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ゴブリンの巣と化した遺跡、古代の町に対する人間の攻撃が始まった。
既に多くのゴブリンを屠っているので、巣に残る戦力はもう然程に多くない。
いや、それでも戦力が尽きていない事が、ゴブリンという魔物の恐ろしさだろうか。
弓、投石機、魔法。
遠距離からの攻撃が、古代の町の残り香を瓦礫に変えていく。
それが過去を知る上で貴重な資料である事はわかっていても、ゴブリンを駆除する事が優先だと、容赦のない攻撃が行われる。
あぁ、そりゃあ確かに、外の遺跡はともかく、内側にある古代魔法王国期の遺跡に関しては、軍に攻めさせたくない訳だ。
彼らはあまりに、破壊に関して容赦がないから。
軍が道を切り開けば、僕らを含む冒険者が突入を開始した。
冒険者には、貴重な遺跡を可能な限り傷付けないようにとのお達しが出ている。
特に最深部に関しては絶対に傷を付けてはいけない為、僕らのパーティ以外は踏み込まないようにとも。
今回のこれは破ると厳しい罰則が待っているので、余程の馬鹿じゃなければ功を焦って遺跡を傷付けるような事はないと思いたい。
多分、その余程の馬鹿は、町を遠く離れたこんな場所まで派遣されていないし。
結局、僕は仲間に全てを打ち明けて相談した。
事態があまりに大き過ぎて、黙っているべきかとも考えたが、僕だけで抱えているのも嫌だし、逆の立場で考えると知らされないのも嫌である。
それにあの鍵となるアダマスの宝珠は、皆で手に入れたものだから、やっぱり全員に事の重さを背負って貰おうと思ったのだ。
まぁ、話を聞いたルドックは胃の痛そうな顔をしてたから、彼には少し悪い事をしてしまったが、パーレは話の大きさが逆に面白かったのかケタケタ笑ってて、ステラは何時も通りだった。
そう、何時も通りに、
「皆でやれば大丈夫。私達なら、それくらいなんでもないよ。ドラゴンを倒せって言われてる訳でもないんだから、ねっ」
そんな風に言って仲間の誰よりも前に立つ。
全く以てその通りだった。
僕らが成すべき事は、ゴブリン退治。
ゴブリン退治といえば、冒険者の基本の一つに数えられるくらいに、ありふれた仕事だ。
不測の事態が積み重なって今の状況になってるから、更なる不測の事態を警戒するのは当然だし、必要だろう。
でも幾ら話が大きくなっても、僕らのやる事は変わらない。
先に突入した冒険者が、ゴブリンとの戦いを繰り広げてる。
僕らは彼らが切り開いた道を通って、遺跡の奥を目指す。
確かに、この遺跡は古代魔法王国期のものだった。
もちろん古代魔法王国期の遺跡と一口にいっても、その種類は様々だ。
例えば単なる民家だって、それが古代魔法王国期のもので、ある程度の形を残していたならば、古代魔法王国期の遺跡って呼ばれる事になる。
民家も、当時の人々の暮らしを知る役には立つかもしれないが、そこで貴重な何かが見つかる可能性は殆どない。
何故なら古代魔法王国期は魔法使いが支配者であり、魔法を使えぬ人々は支配される層だった。
故に民家、そうした魔法を使えぬ人々の家からは、高度な魔法の品、或いは魔法の知識の発見は期待できないのだ。
しかしこの遺跡は、そうした民家や何やらとは明らかに違って、何らかの目的を持って作られた施設であろうというのが一目でわかる。
まず規模も大きいし、壊れた魔法の仕掛けの残骸らしきものも多かった。
恐らく長い年月で壊れたのか……、もしかするとゴブリンが仕掛けに幾度も幾度も引っ掛かって、壊してしまったのかもしれない。
また遺跡そのものも、損傷を多く見かける。
そのどれもが比較的新しいもので、多くのゴブリンがここで暮らした事で生じた損傷だとわかった。
ゴブリンには、住み着いた巣を丁寧に使うなんて発想はないだろうから。
もし、この遺跡がイクス師の予想通りに竜に周期を報せる為のものだとしたら、色々と限界が間近だったのかもしれないと、そんな風に思ってしまう。
