100 タマシイを死守すべく覚悟を決める…それがツァウヴァーンの乙女!(後)
比翼連理の魔法…特殊魔法「同化」をヒントにカイザルが作り出したロマンティック魔法。互いの能力を少しだけ借りられるので、助け合って生きることができる。
ぽんこつアウローラは、レルムの直感力や身体能力の恩恵を受けています。
鳥頭レルムは、アウローラの忍耐力や思慮深さの恩恵を受けています。
無言の夫に、いきなり両手を捕獲されて抱き寄せられた。
(わぁ…情熱的。焦っている感じ…これはこれで…良いわね…)
厚い胸板にぶつかるほど力強く引き寄せられ、アウローラは面食らいつつ少し喜んだ。
(求められている感じ、最高。くっつきたかったの自分だけでなかった。嬉しい)
いっきに丸裸にされて若干の肌寒さを感じていたアウローラは、これ幸いといそいそ熱源にすり寄った。レルムは熱かった。素肌は汗ばみ、吸い付くような感触だった。アウローラはうっとりと夫の存在感を堪能した。
(儀仗服は金属装飾が多いから、顔に当たって怪我しないよう胸元を開けてくれたのね…そゆとこ好き…れるむしゅき…それにしても、こんなに汗かいていたら冷えそうね)
全身でしがみつきたい衝動をこらえ、アウローラは自由に動かせる指先でレルムの襟を探る。しかし、ない。合わせを手繰り寄せて保温したいだけなのに。どう指を動かしても素肌しかない。身体に触れるのも肌だった。
(…着込んでいた儀仗服、どこいったの???)
「あれっ!? レルムいつの間に脱いだの? ついさっきまできっちり着て…」
ふいにレルムの手に力がこもった。髪に口づけが降る。
両手首を優しく抑え込んだ熱や唇の感触に何らかの意図を感じて、アウローラは「…ん?」と困惑するものの、ふと気付く。
「あ。そうか。そういえば私、ランプになれるのよね」
次の瞬間、アウローラの虹髪はほのかに光り出した。光量を調節して眩しくない程度の明かりになる。しっかり抱き込まれたうえで頭に口づけされていたので、髪がぐしゃぐしゃになって顔にバラバラ落ちてきていた。手を使えないアウローラは首をふって乱れた髪をよけつつ、レルムの顔を見上げた。
レルムの目は見開かれ、らんらんとした物騒な光を宿していた。オーロラのようにゆっくり移り変わるぼんやりした光を存分に反射し、アウローラを見つめている。
引き攣ったような険しい半笑いを浮かべたレルムと目を合わせ、アウローラは満面の笑みを浮かべた。
「レルム見つけた。やっぱり顔がみえると嬉しいわ。幸せ」
幸福感に酔ってふわふわ微笑んだまま、アウローラはレルムをうっとり見つめる。そしてふと思い出し、己の拘束された手首に視線を落とした。
レルムの手がビクッと震え、ほんの少し拘束した力が緩んだ。アウローラはピンときた。
「ね。レルム、もしかして…してみたいことがあるのね? それって一般的じゃないこと? 普段のレルムだと後ろめたくなっちゃう感じの?」
レルムの肩が跳ね、うろたえはじめた。あからさまな反応だった。
アウローラは初めて推理を当てたことで気分が上がった。心に余裕がうまれ、ついでに愛しさあふれてレルムを抱きしめようとするものの、相変わらずひとまとまりに優しく握りこまれた手首は外せない。よいしょよいしょと力の向きを変えて工夫しつつ、アウローラは軽快に喋る。
「そうなのね。あのね、前にアンナが言っていたの。「性的嗜好は人によるから夫婦で試すなら、あらかじめせーふわーどを決めるように」って。安全にいちゃいちゃできるよう努めるのが大人だって真剣な顔で強めに言われたから、大げさでなく本当に大切なことなんだと思うの。されることが嫌じゃなければ使わなければいいんですって。ええと…「ムードを壊す」とか「しらける」?…雰囲気を悪くさせるためじゃなくて、安全にめいっぱい楽しむための抑止力なんだそうよ」
アウローラは完全に浮かれていた。久々のふたりきり。さっきまで感じていた不穏なゾクゾクをコロッと忘れ、ふわふわニコニコと緊張感のない笑みを浮かべてレルムを見上げた。
「レルムはせーふわーどは必要だと思う? 私たちだったら特になくても良さそうな気がするけど、あったほうがレルムが安心できるなら、決めたいわ。どうする?」
「…、…う…」
レルムはおろおろと視線を揺らしてアウローラから目をそらした。その気まずそうな雰囲気にきゅんきゅんきたアウローラは攻めることにした。がるぅ。
「ね。どっち? 私はどっちでも。だって…ね?」
あむあむとレルムの胸板を食みつつ、アウローラはさらっと告げた。
