばめられた数多の時空。流れを堰き止めぬよう、慎重に拾い上げては、こつこつ立体パズルのように組み合わせていく。
同時進行で「神域投影」を保護し、己の自我も保つ。
風に煽られるかのように常に存在は揺らぎ続けており、溶け出さぬためには堪える必要があった。
本来あるべき存在を失った時空は数多あった。「神隠し」「とりかえ児」「天狗隠し」「DOP」「魔の愛し子」「魅入られ人」…様々に呼称があるほど、どうやら珍しくない現象のようだった。
おかげで、草間の帰るべき時間軸が、なかなか見つからない。
たまに紛れ込む別世界のピースをよけつつ探しているうちに、カイザルたちがやってきた。
気付いて、焦りかけたアウローラの耳を、レルムが急に塞いだ。
「? なぁに?」
困惑して振り返ろうとしたが、レルムは無言だった。優しい口づけで宥めてくる。
(あ、はい。「触れてくれるな」ね。わかった)
アウローラは気持ちを切り替えて集中した。
しばらくすると耳を覆う手が外された。しっかりと抱き直され、それから優しく頬ずりされる。
ほっこりしたアウローラは凪の制御が乱れ、存在が溶けかけた。慌てて集中し、何とか持ち直す。
とたん、カイザルの笑い声が聞こえてきた。
「ははっ! 幼いなぁ、レディ・アウローラ。仕方ない、凪を貸してやる。安心しろ、身体には触れない…レディにはな」
言い終わる前に、カイザルの艶やかな紅色の凪が両腕を伸ばすようにレルムの胴体を押さえ込んだ。混沌に煽られていたアウローラの存在が、きっちり固定される。ジェットコースターの安全バーのごとく。
愛しい夫が、ぽっと出の泥棒猫(の凪)に抱きつかれている。
その光景が見えるのは虹眼だけ。悪役令嬢は…かなりカチンときた。
「!? え、アウローラちゃん? ちょ…何で怒ったん??」
アナンの戸惑う声が辺りに響き、全員が青筋たてた悪女を見た。
当て馬カイザルはニヤニヤ笑って、追い打ちをかけた。
「どうした? もっと欲しいか? オレ自ら抱擁してやってもいいぞ。男同士だ。構わんだろう、レルム?」
「? よくわからんが必要なら頼む。アウローラ、どうする?」
何の気なしに見やった妻は…ブチギレていた。怒りが増している。レルムは意味が分からず、うろたえた。とりあえずしっかり抱きしめて頭を撫でてあやしてみる。
優しい夫に心癒されるも、泥棒猫の(凪による)抱擁は依然としてそのまま。屈辱。
アウローラは、ニッコリ!と完璧な淑女の微笑みを浮かべた。
ほぼ同時に、レルムの唇が頬にひっついた。もはやお約束である。勢いに押されたアウローラは少々斜めに傾きつつも、力強く答えた。
『お気遣い感謝いたします! 我が身の未熟を恥じ! 謹んで! 凪だけ! お借りいたします!』
レルムに頬をハムハムハムハムハム…と食まれながら。微笑みを取り繕った虹眼は、悔しさで煮えたぎっていた。
(色気で負け…凪の精度でも負け…さらにドジを目撃され、あげく恋敵からのサポートを有り難く思ったとしても…!
レルムに「やっぱカイザルの方がいいなー」なんて思わせるもんか! 私だってやればできる子! 夫からの愛を死守してみせる!)