ただ流石に、ゴブリン達にとって最も重要な存在、ゴブリンクィーンの近くで暴れる馬鹿は、幾らゴブリンでも少ないらしく、最深部に近付けば近づく程、遺跡の損傷は軽微になっていく。
匂いは酷いし、汚くはあるが、それはゴブリン退治、駆除が終わった後に洗えば済む。
そして僕らは、ゴブリンの巣と化した遺跡の最深部、ゴブリンクィーンの寝所、或いはゴブリンの出産所へと辿り着いた。
待ち受けていたのは、人間から奪ったのだろう鉄の剣を手に持った、二体の大柄なゴブリン。
人間の成人男性よりも大きな彼らは、けれどもホブゴブリンとは違って顔付きから愚鈍な印象は受けない。
その二体がゴブリンクィーンの護衛か、それとも種馬なのかはわからないけれど、エリートである事は間違いないだろう。
彼らの後ろにいる大きな肉塊が、ゴブリンクィーンか。
並のゴブリンはおろか、上位種のゴブリンより体が大きく、特に異様な程に腹が膨らんでいて、その体内に今も新しいゴブリンの命が宿っていると一目でわかる。
遺跡の最深部は、明らかに巨大な魔法の仕掛けが施されてる場所で、壁に刻まれた古代魔法王国期の文字やら何らやが気になって仕方ないけれど、それらをゆっくりと目にするには、まずはこのゴブリンどもを片付けなくちゃならない。
戦いの始まりは、僕の放つ魔法の矢。
これまでの戦いで手に入れたゴブリンの魔石を握り潰して放つ強力な光の矢を、僕は真っ直ぐにゴブリンクィーン目掛けて放つ。
どうみても碌に動けそうにないゴブリンクィーンにそれを回避する術はないが、立ちはだかる二匹のエリートが、それを許す筈もない。
間に割り込んだ一匹のエリートゴブリンが身を以て庇い、光の矢はその身体を貫き、受け止められた。
尤もダメージは軽くなかったのだろう。
光の矢を受けたエリートゴブリンの動きは止まり、もう一匹が怒りの声をあげ、こちらに向かって襲い掛かってくる。
しかし怒りと共に振るわれる刃は、ステラの剣が受け流し、激しい切り合いが始まった。
エリートゴブリンがどれ程の上位種であったとしても、剣ならばステラが一対一で負ける筈がない。
体格から考えて、単純な膂力はエリートゴブリンが上回ったとしても、彼女には類まれなる剣才と、気を操る技がある。
残る僕らの役割は、もう一体のエリートゴブリンを釘付けにして、可能だったら仕留めてしまう事。
僕は再び、魔法の矢をゴブリンクィーンに向けて放つ。
またパーレも、投げナイフを同様に。
動けぬゴブリンクィーンを、先程のエリートゴブリンがもう一度庇った。
光の矢と毒の塗られた投げナイフに貫かれても尚、エリートゴブリンは生きてはいるけれど、こちらに向かって来る事はない。
何故なら僕らを攻撃する為に傍を離れれば、僕らの遠距離攻撃がゴブリンクィーンを襲うのを、庇えなくなるからだ。
ホブゴブリン辺りなら何も考えずに僕らに突撃してきたんだろうけれど、エリートゴブリンはなまじ考える頭があった事が、逆に枷になっていた。
正直、卑怯な手を使ってるって自覚はある。
これが物語なら、悪役は間違いなく僕達だ。
けれどもこれは英雄譚の類ではなく、僕らはゴブリンを退治する冒険者だった。
もっと言ってしまえば、これは人に害ある生き物を駆除する作業でしかない。
ルドックは盾を構えながら、僕らを庇ったり、ステラに癒しの魔法を掛けれるように待機しているが、恐らくこのままなら、彼の出番はないだろう。
やがて、ゴブリンクィーンを庇っていたエリートゴブリンが力尽きると、動揺したもう一匹をステラの剣が首を刎ねて……。
最後に、動けず、庇ってくれる者も失ったゴブリンクィーンを、僕の光の矢が貫き、その息の根を止めた。
腹の中のまだ生まれていないゴブリン達も、母胎と運命を共にする。
色々と警戒はしていたけれど、どうやら想定外はもう品切れだったらしい。
多くのゴブリンは外の戦いに出て行って、既に軍や他の冒険者に、人間に擦り潰されたのだ。
残党はまだまだ残っているが、繁殖の大本を絶たれた以上、余程の不運がなければ、もうゴブリンが大きく数を増やす事はない筈。
数多くの人を巻き込んで、大きな騒動になったゴブリンの大繁殖も、その幕切れは実にあっさりとしたものだった。