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君との恋を、ファムファタルの箱庭の中で  作者:
最終章 箱庭の夜明け
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99 タマシイを死守すべく覚悟を決める…それがツァウヴァーンの乙女!(前)

りこん状態…夫婦が離れて暮らす状態を指す。元の世界には離婚が存在しないため、現実の意味を知るのはアンナのみ。彼女が口走った「離婚」という言葉を夫婦がカン違いして使っている。



 スペルモルは振り返りもせず去った。

 草間までも軽い足取りで部屋を出ようとしたことで、ハッと気づいたアウローラが慌てて声をかけた。

「草間さま! 入浴なさるなら、どうか軽めに…それから、その後に待合室でお待ちください。軟膏の塗り直しと、あと、よろしければ、わたくし、診察を…、え? いらない、ですか? でも…

 ちょ、レルム、今お話ししているの。少しだけ離れて…ああ行っちゃった?! …ええと、とりあえず追いかけ…わぁあっ」

 夫の可愛さに魅了されつつ、今にも不埒な動きをしそうなその手を警戒しつつ、草間の怪我を心配しつつ、あとなんやかんやでアウローラの脳内は相変わらずとっちらかっていた。

 それはもう割といつものことなので、レルムは一生懸命に喋るアウローラの声をスルーして抱き上げた。そのまま意気揚々と歩き出す。

 爽やか極まるキラキラ野獣というちょっとよくわからない雰囲気を放つ夫に優しく捕獲されたままアウローラは声を張り上げた。

「えええ…あ、『尊きお方、わたくしたちはこれで失礼いたします。あの…明日の朝、帰還前にまたご挨拶いたします。もし草間さまのお見送りをなさるなら』

 …ね、レルム。少しだけ待って。

 草間さまの手当と、王の意向だけは確認させて…ね、…あの…じゃあ、せめて退出の挨拶(カーツェ)くらい…レルム、さすがにちょっと…ぅああ…『ご無礼お許しくださいぃ…っ』…」

 とうとう開いた扉の前に到達した。抱き上げられたままのアウローラは眉尻を下げた。

(どうしよう。レルム止まってくんない。頭ぽんぽん撫でてあやしてくる。

 まるで私が駄々こねてるみたいな空気だしてるけど違うよね?

 明らかに礼儀かまわないレルムのほうがおかしいよね。え…だよね?)

ついに困惑しだしたアウローラに、カイザルは豪快に笑いだした。

「ははっ! レディ・アウローラ、囚人には遠慮も礼儀も必要ない。敬称もいらない、好きに呼べ。

 ついでに草間の怪我も問題ない。他の男なんざ構わずレルムに集中してやれ。じゃあな、ご両人」

 カイザルはひらりと片手をひるがえして見送った。

 ドアを閉める寸前、カイザルがちゃっかりアウローラに向けて手慣れた誘惑の視線(めくばせ)かましたことに、レルムは気付いていた。レルムが気付くようわざとやったことにも気づいていた。

(油断も隙もないな、あの野郎)

 軽く煽ら(イラっとさせら)れつつ、縦抱きにしたアウローラの二の腕に頭を摺り寄せる。

 すぐさま柔らかい(ねつ)が頭にのる。愛おしさを込めた優しい手つきで、短くなった髪を丁寧に梳いてくれる。

 レルムはデレた。

(あ”ー…めっちゃ好き。煽られる。断然こっちがいい。

 とうに資格を失った亡者が一丁前に当て馬(おぜんだてオトコ)を気取りやがって…紳士モドキ(デカダンス・ダンディ)はひっこんでろ。おれたちには必要ねぇよ、クソが)

 キラキラと爽やかな雰囲気を漂わせるレルムの、細めた目の奥の瞳孔はわりとずっとバッキバキに開いている。

 愛しい妻がくつろげるよう、愛情として正しく伝わるよう、激情をマイルドに見せかけているだけだ。

(前から薄々思っていたけど…やっぱり暴力性(いかり)と性欲って感覚としては似てるかもしれない。

 心は全く別物なんだが。普段は愛でて慈しみたいって想いしかないんだが。

 恋愛感情があるから触れたいし我慢も楽しめるんだが…どうも興奮が似てるんだよな。

 今の興奮がカイザルへのイライラなのかアウローラへのムラムラなのか…両方が混ざってもう区別つかないなぁ…脳が沸騰してる。頭おかしくなりそうだ。早く欲しい。力にもの言わせて好き放題したい…はぁ…アウローラ相手に乱暴な興奮は嫌だなぁ…優しく甘やかしてイチャイチャしていたいのに…くそ)

