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君との恋を、ファムファタルの箱庭の中で  作者:
余談、もしくは新しい物語の前日譚
103/104

102 帰還する直前の「ナイショの秘密」

真面目な話を下ネタで挟みました。許されたい。

「男には生まれつき親友がいるだろう」

 異世界の景色を堪能するはずの草間は語る。

「基本的には邪魔だ。やたら居場所(ポジション)にこだわり、ヤツが納得するまで居心地が悪い。忙しい朝だろうと構わずはしゃぐ。やたら元気で、時と場所を考えない。面倒なやつなのは確かだ。

 とはいえ常に共にいれば付き合い方も分かってくる。ありがたみも分かる。ヘコんだ時に話しかければ黙って聞いてくれるし、当たり前だが共感力の高さはピカイチだ。最高の相談相手だ。

 (オレ)より先に恋愛の好み(トキメキ)を報せてくれることもある。「オレこういうコ好きなんだぁ」って新しい扉をガンガン開けてくれる頼もしいヤツだ。その無駄な元気の良さに励まされる日もある。

 生涯の友であり、守るべき息子であり、男にとってのパーフェクト・フレンド…ほぼほぼアイデンティティといえなくもない最重要な存在だと思う」

 豊かな森(いせかい)を案内しているはずのスペルモル少年は黙って聞く。その眼に感情はない。

「そんな生涯の友がだな? 肝心な時にすら死んだように何の反応もしなくなったら…もうそれだけで恐怖だろう?

 とっくに慣れているはずの共同作業ですら沈黙を貫かれる。(オレ)がその気になっているのに、だぞ。

 そうなってやっと思い出すわけよ。こいつの本来の繊細さを。緊張に弱くていざって時に気絶(おねんね)しちまうようなヤツだったことを。

 (オレ)がどれだけ興奮しよ(はげまそ)うが、どれだけ肝心な場面だろうが…やっと手に入った愛しい女の子を前にして、適当な誤魔化しでチャンスをふいにするしかなかった、あの暗黒(ハジメテ)の記憶が脳裏に蘇るんだ。

 あの時は原因が明らかだ。時間が全てを解決した。

 しかし、これからは違う。むしろ時間経過でどんどん悪化していく。自分ではどうにもならない。(オレ)が愛しく思っても身体(コイツ)で表現ができない。惚れた特別を目の前にして、最大の愛情表現が使えない。自尊心ズタボロだ。

 なのに肝心の特別(つま)たちは「それでも平気(へっちゃら)」と判明する…意味不明極まり、もう愕然だ。

 じゃあ何でオレんとこ来てくれるの?? くっつきたがるの?? 中途半端に終わろうと満足…? なんならムダ話だけでもいい? え、どゆこと?? 前菜のみのご提供で…納得できちゃうのですか…?? オレはご不満ですよ…?

 解決しようのないジレンマに苛まれ、疑問と心のムラムラは積み重なり、にっちもさっちもどうにもならない。

 同じ男として、相棒を持つ同士として、その絶望(ショック)を分かってやって欲しい」


 スペルモルは口を開いた。

「なぁ。そろそろ本題に入らないか? 景色を眺めると言ったわりに、見てるの地面ばっかだぞ、草間」

「失望されんのが怖くて頭が上げられねーんですよ?! 分かってほしーなスペルモルくん!?」

 ベールの下ではとっくに半泣きの草間が叫んだ。

「前世の夢を見るってのはな? オレも疑似体験しているようなもんなのよ!

 オレもいい加減カッコつけ男って自覚あるけど、カイザルはその上をいく。

 あいつの人生、マジで虚勢と誤解に塗れたこけおどしの連続だぞ!? 多分あの紫色のせいな気がするけど、それだけじゃないかもしれんけどぉ!

 周囲の過剰評価に、もっと上を目指して応えようとした結果があのザマ! でも内心ずっとソワソワソワソワ落ち着かねーの!

