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都合の悪い不測の事態は起きなくて、そして都合のいい奇跡も起きない。
ゴブリン達の駆除が終わった後、巣となっていた遺跡にイクス師を始めとする賢者の学院の導師達が入ったが、結局のところ、竜の目覚めを遅らせる方法等は見つからなかったたそうだ。
尤も一通り見て回ってそれが見つからなかっただけなので、賢者の学院に眠る様々な資料や、他の遺跡から得られる情報と付き合わせていけば、何かが見つかる可能性は十分にあるけれども。
ただ得たものが皆無だった訳ではなくて、推察通り巨大な時計だったこの遺跡は、恐らく竜が目覚めるのであろう時間を正確に指し示してしていた。
それは三年にも満たぬ程の近い未来。
およそ千日あまり先に、竜は目覚めて活動期に入るという。
活動期の時間もあの遺跡には記録されていて、それは僅か百日だけではあったけれど……、何の手立ても講じなければ、この国や周辺国が灰と化すには十分過ぎる時間である。
突如として定まった終わりの日までの時間制限に、流石に戸惑いが隠せない。
僕らも、竜の目覚める日が決して遠くないだろうとは聞かされていたけれど、ハッキリとその日が定められてしまうと、急に増した現実味があまりに重たかった。
もちろんその時期が知れたのは、決して悪い事じゃない筈だ。
備えをする事にも金や労力は必要だが、その維持にもまた、金と労力は必要になる。
何時起こるかわからぬ災害に備えるよりも、その日に確実に起こるとわかった災害に備える方が、注力はずっとし易いだろう。
竜の目覚めに備えて、人や物を動かす為の予算も付く筈だし、或いは他国への協力要請だって行われるかもしれない。
イクス師は僕らにこの話をしてくれたけれど、口外は固く禁じられた。
竜の目覚めを恐れた民衆が一斉に国外に逃げ出したり、自棄になって暴徒と化せば、竜の目覚めを待たずして国が滅んでしまいかねないから。
でも僕らには選択肢をくれたのだろう。
即ちこの国に残って、イクス師に協力して竜への対策を進めるか、いっその事どこか遠くへ逃げてしまうかの選択肢を。
シュトラ王国から出ても周辺国に行く程度だと竜の炎からは逃れられないだろうが、僕の故郷の大草原辺りまで行けば、その炎も届かない筈だ。
冒険者は国の出入りを管理されるが、二年以上も時間があるなら、冒険者を辞めたり、長期の国外の仕事を用意してそれを請け負うなんて手段も取れる。
例えば僕が賢者の学院の一人として、大草原にある古代魔法王国期の遺跡を調べる為に、ステラ、パーレ、ルドックに護衛を頼んで現地に向かうとか、方法は幾らでもあった。
もしかするとイクス師は、僕ならステラを、自分の娘を安全な場所まで連れていけるからと、こんな風に色々と教えてくれているのかもしれない。
しかし僕らは、遠く離れた地で竜の目覚めとシュトラ王国の滅びを聞いて、果たして我が身の無事を喜べるだろうか?
また逆に、もしもシュトラ王国が竜を打ち倒して生き残ったとの話を聞いたとして、我が身の不甲斐なさを嘆かずにいられるだろうか?
そう考えると逃げ出す選択肢に僕は、……それから仲間達も、何ら魅力を感じなかった。
竜を相手にどれ程の勝ち目があるのかは、正直なところ測りようもない。
簡単に測れる相手なら、五百年前に存在したという国も、焼かれて滅びはしなかっただろう。
但し、皆無ではない筈なのだ。
竜を殺したって話は、伝説として各地に残ってる。
それは途轍もない偉業だからこそ、太古の昔より語り継がれているのだとしても、竜が殺せば死ぬという証左であった。
殺して死ぬ相手なら、それは殺せるって意味だ。
竜殺しという偉業に加われたなら、それはどれ程の浪漫だろうか。
無駄死にをする趣味はないけれど、勝ち目がほんの僅かでもあるなら、命を賭けるに値する浪漫である。
今、この時期にシュトラ王国にいなければ、平凡に生きていれば、夢想する事すらできない程に極上の。
とはいえまずは、もっと実力が必要だ。
冒険者として実力を高め、得た金でより良い装備を整えたり、魔法を開発したり。
イクス師を手伝えば、実力を高めると同時にドラゴンへの備えも進む。
そう、これは紛れもない冒険だった。
竜が目覚めるその日まで、備える時間は十分にある。
国として備えるのに、時間が足りるのかは僕にはわからないけれど、僕らという冒険者がそれに備えるには、十分な時間の筈だ。
或いは、竜の目覚めを待たずして、道半ばに力尽きる事もあるかもしれない。
だがそれも、また冒険者の宿命だろう。
もしも、生きて竜の目覚めを乗り越えられたら、ついでに魔法の矢の一発でも竜に叩き込めたなら、その後の一生はもう自慢話に困らない。
僕らは互いの意思を確認し合って、シュトラ王国への残留を、竜の目覚めに立ち向かう事を、決める。
パーレも、ルドックも、ステラも、僕らは誰一人迷わずに、新たな、大きな冒険に向かって、千日の旅を始めた。
このお話はここで完結です
お付き合いありがとうございました