101 クリア後は、いつでも魔王さまに会えちゃうよ
日があるうちから始まったとはいえ、たった一晩でレルムを物理的に足腰立たなくできたかといえば当然そうはならず、しかしべットから出たがらないという意味では「抱き潰しの1歩目」が達成できた…のかも知れない?
否、正しく詭弁である。悪女たるもの、なぁなぁ判定では納得しない。
(甘さマシマシ。時間ないから、もっとこう…激しい感じを予想していたのだけども。いつも以上に優しかったわね…? 身体が楽だわ)
アウローラはぽんこつである。痴女という汚名を返上したい悪女である。便利な「画面」を使いこなす気はなく、愛する夫とのスキンシップは、今後も体当たりで最良を模索する気満々なのである。
(量が無理だから質で楽しんでもらいたかったのに。
新しいことをすれば質が上がると思ったのだけど…お説教されたし、断られちゃったわ。レルム可愛かったのに。
とはいえ、「興味わく」って言っていたもの。いつかまた気が向くかも? 今後もチャンスはあるはず…!)
ぽんこつは真面目なので、誘惑の手をかいくぐって、さっさと肌着を身に着けた。
「…ぁあー…着ちゃった…アウローラ、まだ夜だよ。こんなに暗い。暗いから夜。ね?」
レルムの甘えた美声もなんのその、アウローラは容赦なく天蓋ベッドのカーテンを引いた。
とたんに差し込む朝日。
目つぶし攻撃だが、頑丈なレルムには大して効かない。 ほぼ効いていないが、誘惑を引き留めたかったので、おおげさに両目を覆ってみせた。
「眩しすぎる…理性が目覚めちゃう…嫌だ、まだ夜の中に居たい…欲望に溺れていたい…健全な世界に戻るなんて耐えられない。アウローラ…『我とずっと闇に居よう…闇の中で永遠に繋がっていよう』、ね?」
かつて勇者が妻に告げたと伝わるヤバすぎるプロポーズを美声で試みる。
アウローラは笑って受け流した。
「レルムったら。うふふ。あなたは勇者じゃないんだってば。『飽きるわボケ。あたしの居場所になりたきゃ地味な日常を楽しんでみせろ。一緒に楽しめるようなら人生を賭けてやってもいい』あははっ! 勇者の妻って豪胆よね。
ふたりとも生まれ変わっているとしたら、一体どんな人になっているのかしら?」
テキパキと身支度をすませ、今日の地上観測データを記録した後、アウローラは天蓋ベッドに歩み寄った。
カーテンをまとめたついでに、かまわれたそうに動くレルムの足の裏をこしょこしょとくすぐる。レルムの足がシュッとシーツの中にひっこんだので、アウローラは声をあげて笑った。
レルムは指の隙間から未練たらたらな表情をのぞかせるも、楽しげに笑うアウローラの姿をみて、愛おしげに目を細めた。
「まぁ…別人だもんな。似ているかもしれないが、さすがにそのままじゃないだろ。マトモになっている…といいよな」
そしてふと思い出し、つい言葉が口からこぼれた。
「もしかしたら性別すら変わっているかもな。スペルモルの前世って確か」
「? …あっ」
アウローラは首をひねりかけて、ハッと思い出した。慌ててレルムに向けて首をふる。
「レルム。めっ。シー、よ。あの子の画面はあの子の物なの。
私は見えただけ。
あなたはうっかり聴こえちゃっただけ。
ナイショの秘密よ。知っているからって勝手にアレコレ言っていいわけじゃない。スペルモルはスペルモル。私たちは今を生きている。それでいいの」
「ごもっとも」レルムは反省した。胸に手を添え、自戒する。…いっきに眠気がきた。
(あ。やべ…)