 妻子と弟妹に尽くすことで安心していたいのに、やることなすこと狙いがハズれる。やりすぎる。そんでタコ殴り(きらわれる)、もしくは異常崇拝される。

 アイツの紫色、同性(やろう)にも効くから目も当てられない。

 そんな感じにボロッボロなヤツの哀しい事情を、夢とはいえ、オレも本人として味わっているわけ。それだけでも勘弁なのに、絶望の具体例を今から告げ口しなくちゃならないなんて…。

 それも可愛い末っ子に…無邪気に慕ってくれた思い出があるから、余計にツラぁい…嫌だ…幻滅されたくない…見栄を張っていたい…カッコイイ兄のまま勘違いしていて欲しい…いや別人だけれども…身につまされちゃう…」

 草間はベールの上から両手を添えて泣き真似アピールをした。同情作戦。オレらに残された逃げ道はこれしかない。草間は心の中のカイザルに語り掛けた。

来世(オレ)くらいは味方してやる。だから成仏(おとなしく)しろよ、カイザル…老害になるなよ、頼むから)

 草間の密かな祈りを知らない少年は、呆れたように表情を緩めた。

「ああ…そういう。俺が兄上の不名誉とやらを聞くために案内役を買って出たと思ったのか。

 違うよ。本当に森を案内したかっただけだ。どんぐりの礼にな。だから別に話さなくていいよ。俺も興味ない。聞く気もない。

 てか、もうだいぶ口滑ってるけどいいのか?」

「あ。うーん…うん。いいよ、これくらい。多分。腹立つんだよ、アイツ。ザマァ。てか、そうスか。なんだ…え、でも良いの? 抑止力が欲しいんだろ?」

 拍子抜けした草間に、スペルモルが柔らかい笑顔を向けた。

「心配かけて悪いな。あれはレルムの頭を冷やすためだ。不名誉の詳細を俺が知ったところで意味ないよ。

 兄上は恩人だ。言いふらす気なんて最初からない。てか無理。兄上が本気になれば、俺ごとき言葉を発する前に死者の国入りだよ。兄上は凄く強い。これは正当な評価だろ?」

 草間は頷き、慎重に言葉を選んで告げた。

「能力としてはな。本性も…危ういな。根っこは知るとおりだから。

 目的のためなら手段を選ばない。全てを利用して、敵を全力で叩き潰す(オーバーキルする)。そこに人間らしさ(ためらい)が存在しない。 

 …でも、妻子と弟妹には甘い。仲間にも。狂いきってもソコだけは変わらなかった。オレは…知っている。あいつの見当違いな尽くし癖は、多分あれ直らない。自重しているつもりで、あのザマだ。常にどっか飢えてんだよ…とっくに死んでんのにな。浄化されててもまだ貪欲の制御が甘いって相当だぞ。

 だから、もし良ければ…だが。アイツってもう物だろ? あーと…誤解を恐れず言うけど、ずっと物になりたかったヤツなんだよ。だから、使ってやると、ヤツの気が紛れて良いと思う。

 なんなら扱き使ってやれよ。あらかじめ具体的な指示だせば喜んでそのとおり動くから。まぁその場だけだけど。やらかした後に教えても覚えねぇけど。

 今度こそ安心して慕っていい…はずだ。ソーマの身体に宿っている限り、あいつは危険じゃない…と思う。究極、カイゼリンちゃんサマが人生を謳歌していればいいんだ。だから裏切らない。やらかさない…はず」

 端切れの悪い草間に、スペルモルは思わず噴き出した。

 草間はカイザルと別人だと理解している。それでも。完璧に見えていた兄がひた隠していた人間性を垣間見た気がしたのだ。

 スペルモルはベールで顔を隠した年上の友人を見上げた。その表情は常になく幼い。年齢相応の無防備な目をして、スペルモルは言った。

「うん。そうだな。ほどよく頼ろうと思う。兄上にはそれが一番効果的だろうから。

 カイゼリンは気づいていたのかな…俺は兄上が好きだよ。ああなりたいと憧れていた。ずっと兄上の特別な存在になりたかった。だけど、それが叶わないのも知っていた。俺の知らない誰かを求めていて、ずっと何かに苦しんでいるのも気付いていた。

