表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/66


 それからも山道を歩くこと暫く、僕らは目的である薬草の群生地に辿り着く。

 道中で狩る予定だった、レッドボアには出会わずに。

 レッドボアは体が大きく、移動をする場合でも色々と痕跡を残すから、パーレがそれを見逃す筈はない。

 実際に、ここまで来る途中にも、レッドボアが移動をした痕跡はずっと続いてた。

 

 そう、つまり、

「あぁ、そういえばバードレストの村長が、鈴鳴り草が風に吹かれて鳴る音は、魔物を惹き付けるって言ってたっけ……」

 レッドボアの現在地は、僕らの目的であった薬草、鈴鳴り草の群生地だったのだ。


 これは正直、かなり面倒臭い事態である。

 何が面倒臭いって、レッドボアを排除しなきゃ薬草の採取ができないのに、排除がスムーズにいかなければ暴れられて、群生地を踏み荒らされてしまう事。

 レッドボアのサイズはグレイウルフの数倍あって、暴れた際に周囲に齎す被害もその大きさに比例するし、更にかなりタフなので、遠距離からの攻撃一発で仕留めるというのも難しい。

 直線的な動きしかしないから、仕留める事自体はそんなに難しくないんだけれど……、周囲に被害を出さずにとなると、途端に難易度が跳ね上がった。


 もちろん多少レッドボアが暴れたからって、鈴鳴り草が全滅する訳じゃないしハーバレストの山にはここ以外にも群生地はあるだろう。

 けれども毎年流行る病に対する薬草の群生地を、それが故意ではなく、結果的にとはいえ荒らしたとなると、冒険者組合からの評価も下がるし、バードレストの村からの心証も悪くなる。

 何よりも、僕らの気持ち的にも、すっきりとしないシコリを残すのは間違いないから。


「さて、どうしようね」

 僕らは闇雲に群生地に近付かず、可能な限り穏やかに、レッドボアを群生地から引っ張り出す方法を相談、模索する。

 主に、魔法使いである僕か、僧侶であるルドック、どちらかに、この状況に適した魔法はないかって風に話は進む。

 本来、こういった周囲の環境に影響を与えずに対象に働きかけるには、主にエルフがよく使う、精霊魔法が適してた。


 ただ、シュトラ王国はあまりエルフとの折り合いが良くない。

 エルフ以外にも精霊魔法の使い手はいるのだけれど、どうしてもその数は少なくて、シュトラ王国では魔法使いや僧侶以上に珍しい存在なのだ。

 なので、今、この状況で精霊魔法を求めるのは、単なる無い物ねだりである。

 そりゃあ僕だって、精霊魔法には興味があるから、その使い手がパーティに入ってくれたらと思う事は、時々あったりするけれども。


 魔法の闇で視界を奪う。

 恐らく、暴れられるだけである。

 僧侶の魔法で心に平静を齎す。

 仮にそれが功を奏して一瞬は静かになったとしても、僕らを見ればすぐに激高し、レッドボアは暴れて襲ってくるだろう。


 ……あぁ、でも、もしかするとこういった状況で、使えるかもしれない魔法が一つあった。

 僕の提案に仲間達は、他に代替案がない事もあって、すぐに賛成してくれる。


 群生地のレッドボアに見つからないように潜みながら、小さな声で詠唱をした僕が使ったのは、

幻影クリエイト・イリュージョン

 実体のない虚像、触れる事の出来ない幻をそこに生み出す、第二階梯の魔法だった。

 そう、レッドボアをあまり刺激せず、けれどもその好奇心をくすぐる幻影で、群生地から釣り出すのが、僕の立てた作戦である。

 いや、単に魔法をそのまま使うだけだから、正直、作戦と呼ぶのも烏滸がましいけれど、恐らく効果はあると思う。


 釣り出す為に作した幻影は、巨大なキノコ。

 レッドボアの同種、仲間の姿を見せる事も考えたが、それで縄張り争いを意識されては、結局暴れてしまうだろう。

 故にキノコだ。

 猪は、キノコを食べる事があると、聞いた記憶がある。

 それは多分、レッドボアも同じ筈だった。

 身の丈近い大きなキノコを見かければ、レッドボアも幾らかの興味は示すと思う。


 しかし所詮幻影のキノコは、本物のような匂いは発さない。

 でも、それが故に、レッドボアはそれを不審に思って、近寄って匂いを確かめようとする筈だ。


 実際にレッドボアは、……僕には魔物の表情なんてわからないけれど、多分戸惑いながら、そして警戒もしつつ、ゆっくりと幻影に近寄っていく。

 別に最後まで騙し切る必要はない。

 この幻影の魔法の主な使い道、あぁ、僕が主にどう使うかって話なんだけれど、それは見晴らしのいい場所で隠れる必要がある時に、岩なりなんなり、その場にあってもおかしくない物の幻影を自分達に被せるようにして使ってる。