アウローラはウトウトするレルムに気づいて思わず微笑んだ。
(やっと気が緩んだのね。レルムは頑張り屋さんだから。眠そうな顔かわいい。愛しいわ。レルムのおネム姿は至高。キリッとした顔も最高だけど、日常だもの。気を抜いて楽に過ごしたっていいのよ。私がいるんだから)
大きな身体に掛け布団を足して、短くなった髪にそっと口づける。
「おつかれさま、レルム。おやすみなさい」
アウローラの「精神の回復」は強力だ。いっきに眠気が増してレルムの意識が遠のく。
レルムは重い瞼をかろうじて持ち上げ、楚々と部屋を出る頼もしい妻の後ろ姿を見送った。
朝日さす部屋の中で、虹髪が美しくきらめいていた。
闇を照らす光。特別な夜明け。レルムの特別は周囲にとっても特別だ。彼女の幸福は周囲を癒し、周囲の幸福は、彼女を安心させる。
レルムはそれを知っていて、そんな妻の善性をも、こよなく愛していた。その反面、二人きりの世界に閉じ込めて独り占めしていたい我欲も…実は本音として心の中に常にある。今も。
(勇者は我欲を隠さなかった。だから周囲は、おれの本性をそれだと見做していて、おれ自身も…否定しきれなかった。
おれがどれだけ意志を高めても、自分を律していても、いつか必ず前世が目覚めて…ごく自然にそう動くんだろうなって。…昨日みたいに)
部屋は明るい。掛け布団は温かく、アウローラの残り香とともに穏やかにレルムを包み込む。
(だけど、おれは勇者じゃなかった。もう前世のせいにはできない。2度とアウローラのせいにもしない。
勇者だって隙あらば妻を闇に攫ったものの、朝になれば必ず「妻が望んだから」と共に戻ってきたらしい。
勇者に出来たことなら、おれにだって出来る。やってみせる)
目を閉じる。柔らかなシーツに鼻を埋める。うっとりするような良い匂い。死臭じみた己の狂気が清められる。豊かな命のかおり。
(…おれはレルム。護衛官。アウローラと共に在る男。アウローラの安寧のため…優しい日常を守るために生きる。…それが…おれが望む生き方…)
異世界「神域投影」には、館憑き妖精モルウニーが存在する。
どうしたって日常には雑務が発生する。仕事に取り掛かるためには用意がいる。単純な軽作業や面倒な調整をせねばならない。
俗称「見えない家事」。そこには「誰かがやってくれると期待していつまでも待ちたいけど私がやるしかないのよな…」「やる意味あんのこれ?的な打ち合わせ」などのアレコレも含まれる。
簡単だけど、時間をとられる。ちょいダルい。とはいえ、その後の作業のやりやすさが段違いに変わるから手を抜けない。気も使う。しかし目立たない。達成感もない。心を無にしないとやっていられない。
妖精モルウニーとは、そうした厄介な下準備を、事前に終わらせてくれる究極の思いやり妖精さんなのである。
その仕事は常に丁寧、聡明にして賢明、仕事を担う相手への敬愛と優しさに満ちている。それでありながら「知らね。大してやってねぇ」と知らんぷりする謙虚さ。
誰をもメロメロにしてやまないのに、当人としては悪ぶっていたいスペルモルいやさ妖精モルウニーは今回も活躍してくれた。
女性陣への報告だけでなく、避難解除に伴う諸々の片付けや準備まで担ってくれていた。さらに帰還に関する段取りまで、アウローラに代わってこなしてくれていたのだ。
玄関ホールもしっかり修繕されていた。
泉の休憩所にいるはずのヒュプシュたちも帰ってきていた。
(カイゼリンと叔父上さまの姿がない…一緒に遊んでいるのかしら?