 アウローラが「最近のレルムは余裕があって大人っぽい」と感じていられるのは、レルムのたゆまぬ努力があってこそである。決して「おとなの余裕」ではない。

 当然ながら、アウローラが心の隅っこでうっすら抱く不安「妻の身体に慣れて飽きる手前なのかも」なわけがなく、むしろ愛情が増して自制心が高まった証である。

 アウローラが抱くレルムに対する不安は常に杞憂なのだ。彼の心は常にアウローラだけを見ている。

(なんつーか…男の本能って矛盾の塊というか…危うい生き物だよな。本気でバレたくない。愛情なのは分かってもらいたいけど執着(なかみ)は見ないでほしい。

 怯えられたくない…愛しているだけなんだから。

 夫婦だから愛し合うのは当然で、おれは特別(おっと)だから好きに触る権利がある…愛し合っているんだ、やり方がどうだろうと怯えるほうがおかしい…

 ああ、違うな。おかしいのはおれだ。何考えてたんだっけ?

 …なんでもいいか。今すぐ欲しい。

 飛び降りたら一瞬で部屋だ…が、ヤバいな。頭ぐらぐらする。酷いことしそう…それは嫌だな。大事だから甘やかしたい…だからちょっと落ち着きたい。

 面倒だが時間稼ぎだ、階段を使うか…早く欲しいなぁ…愛されたい。好き放題を許されたい)

 アウローラが感じる以上にレルムの想いは重い。

 レルムが自覚する以上にレルムの愛は重い。とてつもなく、重い。

 もはや執着と同義、浄化された呪いと変わらない。

 生者なので質が悪い。性欲がある。様々に変化する思考がある。

 存在意義が固着した呪いより、扱いが難しいのは明らかだ。

(…あ”-…イライラする…何でおれ歩いてんだっけ? 飛べばすぐなのに…

 ああ。そうだ。そうだった。酷くしないためだ。大事なアウローラを大事に可愛がるためだ。…かわいがりたいなぁ…どうしようかなぁ…)

 これまでの彼の執着はまっすぐだった。

 歪まずにすんでいるのは、支配欲の強いアウローラが何でもかんでもそのまま受け入れてレルムを(しはい)し続けてしまうから。

 害意に変質しないのは一族の首枷(きょういく)のおかげ。

(…、…。…、いや…それはさすがに焦りすぎだろ…痛がられたら…ちょっとくらい…

 いや、ダメだ。

 アウローラ触るんだ、ちゃんと可愛がって…

 でもなぁ…堂々とやれば「こういうもの」だとすぐ信じきるから…何でも許されそうなんだよな。…可愛がる態でいけば…実際、可愛がりたいだけだし…

 アウローラだってこんなカワイイ格好して来たんだ、おれにむちゃくちゃにされたいからに決まってる。

 …こんなドエロいスカート履いてるのが悪いんだし…)


 男を破滅させる女(ファムファタル)が時代を超えた共通認識になるほどに、その概念は魅力的だ。熟語本来の意味が残ろうと、使う人間にとって都合の良いイメージが先行する。

 害意の制御は人間の命題だ。他責感情は弱きに注がれ続ける。強者は自制心を試され続ける。

 レルムは一族の首枷を身に着けており、さらに比翼連理の魔法で手綱が付いている。それでもまだ躾の必要な駄犬にすぎなかった。しかも鳥頭なので、躾は生涯通して必要となる。



 飢えたレルムは、しみじみ思う。

(…そうだよな。

 おれに触られたいからドエロい恰好してるんだもんな。これがナイショの秘密だな。ようやくおれも理解が追いついてきた。

 アウローラについて理解が深まるのは気分が良い…おれだけしか知らないアウローラがいるのもすごく良い…エロい妻って好いよな。おれのための身体だ…早く楽しみたい…)

 ちょっかい大好きカイザルによる捻くれた善意のお膳立てなど、この夫婦には本当にまったく必要ない。むしろ逆効果だ。

 ただでさえ色々あったうえでの「お預け」期間。たった4日間の出張、ではない。耐えに耐えた彼にとっては、飢餓の地獄からの帰還。今のレルムは限界を超えている。

 とても静かに、レルムは深淵(はめつ)へ足を踏み入れていた。


 「レルム、カイザル王はああおっしゃったけれど、草間さまの怪我は頭部よ?