 「憑依」が俺と兄上を繋ぐ絆だと分かって嬉しい。

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 草間はベールの下で青ざめた。

 少年は聡明だ。知っていたつもりで、足りなかった。

 傷つけたいわけでも、心を抉りたいわけでもなかった草間は、己がやらかした「おせっかい」に心の底から震え上がった。

「…スペルモル、聞いてほしい。あいつはクズだ。冷酷で、卑怯で、取り返しのつかない自分本位な男だ。

 弟に見せていた顔は…あれですら本性の上澄みでしかない。どうしようもないクズだけど、迷惑千万の男だけど…それでも、妻子や弟妹への慈愛は本気だった。

 アイツにとって…スペルモル、お前もちゃんと特別のひとりだ。本当だ。大事な末っ子だと思っている。

 慈しんでいるつもりだったんだよ、あれで…いや。

 何の言い訳にもならない。カイザルはクズだ。余計な事しか出来ない無能だ。罪人だ。お前が心を傾けてやる価値はない」

 心中に渦巻く様々な思いに耐え兼ね、草間は己の髪を握りこんだ。無造作な動きはベールを巻き込んだ。短髪と共に柔らかい布はくしゃりと乱れ、鋭い目元が一瞬だけ覗く。

 その眼は悔恨と自己否定、同情と苛立ちに塗れていた。うっすら滲んだ涙、青ざめた表情はすぐにベールに隠された。

「スペルモル、なぁ、憑依を解こうぜ。それは来世(オレ)でも出来る。簡単なんだ。オレがお前の幸福を祈って、握手して、「さよなら」って言い合う、それだけ。今からやろう。ほら」

 草間は手を差し出した。催促するように指を揺らす。そんな草間を、スペルモルはただ穏やかに見つめていた。

「…、頼むよ、スペルモル…「憑依(ふようひん)」を捨てようぜ。それのせいでお前が間違った想いを抱き続けるしかないなら…もうそれは毒だ。手放すべきだ。今のお前にソレは必要ない。だから、な?」

「草間、大丈夫だ。俺はもう分かっている。

 兄上は俺の未来を思いやっただけだって。本当の恋を知ったときに心的外傷(トラウマ)にならないように。

 溺れている時にたまたま縋った藁を、浮き輪と勘違いして大事に抱える弟が不憫だっただけ。

 「本当の浮き輪はこっちだよ」と教えたかっただけ。

 ついでに俺の恋愛の好み(トキメキ)とやらを、代わりに探してやる気でいたんだろうなと理解している」

「…だからそれが! …、あいつの、したことは…間違いだった。考えなしだった。「真っ当」ってのが何なのか、具体的にどういうことか、知らないとしても、まずは考えるべきだったんだ。

 そうしたら…他のやり方が…真っ当なやり方が、他に、あったはず…で…」

 草間は言葉につまって黙り込んだ。

 スペルモルは揺るがない心でその姿を受け入れた。

「そうか。つまり、兄上は俺のこともちゃんと後悔してくれているんだな。

 まぁ…そうだよな。正直かなりキツかった。俺は自分の気持ちを勘違いしていたから。

 でもそれより、異世界に来て…真っ当を知って。色々と意味が分かった時のほうがショックだったな。

 俺は愚かだ。姉さまを大事にしているつもりで、真っ当には出来ていなかったんだよ。

 あの時でも可能な方法で、真っ当な他のやり方は…たまに考えるけど、まだ思いつかない。

 その感じだと、草間もそうなんだろ?」

草間は黙り込んだ。それが答えだった。

 当事者は最善を選んでいる。当時の状況を知らないなら、後からならば、他者は何とでも言えるのだ…非現実的な発想(りそうろん)を、いくらでも。

 「俺は兄上の特別になりたかった。価値を示して利用されたかった。でも本当に欲しかったのは兄上じゃなかった。

 ただ(かか)えてもらいたかっただけ。また褒められたかっただけ。良い香りに守られて、頼もしく笑い飛ばす強さに縋って、怖いのを忘れていたかったんだ。

 兄上を利用しようとしたのは俺のほう」

「聞け。頼む、スペルモル。ちゃんと聞いてほしい。オレは未来の人間だ。人権って概念を叩き込まれて大人になった。だからオレの言葉は正しい。信じてくれ。

 お前は何も悪くない。双子は何も悪くない。あんな最悪な環境のなかで、ただ生きようとした、勇敢な行いだ。そこへ頼れそうな大人が現れた…縋った先がクズだったのは、お前のせいじゃない…分かるだろ? 気に入られようと考えることも、児童虐待(おまえ)なら自然なことなんだ。

 双子は悪くない。お前はひとつも間違えなかった。だから2人とも生き残って、この世界に来て、安全に暮らしている。だろ?

