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イクス師の言葉はとても恐ろしいものだったけれど、しかしまだ、一つ分からない事がある。
それはどうして、今、この時にその話をしたのかだ。
確かに竜がこの地を焼くというのは大事なんだけれど、目の前にある危機はゴブリンの大繁殖で、それが漸く片付く目途が立ったこのタイミングに、イクス師は僕を空に連れ出してまで、何故?
まさかこのゴブリンの大繁殖が、竜の活動が近付いている事によって起きたとか、そういう話だろうか?
でも僕がその疑問を口にすると、イクス師は首を横に振る。
「いいや、まぁ、もちろんその可能性もあるとは思うよ。魔物は人間よりも魔力の影響を受け易い生き物だ。しかし、そうだと断言できる程の確証は私にはないね。それよりも問題は、あの山々と、ゴブリンが巣食った遺跡の方だ」
そう言ってイクス師は、規則正しく並んだ山々を一つずつ指差す。
以前に僕もあの山々は自然にできたものじゃなく、古代魔法王国期に作られたものじゃないかと予測した。
だってあんなにも奇麗な正三角形に配置されて、風雪を受け続けても大きく変わらない代物なんて、古代魔法王国期の産物以外にありえないし。
ただ僕の予測はそこまでで、一体何の為に作られた物なのかはわからなかったんだけれど、どうやらイクス師には、その正体がわかったらしい。
「あの山々とゴブリンが巣食ったという遺跡の、もちろん古代魔法王国期の遺跡の方だよ。それはね、恐らく時を刻む役割を果たしてる。日時計程に単純なものじゃないだろうけれど、ね」
時を刻む。
そう言われてしまえば、一体何の為にとは、問い返せなかった。
恐らく五百年という周期で活動をする竜の話と、時を刻む古代魔法王国期の遺跡の話が、ぴたりと嚙み合ってしまったから。
つまり、……今、ゴブリンが占拠しているのは、竜が活動する周期を数える為、いや、竜に活動する周期を報せる為の、時計って事だろうか?
そうなると、そのこの地を焼く竜というのは、当然ながら古代魔法王国期に関係していて……、思い当たるのは、あのリタシュトル家の大きな遺跡に棲み付いているというドラゴンだった。
恐らくあのドラゴンは、遺跡に棲み付いている訳じゃなくて、リタシュトル家の魔法で、遺跡に縛られているのだろう。
普段は遺跡の守衛として、そして時が来たら、この地を焼き払う兵器として。
どうしてリタシュトル家がドラゴンでこの地を焼き払うのか。
それは、自分達以外がこの地を支配していた場合、それを排除する為だ。
全ては推察に過ぎないけれど、そう考えると全ての話は繋がった。
「その辺りはもっと色々と調べないと、確かな事は言えないけれどね。場合によっては君達が持ってきた鍵で、竜の活動を止められるかもしれない。ただ、私が今、君に伝えたい問題は、ゴブリンとの戦いで遺跡が大きく損傷した場合、何が起きるかわからないって事だよ」
イクス師はそう言って、頭の痛みをこらえるかのように、額に手を当ててうなだれる。
それは確かにそうだ。
場合によっては遺跡の破損によって活動の周期が訪れず、ドラゴンがこの地を焼かないって事もなくはないけれど……、それは些か以上に楽観的が過ぎるだろう。
どちらかといえば、活動の周期を告げる遺跡の不具合によってドラゴンが即座に活動しだすって可能性の方が高い。
ただ、大軍で巣に攻め込んだ場合、遺跡を損傷させずにゴブリンを殲滅するというのは、どうしたって難しいだろう。
……まさかこの期に及んで、そんな面倒な問題が出てくるなんて思いもしなかったけれども。
「なので私は、ゴブリンが巣に罠を仕掛けてる可能性を指摘して、その攻略は慣れた冒険者達に委ねるべきだと、軍は周囲の包囲、残党を逃がさぬ事に専念すべきだと進言した。……シュトラ王国もドラゴンの活動に対して色々と準備はしているが、今、不意に動かれればそれも間に合わないのでね」
なるほど、大軍で攻め込めば遺跡の損傷の恐れがあるなら、攻め込む人員を絞ればいい。
それは当然の結論だ。
もちろん兵士達に何もさせないって話じゃなくて、遺跡を取り囲めばゴブリン達も迎撃に出てくる。
また前回の戦いでゴブリンは大幅に数を減らしてる筈だから、……遺跡の中に踏み込むのが冒険者だけでも、攻め落とす事は不可能じゃない。
ただ、イクス師の考えはそこで終わりじゃないだろう。
ここまでの話だけなら、僕に竜や遺跡の話をする必要はなかったから。
「そして集まった冒険者の中で、今回の騒動に対して最も功績をあげているのが、リュゼ君、君達のパーティだ。故に、君達が最深部に乗り込んでゴブリンの変異種を討つ事に、周囲も納得してくれる。要するに君達だけが、遺跡を損傷させずに今回の件を終わらせられるという訳なんだ」
……やっぱり、そういう事か。
イクス師の言葉に、僕は眉根を寄せてしまう。
流石にそれは、幾ら師の言葉であっても、はいそうですかとは簡単には頷けない。
そうする事の必要性は、ここまでの話で十分に理解はしてる。
けれども同時に、そのリスクだって僕は十分にわかってた。
繁殖に特化しているであろう変異種が、戦闘まで強いって可能性は殆どないだろう。
しかしその分、強い上位種が護衛として張り付いている筈だ。
大軍が町に攻め込んできている時であっても決して傍を離れない、専属の護衛として。
当然ながらイクス師だってそれくらいはわかってて、それでも僕らならば能うと思ってるのか。
色んな意味で、この話は断れない。
状況的にも、向けられている信頼的にも。
だから結局、僕はこの話を引き受けはするだろう。
但しそれでも、やっぱり仲間に一言くらいは相談してからになる。
イクス師から向けられるそれと同じく、仲間との信頼関係だって僕にはとても大切だから。
問題は、今聞いた話のどこまでを彼らに話すべきかだけれども……。