 そりゃあ私も早くレルムとふたりきりになりたいわ。

 けど、経過観察と診察だけは、その前にするべきことだと思うの。ね、心おきなくイチャイチャするためにも、今から湯殿の待合室へ…」

 レルムの髪をサラサラと撫で梳きつつ、アウローラは喋る。

 地声の高音(きをぬいたこえ)はレルムの耳に心地よく響き、内容はスルーンと通り抜けていき、髪を梳かれる感触にうっとり集中する。その足取りは軽く、レルムは囀る愛妻(アウローラ)を大切に抱えたまま螺旋階段を下り、湯殿方面に向かうことなく、愛の巣(アウローラのへや)がある3階へ繋がる大階段を上りはじめた。

 「? ?? レルム、どうして? もしかして軟膏を取りに行こうとしている? あのね、大丈夫よ。この前、救急箱の中に軟膏も入れたの。小さな容器だから気付かなかったかもしれないけど、タグをつけたから探せば分かると」

 レルムは無言でアウローラの頭をヨシヨシした。リボンをほどき、ピンを抜き、それらを袖口の小さな隠しポケットにねじ込んで、柔らかく波打つ髪をほぐして下ろす。

 ついでに耳を撫で擦る。くすぐったそうに肩をすくめるアウローラの頬に手を添えて体温を味わう。歩みは止めない。

 「…ええと…レルム? あの…聞こえている? 行くのは湯殿よ? 直接に向かっても大丈夫なの。手当できるから…ええと…」

 アウローラの困惑を含んだ甘い囁き声が吐息と共にレルムの耳に吹き込まれ、ゾクゾクを味わったレルムの笑みが深まった。

 訝しげに夫を覗き込んでいたアウローラが目を見張った。

「…レルム、顔が…あの…表情が…」

 ようやくレルムの状態を正確に悟った獲物ちゃんは、同時に「今の己に散歩のルートを決める権限がない」ことも悟った。

 レルムは甘い美声で妻を口説き(わからせ)はじめた。

「アウローラ、別々の戦地から帰還した軍属の夫婦がどうなるか。具体的な内容は覚えている?」

「? ええ。そうね、確か「ほぼ身体だけで語り合うのが普通で、お互いを抱き潰すことに人生をかけている節がある」のよね。「会える時間が貴重すぎて、大変なことになる」…と…え。え。あの、ええと」

「正解。さすがアウローラ。一言一句違わない。

 それで、アウローラは言ってくれた。いつかレルムの足腰を立たなくしてあげる、期待して待っててって。羨ましいなんて言わせないって、きっぱり言いきってくれたの、あれおれ嬉しかったなぁ…」

「レルムが嬉しかったなら私も嬉し…、

 あれ。待って。レルム、でもそれって心構え的な意味で言ったわ。いつかそうなれたら素敵ねって。そうなれるよう目指すねって…

 あ、そうね。確かにりこん状態ではあったもの、良い機会だし試しても…え。でも今日は無理よね?

 だって、そんな…いくらなんでも、だって明日があるわけで、さっきの話の帰還したご夫婦は、翌日以降も長期休暇がまとめて与えられているから可能なのであって私たちはそうではなく、そもそも別居といっても、結局たった4日間ですんで」

 余計な知恵を思いつく隙を与えないよう、レルムはアウローラの口をふさいだ(ウチューとな)。それはもう情熱的にウチュウチュしつつ階段を登り切り、廊下を歩き、アウローラの自室のドアを片手で開くや、するりと身をすべらせ、静かに閉じる。

 ちょっと酸欠ぎみに陥った妻が無心でふぅふぅあえいでいるので「やぁこれはたいへんだ。こきゅうしやすいようてつだわなくては」と、レルムは速やかに妻を天蓋ベッドへ運び入れた。

 で、衣服を剥いた。最速で。靴も。アウローラが皮膚呼吸する生物でないことは重々承知の上で、呼吸確保の名目で全身ぺろりと剥いだ。

 妻の靴下や肌着は、まとめてスツールに置かれたカゴの中へ。その上に軽く畳んだドレスを乗せ、蓋をする。


 ちなみに肌着のポケットにあった辞書(じゅぶつ)だけは乱暴に引き抜かれ、絨毯の敷かれた床へ若干勢いよく叩き捨てられた。

 呪物は凝り固まった害意であって、感情はない。

 肌着のポケットに入れたのはアウローラであって辞書が望んだわけではない。ていうか性欲ない。しょせん物だから。だが許されない。

 レルムの脳内において、辞書と呪いをかけた人物はイコールで結ばれていた。つまりレルムが贈る故フレドリク王の追号は「女性用肌着に居座る育児放棄クズ野郎」なのである。

 生前の蛮行(いくじほうき)はともかく、肌着(それ)に関しては盛大な冤罪なのだが、(フレドリク)に異議申し立てする機会は永遠にこない。


 あっという間に全裸に剥かれ、驚いたアウローラは慌てて身を丸めた。

「わぁ…え、早…?! 待ってどうして、どうやって…だって今日のドレスって、アンナが「めっちゃ焦らして翻弄してこい」って勧めてくれたボタン多めの…紐の位置もややこしい…なのに、こんな…早すぎ、え、ええ…?」