「今の私って不死身だもの。比翼連理の魔法のおかげね。レルムが思いっきりうっかりしたとしても大丈夫。便利よね」
レルムの身体が一気に強張った。
無茶なお願いをするからこその前払い、受け取ったからには付き合ってもらう。レルムの脳内では、独りよがりな興奮により一方的な取引が成立していた。
取引相手の意思が不在のまま決めつけた勝手な契約に準じ、レルムはアウローラの髪に丹念に口づけを支払う。
支払ってしまえば、あとは対価を受け取るだけ。好き放題できる。
ねばついた幸福感にうっとり酔っていたレルムの目を覚ましたのはオーロラの光だった。
「あ、そうだ」
愛らしい声が無邪気に響く。すぐにぼんやりと輝きだした妻は、レルムと目があうなり、パッと花が咲くように笑った。ただただ嬉しそうに。幸せそうに。
信頼に満ちた笑顔は、レルムの脳裏に異世界の春を連想させた。
朝の空に連なるたくさんの虹。美しい百花繚乱。サクリと心地よいクッキーの食感。さほど好まない甘味から幸福の味がした。
甘ったるい口の中を洗い流すべく、水筒の白湯の大半はレルムが飲んでしまった。残量が減ってからそのことに気付き、慌てて一口で飲む量を調節した。察したアウローラは「どうぞ。飲みきってちょうだい」と言って、自分はクッキーの包み布を畳み、テキパキ片付けをはじめた。
水筒を準備したのはアウローラだ。なのに彼女はほとんど飲めなかった。今思えばクッキーもレルムが食べきった。アウローラが摘まんだのは一枚きりだ。
(それなのに…ただ幸せそうに笑っていた。
アウローラは譲ることに、我慢することに…得られないことに慣れきった人だ。
それをおれは気づいていた。知っていたはずなんだ、あの時にはすでに。それなのに…)
アウローラの笑顔は、青空の下でみたのと同じだった。
闇の中に囚われてなお、レルムに「幸せ」だと微笑む妻を目の当たりにして、レルムは後ろめたさにうろたえはじめた。
虹色に移り変わる信頼を宿した瞳が、ふと己を拘束する手を見やる。
レルムはギクリと怯んだ。それでも捕らえた手首は離せない。
血は下がりきっている。動悸が激しいのに、眩暈のくらくらが収まらない。喉は乾いているのに、だ液が勝手に出てくる。この期に及んでも欲しい、欲しいと欲望は急かす。レルムは必死になって己の行動を正当化する言葉を探していた。
ふとアウローラの目が見開かれ、ふわりと慈愛のまなざしに変わる。
そして、その唇からとんでもない言葉を発しはじめた。
「ね。レルム、もしかして…してみたいことがあるのね? それって一般的じゃないこと? 普段のレルムだと後ろめたくなっちゃう感じの?」
レルムは仰天した。とっさに「無理強いしてでも、したい」願望に、心の中で唾棄した。
(見透かされた。おれの昏い欲を。…嫌だ、違う、違わないけど、でも違うんだ、お願い、嫌わないで)
声にならない嘆願が心を占めて動揺が隠せない。
アウローラは、囚われた両手を外そうとしている。
(逃げられる。絶対に嫌だ)
レルムの目は天蓋ベッドの中をさまよい、脱ぎ捨てた己のベルトを見て止まった。無意識に手が伸びる。
掴んでホッとした瞬間、アウローラの声がようやく耳に入ってきた。
「…めじゃなくて、安全にめいっぱい楽しむための抑止力なんだそうよ。
レルムはせーふわーどは必要だと思う? 私たちだったら特になくても良さそうな気がするけど、あったほうがレルムが安心できるなら、決めたいわ。どうする?」
レルムは戸惑った。
「セーフワード」とは、実戦形式の訓練で使われるギブアップ宣言を意味していた。回ごとに隊長がその場で決める短い単語で、戦闘とは全く関係ない響きの言葉が選ばれる。戦闘中では「違和感」にしか聞こえない単語、発されたら終了の合図だ。セーフワードを発した者は死亡と見做され、その後の体力錬成で1セット余計に課せられる。
だが、今なぜその話が出ていたのか分からない。そんなことよりレルムは思わず掴んでしまったベルトが気になっていた。
(用途を気付かれる前に手放したい。どこに隠せば自然? わからない)
レルムはアウローラの無垢な瞳を見ていられず、とうとう目をそらした。
(こんなのバレる。もう開き直るしか。…とっとと縛っちまえば。適当に布を厚く挟めばこのベルトでも痛くならない。ふざけた態で押し切れば、どうにでもな…ああ、違う。ダメだ。これはちょっとダメだ。いったん休憩したい。欲しい。苦しい。早く。でも。なんかこう…なんとかならないかなぁ…!?)