あの子もメリーゴーラウンドお気に入りだものね)
皆は談話スペースでお茶会をしていた。
大きなクッキージャーにはチョコチップクッキー。ブレッドケースにはパウンドケーキ。いくつかの冠水瓶にまぎれてひとつだけ花瓶があり、「自分…スズランさんの代役ってことで…」と言いたげに神楽鈴が納まっている。
まるきり、いつもどおりだ。吹き抜けの景色を眺めたアウローラは喜びを噛みしめた。
妖精モルウニーは女子に囲まれてソファにいた。アウローラと目が合うと、わざわざ3階まで迎えにきてくれた。
アウローラをエスコートして大階段を降りる。当然のように今後の予定を説明してくれた。
『見送りは俺とカイザル兄上、アンナだ。レルムは? そうか。まぁ、あいつなら直前でも間に合うだろ。ギリギリまで寝かしてやろう。
帰還は祭壇でやるんだろ? いつでも行けるが、お前は自分のペースでいい。焦らず発動条件を揃えろ。
草間も急かさない。「せっかくだから異世界の景色を堪能する」んだと。俺が案内してくる。
準備が整ったら兄上に声をかけろ。ヒュプシュが鍵を開ける。兄上は俺らと直接行くから、お前はアンナとレルムを連れて祭壇へ向かえ。
一仕事おえたらお疲れ会をするらしい。コンポートあるぞ。良かったな』
上げ膳据え膳である。至れり尽くせりである。12歳にして有能が過ぎる。もう頭が上がらない。感謝の念に堪えない。たまに涙を味見されるくらい別に大したことじゃないかも…アウローラは一瞬だけ本気で血迷った。
「色々ありがとう…お礼がしたいのに嬉しくて涙がでない…」
『ぁあ? 段取りを決めたのはおいちゃんで、玄関ホールを直したのはヒュプシュだ。砂糖煮はアンナだし、他の諸々も女衆が動いた。
兄上が動いてくれるからって、俺までお前のために実働したとでも思ったか。するわけねぇだろ。何を自惚れてやがる』
『はい。ありがとう、叔父上様、ヒュプシュ。アンナも。皆も。尊きお方も。あと、モルウニー…』
『いや、だから…そうだ。アウローラ、お前からも貢ぎ物は適量にするよう言ってくれよ。俺…じゃないカイゼリン宛に大盛りを寄越すんだ。…ヴィルヘルミナは…もっと食いたいだろう…気まずいんだよ』
アウローラは我に返った。そうだった。モルウニーへの謝礼は板飴と肉料理。涙ではない。
「あ、はい。『伝えます』そうよね。量も嬉しいけど、皆も満足するから嬉しいってことあるわよね」
アウローラはほっこりした。
感謝と敬愛の視線を向けられたスペルモルは、気まずそうに身じろぎした。眉を顰めて不機嫌を装い、エスコートの手を優しく解く。
いつのまにか談話スペースはすぐそこだ。
『…そういうのいいから。もう行けよ。あいつら待ってるぞ』
スペルモルは、らせん階段をのぼっていく。
幸せほわほわアウローラはソファに歩み寄った。アンナ、ヒュプシュ、ヴィルヘルミナと順番に朝の挨拶を交わし、冠水瓶に紅茶を補充し、クッキーを摘まみながら軽く雑談をはじめる。わりとすぐスペルモルが戻ってきて、ベールをつけた草間とともに出かけていった。
アウローラは腹を括った。
友人たちに見守られながら、簡単なひとつを残して発動条件を揃えきった。
結果、アンナの腹筋は崩壊した。
ヒュプシュは謎のぐるぐると共に応答なし、あげく酸欠に陥った。またも死者の国にいる母を慌てさせたが、ヴィルヘルミナの「治癒」により事なきを得た。
聖女の意地を見せた彼女だったが、「治癒」の直後、耐えきれずそのままソファに崩れ落ちた。ふかふかのソファカバーに顔を埋めて爆笑している。
妖艶な美女である彼女の笑い方は「でゅふふふふ」だった。「ひゃっはぁ〜↓…はぁ、はぁ、…ひぃっひっ…ふぅ~ぅ↑」でもあった。
彼女本来のキャラクターを知ってしまえば、どんな引き笑いでも自然なこと。もはやギャップ萌えではない。ただの萌えである。
マルチタスク思考が得意な女子たちは、「笑うヴィルヘルミナ」に萌え萌えした。したのだが、それ以上の衝撃のために二の次にせざるをえなかった。
アンナは叫んだ。
「完璧支配って何なん?! いちいち精神ボッコボコにならんとすまないわけ!? 年頃の乙女の尊厳に容赦なさすぎ! あんたも覚悟が決まりすぎ! 正統派お姫さま枠だっつってんだろ! 体を張る系芸人枠を兼ねるな!」