 ただやはり所詮は幻だから、遠目には完全に騙せても、近付かれると存在感はどうしても薄く、触れられる前には偽物だと気付く。


 いやそれは恐らく、幻影の魔法の問題じゃなくて、使い手である僕に問題があるのだ。

 賢者の学院に、この魔法を専門に研究していて、本物と寸分違わぬ存在感のある幻を生み出す魔法使いがいる。

 丁度、僕が魔法の矢を得意とし、その可能性を色々と模索して研究しているのと同じように。


 その魔法使い曰く、この魔法で生み出される幻は、術者のイメージが明確で強ければ強い程、はっきりした物になるらしい。

 例えばより明確な幻を出せる理由の一つとして、その魔法使いは自分が画家を目指して絵の勉強をしていた事を挙げた。

 つまり僕の出す幻に存在感がないのは、色に対する知識が欠けていたり、イメージが不足しているせいなのだろう。


 けれども、今回はそれで十分だった。

 触れられる位置まで、レッドボアを惹き付ける必要はない。

 群生地から一歩か二歩でも、暴れても鈴鳴り草を巻き込まない位置まで、外に出てくれれば十分だ。

 逆に言えば、そこまで出て来てくれた時点で、それ以上の時間はレッドボアに与える心算も、僕らにはなかったし。


 僕の不出来な幻影に誘われて、レッドボアが群生地の外に出てくる。

 次の瞬間、レッドボアの足に絡んだのは、パーレの投げたボーラだった。

 ボーラとは狩りの道具の一種で、二つの石を紐で繋いだ物だ。

 これは投摘されて命中すると、対象に絡んで動きを止める。

 一般的なボーラなら、レッドボアの力ならすぐに引き千切ってしまうだろうけれど、パーレの投げるボーラは対魔物用の特別製で、紐には魔物の素材が使われていた。

 ……確か、ケルピーの革紐だっけ?


 まぁ、何の素材であっても結果は変わらない。

 足を動かせずに動きを止めたレッドボアの二本の牙を、ガントレットを付けた手が掴む。


 とても当たり前の話だけれど、多くの魔物は、人間よりもずっと力の強い生き物だ。

 ステラは女性としては比較的だが背は高い方だけれど、それでも僕と変わらぬ程度である。

 単純な背の高さ、体格で言えば、ルドックの方が上だった。

 普通に考えると、その重さが何倍も、場合によっては十倍以上はあるかもしれないレッドボアと、ステラが力比べをするのは無謀だろう。


 だがステラの扱う身体能力を高める技、気功に、更にルドックの僧侶の魔法、身体能力を引き上げる祝福ブレスが加われば、短い時間であるならば、魔物と拮抗、或いは上回るだけの出力が出せる。

 そして一瞬でも力が拮抗したならば、魔物が持たない人の技術で、彼女が腕をグイと捻れば、自らの力の向きを逸らされたレッドボアは、ごろりと地面に転がった。

 ふわりと、優しく、まるで寝かし付けられるように。


 地に倒れ、押さえ付けられれば、レッドボアはもう自分の力を万全には発揮できない。

 そのままステラに抑え込まれて……、後からやってきたパーレのナイフが、ずぶりとレッドボアの喉の動脈に差し込まれる。

 生かしたままで血抜きをするべく、丁寧に屠殺は進む。

 そう、それはもう、魔物の討伐ではなく、屠殺だった。


 血が抜ければ、毛皮を剝いで解体して、肉は僕が魔法で出した氷で冷やしながら運ぶ。

 レッドボアの肉をシャガルの町まで持ち帰るのは大変だが、バードレストの村だったら、程々の値段で引き取ってくれると思うし、何より喜ばれるだろう。

 僕らも今晩の食事は、バードレストの村でレッドボアの肉を焼き、分厚いステーキにありつける。

 ただそれは、あくまでも余禄に過ぎない。


 本命の群生地に目を向けると、しゃらしゃらと、吹く風に鈴鳴り草の音がした。

 さぁ、漸く目的の、薬草の採取の時間である。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