荒れ狂う狂暴な欲を無理やり抑え込んで、レルムは逃げ場を探していた。
ところが、アウローラは容赦がなかった。温かい唇でレルムの胸を撫でるように、チラチラと赤い舌をのぞかせながら食み始めたのだ。
レルムは呻いた。アウローラは的確に追い詰めてくる。かろうじて抑え込んでいたのに、暴れる欲は反撃の口実を得て嬉々と襲い掛かってきた。
レルムは負けた。
ぎら、と殺意にも似た欲情に身を任せることにした。眼球がぐるりと一回転したかのような衝動だった。
(これはもう自業自得。アウローラが悪い。そっちが誘ったんだから痛い目みろよ。おれのせいじゃない)
ぐっと身を乗り出そうとした瞬間、アウローラの意味深な声が聞こえた。誘惑の声かと耳をすませたレルムが食らったのは間違いなく地雷だった。
油断していた中での唐突な衝撃、とてつもない大ダメージ。
「今の私って不死身だもの。比翼連理の魔法のおかげね。レルムが思いっきりうっかりしたとしても大丈夫。便利よね」
アウローラはさらっと言ってのけた。
レルムの時が止まった。呼吸もとまり、言葉の意味を幾度も脳内で反芻する。
アウローラは不死身。
何をしても死なない。何をされても死なない。
何 を されよう が 死ねない。
レルムの身体は自然に震えはじめた。恐怖で。
(それは勇者の蛮行だ。狂戦士の移住が必要になった原因。狂戦士たちは終わりのない苦痛を味わった、と。
密やかに流布することで真実のように見せかけた「かっこいい響きの二つ名」や「叙爵の逸話」はプロパガンダ…本当は、正義を気取る巨悪がこれ以上堕ちないようにするため。世に放たれないよう、当時の王が首輪と居場所を与えたんだと聞いている。
執着する生贄ごと囲いこんで僻地に封じた蛮勇の王者、討伐が不可能な邪神。それが勇者。「善」として在れと洗脳し、寿命が尽きるのを待つしかなかった。
「お前ならやりかねない、心を保て。あれのように堕ちるな」と、ずっと教えられてきたのに…。今、おれは…)
震えは大きくなり、見開いた目からぽたんと涙が落ちた。
それでも指の力を抜くことができない。掴んでいるのは救いの手。手放せば溺れる。汚泥あふれる深淵に沈み込み、そのまま我を忘れてもがく羽目になる。
レルムの硬直に気づいて、アウローラは顔をあげた。
喜んでいると思いきや、目に入ったのはレルムの絶望の表情。
目の当たりにしたアウローラは一気に慌てた。
「レルム、どうしたの? 新しいことを試したいのよね? 私もよ。レルムと楽しめる事を増やしたいなって思っていたの。だから打ち合わせのつもりで…でも、何か驚かせてしまったのかしら…?」
レルムの顔は血の気が失せていた。明らかに恐怖にひきつり、ガタガタと震えている。見開いた両目から絶え間なくぽたんぽたんと涙が落ちていく。
アウローラは涙を拭いたいのに、手首が動かせない。ふと思いついて身を寄せた。
レルムの目じりからこぼれた涙を舐めてそのまま頬に口づける。まず右に。それから左。何度も。せっせと舐めて、心をこめた口づけを繰り返す。
だんだんとレルムの指の力が緩んで、両手は自然に開放された。アウローラは指先を絡め、いつも通りに手を繋ぎ直した。
レルムはかすれた声でささやく。
