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僕らが到着した時、エーレン村はゴブリンの襲撃を受けてる最中だった。
不穏な気配と騒音に止まった馬車から飛び出しながら、僕はシュイを空に飛び立たせる。
恐らく緊急事態ではあるのだろうけれど、状況を確認しなければ僕らも正しくは動けない。
エーレン村は周囲を木壁と逆茂木に囲まれていて、まるでちょっとした砦のようだ。
村としては非常に堅牢な防衛設備が整っていて、門もしっかりと閉ざされている。
これだと、戦いが終わるまでは、僕らも村に入る事は出来ないだろう。
更に村の奥、戦いの騒音がする方へとシュイを飛ばせば、門から見て村の丁度逆側、西方向で、攻めてきたゴブリンに対して防衛戦が行われてた。
ゴブリンの数は、ざっと八十から百程はいるだろうか。
巣から溢れて追放された個体が、食料や繁殖の為の胎、巣となる場所を求めて村を襲ったって規模じゃない数だ。
恐らく大きな巣から、この村を滅ぼして全てを奪いつくす為に、派遣されたゴブリンの部隊だと思われる。
その中で一際目立つのが、周囲のゴブリンとは明らかに体格の違う上位種、ホブゴブリンが二匹。
……村を襲う部隊にホブゴブリンが、しかも複数混じっているなんて、この辺りにある巣は余程に規模が大きくて、変異種、上位種の数も多いんだろう。
これは、今回の騒ぎの大本になった巣が近くにある可能性は、高そうだ。
村の木壁の内側は台になってて、そこから顔を出した冒険者が弓を放ったり、壁をよじ登ってくるゴブリンを武器で突き殺してる。
冒険者の数は十五人。
見る限り、射手か戦士ばかりで魔法の使い手はいない。
木壁と逆茂木があるとはいえ、この数の差は厳しそうだが、だが壁の内側には武器を握った村人達も控えてるから、犠牲を厭わないならゴブリンを撃退する事は可能に見えた。
まぁ、だからって、犠牲が出るとわかってて、僕らがこのまま見過ごす筈もないが。
僕は意識をシュイから自分の体に戻して、手早く仲間達に今の状況を伝える。
村の中に入れたら、木壁を内側から火球で多数のゴブリンを吹き飛ばすとか、取れる選択肢も大幅に増えるんだけれど、今は入れないんだから仕方ない。
そこに固執して時間を無駄に使うのは、今の状況ではあまりに愚かだ。
しかし何も考えずに横から殴り掛かっても、木壁や逆茂木の恩恵も受けられずに、ゴブリンの部隊の矛先がこちらに向く結果になりかねなかった。
中の冒険者達がこちらに合わせて動いてくれたら、それでも勝てるとは思うんだけれど……、見ず知らずの人間をそこまで信じる気にはならないし。
そうなると取れる手段は、やはりゴブリンがこちらを狙う気にもならないくらいに遠距離からの、狙撃くらいしかないだろう。
つまりは、僕の出番という訳である。
敵の位置、狙撃に適した場所は、空からの目で既に把握済みだ。
僕らは村を迂回して戦場へ、狙撃場所へと駆けて向かう。
村の周囲は果樹が立ち並んでて、そこにはまだ小さいけれど、無数の実がなっていた。
収穫期に訪れていたら、さぞや見応えもあっただろうけれど、そんな果樹が立ち並ぶ場所の一角が、戦いの場となっている。
村人は、さぞや歯がゆい思いをしてる筈。
ただ、逆茂木はゴブリンの襲撃があるからと設置した物だとしても、木壁はそんなに直ぐに用意できるものでもないだろうから、元よりこの村は木壁に覆われて、守られていたのだろう。
つまり、この辺りは元々魔物の脅威が身近な場所って事になる。
だからこそ、逆茂木を設置したり、パリファントから冒険者を呼び寄せるまで、村がゴブリンの襲撃に耐えられたって考えると、何が幸いするかはわからないものだ。
その木壁があったから、パリファントの冒険者達も、僕らが到着するまで持ちこたえたのだし。
狙撃位置に付き、僕は魔法の矢の狙いを定めた。
狙うは当然、上位種であるホブゴブリンの片割れ。
とはいえ、僕らは別に、ホブゴブリンが部隊の指揮者であるとは思っちゃいない。
身体は大きくとも、ホブゴブリンの知能は、他のゴブリンと変わらないか、……寧ろ自らの力を鼻にかけて、より愚鈍ですらある場合もあるという。
故にホブゴブリンに指揮なんて真似ができる筈もないのだけれど、それでもゴブリンの部隊で最大の戦力は、あの二匹である。
最大戦力は、精神的な支柱と言い換えてもいい。
あの部隊の士気を挫くのに有効な手立ては、多くのゴブリンを火球の魔法で焼き払って恐怖させるか、或いは精神的な支柱、二匹のホブゴブリンを始末するかだ。
よく狙いを澄ませて、魔法の矢を放つ。
外す気はしなかった。
何しろホブゴブリンは、普通のゴブリンよりも体が、要するに的が大きい。
急所も同じくだ。
ホブゴブリンは正面、村の方から放たれる矢には、腕を翳して警戒してたが、横、僕の方は気付いてもないし、無警戒だったから。
その喉を、ずぶりと光の矢が貫き、一撃で息の根を止める。
ゴブリンは人型の魔物で、すると急所も人とほぼ同じだから、他の魔物よりも殺し易いと、僕は思う。
さて、もう一射。
ゴブリン達はこちらに気付いたけれど、距離が随分と離れてるから、村を攻め続けるか僕らを襲うか、判断に迷っている様子。
尤も、ゴブリン達に選択の権利なんて存在しない。
主導権を握っているのは、僕らだ。
次の矢は、警戒されていても、正面からでも殺し切れるように、魔力を強く籠めて、威力を増す。
もちろん狙いもちゃんと定めて、そして放つ。
僕の手を離れた鋭く太く、強い魔法の矢は、防御に翳したホブゴブリンの腕を貫き、その顔に届いて、頭部を無残に破壊した。
それは実に凄惨な死に様で、だからこそ周囲のゴブリン達の恐怖を煽る。
ゴブリン達は一瞬、硬直してから周囲を、自分の仲間の顔色を互いに伺い、それから一目散に逃げ出す。
勝ち目がない、危険だと悟るや否やの逃亡は、もういっそ見事と言ってもいいくらいの素早さだったけれど、当然ながら何もせずに逃がしてやる義理はない。
木壁を乗り越えて、パリファントの冒険者達が追撃に移る。
戦場では、逃げる相手を背中から追撃する時が、最も戦果を稼ぎやすいという。
だが僕らは、その追撃には加わらず、
「ごめん、皆、僕の体、任せるよ」
指笛を吹いてシュイを呼び寄せると、僕は再びその背に意識を乗せて、ゴブリン達の後を追った。
我先にと逃げるゴブリン達が向かう先に、問題の巣があるかもしれないと、その場所を突き止めようとして。




