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「貴方達の報告から推察された通り、シャガルの南西に七日間程いった地点に、大規模なゴブリンの巣が発見されました。……但し、周囲の状況から判断して、その巣はできてからまだ一年か二年の、比較的ですが新しい巣だと考えられます」
ゴブリンの目撃情報を冒険者組合に報告してから二週間。
僕らは冒険者組合の依頼部門の統括者であるパストル・シャイブスに呼び出され、その言葉を聞かされた。
……つまり、見つけた巣は、今回のゴブリンの大繁殖の大本ではないって意味だ。
もちろんゴブリンの大繁殖を鎮静化させる為には、巣は片っ端から潰し、ゴブリンの総数を減らす必要があるので、巣の発見は無駄じゃない。
ただ、最も厄介な巣がどこにあるのかわからないという事実は、僕らを些か不安にさせる。
それにしても新しい巣ができて一年や二年で、そこが大規模と評されるくらいになり、更に溢れたゴブリンが頻繁に村を襲うようにまでなるなんて、その繁殖力は流石というより他になかった。
尤も褒めている訳じゃなくて、厄介だとか、迷惑だとかって意味だけれど。
後は、その繁殖に人が使われていなければいいなと思う。
「巣の討伐隊は編成しますが、成熟した変異種、上位種の数は少ないか、存在しないと予測されますので、派遣するのは中堅以下、百名程になるでしょう。つまり貴方達程の実力者は、加える予定がありません」
パストルの物言いに、僕は思わず眉を顰める。
大規模な巣と言っても、そこに棲むゴブリンは数百程度だから、百名の冒険者が派遣されれば討伐は十分にできるだろう。
そりゃあ、冒険者に成りたての新入りばかりが百名集まっても何の役にも立たないが、中堅のパーティが幾つか混ざるなら、特に問題はない筈だ。
だからまぁ、別に戦力に関しては特に何も思わないのだけれど、巣がそこにあるだろうと予測した僕達を加えないと態々明言するあたりに、パストルに何らかの意図を感じた。
「それじゃあ、私達を呼び出して、一体何をさせたいんです?」
ルドックも僕と同じ事を思ったらしく、単刀直入にパストルに問う。
すると彼は、よくぞ聞いてくれたとばかりに頷いて、
「ここから西に一週間程いくと、レーフォム伯爵領があります。そこの村の幾つかが、近頃頻繁にゴブリンの襲撃を受けているとの報告が届きました。近くの町の冒険者が村に駆け付けて対処をしていますが、人手が足りません。しかしレーフォム伯爵は、ゴブリン程度は冒険者に任せよと言って、兵を動かしてくれないそうです」
机にサッとシュトラ王国北部の地図を広げると、まずはシャガルの町を指差して、そこから左へ、つまり西の方角へと指をずらす。
あぁ、なるほど。
つまり僕らに、その町の冒険者組合に応援に行って欲しいって話か。
兵が動けば良かったのだろうけれど、長である伯爵はゴブリン如きと侮ってしまった。
伯爵の考えもわからなくはない。
兵士を動かせば金が掛かる。
冒険者だって報酬という形で金を受け取るが、兵士に掛かってる金はそれ以上なのだ。
例えば、兵士が任務中に大きな怪我をしたり死んだりすれば、領主である伯爵は見舞金を出さねばならない。
故に小事には兵士を温存して冒険者をぶつけろと言うのは、伯爵の立場からすれば決して間違ってはいないというか、恐らく当然だって感覚なのだろう。
問題は、そのゴブリンの襲撃が、本当に小事なのかどうかだけれど……。
前にも言ったが、人はどうしてもゴブリンに対しては侮る気持ちを持ってしまうから。
「レーフォム伯爵領に応援に行き……、可能なら近くに存在するであろう巣を見つけ出してください」
パストルは僕らに、レーフォム伯爵領への応援を依頼した。
だがこれは、ちょっと悩ましい依頼である。
何が悩ましいかと言うと、僕は毎回これなんだけれど、その依頼の危険度が読めない事だ。
レーフォム伯爵領の村々が頻繁に襲われてるというのなら、規模はわからないが、恐らくそこにゴブリンの巣があるんだろう。
しかしその巣が、仮に今回の件の大本の巣だったら、ある日突然、村に襲撃して来たゴブリンが、変異種、上位種だらけだったって事態になりかねない。
ホブゴブリンやゴブリンシャーマンくらいなら、普通のゴブリンに幾らか混じっていたところで僕らは後れを取らないが、ゴブリンジェネラルに率いられたゴブリンの大群に襲われれば、流石にどうにもならなかった。
……ただ、ゴブリンの大繁殖が想定される今、別にレーフォム伯爵領に行かなくても、そうした危険は皆無じゃないが。
ルドックに視線を向けられて、僕は少し考えてから、一つ頷く。
これは、請けるより他にないだろう。
別に僕らだけで、ゴブリンを何とかしろって無茶を言われてる訳じゃない。
レーフォム伯爵領の町で活動する冒険者も、自分達の生きる場所を守る為、僕らよりも遥かに必死に戦ってる筈だ。
そんな彼らへの協力が、僕らへの依頼である。
ステラも頷き、パーレは何時も通りなので、
「わかりました。その依頼、お引き受けします」
ルドックはパストルにそう答えて、差し出された手を握った。