「…おど…ろいた。…だけ。…あうろーら、おねがいだ、逃げないで。おれは…」
しばらく待つも、レルムはそのまま黙り込んでしまった。泣いたレルムの眼は潤み、まだ少し血走っている。アウローラはにこぉっと笑いかけた。何の衒いもない笑顔で。
「うん、逃げない。逃がさないわ、レルム」
アウローラはすぐさま両腕を大きく広げてレルムに抱き着いた。氷像のように強張った身体を全身で温めるつもりでぎゅうと力を込めてしがみつく。素肌同士で触れ合うのは気持ちがいい。首筋にすり寄ってアウローラは満足げなため息をついた。
「ふぅ。気持ちいい。レルムとくっつくの好き。レルム大好き。ふたりきり嬉しいわ。ガオーッてしたいけど、このままくっついてもいたい。どっちも本音でもどかしいわね。
私ね、レルムといちゃいちゃするのが本当に好きなの…それでね…ええと…こういう言い方は…なんだか恥ずかしいわね…」
アウローラははにかみ、レルムに笑いかけて気恥ずかしさをごまかした。
「明日があるから、今日はいっぱいは出来ないでしょう。だから量より質はどうかしらと思って。「人生をかけた抱き潰し」の1歩目よ。身体だけで語り合うっていうの、試してみない?
気掛かりはあるけど…全部カイザル王が何とかしてくれそうよね。ええ、ぜひしてもらいたいわよね。あれだけ大口叩くんだから。草間さまの怪我も。というか私のレルムなのに…本当に、もうっ」
思い出し嫉妬したアウローラは頬を膨らませかけるも、すぐ思い直して息を吐いた。
「…今のナシ。せっかくのいちゃいちゃ時間だもの、レルムのことだけ考えていたいわ。
…あら。お耳が微振動。かわいいぃ…でもこれってどういう感情? 寒い?」
ぎゅうぎゅう抱き着くだけでは足りないと判断したアウローラは「えい」と押し倒すことを試みた。いつもならビクともしない身体が、ゆっくりと後ろに倒れていく。初めてスムーズに押し倒すことに成功したアウローラは満足げに笑みを浮かべた。
「うふふっ。この視界、いいわ。ねぇ、レルム。実はね。私もしてみたいことがあるの、先にいいかしら?」
茫然としたレルムがかすかに頷くのを見るや、アウローラは嬉々として襲い掛かった。ガオーッ!
いつもと違う形ではじまり、されるがままにアウローラからの愛を浴びたレルムは、ようやく自分が狂っていたことを自覚した。
「レルムを襲っちゃったわ…私ったらホント悪女の鑑よねぇ」
しみじみ嬉しそうに呟くアウローラを、感謝を込めて抱きしめる。すぐさま嬉々と抱きしめかえされ、レルムは深く息を吐いた。
凶悪な願望は跡形もない。さっきは窮屈な「重いだけの不用品」に感じていた一族の教えが、今はまた前のように「とっておきの愛用品」として馴染んでいた。
憑き物が落ちたように脳内がスッキリしていた。多幸感に満ち、完全に善性を取り戻したレルムは無敵の善の騎士と化していた。
(どうかしていた。おれの本性がああだとすると…所属が違う…のか? 仮面いらない戦隊じゃなくて…)
「賢者の仮面いる戦隊」
思わず呟き、「え?」と聞き返されて慌てて「なんでもない」と返す。
アウローラがふんわり笑いながら聞いた。
「次はレルムの番ね。何するの? したいこと、教えて?」
レルムは目を閉じた。