 うろたえる愛らしい姿をうっとり眺めつつ、レルムは軸足で辞書を踏みにじる。ベッドに片足を乗り上げて、すばやく革靴を脱いだ。軍靴なので容易には脱げないのだが、本気になったレルムなら一瞬だ。靴下はアンナがくれた未来の物で大変に脱ぎやすい。一瞬もいらない。

 盛大な私怨からくる細やかな腹いせとして「てめぇはこれでも嗅いでろ」と辞書の上に軍靴と靴下がボトボト落ちた。故フレドリク王に異議申し立て以下略。


 甘いのか怖いのかよくわからない危機感を肌で受け取り、アウローラはつい身を震わせた。

 レルムはそれを「寒がっている」と都合よく判断した。

 冷気(じゃま)が入らぬよう天蓋のカーテンをびったり閉めきれば、真昼間なのに真っ暗な空間(よる)がうまれる。

 レルムは微笑んだ。感情を解放した笑みは爽やかとはいかない。本来は見せたくない類の笑みだ。

 ただレルムは知っていた。裸眼で暗視できる自分と違い、アウローラにはまだ何も見えていないことを。比翼連理の魔法の効果で多少は視力が上がっているのだが、急激な暗闇にすぐ順応できるほどではないはず。

 事実、そのとおりだった。

 暗くて何も見えないアウローラは、しかし何らかの不穏な気配は感じて、ブルッと本格的に身体を震わせた。

(どうして…何かやたらゾクゾクするんだけども?!)

 レルムは目がとても良いので、涙目でオロオロと視線を彷徨わせる姿がよく見える。目の前にいるだろう夫と目を合わせようと探すアウローラの、健気でいじらしい表情をしっかり堪能した。

 自然に、唇の端が深く吊り上がる。その眼には嗜虐的な色が宿っていた。

(…ほんの少し。ほんの少しくらいなら、乱暴にしても…アウローラなら許すんじゃないかな。

 このまま何も言わず、黙ったまま…いつものおれらしくない真似をしたとして。

 不安に怯えさせたまま、おれが好きにあそんだとしても…後で涙目を作って謝ったら「レルムだから」で受け入れる気がするなぁ…?)

 頼りなく彷徨うアウローラの両手首をそっと掴む。

 アウローラの表情がほっとしたように緩み、いつものように指先を絡めようと動くがレルムはそのまま手首を掴み続けた。

 アウローラの表情に困惑が宿る。

「…? レルム? 手を繋ぎたいわ」

 レルムは黙ってそれを無視した。アウローラの表情をじっくり眺める。

 困惑が深まり、目が不安そうに揺れ始める。手を動かして外そうとしているようだが、そうはならない。力の差は歴然としている。

 決して痛まないよう、しかし逃げ出せないよう、レルムは優しく優しく掴んでいる。囚われの細い手首は頼りなく、柔らかく、温かい。愛おしいばかりのそのぬくもりに…レルムはごくりと唾をのんだ。

 するつもりは欠片もないのに、死んでも絶対にしたくないのに、いつものレルムなら反吐がでるような暴力的な空想が脳裏をよぎったのだ。その後味は忌避感と恥辱。眩暈がするような苛々とともに暴力的な衝動が湧きあがる。レルムは努めて深呼吸を繰り返すことで堪えた。

 理性はしっかりある。

 ただ身体が狂ったように興奮していた。

 動悸が増して、胸も息もひたすら苦しい。レルムはアウローラの手を横に引き寄せた。手錠をかけるように細い手首同士を優しく触れさせ、ひとまとめにして片手に掴み直す。

 きょとんとするアウローラの両目は無垢で、無防備で、何一つ危機感がない。

 それはレルムを孤独から救いだした瞳だ。アウローラはレルムを恐れない。レルムから「嫌われる」ことに恐れるが、レルムそのものを決して恐れない。

 その信頼がどれだけレルムを勇気づけてきたことか。重なりあう指先はレルムの髪を梳いて安らぎをくれる。温かい体温は、その存在は、いつだってレルムを癒して励ましてくれる。アウローラがレルムを人間と見做すから、レルムは人間で在ることを諦めずにいられる。