きっちり全力で仕事をこなしたアウローラは、ハイライトを失った目でうふふと笑ってみせた。
「…そうね…今、何か大切なものを失った気がしたわ…けど、仕方ないのよ…やりたくないからって最後まで後回しにしたのはわたくし…いつかやるしかなかったの…その時が今だっただけ…笑ってもらえたのが救いよ…ええ…」
アウローラは己を癒すべくパウンドケーキに手を伸ばした。
ヒュプシュが震えながら冠水瓶の紅茶を汲んでアウローラに差し出す。
ヴィルヘルミナはというと、笑い疲れて力尽きていた。ぐったりソファに埋もれて茫然としている。
アンナはその口にクッキーを差し込んだあと、ブレッドケースから蓋つき陶器を手に取り、たっぷりのバタークリームをアウローラのパウンドケーキの上に盛りつけた。
「これ、ご褒美ね。よく頑張った。心にも栄養補給せねば。
最推しはたっぷり吸えた? そりゃ良かった。スパダリも浴びたことだし、〆はWイケオジをキメよう。いやいや、これもまた沼だから。イケオジからしか得られない栄養素ってあるから。
パーフェクト俺様の慈愛に、理想の父性みを見出してオギャるの最高だから。一緒にキャッキャできるか試そうぜ。
カイゼリンは一足先に嗜みに行ったよ。あの子の場合、パパみっていうかリアル実兄なわけだけど」
35児のパパである。妻は総勢24名。「千里眼」によりカイザルのダメ父っぷりを知っているアウローラは首をひねった。
(父性は…あるのよね、あのお方。一応。
でもアンナが期待するタイプではない気がするわ…っていうかオギャるって何?
すでにレルム沼でキャッキャしているこの私に、それは果たして味わえる沼なのかしら…?)
アウローラは魔王の特殊用語に染まっている己に違和感を覚えることなく、らせん階段を上っていく。
一段ずつズレる形でアンナとヒュプシュもついてくる。
ヴィルヘルミナはひたすらクッキーを齧るリスちゃんになってしまったので置いてきた。おいちゃんは好きだが、イケオジに興味がないそうだ。通常運転である。
「イケオジの可能性」について熱く語るアンナと、「相変わらず内容よくわかんないけど語るアンナって見てるとワクワクする」ヒュプシュを連れ、アウローラは4階にたどり着いた。
ノックをすると、勝手に扉が開き、ふわりと男性用香水が香る。同時に、紫色も漏れ出る。
「おはよう、レディたち。好きに入ればいい。ノックも声かけも囚人には必要ない」
艶と深みのある重低音で部屋の中へ誘われ、3人は顔を見合わせた。アンナがウッキウキで先陣を切り、手を繋いだワクワクのヒュプシュ、最後にアウローラが入る。
面会室で、まずおいちゃんと目があった。ソファで本を読んでいたようだ。長い腕をくにゃりとひらめかせたおいちゃんと朝の挨拶を交わす。
それから、鉄格子の向こう側で、黒檀の椅子に堂々と鎮座した…モワモワ謎の湯気を立てる壮年の男と向き合った。
アウローラは美しいカーツェをした。
『朝のご挨拶をいたします、尊きお方。自由な入室の許可をありがとう存じます。敬称不要と承りましたが、あいにく距離感にふさわしい呼び名を存じません。どうかお導きを賜りたく』
アレインは物腰柔らかな正統派王子系イケ紳士だが、カイザルは野性味のある迫力イケ紳士だった。裏社会から引退した男感がある。
きっちり整えたロマンスグレーに上質な紳士服、今日は片眼鏡は無し。紫色の色気が退廃的すぎるとはいえ、これはこれで完璧に理想的なダンディズムを体現していた。
『律儀だなぁ、レディ・アウローラ? 好きに呼べばいいというのは本音だ。しかし難しいか。なら草間と同じでいいぞ。カイザルさまと呼べ。
ははっ。妻たちも昔はそう呼んでくれていたなぁ』
カイザルはニカ!と笑った。迫力が散り、愛嬌が押し寄せる。
なんとも魅力的な笑みに、左右にいたヒュプシュとアンナがのけぞった。
「…や…ヤバい…さっきまで父性みでおギャりたい気分だったのに…一気に失せた。衝動がヤバい。
はべりたい。すんっごい、はべりたい。しなだれかかりたい。足元でもいい。「悪い男のイメージ」でよく傍にいるモブ美女がやりたい。セクシーな衣装を着てセクシーに誘うものの「今度な」って断られて「えー?」って残念そうにする役でマフィア映画ごっこしたい…!