何から言うべきか。言いたいことだらけだった。懺悔も、注意も、危惧も、報告も、愛はもちろん、感謝も告げたい。
(でも、実はまだぜんっぜん足りていないんです…って言いたいけど、言わなくとも付き合ってくれる気満々な雰囲気だし…どうしよう。嬉しい。アウローラ好き。本当好き。これこそ幸せ)
様々な思いや考えが脳にしっかり詰まった善の騎士(賢者の仮面つき)は、とりあえず目下の疑問を解消することにした。
「アウローラ。さっきしてくれた色々…どこで知ったの?」
どうせアンナだろうなと予想しながら問うたのに、かえってきた答えは別人の名だった。それだけでもギョッとしていたところに、さらに衝撃の証言を得ることになった。レルムは、その無邪気な追撃に耐え兼ねて涙目になった。
「しなくていい。そりゃ幸せだよ。嫌なわけない。けど、しなくていい。本当に。
古代人的には一般人でもそういうのが普通かも知れないけど…いや、やっぱダメだろ。ちょっとかなりどうかと思う。その場にいたらおれ逮捕したのに…過去すぎて今さら何もできない。
というか…なんつー話題を扱ってんだ。女子会こわい。この4日間で急激に内容がおかしくなってる」
「毎晩、開催してたから。楽しかったわ。
あ、でも第一部のオープン女子会は至って健全よ。いつも通り。
カイゼリンがお部屋に戻ってからの3人だけで開催する第二部、通称クローズド女子会での話題だから。レルムになら他言無用にしなくていいってアンナが。
だって、すること自体は悪い事ではないでしょう? 当のヒュプシュだって「夫婦なら当たり前」って言っていたわ。強制したなら、とか、そも相手との関係性とか、場所もだけど、ええと、そういう諸々が致命的な問題なのであって、互いの同意があってのことなら行為そのものは「推し吸い」の一種でしかないってアンナも」
「前から思っていたけどそれ本当かなぁ!? アンナ嬢の言うことって真に受けていいのかなぁ?!!」
涙声のレルムの叫びが部屋中に響いた。きっちりドアが閉まった石造りの館は防音性が高い。
レルムは自分を完全に棚に上げ、暗い天蓋ベッドの中で説得をはじめた。
いわく「自分を大事にしましょう」「愛しているからって何でも許していてはいけない」「愉快犯ン家で情報の拾い食いダメ、絶対」。
しばらくはアウローラも真剣な顔で聞いていたものの、いつまでたっても爽やかな雰囲気に移らないためショボンとした。
(…てっきり、えちちなお仕置きシチュの導入部かとワクワクしていたのに。
レルムは真面目だものね。そこも好き。優しい人。本当好き。けど…お互いに全裸で向き合ってのお説教って…野暮なのよねぇ)
肉体言語が恋しくなったアウローラは、手っ取り早く夫を口をふさぐことにした。ウチュウと。
「!? アウローラ、なに…」
いきなり飛び掛かってきて顔中に連続口づけ攻撃してくる妻に面食らうレルムに、アウローラはその耳元で甘ぁく囁きだした。
「あのね、レルム。そりゃあ今日はまだ時間があるわ。けど有限なのよ。だから…ね?」
楚々とした動きでレルムの肌を撫で、アウローラは淑女の微笑みを浮かべた。釣られてウチューッと返してきたカワイイをシメシメと捕獲する。
悪女はレルムをつかまえた! レルムは逃げられない! 逃げる気もない!!
