四章 五話
--ガチャッ
「美夏?」
玄関の扉が開く音がした瞬間、美貴は布団を剥いで部屋を出た。
「ごほっ・・・美夏!おかえり!」
階段の上から下に向かって叫ぶ。しばらく待ってみたが、応答がない。
美貴は不思議に思い、重い頭を抱えながら階段を下りて玄関を見た。
脱ぎ捨てられている一足のローファー。片方は廊下の上に転がっている。
「トイレかな?」
美貴はローファーを拾い、靴箱に入れてやった。
「美夏。そんなところで何してる」
「あ、お父さん。」
美貴の後ろに、リビングから出てきた父親が立っていた。
「熱をだしているんだろう?部屋にいなさい。」
「はーい・・・」
父親はそれだけ言って、再びリビングに入って行った。
美貴は父親が入ったリビングのドアを見つめていた。
お父さん、なんだか寂しそう。
~~~~~
「え?あのこ・・・」
「ちょっと、聞こえるってば」
そんな感じの会話、学校を出てから何度聞いただろう。
道ですれ違う人々が、私を指さして何やらひそひそ言ってる。今の私、何か変なのかな?
そう思い、近くのショーウィンドウを見てみた。
ぼさぼさした髪。疲れ切った目。生気の感じられない表情。砂がついて汚れた紺ソックス。
これが、私?
まさかここまで汚らしいとは思わなかったけど、今はそんなことどうでもよかった。
今は、今後のことについて考えるので精一杯だった。
明日から自分はどうなるのだろう。また小学校や中学の時みたいになるのだろうか。
誰も必要とせず、誰からも必要とされないまま高校を卒業していくのだろうか。
それとも卒業までにはこれがどうにかなるのだろうか。
そんなことを考えていると、気付いたらもう家の前に着いていた。
道のりが長かったような短かったような・・・。
ドアノブに手をかける
ドアを引いた時に鳴る『ガチャッ』という音がした瞬間、二階の部屋のドアが開く音がした。
「ごほっ・・・美夏!おかえり!」
やばい、美貴だ!
私はローファーを乱暴に脱ぎ捨て、急いで洗面台へと向かおうとした。
--ドンッ
鼻に少し硬いものがぶつかり、勢いを失う。
顔をあげると、私がこの世で一番憎い人物
父親が、私を上から見下ろしていた。
田代のように。
「お前・・・」
父親の口元が微かに開いた。
怒られる。
今ここで立ち止まっていたら、美貴が来てしまう!
私は前に立ちはだかる父親を横に突き飛ばし、奥の洗面台のある脱衣場に入った。
急いでドアを閉めて鍵をかける。長い距離を走ったわけでもないのに無駄に息が荒い。肩で息している。
鞄を床に置き、汚れた靴下を脱いで洗濯機の中に放り込んだ。
そして、鏡を覗く。