あと服のデザインが…着せたいメンズ衣装が…とめどなく溢れて脳を占拠してくる…!」
アンナがその場に崩れ落ちる。はぁはぁと謎の息切れをしながら叫んだ。
「前世の友達からは「ダッサい」って酷評だったけど…あたしやっぱ革ジャン男子も好きぃ…! ライダースジャケット絶対に似合う!!」
ヒュプシュも崩れ落ち、四つん這いのアンナにピトっとくっついた。ふたりはヒシと抱き合った。
「はわわ。3人目だ。ミナ姉さまとアナンさまに続くお色気担当3人目だ。トキメキがとまらない。アウローラ、どうしよう…」
どうしようも何も…慣れるしかないのでは。アウローラは眉尻を下げて二人をソファに促した。
ふたりは声を揃えた。
「「今ムリ。動けない」」
状態異常攻撃を勝手に食らったふたりを、おいちゃんが心配そうに覗き込んだ。了承をとり、ひょいと抱き上げふたりをソファに運んでいく。
チートヒロインと万能の魔法使いを戦闘不能に陥れた退廃的ダンディは、その手の反応に慣れているのかスルーした。
『愛らしい声で「カイザルさま」だったのが、妻にすると「クズ猿」呼ばわりに変わっていく。娘らも何故かそうなる。
「とうさま」と呼んでくれた湯たんぽちゃんだって、今じゃこうだ、父親は哀しい生き物だな?
いや反抗期ならこんなもんかな? 我が子も、弟妹も、なんなら妻らも、どいつもこいつも一生ずっと反抗期だったがな!』
そう言って、カイザルはひとり豪快に笑い出した。
アウローラからすると、カイザルは「愉快な思い出語りオジサン」である。大人の殿方として魅力的なのは認めるが、恋敵なのでトキメキようがない。
しかも今の彼は盛大に湯気が立っている。サウナでもないのに。
その原因は、面会室の中央にいる。カイゼリンだ。アウローラたちが来る前から、無言の彼女はひたすら全力の「熱」魔法を実兄にぶつけ続けていた。まったく効いていないが。
カイザルは楽しそうに妹を眺めた。
『一応な? 最初は「おはよう」と声をかけたんだが、無言だった。説明しても雑談を仕掛けても無言で、じゃあ…と挑発してみたらやっと反応があった。攻撃だが。
どうやら身体だけで語り合う仲でいたいらしい。好きにすればいいと思って遊んでやっている。
そろそろ疲れていそうだな? お昼寝するか? ほら…湯たんぽちゃん、かくれんぼだ』
今のカイザルには、カイゼリンが娘に見えているらしい。慈愛のこもった目でカイゼリンを見て、己の衣服を緩め胸元を大きく開いてみせた。放たれる紫色の色気。その威力たるや。
正面でまともに浴びてしまったアウローラはさすがに後ずさりした。
後方のソファで、主人公と相棒妖精のW断末魔が響き、保育士が慌ててあやす気配がする。
悪女は耐えきった。朝に浴びるべきでない濃い色気を発したカイザルだが、彼としては、いたって健全に娘に接しているつもりのようで、その顔つきは穏やかだ。今にも子守歌を歌い出しそうだ。
アウローラはとりあえずカイゼリンに寄り添った。
『ええと…おはよう、カイゼリン姫。少し良いですか? カイザルさまについて…』
「リンよ」
「え?」
カイゼリンは据わった目でアウローラを見やると、きっぱりと告げた。
「こいつをカイザルさまと呼ぶつもりならば、今後わたくしのことはリンとお呼びなさい。皆もよ。
もともと呼び名なんてどうでもよいの。わたくしはわたくしなのだから。誰にどう思われようと知ったこっちゃないわ。好きにすればいいのよ。…だけど」
ギラギラと燃え盛る魅了眼で、カイゼリン…改めリンは牢を指さして叫んだ。
「こんなお騒がせ兄と似た名前なんてまっっっぴらゴメンよ! 今よりわたくしはリン! モルが呼んでくれる名を名乗る!」
リンが叫び終わるや否や、豪快にドアが開いてレルムが飛び込んできた。
「どうした?! 妙な二重唱が…?!」
牢を仰げば尊死するアンナとヒュプシュを見て、即座に察した。
「そうなる気がした」
レルムは生ぬるく呟く。
一方、アウローラとリンに衝撃が走った。
(萌え袖…!)