浮かれポンチと化したアウローラは大好きな夫をたっぷり堪能し、目を白黒させたレルムはタジタジになりつつ大好きな妻をたっぷり堪能できた。
レルムの渇望はすぐさま満たされる仕様になっていて、ふたりが寄り添えば犯罪行為が入り込む隙などまるでない。
それを理解したレルムは、脳も身体も魔核も繋がる絶対の安心感を味わった。そして、とうとう長年の密かな不安を吐露できた。勇者の真相を含め、己の心中を。
「先祖返りってことになっていたけど…おれ、耳がいいから。村の誰もが本音ではおれを勇者の生まれ変わりだと信じていた。同じ人間として扱えなかったのはそのせいだろうな。
…おれも、皆を人間と思えなかった。互いに人で無しに見えていたんだ、まさしくお互いさまだな。
恨みはないし、今となっては感謝しかない…けど、どこか虚ろというか。思うところはあるけど思い出が無い。両親や兄の存在すらあんまり覚えていられない。興味が…なくて。
勇者も常にそんな感じだったらしい」
「やっぱりペガサスだったの?」
「さぁ…? 見た目は普通の人間だと思うよ。馬耳とは聞いていないから。
警戒の理由はあくまで精神のほう。身体能力もだろうけど…なにより恐怖だったのは、行動基準が何か最期までわからなかったことらしい。独自の正義心から唐突に暴れだし、天災のごとくどうあっても止まらない。自然に治まるまでは溺愛する妻の声すら届かなかったとか。…怖い。そんな魔獣の生まれ変わりだなんてな…」
レルムは妻に縋った。縋られたアウローラは熱い息を吐いて感覚をやりすごしつつ愛しい夫の髪を撫でた。
「レルムはレルムよ。生まれ変わりじゃないわ」
レルムは小さく笑った。
ただの慰めと判断されたと気付いたアウローラは、ムッとした。抗議する。レルムが眉を顰めて息を詰めたことに満足感を得ながら断言した。
「本当に生まれ変わりじゃないの。だってレルムの魔核にはレルムの名前しかないもの。あなたの魂には、あなたしかいない」
「…?」
アウローラは耐えるレルムの赤らんだ耳先をくすぐりながら言った。
「画面よ。名前が重なって表示されるのは前世を持つ人の特徴なんですって。師匠が教えてくれたの。だから断言できる。あなたはレルム。私だけのレルム。勇者じゃない」
レルムは目を見張った。少し考え、熱い息を吐き、優しく揺れる。
目を閉じて味わうアウローラの耳元でそっと尋ねた。
「草間がソーマに「所有」されていたとき? 重なった画面を見て…草間の魂に魔核を見つけた?
あの時点でカイザルの転生を知って草間の忘れ物を察していたから、だからアウローラは「草間は信じる」って…ああ、気持ちいい? 良かった。おれも。…そろそろ?」
「うん。レルム大好き」
「おれも。大好きだ、アウローラ…」
甘い恋を与えあう。慣れるほどくりかえしていても、その時その時で違っていても、込める愛情は惜しまない。与えられる愛情の価値もわかる。ちゃんと伝わってくる。
(私の安寧はレルムの努力の賜物。愛しているわ、レルム)
アウローラは知っている。自分たちの恋は奇跡。レルムは「勇者」の生まれ変わりではない。レルムはレルムだ。
知った上で愛している。彼の脳も、身体も、魔核も、その存在の全てを慰撫できるのは己だけだとアウローラは知っていた。
(逃さないわ。誰にも譲らない。レルム、あなたの意志も選択も、全てを私だけにちょうだい)
どうなろうと揺るがない覚悟こそが、アウローラがレルムに捧げる愛だ。
(レルムを信じている。私は動じたりしない。どう在りたいか、レルムが望む己を貫いて。首枷があってもなくても愛しているわ。私のレルム。何があろうと、ずっと)
ふたりはお互いをうっとり見つめあった。
「…一緒。嬉しい」
「うん。嬉しいな」
額をくっつけて、ふたりは同じように微笑んだ。
「「幸せ」」
ファム・ファタール①
アウローラ(19)レルムを翻弄することにかけてはプロフェッショナル。情熱もある。フルメイクが自信につながりイケてるレディのムーブかましている。「あくまで淑女ですけれど、未来では悪役令嬢のようですけれど、激烈最推し夫たるレルム限定で肉食系悪女ですの。目下の目標として痴女の看板だけは外したい所存ですわ…」
男子禁制クローズド女子会で盛り上がった「推し吸い(意味深)」を叶えた猛者。ヤンデレ萌えは真正。動じない。夫への信頼は盲信の域。揺るがない。
レルム(19)飢えすぎて首枷を外しかけた。かろうじてセーフ。たっぷりごはん(アウローラ)で見事に復活を遂げる。「勇者」は善の存在でないとね。先祖返りなだけで「勇者の生まれ変わり」じゃないと判明して、めちゃくちゃ安堵している。「おれはレルム。護衛官。アウローラと共に在る男。目下の目標は…温泉ランド完成させてハネムーンの続きを再開するぅ!」
去年、二刀流ハリセンにより、爛れきった生活を中断させられたことを未だに根に持っている。




