二章 五話
私はこのことを、美貴には言えなかった。
蹴られたことや、その時感じたことを。
言ったらお父さんにばれそうな気がして、怖くて、言えなかった。
私は毎日布団の中で泣いていた。
「おはよー2人ともー!」
「おはよー!」
次の日から私は学校では明るくすることに決めた。いつも以上に。
「最近美夏元気になったねー!いいことあった?」
「いや、特にないけどね?」
「もしかして圭介と・・・!?」
「キャーッ!」と騒ぐ友達。私はそのなかで必死に「違うよ」と誤解を解いていた。
「そういえば、美夏。ほっぺどうしたの?」
一人の友達に聞かれた。昨日打った頬はガーゼで隠した。青痣ができていたから。
「あーちょっと昨日転んじゃって!」
私は誤魔化した。するとみんなは素直に信じてくれて、「馬鹿じゃないのー?」などと私をバカにしてくれた。
笑う私を、美貴はずっと見ていた。
放課後
「美夏!帰ろっ!」
終礼が終わったら、私の席のもとにすぐに美貴が駆けつけてきた。
私はばれないように今日の曜日を確認する。
・・・水曜日か
私は顔の前で両手を合わせた。
「ごめんっ!さっき集めたノート持っていかなきゃいけないから、先帰ってて!」
「え、それくらい待つよ・・・?」
「ううん!いいの!じゃあね!」
私はノートを持って、教室を逃げるように出て行った。
そして、重いため息をつく。
これでいい。
毎週水曜日はあの日からお父さんが早く帰ってくるようになった。美貴と一緒に家に入ったら、お父さんと顔を合わせることになる。
私はそれが嫌だから、水曜日だけは一人で帰る。そう決めた。
同時に水曜日は理科のノートを私が集めることになっているのでちょうどいい。
最初は面倒だと思っていたけど、今となっては助かってる。
私は廊下の曲がり角を曲がろうとした。
すると、壁から足の先だけが飛び出ている。
・・・私を引っ掛けようとしてるの?
私はばかばかしく思いその足の前を通った。
曲がり角を曲がると、そこにいたのは壁に寄りかかりながら片足を差し出している浅田君。
「あれ・・浅田君だったんだ・・・」
「あ、うん・・・引っかからなかったんだね。」
ちょっと悪い感じ。引っ掛かればよかったかな?
「ご、ごめんね?」
「あ、いいよ。謝ることじゃない。」
浅田君は笑って赦してくれた。
私もつられて笑おうとする。
――――――ズキッ!
「っ!!」
昨日の傷が痛みだした。おかげで、浅田君の前で顔が引き攣ってしまった。
「橘・・・」
無表情で呼び掛ける浅田君。
「昨日転んでできた傷だって言ってたけど・・・」
あ、聞こえてたんだ朝の会話。
「あ、うん。バカでしょ?」
私は痛まないように微かに笑った。
「ほんとバカだなお前!」笑ってそう言われると思ってた。でも、浅田君の表情は暗いまま。
「・・・今俺の脚に引っかからなったし、お前はどこかで転ぶような馬鹿じゃないと思うんだ。」
・・・どうゆう意味?
「誰かに殴られた?苛められてる?悩んでるんだったら俺に言え。」
なんで・・・?
どうしてわかるの・・・?
「朝お前が笑ってるの見たけど、なんか変だよ?」
変?
私、笑えてなかった?
私は何も言えなくて俯いていた。
「・・・無理に言えとは言わないけど、あまり溜め込まないほうがいいよ。」
その瞬間、私の足元が滲んだ。そして私の足に言って気の滴が垂れる。
私は泣いていた。
すると私の方に手を置かれ、頭を撫でられた。
「よほど辛かったんだろ。何も言わなくていいから、泣け。」
ノートが手からずり落ち、一気に涙が溢れだした。
可笑しいな。夜にあれだけ泣いたのにまだ涙が出てくる。
これは昨日と同じ悔し涙?
違う。
うれし涙。
浅田君が
私何も言ってないのに。
言ってないのに心配してくれた。
本当の私に気づいてくれた。
嬉しかった。
美貴とはまだ別の、違う存在。
『好き』
私は浅田君の腕の中で声を軽く上げながら泣いた。
そして気付いた。
浅田君が好き。