(…短髪?!)
レルムは私服だった。儀仗服を洗濯し、もう着る軍服がなかったのだ。
今のレルムはアンナ・チョイスのメンズ服。細身ジーンズを長い脚で履きこなし、上半身はタイトなVネックのリブニットセーター。スタイルの良さが際立つ。シンプルかつ上質な生地が上品で、レルムの姿勢の良さと質実とした雰囲気にとてつもなく似合う。柔らかいグレーのニットは袖が長く…ふと、レルムが眉を顰めた。
「…邪魔だな、これ。長すぎないか?」
そう呟くなり、手の甲まで覆う袖をズラした。ガッシリした手首をさらけだす。血管。
アウローラは尊死んだ。
「…ピッピ沼こそ…完全栄養食…っ!」
「?! アウローラ?!」
レルムが慌てて妻を抱き上げ、遅れておいちゃんも姪のもとへ駆けつける。
この時、おいちゃんの背はたまたまレルムより高かった。レルムの背越しに姪をのぞきこむ、その姿は…まるで、バックハグに見えなくもなく。
その瞬間、リンの魔力制御が乱れた。スポットライト・アイが発動し、レルムとおいちゃんを強烈に照らす。
レルムといえど、機械人種といえど、眩しいものは眩しい。
揃って顔を背けた結果、たまたま至近距離になり、ふたりの鼻先がほんの少し掠った。
スタイリッシュ・イケメンと正統派ダンディの鼻チューを目撃したリンは崩れ落ちた。息も絶え絶えに断言する。
『これは…! アレ…ルム…っ!』
カイザルは吹き出した。そのまま高笑いした。目に涙を浮かべて笑い転げた。
『おもしれー女に育って嬉しいぞ、リン! 好きに遊べ! 世界はお前たちのものだ!』
カイザルの笑顔は満たされていた。
『庭な。本当はオレが用意してやりたかったんだが…終わったことだ。あるならそれでいい。おせっかいはやめるさ。世界が真っ当なら、オレの出る幕はない』
カイゼリン改めリン(12)報復は諦めない主義。腐はじわじわ熟成中。短髪レルムに激萌えした。レルムは右側固定。
「どうして? 自分でも分からない。でも右。絶対に右なの。語尾でないとなの。だから、どうしても左側に寄せなきゃならないなら…騎士×短髪である必要があって、もしくは(早口)」
アンナ(18)ファザコン(自覚あり)、枯れてる大人の男にオギャりたい願望なので、どんなイケオジだろうと性欲を察知した瞬間に蛙化現象を起こす。
「アウローラ何でも素直に信じるから軽ーく流行語も仕込んでおいた。ギャル語に堪能な淑女、(あたしが)ヨシッ!」
カイザル(享年86)見た目42歳。死者。そして物。紫色の色気バンバン発するのは仕様。性欲ない。意味ありげなだけ。アンナにとって都合が良い存在。理想的なイケオジになりうるらしい。実際はダメ父なのだけども。
ヒュプシュ(17)実の父がクズ。父性は空想の産物と信じていたのに、スペルモル伝いにカイザルを知り、「愛情深い父親が…実在…す…る?」と幻想が芽生えた。カイザルに理想の父性みを見出しおギャる楽しさを知ってしまった。
「まいにち楽しい! 毎秒しあわせ!」




