【短編】夕立
夕立が去った後の風が気持ちが良かったので書いた遠い記憶の物語。
冷たい風が吹く。
きっと、どこかで雨が降っているんだろう。
蒸し暑い中に、身を震わせるような冷たい風。
ここは汗が噴き出すほど暑いのに、きっとどこかで激しい夕立で昼の暑さを涼んでいる人たちがいるのだろう。
リンリンと窓際の風鈴が鳴く。
楽しげな鳥たちと、短い一生を満喫している蝉たちが合唱し、この蒸し暑さを倍増させる。
遠くから静かに川の音。
“さあさあ”と流れる涼しげな音。
ここに川梨友里香は5年ぶりに帰省していた。
少し早い夏休みでしばらくぶりに帰省した友里香は、じっと外を眺めていた。
ここには3時間前まで当たり前だったものは何一つ見当たらない。
ビルも、大勢の他人も不快な空気も。
それでもずっと都会に憧れていた。
スーツを着て、ビルの海を颯爽と歩き、バリバリと仕事をする。
そんな女性になりたかった。
そしてその願いは叶った。
大学は都内の有名私立大学に進学し、そのまま大手製薬会社の事務員に。世間の不景気なんて気にしないで、仕事に打ち込んできた。
ただ、何か物足りなかった。
時間以外の欲しいものはすべてそろった。
欲しかったシャネルのバック、フェルガモの靴・・・・・。
けれど、何をしても心の中にぽっかり穴が開いていた。
「友里香~、スイカ食べる?」
台所から母の声が聞こえてきた。
「たべる~」
答えたあと友里香は黒光りしている縁側に寝転がり、流れる雲と水色の空を見上げた。
コチコチと古い時計が針を刻む音が聞こえる。時間がゆっくりと過ぎているのがわかる。
そのまま目を瞑っていた。
「冷たい!」
母が寝ている友里香の頬に水滴を落とした。
「スイカ食べるんでしょう?」
母は笑って言い、起き上がった友里香の隣に腰を下ろした。
「さあ、食べよう。」
言われてスイカを見下ろすと、なんとも不恰好なスイカが切られてあった。
「向かいのおじいちゃんがくれたのよ。形は瓜みたいに不恰好だけれど、甘いって。」
ゆりかは一口噛り付いた。
途端にかけすぎた塩のしょっぱさと、その後に口一杯に甘味が広がった。
「う~ん。おいし」
母は笑顔で言った。
「うん、おいしい。」
しばらく二人は静かにスイカを食べ続け、いつの間にか巨大なスイカの半分を食べてしまった。
「よく食べたわね~」
感心したように母が言った。
「そうだね」
今度も友里香はうなずいた。
「・・・・・・・・ねえ、ゆりちゃん。」
「・・・なに?」
母が言いたいことはわかっていた。
「そろそろこっちに戻ってこない?」
「そのうちね」
何度も繰り返された会話。
いつものように母はじっと友里香を見る。
その目は友里香を心配しているといっていた。
「いつでも戻ってきてもいいのよ。」
「・・・・・うん。」
でも、ここに戻ってきてしまったら甘えてしまう。戦うことを忘れ、親に頼ってしまう。
それが怖かった。
「都会もいいところなんだよ?ここに戻ってくるのはババアになってからでいいや。」
少しだけ強がって、おどけて言った。
「・・・・そう?でも、ほんとに辛かったらね。」
涙が出そうだった。
ひざを両手で抱え、じっとそれを堪えた。
だからここにはなるべく帰りたくなかった。
不意に、出ていた暑苦しい太陽は積雷雲に隠れ急にあたりは暗くなった。
「あら、一雨来そうね。」
母は皮だけになったスイカが乗っている皿を持って立ち上がった。
「夕立が来るとここもビショビショになっちゃうから、ちゃんと閉めてね。」
「うん。」
でももう少し、ここにいたかった。
背筋をしゃんとさせる冷たい風が吹くこの場所に。
台所へ向かっていた母がふと立ち止まり友里香に言った。
「スイカが野菜なの知っていた?」
「うん、知ってる。」
子供のころから何度も聞かされていた。
いつの間ににぎやかだった鳥と蝉の合唱は止み、リンリンと風鈴だけが寂しげに鳴っていた。
もうすぐ夕立がやってくる。
end
当時は少し背伸びをして書いた物語。
今は、気恥ずかしい。
今年はスコールのような夕立が降っています。