 レルムもアレインも善良で話がわかるやつで、女子たちは庇護欲の塊のような甘ちゃん揃い。

 皆が心に傷をもっていて、自分だって不安定にぐらついてるっていうのに、同じようにぐらついている周囲を支えるために一生懸命で、そんな自分たちを笑い飛ば(ほっこり)しながら楽しく生きていて、双子はその輪の中で寄って集って守られている。

 この箱庭は調和していて、理想郷を体現しているようにオレには見える。優しい世界で双子は守られ続ける。どんな選択をしようが、アイツらはお前らを尊重して守ろうとするだろう。

 …でも、だからオレは怖い。もし誤解が起きたら…あのな、レルムは、ソーマに欲情を向けられて恐怖していた。恐怖は目を曇らせる。同一視(カテゴリ)で人を見るようになる。それは自己防衛のためのライフハックだが、この理想郷においてはデメリットしかない。もし、お前の心を…あんなクズと同じモンだと勘違いされたら」

「それこそ余計なお世話だ、草間」

 スペルモルは断じた。草間は肩を揺らし、ぐっと黙り込む。スペルモルはおだやかな口調で説明した。

「心配は、ありがとう。結論から言うと、憑依はこのままでいい。俺はまだこどもだ。防犯ブザーがいる。

 それから、レルムにはとうに気付かれている。でもナイショの秘密として受け入れてくれた。兄上と同じ目だった。俺が宝であることに変わりはないらしい…信頼を感じるんだ。アレインからも。

 俺だってそうだ。ふたりを信頼してる。友情がこじれることはないよ。大丈夫」

 草間はドッと疲れを感じた。安堵がすぎて、緊張していたことにようやく気付いたのだ。

「…あ、そうすか…。そうすね…前世(カイザル)のこと言えねぇ…オレも余計なことしてんな…うん…気を付ける…」

 歩調はかなりゆっくりだったが、とうとう足が止まってしまった。草間はようやく天を仰ぎ、ふぅー、と大きく息を吐いた。そのままぼうっと立ち尽くしている。

 スペルモルも景色を眺めた。


 紅葉の森は、暖色に染まりつつも肌寒い。色鮮やかな葉が暖かそうなのは見た目だけだ。

 目の前に広がる光景は、あの時に散った想いに似ていた。

 見せかけの紅葉(ぬくもり)で暖を取ろうとして、凍えた。紅葉はただ染まっているだけなのに。

 あるはずのない熱を期待して、おもいきり掴んでしまった。枯れた葉だったのに。

 自分は枯れていたのに、美しい景色(かぞくのあいじょう)を経験していないのに、それでも己の家族にそれを与えたい一心で染まっていただけだったのに。

 自分が助かりたくて縋った強者(あかいろ)は、まさしく脆い紅葉だった。

 本当なら、その美しさを眺めて、本質に憧れ(ほっこりす)るべきだったのだ。


「…兄上から「姉を救うには消してやるしかない」って言われた時は失望した。敵だと思い込んでいた日々は、本当に辛かった。

 だから今は…ただホッとしてる。兄上が何かしら不名誉を隠して引きずっていても、俺としては()()()()いいと思うよ。

 完璧じゃなくて、危うくて、死者で、呪物で…もう何もかもが終わっていても。兄上にはありたいままでいて欲しいんだ。どんな中途半端な者でも、この世界なら、自分で役割を決められる。