(乱暴にされていいはずがない。当たり前のことだ。一方的な行いは暴力と同じ。分かっている。したくない。しない。…でも、今は、…アウローラにだけは…、してみたい)

 脳がぐつぐつと沸騰しているものの、レルムの顔色は青ざめていた。思考がまともに働かない。

 したくないことをしたくてしたくてたまらない。

 衝動が収まらない。

 助けを求めてアウローラの背に手を回す。

 レルムは助けて欲しかった。

 カイザルが口にした単語(スラング)に軽蔑を感じたはずの良識(こころ)が、何故かまったく反応しないので。下衆(ソーマ)に堕ちたくないのに、嬉々として堕ちたいと望む自分に恐怖していたので。

 レルムには薄々分かっていたことがある。あまりにも都合が悪かったので、目をそらしていただけだった。気付かないフリをしていたかったのだ。

()()()()()()()()()()()()()()。本当は誰にも興味がない。

 軍を…隊の皆を「仲間」と呼んで信頼していても、おれは人間を同胞(おなじ)だなんて思っていない…だって異質じゃないか、みんな()

 誰もが()()()()()()()()

 おれだけがこんなに我慢するなんて、おかしいだろ…ただ生きているだけなのに…!)

 キシリと心の奥で枷が緩む気配がした。レルムの恐怖は増した。

(こうだから、おれは警戒されるんだ。

 どれだけ親しくしても、常に最低限の警戒を解かれない理由はそこにある。どれだけ役に立っても、何もしていなくても、誰もが心の奥底でずっとずっとおれを「いつか加害者になりえる」と疑い続けるのは…いつまでも同じ(なかま)と考えてもらえないのは…こんなおれを見透かされているからだ。

 異質なのはおれ。

 …皆を異質(へん)だと感じ続ける、おれこそが魔獣(へん)なんだ)

 背に回した手に少しだけ力がこもり、すがった指先が柔らかい肌に少しだけ食い込む。痛みを与えないよう調整した。

 それでも常にない力強さを感じたようで、アウローラの眉が心配そうに下がる。良く見えない視界で、レルムの顔を覗き込むために身を寄せた…そうとわかるのに、何故かそのまま逃げられる想像が頭をよぎったレルムは、とっさにアウローラの手首と背を引き寄せた。

 唐突に手を引かれたアウローラは目を見開いて驚いていた。されるがままレルムの胸板にぶつかる。レルムの身体は熱く、じっとりとした冷や汗が浮かんでいた。

(ソーマの気持ちだけじゃない…今はその欲も分かる。

 それから…カイザルの安寧が羨ましい。

 アウローラをむちゃくちゃにしたい。

 おれのことだけ考えて、おれのためだけに生きて欲しい。

 自分だけの物にしてしまえばきっと心の底から安心できる。

 所有して、好き放題して、それで壊しでもしたら、きっとおれもそのまま壊れる…そうなったらもう延々とアウローラの中に居座って過去を反芻していたい…カイザルのように。

 ひたすら幸せな記憶を味わいながら気持ちよくなっていたい。…助けて、アウローラ)

 冷や汗が流れ落ち、手のひらもじっとりと滑りそうなほど濡れている。

 アウローラも気付いたのか、手首に視線を落として小首をかしげた。

「レルム? 体温が高いわ? 体調が悪い、わけではないのよね…はぁ…あったかぁい…」

 ひとまとめに捕らえた救いの手。細くて柔らかいそれを、レルムは己の胸に押しあてる。鎖骨を避け、心臓の位置に。

(こんなドロドロ知られたくない…けど、おれが苦しいことを分かってほしい…一緒に苦しんでほしい…。

 アウローラなら…何でも許すだろ…?)

 苦しい、と感じる心と裏腹に、レルムの表情は嗤っていた。

 得体の知れない醜悪さが滲み出る、赤裸々な感情がそこにあった。

 何やら囀るアウローラの両手首を優しく握りこむ。拘束の意図を含ませた動きは簡単に成功し、安堵と愛おしさと同時に脳が沸騰するような興奮を覚える。

(おれを救ってくれよ…出来るだろ…?

 アウローラにしかしないから…特別だから、受け入れてくれ)

 嫌だったとしても我慢してくれるに決まっている。

 我慢させるためには対価を…前報酬を渡しておこう、とレルムはアウローラの髪に唇を寄せ、優しく優しく甘い口づけを押し付けた。

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