アナンは、友人の嫉妬を察して額を押さえた。
「…おばか。死者には色恋も性欲も存在しないって、教えてくれたのアンタでしょう」
カイザルはニヤニヤしている。その邪悪な笑みとは裏腹に、視線は「懐かしい」と言いたげな穏やかさだった。
「オレは応援のつもりなんだがな? 娘や息子たちもこの調子だった。明後日の方向に警戒される。娘婿に関しては、のきなみ部下にしてやったからな。分からなくもないが。
しかし今回は本気の親切なんだがな? やはり誤解されるな、オレは」
ふと思い出したカイザルが、小首を傾げて言い足した。
「…そういや。息子の妻とは会わずじまいだったな。息子たちは、全員がいつの間にか既婚者になっていた。連れてきたのは孫だけ…嫁のほうは顔どころか名すら知らないな。妻らは会っていたようだが」
諸々を詳しく知る草間は、遠い目をしていた。
ヴィルヘルミナと違い、カイザルは己の紫色に自覚がある。派閥の管理のため、堂々と便利に使っていたくらいだ。効かないのは身内だけ。
さらに、カイザルは強力な魅了眼をもっていた。強力すぎて日常生活に支障をきたすため、普段は完全に封印していた。戦場でしか使っていない。にも関わらず、関わった人間をのきなみ魅了する。男女の別なく惚れさせ、手駒に変えていく。
同一視を隠せなくなってきた頃がピークだった。
獰猛に笑いながら力を誇示し、破竹の勢いで派手な戦績をあげ続ける無双の王が、取りこぼした宝を惜しみ狂いつつある…それに気付いた周囲は、青ざめる者と、更に強く惹かれる者とで分かれた。
身内は前者だ。誰もが危うい彼を引き戻そうと手を差し伸べていた。しかし、カイザルは笑うばかりで、終ぞ救いの手に気付かなかった。
あげく、神域投影にいるふたりのカイゼリンの妄想にとどまらず、「湯たんぽちゃんの生まれ変わり」を求めて大陸中を壊して回るようになってしまった。
王の権威は今だ健在。
誰にも止められず、狂った王の結末は歴史に残った…謎の蛮勇の王者による、侵略王カイザルの討伐という形で。
謎の男は、館に現れるなり、謎の口上を一方的に述べた。そのまま謎の魔法を使い、カイザルに赤裸々な自白を強いた。公衆の面前で。一方的に。
『庭を安全にする…大陸を統一する。どこかで生まれ変わっているはずの娘を、今度こそ必ず保護してみせる。ついでに全ての女衆を保護し、全ての娘に狂戦士を与えて守らせる』
無理やり本心を暴いた謎の男は、聞き終わるなり謎の光る拳をカイザルに与えた。言葉を発したのは、その後だ。
『つまり女狩りがしたいのか。邪道だな。愚かな王め。その目を覚ませ』
意思疎通ならぬまま、カイザルは一瞬で倒されていた。
『おっと…脆いな。やりすぎと見做されそうだ。またオアズケを食らう。嫌だ。これは隠すしかない』
誰もが混乱した。様々な反応で対峙しようとしたが、謎の男は全てを瑣末事としてあしらった。カイザルを引き摺りながら館を闊歩し、牢を見つけるや容赦なく放り込んだ。
『よし。正義は果たされた。仕事はオシマイだ。我には褒美がいる。とっとと帰って妻に酌せねば』
謎の男は独り言ちつつ、いそいそと去っていった。
謎の男からの顔面攻撃は、ほんのわずかな期間だが、カイザルを正気に戻した。
しかし、深い傷は頭部にもダメージがあり、カイザルは「まだマシな狂気」と「本格的な狂気」の狭間で、精神の波が揺らぐようになってしまった。
魅了眼の制御もままならなくなり、王と謁見できるのは、耐性のある者だけ。そのうちに「壊れたかつての色男」に至上の美を見いだす狂信者が現れた。彼らは感染するかのように数を増し、一丸だったはずの派閥が混乱しはじめる。
敬うべき王を、家臣らが獲物とみなし、政治を放棄して同士討ちを始めるという、ありえない状況が発生してしまったのだ。
宰相は、決断した。カイザルと国を守るために。思いを同じくするカイザルの妻らを含め、周囲の協力を得て、王の交代は粛々とすすんだ。
しかし「後は任せてくれ」と、休養を強いられたカイザルは絶望した。
怪我の苦痛から動けずにいるうちに、気を許した仲間たちが不気味に変容していく。己が守るべき者たちは自分を頼らなくなった。そして、とうとう「廃棄処分」を告げられてしまった。彼はそう読み取った。
カイザルは己の現状を「人権の失墜」と見做し、嗜虐心を自制するため自ら牢を自室に定めた。
そのまま回復せず時を経て、妻らを、弟妹を、幾人かの子をも寿命で見送る羽目になった彼は、「神域投影」への執着をますます強めてしまった。
(男版ファムファタールなんだよな…こいつ)
歴史上では「幽閉」だが、真実は「自宅療養」。生まれ変わりが証明されていても、万人に分かる形の証拠がなければ歴史には反映されない。
カイザルは「破滅した侵略王」のままだ。今後もずっと。
哀愁ただよう草間を後目に、魔王さまはやれやれと呆れた口調で宣った。
「困ったやつらだ。息子の伴侶を盗るつもりなどないのにな?」
アウローラの目元がぴくりとひきつる。
「盗るつもりないのに惚れられちゃうのー」と聴こえたらしい。劣等感の塊の覇気に烈火が宿る。
アウローラから発せられた殺気に気付いた草間は、慌てて駆け寄った。
「本っ当ゴメン。代わりに謝る。あいつの胡散臭さはアレもう仕様だって。旦那はアンタに夢中だ。盗られません。大丈夫。落ち着け」
「ええ、ええ、わかっておりますわ」
アウローラは完璧な淑女の微笑みで草間を見あげた。
「応援をありがとう、草間さま。大丈夫。そのとおり。略奪は阻止してみせます。
わたくし悪役令嬢ですもの…レルムはわたくしの夫だと分かっていただけるまで、ちゃんと調教いたしますわ…!