 牢に居場所を見出したならそうすればいいし、物でいたいと言うなら…それでもいい。

 皆も受け入れると思う。俺らは看守だ。この平穏(くに)を守るために在る。

 レルムがアウローラと在るように、アレインがレルムと在るように、俺も兄上と在れたらいいと思う」

 草間にはもう何も言えない。少年は聡明で、生きる世界が違っている。帰る自分には、もう何も指示する権利はない。

「俺には恋だの欲情だの…そういうのが、正直よくわからない。でも、お前の言う通りだと思う。あの時の気持ちが生存本能からくる間違いだったと知っている。

 だって、兄上を想っているつもりでいたのに、俺はカモミールの香りに心が揺らいだから。

 別物とわかるのに、同じ感情を抱いた。俺が持つ(わく)()()しかないせいで区別がつかないんだって、その時に気付いた。

 だから兄上も、アウローラも、…レルムも、違う。恋じゃなかった。

 俺はまだこどもだ。恋愛感情の(わく)が芽生えていないくらい幼い。

 この箱庭には過去からまた女神が降る可能性があるらしい。そのなかには…もしかしたら誰かがいるかも知れない。

 俺がどっちに恋をするのか、その時になれば分かるだろうけど…正直、どっちだろうと構わないな。

 俺は姉の善性を信じているし、そもそも何か…何だろな…あのよくわからん沼とやらにハマってずっと幸せそうだし…まあ、何とかなるだろ。

 だから兄上の抑止力はもう十分にある。全て問題ない。なにもかも大丈夫だよ。安心しろ、草間」



「…いや、人間が出来すぎだろ。おにーちゃん、逆に心配なんだが。大丈夫? 何か出来ることない? おっぱい揉む? 雄っぱいしかないけど」

「嘘だろ驚いた。クソほどいらねぇ気遣いだな。なんでだよ。今すげぇ良い感じに話が終わりかけたのに。

 後は時間いっぱい景色を案内して、和やかに帰還を迎える展開だろが。

 何で雰囲気を壊した。仕置きが希望か? 景色そっちのけで殴り(はなし)合いてぇのか、ああ?」

「いやいやいや和ませたかっただけだって、少年、12歳、小6、この手の話は食いつくもんだろ、その年代はよ。

 逆に何でノッてこない? レルムとしないの? ワイ談。アレインは…できなさそうだな、…うん」

 スペルモルは、ため息で怒りを逃がしながら答えた。 

「しない。ふたりとも。

 レルムは軍人と思えないほど乙女思考の理想主義(おキレイな)野郎だからな。たまにボロッと本音をもらすが、あれは独り言だな。子ども相手にその手の会話を仕掛けるつもりはなさそうだ。

 …いや、お前は知ってるんじゃないのか? 見ていたんだろ、夢で?」

「そうだけど。つっても、断片的なんだよ。コマがバラバラになったマンガを日数かけてチマチマ読んで、ある程度まとまればそこで初めて内容がわかるような感じで…」

 ふと思いつき、草間はポケットからアクセサリーケースを取り出した。

「スペルモル、これちょい見て。これ。製造元のロゴ。

 この蓄電式(バッテリー)ケース、大陸の外からの輸入品。中に入れた魔道具(アクセサリー)の効果を、「電気」っつー魔法と違うが、似たような不思議なエネルギーを使って充電…あー、長持ちさせる道具なんだけど」

「? 電気は分かるぞ。何だ」

スペルモルはなにげなくケースをのぞきこんだ。内側に書かれた大陸共通(げんだい)語を見て、ブッと噴き出した。

「おっ。よしよし。あのな、これ海外の会社名なんだよ。意味が違う。超有名な偉人の名前らしい。その国ではカッコいいイメージの単語なんだと。けど、たまたま響きが…な?」

 ゲラゲラ笑いながらスペルモルが『く…くだらねぇえ…!』と叫んだ。

 草間は内心しめしめと喜んだ。いそいそケースから布をとりだす。広げて、印字されたロゴの下の1文を指差した。

「スペルモル。これな、モバイルバッテリー。こっちも読んでみ」

言われるがまま読んだスペルモルは、声なく崩れ落ちた。腹を押さえて爆笑する少年を、草間は満足げに眺めた。

「良かったぁ、ウケたぁ。そうだよなー? 男だったら笑うよなーこれ。お父さん巻き込んで三兄弟ゲラってたのに、お母さんは全然笑わねえの。

 「それ、とても失礼よ?」って哀れみの視線を向けてくるから、多分これ、女子には通じない。ナイショな。カイゼリンちゃんサマにも」

『当っ然っだろうがぁ! リンに言えるかよ、こんなアホなこと!?

 そのモノマネもやめろぉ…会ったこともねぇお前の母君に…オレは、アウローラがっ、浮かぶ…っ!』

今のスペルモルは何でも笑うかも知れない。草間は試しに「母親あるある」をいくつかかましてみた。抜群の演技力で真面目に魅せると、スペルモルは『やめろぉお…』と呻いてとうとう倒れ伏した。

(めっちゃウケた。やったぜ)

草間はドヤ顔で満足するが、スペルモルはツッコむ余裕がない。腹筋は痛んでしょうがないのに大爆笑をやめられない。痛い。苦しい。しかし楽しい。


「アホだけどなーわかっちゃいるんだけどなー笑うよなぁ? こういうの」

 草間がしみじみ言いつつ、しゃがみ込んだ。頬杖をついて前世の弟をニヤニヤ眺める。

 スペルモルは笑い転げて立ち上がれない。

 そこへ、ふわりと風が吹き、落ち葉を巻き上げながら、カイザルが降り立った。

「おい。なんだ、スペルモル。どうした。

 …まさか本当に()()喋りやがったんじゃねぇだろうな、草間?」

 カイザルは軽く威圧した。

 草間はアクセサリーケースを見せた。説明を添える。

 カイザルの腹筋は崩壊した。

 兄(見た目42、精神年齢86)は、弟(12)の傍で、同じように腹を抱えて地面に崩れ落ちた。

草間「前世の弟と、ちゃんと友だちになってから帰りたかった」

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