必ず上達してみせます! …ええ! このように!」
アウローラは次々に不要な次元を閉じていく。彼女はお片付けが得意だ。速やかに必要のない時空は封鎖され、目的の時間軸だけが空に残る。
とたん、アウローラの身が重力を得た。レルムの膝の上に座り込む。
「…は?」
鳥頭レルムは、ようやく妻の見当違いな嫉妬に気付いた。困惑するレルムに、草間がフォローしようとしたとき、それは起きた。
空中に、見えない渦を感じる。懐かしい気配がする。草間がハッと目を見開き、空を見上げた。
あたりには、降臨を予感させる独特の雰囲気が漂っていた。今にも誰か下りてきそうだが、今回は帰還だ。虹眼にうつる渦は、見た目の渦とは違い、きちんと逆巻きになっている。
察した草間が空を指さした。
「…、レディ・アウローラ。もしかして…」
「はい」
アウローラは頷き、草間に手を差し伸べた。
「無事に見つけましたわ。参りましょう」
「え。あー…レルム?」
草間が律儀に同意をとろうとするので、レルムはつい苦笑した。
「おれ、よほどに見えるんだな。気を付ける。
どうぞ、草間。必要なら、さすがのおれでも妬いたりしない」
「必要なことでもレディは妬いちゃうみたいだぞ。嬉しい?」「うん」
レルムが食い気味に頷くと、草間は声をあげて笑った。それから大げさなボウアンドスクレープを繰り出し、ニヤリと笑いながらアウローラの指先を掬い取る。
アウローラは逆の手で空の一点を指さした。
「レルム、あそこに行きたいわ。「浮遊」で連れていってもらえる?」
「喜んで」
一拍おいて、レルムはツァウヴァーン・ブルーの魔力翼を広げた。ふたりを抱えて青い鳥が飛び立つ。
アウローラが示した地点につくと「そうだった。返すわ、ありがとな!」と言って、草間は外したベールをアウローラの頭にひょいとかぶせた。
その間も、渦は草間を取り戻そうと吸い込む力を強くする。頭から煙の中に消えていく。
肩まで煙の中に見えなくなったとき、草間の嬉々とした声があたりに響いた。
「そうだよ、ここ! 帰ってきた…! ははっ! ありがとな、レルム、レディ・アウローラ! みんなも!」
ふたりは叫び返した。
「じゃあな、草間」
「善き縁でしたわ。草間さま、どうぞお幸せに」
草間の姿はもう足だけだ。声は届いたらしい。
「そっちもな! 楽しくやっててくれよ! じゃあな!」
そうして、客人は己の居場所へ帰っていった。
必要な存在を取り戻し、完成したジグソーパズルから魔法を解除する。さらに「完璧支配」を閉じようとして…アウローラは、ほんの一瞬だけ躊躇った。
(今なら。お父さまや、お母さまに…声が届く。会話も)
様々な感情がこみ上げる。しかし。
「…うん」
アウローラは頷いて、そのまま迷いなく閉じた。
その影響で、「神域投影」の空にオーロラが広がった。
秋の青空に、巨大なオーロラのカーテンがたなびく。雲の隙間から差し込む、幾筋かの光のカーテンをおおうように。不思議な光景だった。
レルムは見惚れた。世界に虹髪を感じる。
「手紙が届かない理由。今やっと分かったわ」
「…、ごめん。聞いてなかった。何て?」
鳥頭レルムがハッと我に返って聞き直すが、アウローラは「うん、ただの確認よ」と言って、夫に笑いかけた。くったくない満面の笑顔だった。
「私たちも帰りましょう。レルム、大好きよ。これからも、ずっと」
なんとなく察したレルムは、アウローラを強く抱きしめた。
「うん。大好きだ、アウローラ。ここで一緒に生きよう」
見つめ合う瞳の中に、ふたりは同じ景色をみた。
口づけを仕掛けたのは同時だった。
草間を送り届けた後も、青い比翼は空にとどまった。
青空に広がる巨大なオーロラは、今も優しく揺らいでいる。
美景を下から観賞する、退廃的魔王さまとお色気執事は、真昼間から「悪の饗宴」を決め込んでいた。
祭壇の石床に、ガーデンテーブルセットが現れていた。繊細な彫金が施された意外にも愛らしいデザインだ。
テーブルにもたれたカイザルが、ワインボトルを呷る。
アナンはきちんと椅子に座り、優雅にワイングラスを傾けている。
スペルモルは、テーブルに背を向けて立っていた。空を眺め、しばらくして、ぼそりと呟いた。
『長い。またか。俺らが下にいること忘れてんな、あいつら』
恋物語としては、これで完結です。
いっぱい伏線いれたものの、そっち書き出すと恋愛ジャンルじゃなくなると気付いたので、別の話にまとめます。
読んでくださってありがとうございました。




